第三十六話「みんなのたたかい:前編」3/8
=多々良 央介のお話=
《D4区画、戦闘継続困難。所属兵員はC4区画へ撤退を》
《非戦闘員は下層電源区への避難を。グリーンの電光指示線は被制圧エリアを避ける方向に向いています》
警報は更に激しくなっていく。
心細さから大神一佐の声を聞きたくて、彼が戦闘へ向かっている事を分かっていても通信回線に声を掛ける。
「……大神一佐、怖くないんですか? スティーラーズの改造型なんて太刀打ちできる相手じゃあ……」
一佐は僕らの弱った心はお見通しで、力強く、頼もしく答えてきた。
《ああ、このサイズの銃さえ構えていれば十分に覚悟できる。私は君達より小さい頃からこれを構えていたんだからな》
獣人の大神一佐。
昔の苦しい時代での少年期は、きっと僕らには想像もできないほどの苦労の連続。
その時、急に通信回線から一佐のひどい咳き込みが響いた。
《……ああ、すまない。連中が冷やしているのか、空気が寒いのが辛いんだ。私は温暖な太平洋岸の育ちでね》
――よかった、何か毒ガスとかじゃなかった。
大神一佐はそのまま、声の調子を明るく保ったまま話を続ける。
《寒い戦いは……苦手だったな。――ああ、子供の頃。私の属していたチームが遠征先のニイガタ県の闘技場で、人工吹雪の寒冷地戦の中、皆殺しのリーリャというヒグマ獣人の女と戦ったんだ》
それは今までとは脈絡のない、一佐の思い出話。
僕らは一体何が起こったのかと不審がった。
《そのルールで34連勝を誇っていた奴は本物のバケモノだった。こちらは4人がかりでコンバットナイフ11本を全身に突き刺して、周囲の人工雪がこっちとあっちの血で染まるまでいっても堪えもしない》
僕らと同じ歳だった頃の、大神少年の戦い。
何故、子供にそんな事が襲い掛かるのか理解できないほど凄惨なもの。
《逆に相手の鉤爪で私は腹を切り裂かれて……それでも最後までチームを指揮して、組み付いて、辛うじてフォール勝ちに持ち込んで、犠牲者は出さずに済んだ。しかしこっちは二月は傷の縫い直しだったのに、奴は翌週には復帰していたというよ。まいったな、ははは……》
きっと大神少年の武勲はこの話だけではないのだろう。
だから、どんな敵がきても僕らに的確な指揮をくれていた。
《……何? そうか、了解した。第2は――既に無理か。では総員、第3指揮所へ移動だ。鷹山准将は既に電源区へ? ――そうか、最終手段は執ってもらえるか……》
挟まったのは僕の側には聞こえない、HQからの語り掛け。
聞こえただけで指揮が場所を移すほど状況が悪くなっている。
大神一佐の話は、そこから少し雰囲気が変わった。
《――先ほどの話の戦いを父さん――義理の父親の五十郎さんが見ていた。それで私の
戦いの采配が、ダメージコントロールが巧いと。それで大神家の養子と拾い上げてもらったんだ》
――僕らが話してもらっていたのは、犬獣人の少年ハチが、大神ハチになった時の話だった。
大神一佐は今、僕らにその過去を覚えていて欲しいと思ったんだ。
でも、嫌だよ。
そういうのって、悪い流れの前振りじゃないか。
《書類上は人間になって、士官候補にまでなって、それでもやはり獣人というのが引っ掛かったか他の士官候補達とは違って、今のように銃を構えて、前線に送り出されて――》
そこからの大神一佐の声からは、さっきまでの愉快さや誇りを感じる響きが消えていた。
《――大陸連邦末期の特攻ゲリラ兵相手にずいぶん戦った。友軍の犠牲は出来る限り減らしたが……大勢を殺したよ。銃で、ナイフで……》
今の時代では、それは大量殺人だと罵られると気にしたのかもしれない。
でも、さっき叱られたとしても、この半年に渡って僕らを導いてくれた人をそんな事で嫌悪したりしないのに。
それとも大人になると敵を排除した事も辛くなっていくのだろうか。
僕には、まだわからない。
「……それから時代が変わって、血塗れの戦場からは遠ざかって、ハナと共に子供たちを育てて、やっと重い銃は手放せたと思ったのだが。……手元にあれば、安心するものだ」
大神一佐が喋り終えた瞬間、金属機械の爪が噛み合う、硬い音が連続して通信音声に乗った。
――何の音だろう?
《……そうだな。やはり自分の武器は、手放させるべきではなかったな。それが逃げるべき時であっても……。すまない、央介君、紅利君。今日の私は判断を誤った――》
いきなり、大神一佐から謝罪の言葉。
僕は遅れて気づいた。
今の機械の音は、銃の動作確認か何か――。
――大神一佐の身に危機が迫っている!
僕は立ち上がって、情報画面に声を掛けようとして。
だけど逆に聞こえてきたのは激しい銃撃の音。
――そして。
《央介君、逃げるんだ! 君が何を抱えているかは知らない。だが子供の君は苦しい事や背負ったもの……責任など、大人と役職付きの連中に投げ付けてやれ!!》
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スティーラーズのあげる機械音声が大神一佐に近い。
それと銃声にかき消されまいと一佐は声を張り上げていた。
そして、こんな時まで僕の心配をして――!
《逃げろ、二人とも! 逃げて、成長して、私達を助けに来るなどと生意気に言うのは、君達に大人の余裕が出来てからだ!!》
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通信から聞こえる大神一佐の訴えと、それを埋め尽くしていくスティーラーズの声。
――けれど、それらは同時に途絶えた。
「大神一佐っ!?」
「大神さん……!!」
僕と紅利さんで、基地の情報画面へ必死に呼びかける。
返事は――ない。
画面の表示も、信号途絶という赤文字に変わっていた……。
「……大神一佐!!!!」
そこで何が起こったのか。
最悪の事態でないことを祈るしかなかった。
それからすぐ、大神一佐が進んでいった大隔壁に異変が起こる。
金属と警告色のゲートが、白く染まっていく。
それが冷たい霜だと気付いた頃には、凍結はゲートから床面にまで拡大しだしていた。
ヴィートが、その尖兵が僕らへ近づいてきている。
僕らには、武器すらないのに……!
せめて今は紅利さんを連れて逃げなければ――。
僕がそう判断した瞬間、一台の輸送車両が基地の通路を走ってきた。
それは僕らの前で停車し、無人のままにドアを開け放つ。
事前に、大神一佐が手配してくれた車。
僕らはこみ上げるものを堪えて、その車に乗り込む。
全自動制御の車両は、運転手も指揮する者も無しに走り出した。
紅利さんはついに涙をこぼしながら謝罪を繰り返す。
「ごめんなさい……大神さん……ごめんなさい……」