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第三十六話「みんなのたたかい:前編」4/8

 =多々良 央介のお話=


 大神一佐は、身を挺して僕たちを送り出してくれた。

 僕らを乗せた輸送車両は、敵が作り出す凍結範囲から逃げるように走っていく。


 僕は、怯える紅利さんを慰めるように肩を寄せ合って。

 でも――実際には怯えている僕が紅利さんを頼っているのだろうか。

 とにかく、彼女の体温が彼女が無事であることを保証してくれていた。


 輸送車両は目的地まで走って、そして後ろで隔壁が閉まる中でゆっくりと停車。

 自動音声が到着を知らせてくれた。


 僕らが車両から降りて周りを見渡せば、同じように避難してきた非戦闘員の人達。

 そしてリニア路線の要塞側線への案内表示。

 このまま緊急列車に乗り込めば、僕らは助かる。


 ――大神一佐と、みんなを見殺しにして。


 それでも今の僕には、紅利さんを助ける義務がある。

 だから、大神一佐の言った通りに――。


 車椅子を押して乗り込み駅へと向かう僕を、紅利さんは咎めるように振り向く。

 本当に正しい選択なのかと言葉にせず問いかけてくる。

 僕がそれに戸惑った時間で、間に合った声があった。


「央介、くん。紅利、ちゃん。あなた達、無事だった、わね!」


 聞き覚えのある声に僕らは振り向いた。

 そこには和服の犬獣人女性――大神 ハナさんが居て、僕らに駆け寄ってきていた。

 だけど僕らは、さっきまでの彼女の伴侶のこともあって返事の声も返せない。


「ああ……、よかった。丁度、目的の、相手が、見つかって」


 ――目的の相手?

 要塞部にハナさんが居るのだから、目的は大神一佐じゃないのだろうか?


「あ、あの。ハナさん! どうして、こんなところに!?」


 僕はやっと声を上げることができた。

 一方のハナさんは、こんな時でも優雅にゆったり応じる。


「今日は、ね。ハチくんに、忘れ物、届けるつもり、だったの。こんな事、起こっちゃった、けども」


「一佐の……忘れ物?」


 どういうことだろう。

 さっきの僕たちが目的という話とは、食い違っているような気がする。

 その忘れ物というのはハナさんが手に提げている、彼女には似合わない無骨なアタッシュケースだろうか。


「ええ。ハチくん、自分で、責任もって、管理するって、預かっていた、もの。何時、返すか、散々悩んで、ね」


 ハナさんはそう言って、アタッシュケースを僕らに差し出した。

 ――僕らに。


 アタッシュケースが開かれて、その中に並んでいたのは手のひらより大きい程度の収納ケースが二つ。

 僕は――僕らは、その小ケースにとても見覚えがあった。


「ハチくん。時々、背中、押した方が、良い時、あるの。だから、持ってきた、わ」


 僕と紅利さんは、それぞれの名前が書かれたケースを手に取る。

 手に取って、開く。


「自分で、渡すべき、なのに、ね。時々、考えすぎの、可愛い人」


 小ケースの中にはDドライブが入っていた。


 僕らは、Dドライブを手に入れた。


 それを手に入れて、やっと喋る勇気が出て。

 僕は、ハナさんに今の今までの事を。


「……ハナさん! 大神一佐は――!」


 ――彼の身に何が降りかかったか、伝えようとした。


 でも、僕の口は素早く突き付けられた物に封じられる。

 犬獣人ハナさんの人差し指、働き者の硬めの肉球。


「ハチくん。昔から、何度も、何度も、帰ってこられない、そんな話ばかり、だったもの。私のお腹に、赤ちゃんが、居る時、でも、よ? だから、今度も、帰ってくる」


 ――ハナさんは、全部を察している……。

 僕らが居たたまれなくなったところに、彼女は屈んで目線を合わせ話し始めた。

 その目は、不気味に深く暗い。


「それを、持って、身を守って、逃げなさい。ハチくん、そういう、話を、したがる、でしょう、ね」


 それは間違いなく、大神一佐が最後に言っていた言葉。

 ずっとパートナーだった相手の事を理解していることが分かる言葉。

 しかし、ハナさんはそこから話を変える。


「でも、今の私は、ね。あなた達に、ハチくんを、助けてほしい」


 僕らと見つめ合っている彼女の瞳は、強い力で僕らを逃がさない。

 恐い、不気味な、猛獣の、禍々しい――狂気の瞳。

 断る事なんてできない、ハナさんからのお願い、あるいは脅迫。


「女って、ね、大好きな人の、ためなら、法律も、道徳も、大好きな人の言葉でさえも、何もかも! ……関係なくなるの。ふふ。あなた達、みたいな、子供を、利用も、するの」


 ハナさんは自分が間違った事を求めているとを理解していた。

 僕らを勝てるかもわからない戦場へ送り出そうとしている。

 それぐらい、この人にとっては大神一佐が大切なんだ……。


 大人の人の、正しい願いと歪んだ願いの両方を受けて。

 僕は――。


「紅利、さん、なら、そのうち……。 ――いえ。もう、わかる、かしら、ね?」


「はい!」


 突然、紅利さんがハナさんからの問いかけに、強く答えた。

 ……どういうことなんだろう?


