第三十六話「みんなのたたかい:前編」1/8
今回、重たくて辛い話が続きます…。
ですので「凹んで負けて辛い所で1週間ストップは耐えられない!」という方のために連日更新とさせていただきます!
=多々良 央介のお話=
僕はひとりぼっちで、ずっと無機質な部屋にいた。
傍に佐介も居らず、服は入院着一枚だけ。
原因は僕たちが引き起こしてしまった巨人の暴走。
敵を倒せはしたけれど僕か紅利さんのどちらか、もしくはどちらも助からない可能性があった。
紅利さんとはそれ以来、引き離されたまま。
貸し与えられたタブレットのカレンダーでは今日で13日目。
実感は、ない。
だって僕が居るここは要塞都市の地下最深部。
いつも同じ電灯の光で、昼も夜も分かりにくい。
僕はそんな監視下に置かれていた。
定期的に裸にされて全身の精密検査と脳波の確認、PSIエネルギーの調査。
多分、紅利さんも同じような検査を受けている。
――僕のせいで。
検査に顔を出ししてくれた技術士官さんの話だと、巨人隊が要塞都市を移動する話も一時取り止めになっているらしい。
それほど僕らの引き起こした巨人の暴走は危険なものだと判断されている。
大神一佐は事件の後、僕にこう言った。
「戦いには法がある。特に重大なのは味方を守るための原則だ。君らはそれを犯した」と――。
それは巨人に発揮させた危険な力以上に、あの時の僕らが大人たちの言うことを聞かなくなっていた方が問題だということ。
そんな大人たちの警戒を示すように、部屋にはDマテリアルで急造された防護装置が設置されもした。
以来、あきらからのテレパシーもこない。
当然だけど、この事件は父さん母さんたちを忙しくしてしまった。
それなのに無理をして時間を作ってまで僕の検査に何度も立ち会って、その後の異常がない事に胸をなでおろして。
でも、父さんは一度、顔にひどい痣を作ってきた事があった。
転んでぶつけたと言っていつも通りの笑顔を向けてくれたけど、そんなふうには見えなかった。
多分だけど、僕が迷惑をかけた誰か――紅利さんの近しい人が、彼女を巻き込んだ事に耐えられなかったんだと思う。
――僕のせいで。
辛い気持ちは、辛い記憶も引っ張り出してくる。
何の考えも無くヒーローごっこで攻撃してしまった巨人。
相手の首を折り、腕を千切り倒した巨人。
それが辰とむーちゃんの巨人だった。
そして一緒に思い出される記憶。
ショッピングモールで爆発音と共に倒れ込んでくる玩具の棚。
それに挟まれる足、燃え上がっていく玩具、体が焼ける痛み。
――目が覚めた時には両足の先がなくなっていた絶望。
こちらは僕が見たはずの無い、だけどはっきりと覚えている記憶。
僕の中に紅利さんの記憶がある。
二人が混ざってしまったあの時に、お互いのトラウマが伝染したのかもしれないと黒野のおばさんが分析してくれた。
じゃあ、紅利さんにも僕の記憶が写ってしまったことになる。
どれも僕だけが背負えばいい物なのに。
変わらない無機質な部屋。
堂々巡りする思考。
だけど、今日はそれに終わりが来た。
部屋の扉がチャイムに続いて開かれて、姿を現したのは大神一佐。
それだけなら何度かあった事だけれど、一佐の後に続いたのは医官さんが押す車椅子に乗った紅利さん。
僕は声も出せないまま紅利さんに駆け寄って、跪いてから抱き着いた。
彼女への謝罪と、自分がしてしまったことの後悔と、隔離された辛さと――愛おしさで。
紅利さんも、僕を強く抱き返してくる――彼女はどんな気持ちなんだろう。
「あまり君達は接触しない方がいいとは言われているが――この程度は見逃すことにしよう」
大神一佐は、いつでも大人の対応。
僕たちの幼い相互への依存は、少しだけ時間の猶予をもらえた……。
それから僕たちが連れていかれたのは、取り調べに使う感じの部屋。
お話での知識からすれば鏡窓の向こうには監視の人達がいるのだろうか。
例えば――。
「大神一佐、傍に父さん母さんも居るんですか?」
「隣の部屋にか? 残念だが居ない。雫博士らは、この基地の最深部での保護状態。上太郎博士は現在、附子島少将に招聘されていて所在は不明だ」
