第三十六話「みんなのたたかい:前編」6/8
=多々良 央介のお話=
ヴィートが飛び去った後、僕らは学校内に避難することにした。
それは巨人達への防御効果なんて無いものだったけれど、他に行く当てもない。
既に要塞都市は機能を失っているのだから。
けれどヴィートによる6年A組を狙った死のゲームが始まっている。
盤面となっているのは、この要塞都市。
相手の戦力は、高台の学校から見える限りで20体はいるクロガネもどきと、数も不明な凍結装備のスティーラーズ。
だけどどちらもアトラスがそれらを投入してくるのだから、今の数なんて何の意味もない。
その上で奥に構えたヴィート――ベルゲルミル。
対する僕らの戦力は、補佐体のいないハガネ、アゲハ、ミヅチ。
――以上。
普通に考えたら詰み以外の何物でもない状況で、僕らは慣れ親しんだ教室に集まっていた。
そんな中でウサギネコ獣人の奈良くんがぼやきだす。
「えらいことに巻き込まれたなぁ……さっさと避難してりゃよかった」
「ごめん……、いきなりおかしな事になって……」
僕は奈良くん、そしてクラスの皆に向けて頭を下げる。
奈良くんは楽天的に応じた。
「まあ、いいや。多々良が戻ってきたなら、ハガネでなんとかなるんだろ?」
「……どうだかな。さっきの瓶詰め野郎がこないだ勝てなかったって巨人使いだろ? オマケにあんな量産型が大量に襲ってくるのには対応できるのか?」
辛辣な評価をぶつけてきたのは長尻尾の狭山さん。
僕は紅利さんと顔を合わせて頷いて、最終手段の相互の同意。
それから狭山さんに返答。
「なんとかは――」
「それは本当の最終手段だ。大神一佐が悲しむぜ」
途中で止めに来たのは、あきら。
手元にDマテリアルを携えながら。
食いついたのは狭山さん。
「そういえばあきらもなんなんだよ、いきなりサイオニックだとか言い出しやがって」
「秘密のヒーロー! とかそういう奴だよ。見せびらかすようなもんじゃない」
雑に話をかわすあきらと、しっかり突き止めたそうな狭山さん。
けれど、今はそれに時間を割く余裕はない。
同じ事を考えたらしい紅利さんが、話を変えるために抱えていた疑問をぶつけてくれた。
「そもそも、どうしてみんなは避難しなかったの?」
それに答えたのは、巻き角の辻さん。
この状況でも彼女のマイペースな口調は変わらない。
「このクラスは巨人慣れしてるからー、他のクラスの避難誘導を手伝ってー、それから黒野さんが戦いに出るって言うからー、お見送りって狭山さんが言い出してー」
原因らしい狭山さんが全力で視線を逃がしだす。
でも、彼女が義理堅いということも分かる。
そこから奈良くんが話の補間。
「んで見送ってたら、次はオイラたちだって時にシェルターへのエレベーターが戻らなくなって、通話もできなくなって。――地下で何があったか、多々良は知らないか?」
「ああ……それ、なんだけど――」
奈良くんの質問に対して、僕は今この要塞都市がどうなっているかについて、みんなに説明をした。
それでもみんなの反応は、最初は当然に絶望的なものだった。
ただし――。
「もう駄目だー!! オイラたち、あの瓶詰め怪人にかき氷にされて食われちゃうんだー!!」
――奈良くんが真っ先にオーバーリアクションに反応したものだから、逆にみんなは冷静になってくれた。
更に都市の人達が逃げ込んだシェルターが無事である証明もクラスメイトの中にいる。
その辺りはむーちゃんと辰が告げる。
「シェルター層は地下要塞部より下層にあるし、そこも襲われているっていうなら高原さんやたっつーも無事じゃ済まないけど、そうはなってないよね」
「こんな状態になっても教室まで電気来てるのもそうだな。確かこの都市の電力って要塞の余剰電力を回してるって話だから、その辺も無事なはず」
そう、要塞最下層に匿われている辰本体に加えて、遠隔操作のミニ飛行船少女、高原さんのもう一つの体は家族の人と一緒にシェルターに避難しているはずなのだ。
地下との連絡が取れないのは、おそらくギガントによる通信妨害かヴィートによる凍結が原因。
しかし彼女のリモートコントロールは医療用の量子通信だから阻害しようがなく、一方で生身の方の体が避難先ごと無事な事も証明されているというわけだ。
思わぬ所でみんなの家族の無事の印になった高原さんは、笑顔の画面表示にダブルVサインでホバリング。
それを眺めていた奈良くんは一瞬安心の笑顔を見せて、しかしまた悲観に向かう。
「あ、そっか。じゃあ……襲われるのはオイラたちだけじゃないかー!!」
そこで声を上げたのは長尻尾の狭山さん。
奈良くんへの叱責に加えて彼女に関わる質問。
「うるせえ。黙ってろ奈良。――多々良、かーちゃんと、ひいばーちゃんは?」
「地上への迎撃に出て……多分、凍結攻撃を受けて動けなくなってる」
僕は自分の携帯を引っ張り出して、要塞都市の軍が遺したデータベースから二人の所在地を表示した。
それは学校からは……かなり遠く、それこそヴィートが構えた都市の反対側に近い場所。
二人については僕も考えている事があった。
「九式先任一尉は唯一ヴィートにダメージを入れた人だから、なるべくなら助け出したいけど……」
二人を助け出せば、間違いなく戦力になってくれる。
だけど、問題しかない。
ヴィートが軍団を率いて狙ってくるのは、このクラス全員。
九式一尉を助けに行くどころか、夢幻巨人ですらないハガネ、アゲハ、ミヅチでみんなを守り切れるだろうか?
