第三十六話「みんなのたたかい:前編」5/8
=多々良 央介のお話=
僕は、敵を睨みつけた。
対峙する敵はギガントのサイオニック、白雪のヴィート。
勝てる算段は何もない。
だけど僕らの背後には、守るべき6年A組のクラスメイト。
そして、ヴィートからは取り返さなければならないものが沢山ある。
隣の紅利さんと目配せをする。
紅利さんは、笑顔で頷いてくれた。
いざとなれば僕らの命との引き換えなら、あるいは――。
僕と紅利さんで揃ってDドライブを構え、戦いの開始に備える。
怯える心を、せめてもの挑発を吐いて押さえ込む。
「ベルゲルミルの性能試験だろう? さっさと決着にしよう」
対するヴィートは、しかし戦いの構えは取らなかった。
魔人は薄く笑ってから語り出す。
「ファファファ……。多々良 央介よ、今の我にはうぬと戦う意思はない」
――馬鹿にしているのだろうか。
一度は負けた側ではあるけれど、不戦敗を受け入れろとでも。
真意を掴みかねた僕の代わりにヴィートに食らいついていったのは、翅なしアゲハの中からむーちゃん。
「戦う意思はないって……要塞都市を凍り付かせて、大勢の人を犠牲にしておいて!!」
すぐにでも巨人での必殺行動を放てるむーちゃんの激情を、ヴィートは鼻で笑いながら応じた。
「これが我が攻撃、我が侵略だとでも思っていたのか? ただ“我々”の邪魔になるものに黙っていて貰ったに過ぎん」
ヴィートの言葉の中で意味するところが分からない部分があった。
僕は敵意を込めて、それを聞き返す。
「……我々、だって?」
ヴィートを含む者達として、後は。
ギガント? それともこの都市にはヴィート側についた者でも居たのだろうか。
だけど、相手からの答えは全く意外なものだった。
「そうだ、“我々”だ。――多々良 央介。そして珠川 紅利。他の巨人を使う者も!」
「僕……? 紅利さんも……!?」
驚く僕を置き去りに、ヴィートはまるで上機嫌に話を進めた。
不気味な笑いをあげながら。
「ファファファ……気付いているか? うぬらはDマテリアルという機械を介しながらもサイオニックとして成長しだしている。多々良 央介、珠川 紅利の合一巨人こそ、その結晶!」
「あれが……!?」
僕の一瞬の動揺を、ヴィートは目ざとく肯定してくる。
「そう。うぬらは、我と同じサイオニックとなりつつある。なれば――」
ヴィートはそこで言葉を一度切り、芝居がかって両手を僕らへと差し伸べる。
そして、狂った結論を語り出した。
「なれば、多々良 央介よ。巨人使いの同胞よ。我に下れ! 同じサイオニックとして、共に戦うのだ!」
僕は、その言葉の意味を理解して、怒りを爆発させた。
「ふざけるなっ!! お前と仲間になれなんて、そんな馬鹿な話を聞けるかぁっ!!」
「大神さんたちを、町を凍らせたあなたなんかと、仲間になんてなれるはずないっ!!」
紅利さんまでもが一緒に爆発していた。
でも、当然のことだ。
けれど、ヴィートは少し面倒臭そうに話を続ける。
「……戯れなどではない。人間どもは強き力を持て余して恐れ、いずれうぬらも危険と見られ、排斥され捨てられよう。――我が、そうだったように」
ヴィートが憎しみを乗せた一言を吐いた瞬間、魔人の蒼い鎧に異変が起こった。
いくつかの部品が外れ、その大きな胸部装甲が剝がれ落ちる。
鎧の内側にあったものは――。
「見るがいい! 我が真の姿を!!」
そこには“人”がいた。
巨大な鎧の内側、機械仕掛けのガラス・シリンダーの中に浮かぶ、白髪の子供。
それが以前に戦った時、両腕に首を落としても効力が無かった原因。
けれど、その子供には手足が無かった。
体を固定するハーネス、口元を覆う呼吸機械、また体表から体内へ突き刺さる用途も不明な機械。
僕らがその凄惨な姿に息をのむ中で、少年ヴィートは怒りのままに咆える。
「これが我だ! 産まれ持った力が故に人に疎まれ、死を望まれた!」
ヴィートの大鎧――機械仕掛けの拡張四肢は、その大きな腕でヴィートを包むガラス瓶ごとを抱き締める。
なおもヴィートは訴え続けた。
「我を産み落とした血縁持つ者が! 我を吹雪の中に捨てた! その時に、手も足も腸も凍てつき腐り果てた!」
僕は――僕らは、同じ年頃の子供が見せ、語った悲劇に対応し切れていなかった。
教育の中で、地域が変われば国が変わればそんな悲しい話もあるのだろうかとぼんやり思っていただけのような話。
それが目の前に現れて。
「……だが我は生き延びた。この力で! 雪泥の中を蛆虫が如くもがき、戦い続けた!」
今度は鎧の腕をいっぱいに広げたヴィートは、空中に巨大な氷の華を咲かせて見せる。
それは美しく、けれどその内では全ての物質存在が停止する死の力。
いつの間にかガラス瓶の中のヴィートは禍々しい笑顔を浮かべていた。
その恐ろしさに、こいつと戦うという僕の意思が微かに揺らぐ。
「だからこそ、素晴らしきサイキックの力に嫉妬し、己が子すら手にかけた弱き人間どもを、我が裁く!!」