そう、なんだ。
僕が少し残念に思いながら頷くと、僕らと対面で座る大神一佐は溜め息を一つ吐いて話を始めた。
とても、辛そうに。
「まず君達には、未成年者保護プログラムの適応が検討されている」
僕らが意味を取りかねてまごつくと一佐からの説明。
「簡単に言えば、名前も、住む場所も、家族も全て取り換えられて、安全な所で無関係の子供としてやり直す。そういう法的処置だ」
「え……!?」
とんでもない話が始まってしまった。
最初の頃、紅利さんにそんな対応が取られるような話があった。
でも今度は僕たち二人に。
大神一佐は、その理由を告げる。
「今回の事は新たな敵、ヴィートへの対策もあって各方面軍とで話が広まっていたタイミングだった。こちらを狙ってくる敵を倒すのが困難、一方で味方側も手綱が取れない恐れが出た。だから敵に狙われるものを見掛け上は存在しなくしてしまえ、と……そういう実効性も怪しい大人の判断だ。酷いものだろう?」
自嘲しながら語った大神一佐は寂しそうな表情をしていた。
子供から聞いても無茶苦茶な話を責任ある大人が言わなきゃいけないなんて、どんな気持ちなんだろう。
「もちろん、そんな処置はさせたくはない。だから、まだしばらくは大人しくしていてくれ。仮にヴィートが襲ってきても、あの力は二度と使ってはならない」
「――でも!」
僕は驚いて横を見た。
大神一佐の話に食い下がったのは、紅利さんだった。
「あれは央介くんを、みんなを助けるためでした! あのままだったら危険な目にあっていて……!」
「――そうだな。だが、君も周りも偶然助かっただけだ。次がある保証がない」
一佐は、そこまでは理解を示してくれた。
だけど紅利さんは興奮したままで、止まらなかった。
長い期間の拘束が、彼女の中におかしな反発を作ってしまったのかもしれない。
「だって! “次の時”には、悪い人を倒すしかないんでしょう!? それならこの力を使った方が! そうしなければもっと恐ろしい事が起こるって大神さんだって分かっていて――」
それは僕の心の一部、ギガントが巨人技術を悪い方へ拡大させてしまうことへの警戒。
紅利さんは、それを受け取ってしまっていたんだ。
僕が言わなきゃいけないことだったのに――。
――大神一佐が、強く息を吸った。
そして。
「いずれ恐ろしい事が起こらないために、君達が犠牲になるのを見ていろと!? 軍人相手に、子供が緊急避難の提案だと!?」
大人の怒声が、響き渡った……。
僕も紅利さんも突然のことにすくんで、尚も大神一佐からの全身全霊での叱責。
「軍とは国の緊急避難において犠牲になる側の数字だ!! 今の軍は自らそれを選んだ者達だ!! それで守ろうとしている子供らが、自ら犠牲になることを見逃せ……? そんなふざけた順序を、軍と兵士の責を背負う私に話すのかぁっ!!!!」
ずっと温和で理解あった大神一佐が、猛獣の牙を剥いて僕らを叱り付ける。
僕らは語られた理屈を理解するよりも、怯えるので精一杯だった。
一佐はそこまでで怒りの吐息を吐き切って、最後は悲しそうに絞り出すような語り掛け。
「どうしても言いたいというなら、軍人になってから、私の上官になってからだ。それで自分を犠牲にすると言え……!」
一連の剣幕に紅利さんは衝撃を受けて、しゃくり上げて、そしてついに泣き出してしまった。
それでも大神一佐は、もう表情を崩さない。
僕も彼女が居なかったら同じように泣いていたと思う。
大神一佐の、大人の正しい理屈の話。
だけど子供の僕には、それが大人を盾に取った話に聞こえてしまって、納得しきれなくて。
泣きじゃくる紅利さん。
僕は彼女の肩を抱き寄せて、拙くも力づける。
大神一佐は次の話があるのか、眉間に深い皺を刻んで黙ったまま。
誰も幸せになれない時間が過ぎていって。
一佐の携帯端末が一瞬先に鳴る。
そしてすぐに都市に警報が鳴り響いた。
一佐は雷に打たれたように動きを止めて、深い怒りの表情で呟いた。
「無力だな、私は……」
敵が来たんだ。
大人達の戦いを踏み躙って。