「助け出すってどうするんだよ。Eエンハンサーを凍らせたままにしちまう、おかしな氷だぞ?」
更に狭山さんからも問題点の指摘。
言う通り、あの氷はヴィートによる時間凍結だから、もしも二人を見つけても回復させようがない。
ヴィート自身による能力の解除か、範囲外――どちらも無理だ。
けれど、そこへ紅利さんが声を上げた。
「相手は氷の巨人だから……巨人の熱なら氷が解けたりはしない?」
僕は思わぬ解を貰って、彼女に振り向く。
なおも紅利さんは話を続ける。
「自分で巨人を出して分かったことがあって。私のルビィって、火が恐いって記憶のせいかな……とっても熱いの。それを使えば……」
「なるほど巨人の氷には巨人の熱で対抗! PSIエネルギーや、巨人のロジカル的には機能するかも?」
むーちゃんが、その可能性を肯定する。
炎や熱の巨人なら他に火炎王が居たっけ。
けれど戦況面からの否定的意見は辰から。
「でも、それで出て行ったら確実にベルゲルミルが直々に止めに来るぜ? 対抗しうる奴の封印を解かせるのを指くわえて見てるほどマヌケじゃないだろう」
それを受けて僕と紅利さん、むーちゃんに辰で腕組み考える。
「やっぱり、ステインレス・ハガネを使うしかないのかな……」
「ダメ! おーちゃんと紅利っちのイチャイチャ見てたくない。むーたちで陽動するから、その間にルビィがこっそり、とかにして」
「数が足りない。ここの防衛に巨人二体じゃ絶対危ないって。ただでさえ補佐体無しで処理力下がってるんだし」
……途中に個人的感情も混ざった気がするけれど、やっぱり手詰まり。
こっちが停滞して、そして元々手持ち無沙汰だった狭山さんが、窓の外を眺めて呟く。
「にしても、あの瓶詰め野郎。なんで一息に襲ってこないんだ」
「瓶詰ー……あれはギガント、ガイア財団技術の生命維持装置にしてはー、過剰すぎる気もするのだけどー。市井の医療用人工臓器でも生体と同じ大きさで十分でー……PSI関連の強化装置なのかしらー」
巻き角の辻さんが、いつも通り妙なところに引っ掛かっていた。
それから、またやってしまったとばかりに両角を押さえてから、狭山さんの疑問に答えだす。
「ええとー、あの怪人さんの話からすればー、不安と恐怖を煽ってるのでしょうねー。孤立してる私たちをじわじわ攻撃してー、ぼろぼろになるまで追い込んでー、多々良くんへの心理的人質にしたいのよー」
彼女はマイページにのんびりと、だけど恐ろしくえげつない話。
更に彼女は補足のために教室の窓辺まで近づき、敵影を指差しながらの戦況予想。
「ほらー、量産巨人が一体だけ見え見えで向かってきてるでしょー? 多分あれだけならハガネやアゲハで倒せちゃうー。でもー、その次は数が増えてー、増えて増えてー、どんどん対応できない辛い方に辛い方にー、って順番で来ると思うわー」
そこまでを語って辻さんは一瞬考えこんだ。
次に口にしたのは――。
「……あー。 恐怖を煽るー、多々良くんに責任を背負わせるーっていうならー。巨人に気を取らせてー、見せしめにするために私たちを一人一人奇襲してー……」
――敵が取り得る別の戦術を語った辻さんは、背後に刺し込んだ影に気付いて振り向いた。
その振り向き先の窓ガラスが砕け散る。
たった今語られた戦術通りに忍び寄っていたスティーラーズ2体は、不用意に窓辺に近づいた辻さんを狙ってきた。
僕は咄嗟に大神一佐から貰ったDビームロッドを構えて。
だけど、辻さんの居場所までは距離があって。
……間に合わない!
