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第三十五話「紅蓮の鬼神」2/4

 =多々良 央介のお話=


 神奈津川市の地下要塞部、いつも使っていた待機部屋。

 周りに酷い空気を押し付けてしまっていることはわかる。

 だけど、今ばかりは解決する手段が僕には無かった。


 佐介と一緒にパイプ椅子に座り、会議机に俯いて潰れた僕を、むーちゃんは叱り付けてくる。


「あれで良かったなんて欠片も思ってないよね!?」


 返答は、できない。

 悪い選択だったのはわかるけど、他はもっと悪いものしか思いつかない。


「まだ転地まで日数あるんだから、それまで一緒に学校時間過ごせばよかっただろーに」


 今度は辰からの、猶予付きの計画。

 でも、それには僕からも言い返せる部分があった。


「……どうかな。普通の女の子だった紅利さんを巻き込み過ぎてたぐらいだったんじゃないかって……」


 普通の、とは言ったけれど実際には彼女はハンディキャップを抱えている。

 今こそは巨人技術で少し快適に過ごせるようになっていても、不意の出来事でどうなるかわからない。


 そうやって彼女から遠ざかって安全圏に置くのに十分な理由は告げたつもりだった。

 だけど、噛みついてきたのはむーちゃん。


「あのね! 女の子はむしろ巻き込んでほしいの!」


 何か、とても感情的な話で怒鳴られた。

 彼女に怪我をさせたくないのに、怪我をさせろって……。


「おーちゃんが他の女の子に取られるの嫌だけども、おーちゃんが女の子ポイポイしちゃう嫌な男の子になる方がもっと嫌!」


 自分の傍にずっといてくれた幼馴染の、よくわからない女の子の気持ち。

 僕は文句ぐらい返したくて、でもできなくて。

 結局、佐介に頼る。


「どっちも嫌って、無茶苦茶な要求してくれるなあ……」


 この場にいる全員が補佐体はどうやって考え動くかなんてわかってるのだから、代わりに喋ってもらった意味なんて何も無い。

 でも、僕には口を開く勇気がなかった。

 そこへもう一人の幼馴染が多少の同調を見せてくれる。


「まあ、戦闘能力があるわけでもない珠川さんを連れていくわけにはいかないのは事実ではある」


 辰は、そこまでは肩を持ってくれていた。

 だけど次の言葉は結構な突き落とし。


「で、今回のは女泣かせのおーすけには良い薬になったって所だな。ちゃんと償う方法で悩み苦しめ」


「女泣かせって……!」


 身に覚えのない悪行罪状を宣告されて、思わず反発。

 けれど辰は、それが無自覚なものだったと追及してきた。


「あのな、昔から全方位で女子人気集めといて、むーちを盾に泣かせまくりだったぞ、お前」


 ……知らなかった、そんな事。

 自分がモテるとかの意識は何にも無かった。


 何もかもが壊れる前までは、僕は相手の側に遠慮なく踏み込めて、踏み込んだら支えてあげられた。

 でも、それは皆と友人なら楽しいじゃないかというだけ。

 いつの頃からか男子だ女子だっていうのがだんだん大きくなってきていたけれども。


「むーも、おーちゃんに悪い虫がくっ付かないように立ちはだかってたからね!」


 ……どうも幼馴染が色々阻害してたから認識しきれなかった部分がありそう。

 それでも強いて言えば、はっきり接近してきた女の子には。


「すーちゃんとか、八坂さんにはちゃんとお断りをしたよ……!」


 可愛い便箋のラブレター、校舎裏への呼び出し。

 それでも彼女らの気持ちに応えられる気がしなくて、ごめんねと謝罪しただけ。

 答えた時の二人は、それほど悲しんだりは――残念がる笑顔の裏でどんな気持ちだったのだろうか?


「彼女らは氷山の一角です。なお浮遊氷山の水上部は比重から全体の10%未満」


 唐突なテフからの告発。

 衝撃的な話に、佐介が警戒状態に移る。


「えっ? じゃあ、あと18人も……!? 誰が……」


 僕は無自覚な大罪人だったらしい。

 そして彼女らを傷つけた挙句に、今度は紅利さんまでも。


「それに……!」


 むーちゃんが、大きな声を上げた。

 顔を上げた僕を、強く指差して彼女による鑑定が語られる。


「紅利っちのは、おーちゃんっていう人気者をゲットしたいとかじゃないよ! おーちゃんに笑顔になって欲しいって気持ち。……むーもだからね!?」


 ええと……むーちゃんは、どういう状態なのだろう。

 紅利さんの肩を持っているような、逆に彼女を出しにして僕へ告白してきているような。

 二人の女の子のわからない気持ちへの自分の不十分を謝る。


「……応えられなくて、ごめん」


「紅利さんに直接それを言うまで、かっこわるいおーちゃん嫌い!」


 むーちゃんは音が出るほどの勢いでそっぽを向いてしまった。

 ……コミュニケーションって、こんなに難しかったかな。

 傷つけないように、控えめになったのが間違いだったのだろうか?