 兎も角、Dドライブを構えた僕らは決意した。

 勝てるかもわからない戦いでも打って出て、大神一佐たちを救いだす。


 ――だけど、この地下からどうすればいいんだろう。

 地上に向かうにしても、その経路が分からない。


 今の地下要塞内部を無暗に動き回れば、最悪スティーラーズと遭遇する。

 通路は車両が通れる広さはあっても、ハガネを出せるほどではない。

 そこへ、声がかかった。


「こっち、よ。地上への、脱出機構の、誘導灯。婦人会で、教わったの」


 ハナさんが手招きしている。


 どうも僕らは完全に彼女に操られるままだ。

 でも、それでいい。

 普段は大神一佐の指示に従っているのだから、それが奥さんに代わっただけ。


 ハナさんと誘導灯に導かれて辿り着いたのは、まだ動く隔壁を二つ越えた先。

 そこには、壁面にいくつもの扉が並んでいた。


 もちろんそれらはただの扉ではなくて、地上へ向かう脱出ポッドへの乗り込み口。


 ――遠くからは冷たい霧が漂ってくる。

 もう、こんなところまで凍結の範囲が近づいてきているんだ。


「兵士、さん。言ってたの、だけど、ね。地上も、ずいぶん、凍り付いてる、って」


 凍結、そしてそれを操るスティーラーズを警戒し、急いで脱出ポッドの利用法を調べている僕らにハナさんが告げる。


「この、脱出機構。機械が、出られるって、判断した、場所へ、向かう、わ。だから――今は、どこに、出るか、わからない」


 ポッドの稼働ボタンを押した僕らは二人で頷いて答える。


「出られさえすれば、大丈夫です!」


「大神一佐を、この都市を救ってみせます!」


 僕らの後ろで、脱出ポッドの扉が開く。

 危険な地下よりも僕らで守れる地上へ。

 ハナさんにもポッドに乗ってもらおうと手を伸ばして。


 だけど気付いた。

 基地の警報が、止まっている。


 状況が解決した――はずはない。

 じゃあ、基地の機能が全面的に失われて――。


 ――敵の制圧範囲が、この地下全体に及んでいる!


「ハナさん!!」


 僕が彼女を急かした瞬間だった。

 ハナさんは優しい笑顔を見せて、僕らをポッドの中に突き飛ばした。

 更に彼女は、手に持っていた空のアタッシュケースを通路の向こうへと鋭く投げ付ける。


 それに対して“反撃”が行われた。

 通路から迫っていた奴ら――スティーラーズは、アタッシュケースを投げ付けられた程度ではびくともしない。

 けれど、それが攻撃行動だと判断して攻撃の優先順位が算出されたんだ。


 ハナさんへの攻撃を優先した分、スティーラーズの攻撃は僕らには向かなかった。

 僕らの目の前で、氷のつぶてが幾つもハナさんに突き刺さる。


 身代わりになってしまったハナさんを助けに駆け寄ろうとした僕を、閉じる脱出ポッドの扉が遮った。

 ポッドの外の音は、もう聞こえない。

 ただ、凍り付いていくハナさんの笑顔だけが小さな窓越しに見えて。


 脱出ポッドが起動する。

 その発射の強力な加速度が、僕を床に叩きつけた。




 ――ハナさんは最後に何かを言っていた。

 最初の一言は、よく見せた口の動きで「ハチくん」。

 続きは、わからない。


 でも、その言葉の続きを大神一佐に聞かせてみせる。

 それがハナさんの願いで――これからの僕の役目。


 上昇を続けるポッドの中で床に手をつき、壁を頼って立ち上がる。

 紅利さんも、既に“自分の足”で立ち上がっていた。

 要塞都市の大人達の戦いが終わって、次は僕らの戦い。


 上昇に揺れるポッドはしばらく内部灯だけの暗がりが続いて、それから急激に明るくなった。

 窓から地上の光が差し込んでくる。


 頂点に達してから落下の無重力と、何らかのエンジンによる制動の高重力。

 そして脱出ポッドは地上に降り立った。

 僕は、紅利さんと頷き合ってポッドの扉を開く。


 ――そこは、大きく開けた場所。

 半年間で見慣れた神奈津川小学校の校庭。


 ポッドの傍まで、むーちゃんのアゲハと辰のミヅチが駆けつけた。

 それだけでなく、6年A組のクラスメイトのみんなまで。

 どうしてみんなが地上に残っていたのかはわからない。


 だけど、それに喜ぶ余裕はなかった。

 集まる仲間たちとは反対側に、僕らを目指して急行してきた者がいる。


「現れたか。多々良 央介、珠川 紅利……!」


 それは飛行機械アトラスを駆る蒼い鎧の魔人。


 最も恐れるべき敵、ヴィートが僕らの前に姿を現した。

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