クラスメイトみんなの悲鳴の中、駆け寄ろうとする僕が後悔と絶望に包まれかけた次の瞬間だった。
スティーラーズの片方は飛来した鉄鎖に絡め捕られて墜落し、もう片方は何者かの飛行体当たりを受けてワイプアウトされた。
「――あれは!」
体当たりを敢行したのは、飛行機械装備の見た目は少女。
そして更なる鎖が割れた窓枠に絡み付き、それを巻き取って昇ってくるもう一人――僕の相棒。
「央介には後悔なんてさせないさ! オレはそのためにいるんだからなぁ!」
「夢、不用心です。災害発生時には窓辺に人を近寄らせるべきではありません」
二人の補佐体、佐介とテフが破れた窓から飛び込んで来た!
「おせーよ、ロボども! どこで遊んでやがった!?」
狭山さんは九死に一生で震える辻さんを庇いながら、補佐体コンビを咎める。
愛すべきポンコツは、やれやれと身振りをしてから説明を始めた。
「今の今まで、地底の底だ。母さんや黒野、竜宮のおじさんおばさんと一緒に」
「地下要塞、最下層の発電区画。残存していたDボムで、エレベーターシャフトの凍結部位を破壊し、脱出を行いました」
テフはそのままむーちゃんの傍へ。
佐介も僕の前まで来てグータッチを求めて。
でも来るのが遅かったから、辻さんを怖がらせたから、してやらない。
涙目の佐介を隣に、テフは更なる情報を語り始めた。
「現在、要塞部最下層の発電区画には父様、母様。雫博士、竜宮の両博士と辰さんの体が健在。そして、要塞都市の現在の最高責任者である鷹野准将が核融合炉の自爆を盾として、最終抵抗の段階です」
「この間からヴィート、ギガントが狙ってたのはオレたち以外に、母さんたちの身柄と要塞都市の装備だからな。それごと自爆しちまうぞ、って脅しだ」
大人達の、究極的な決意。
……でも大神一佐は僕たちには犠牲になるなと言っていたのに。
大人ってズルいよ。
「しかし、相手に侵攻できない条件を突き付けただけで、戦闘能力や巨人隊への補助は不能です。そのために佐介の封印を解除。当機テフと共に巨人隊との合流を計画されました」
――ん? 佐介が封印されていた?
ああ、そうか。ステインレス・ハガネの事があって、僕周り全部が疑問視されていたんだから、そうもなっちゃうのか。
だけど当の本人はいつも通りの不敵な笑み。
……助かるよ。
「これで巨人隊の戦力100%だ。すこしはマシになっただろ?」
慣れ親しんだ軽口。
実際にヴィートと巨人軍団に勝てるかはともかくとして、気は軽くなった。
そこへ、思わぬ話が飛び込んで来た。
「いや、すこしどころじゃない可能性がある。――このクラスなら」
声を上げたのは、あきら。
僕の友人は補佐体、テフを指差しながら妙な提案を始める。
「央介、テフのお腹の中の物、何だか知ってるか? それが使える」
「テフの、お腹の中の物? どういうこと、テフ」
僕が聞き返して、更にテフに尋ねた。
テフは少し警戒しながら応じる。
「あきらさん、サイコ氏の候補の一人ではあったのですが――。この装備の情報を抜き取っていましたか」
「可能性の3人までには絞ってたんだけどねー! 残りはーウサギの稲葉くんと、ジャージの木下さん。……んで、テフ。お腹の中って何?」
むーちゃんの余計な絡みまで入った。
そしてテフのお腹の中の何かとは、むーちゃんすら知らない物。
そうしているうちに、テフは外装をはだけた。
見た目女の子の彼女が胸元を大きく開くのは、割と大勢をどよめかせた。
……それで出てきたのが機械筋肉だったから問題はないのだけれど。
更にテフはそこから鳩尾部のジッパータブを引っ張って臍下まで下ろして、柔軟な人工筋肉の腹筋を左右に開く。
佐介なら腹腔には生の内臓が詰まっていると父さんから説明されたけれど、ほぼ機械仕掛けのテフは――?
テフは自分のお腹の中に右手を突っ込み、そこから連なったパッケージを引っ張り出した。
透明な耐衝撃ジェルのパックに包まれたそれは青色の結晶が5つ。
僕は、衝撃を受けて思わず叫んだ。
「まさか……これって!」
「――基礎型のDドライブです。これは央介さんや夢のDドライブが破損時に補給されるためのものでした。しかし、あきらさん。これの使用用途とは?」
テフが、あきらへ質問を向ける。
ニヤリと笑ったあきらは、まずは概要を語る。
「多々良博士曰く、これは央介か夢さんのどっちでも使える、極端には“誰でも使える”Dドライブ――」
続けて、とんでもない作戦が語られた。
「――つまり、この場に5体の新しい巨人を戦力として加えられるってことさ!!」