ヴィートは、その復讐の決意を締めくくった。
傲慢に、暴力的な話で。
誰も身動きもできず、言葉も発せずにいた。
この呪いに満ちた魔人を止める術が見つからない。
更に少年ヴィートは孤独な野心も語り始める。
「ギガントなど、その踏み台に過ぎん。いずれ我がベルゲルミルにて食い破ってくれる……」
鎧が失われた今、ヴィートの言葉は見た目相応の子供の声。
けれど、その攻撃性はむしろ増しているように感じられた。
「その時、巨人こそ我らサイオニックが玉座となる」
ヴィートは身勝手な栄光を定義して機械義肢の両手を掲げ、固く握りしめた。
そして、僕らに語りかける。
「多々良 央介、珠川 紅利。うぬらも排斥されしサイオニックの守り手としてそこに並べ。巨人の力にはそれだけの価値があるのだ!」
「巨人に、そんな価値なんて……ッ!」
言い返そうとして僕は一瞬、父さんの作った技術まで憎みかけた。
また、大神一佐が言っていた“未成年者保護プログラム”が僕や紅利さんへの排斥ではないかと戸惑ってしまった。
途端に頭の中が真っ白になって、次の言葉が思いつかなくなる。
そこへ後ろから一人の少年が割って入った。
彼は、真っ赤な野球帽を被っていた。
「――価値があるのは巨人の技術だけだ。暴走するサイオニックはそんな上等なもんじゃねえよ」
僕の友達、ESPを持つサイオニックのあきらが、真っ赤なDマテリアルを手に僕らと並び立ち、ヴィートの思想を否定する。
頼もしい救援――だけど僕と紅利さんは隠していた引け目を明らかにしてしまった彼の身を案じる。
けれど彼は、心配はいらないと笑顔を見せた。
ヴィートは突然の乱入者に怪訝な顔をして、しかしすぐに知識とで状況を把握しきって応える。
「うぬれは……報告書にあった、巨人隊と接触している高能力ESPの主か! 弱き人間どもを超えた力の持ち主だろうに、その優越性を捨てると言うのか?」
あきらは一歩も引かずに答える。
顔の前に立てた指先に、小さな巨人の欠片を表出させながら。
「こんなのはハズレの力だよ。生命的に自滅するほど弱いから、もしくは人間同士の関係を壊しちゃうから、人類の中で主流にならなかった!」
友達の悲痛な過去。
ヴィートとは対称に、力を振り回して肉親を傷つけたあきら。
そして、力を振り回すことに考え無しだったのは――。
「――そうだね、あきら。どんなに強い力でも、振り回して周りを傷つけていったら、その先は玉座の王様なんかじゃなく、ただの一人ぼっちだ」
それは友達を傷つけて失っていった僕。
僕は幸いにも――本当に幸運が重なったことで、いくつかを取り戻して新しい友達まで得た。
でも、ヴィートの望む道では際限なく傷をばらまき続け、取り戻す機会すらなくなる。
あいつの動機が悲しみと憎しみから始まっていたとしても、そこから更に似たような物を増やしていったら、それは全部の破滅にもなってしまうんじゃないか。
今、ヴィートがこの都市に起こした事、僕らが抱えた気持ちがその証明。
僕は、そんなのは大っ嫌いだ。
だから――。
「僕の返答だ。もう、ギガントには巨人を使わせない。そしてヴィート、お前の言うことにも従わない!」
当たり前の答えを投げ付ける。
ヴィートが勝手に持ち込んで来た悲劇や価値観に戸惑う必要なんてなかったんだ。
ただ、僕は自分のしてしまった事を償う。
償うために、巨人による被害からみんなを守る。
それだけでいい!
対するヴィートは、僕を睨みつけていた。
僕と――更に僕から後ろ、僕が守るべき6年A組の仲間たち。
邪悪な思考が、その目に閃くのが見えた。
「……ハ、ハ、ハ。なれば多々良 央介、うぬれが庇うものどもを追い詰め! 狩り! 凍らせ! 最期は一人一人を目の前で砕いてやろう。そして孤独になるのは、弱き者を肯定しようとしたうぬであると理解させてくれる!」
クラスメイトのみんなを狙うと言い放ったヴィートの背後に、青色のアトラスが偽装を解いて出現した。
ヴィートはそれに飛び乗り、僕らを見下ろす。
そして、未だに僕への執着の言葉を吐く。
「多々良 央介、考えを変えよ。稚拙な考えに失ったものが多いと後悔の阿鼻叫喚を上げたくなくばな! フフフ……」
アゲハとミヅチが僕らを庇いに入る。
しかし、ヴィートを乗せたアトラスは攻撃もせずに飛び去っていく。
けれど、それはいつものように姿を隠さなかった。
学校から都市の反対側までを飛行して、その周囲に複数のアトラスを集めだす。
「フフフ……ハハハ!! アーッハッハッハッハッハッハ!!!! 狩り遊びを始めようぞ! 我が猟犬どもよ、彼奴らを追い詰め、嬲り者とせよ!」
都市にヴィートの高笑いが響く中で、アトラスの群れの傍に何体ものクロガネが立ち上がる。
そこには地下要塞を襲った数多くのスティーラーズも合流していることだろう。
これから始まるのはヴィートのゲーム。
襲い来るのは霧と霜の巨人軍団。
そいつらの狙いは、6年A組全員。
僕は――僕たちは、生き延びるためのたたかいを、はじめなければいけない。