 それをけらけらと笑いながらの辰の、酷い言葉から始まっての暫定の計画


「そのまま嫌われとけ。つーかくたばれ。……とりま今を解決するには、かっこよく凱旋!が一番手っ取り早いんだが、な」


 幼馴染が作ってくれた支え混じりの弾劾。

 自分の失敗を、ゆっくりだけど受け入れられる時間。

 僕はそれに甘えて抱えていた弱音を吐き出す。


「でも、あの巨人。ベルゲルミルに勝てる気が、しないんだ。それに――」


 続けて、懸念も。


「――ベルゲルミルを倒しても、もっと強いのが現れたらどうしようって」


 僕の言葉に、辰ははっきりと驚きを見せながら応じた。


「おーすけにしちゃ弱気だな。先の先が恐いとか、らしくもない」


 僕は、こっちは弱音だけの話じゃないと言葉を考えて並べる。


「根拠があるってわけじゃないけど……ギガントは、どんどん強い巨人技術を持ち込んできてる」


 辰は軽口を収め、むーちゃんもテフも真っすぐに聞いてくれた。

 話を続ける。


「多分、それは偶然そうなったとか、相手の研究が進んだだけじゃなくて、同じように強くなってきた僕らに噛み合うのをぶつけてきているんだ」


 最初はぼんやりとしてるだけの巨人から始まって、次第に凶暴化や攻撃防御を操作できる巨人に。

 そして祐介みたいな補佐体を使った巨人、アトラスを介しての巨人操縦。

 量産型の補佐体の群れに、今度は補佐体かサイオニックかから生み出された強大な巨人。


「巻き角の辻さんが言ってたんだ。ギガントが僕らと戦いにくる理由が弱いって」


 無人島で聞いて、心のどこかに引っ掛かっていた話。

 僕は時折それについて考えて、相手が戦いを必要とする理由を考えてきた。


「――巨人のモルモットにしてるんじゃないか、とも言ってた」


 更に佐介が別口で聞いた話での補間。


「多分、そうなんだよ。僕らが戦えば戦うだけ巨人技術のデータがギガントに集まっちゃう……」


 僕は、そこからの結論を言うのを少しためらった。

 言ったら本当になりそうで恐かった。

 だけど、逃げ場なんて無いから――。


「――最終的には誰の手にも届かないような怪物が出来上がることになる……!」


 それは僕たち子供にはどうしようもできない最悪の未来の可能性。

 父さん母さんたちが、みんなの体の安全を守るために研究し始めた巨人。

 でも今、僕に考えられる巨人の未来は、世界を埋め尽くすベルゲルミルとクロガネの群れ。


 部屋に嫌な沈黙が満ちる。


 むーちゃんや辰は僕より物事の察しがいいから、先に似た事を考えていたのかもしれない。

 そうやって3人の考えが揃ってしまえば、あとはもう身動きは取れなくなる。


 子供3人に補佐体2体が恐さに押し黙っていた。

 その時だった。


「ハイハイ! だからって負けて良いって理由にはならないのよ。ちびっ子ヒーローたち!」


 とても快活に、割り切った大人の女の人の声が割り込んできた。

 部屋に入ってきたのは長尻尾の、狭山一尉。

 驚いた僕らは一斉に振り返って彼女の顔を見つめる。


「ふむ……。大概が精神論ゴリ押しで何とかなっちゃうエンハンサーに生まれた立場だと、頭ごなしになるから嫌なんだけどね」


 狭山一尉は、そう前置きをしてから話を始めた。

 とても、真面目な顔で。


「技術や兵器の悪い使い方を“それでいいんだ”なんて言いっぱなしでいるのは悪い大人の見本。まあ、世の中は大体そっちだけども」


 その言葉には大人としての自省も入っているのだろうか、一尉は恥ずかしそうに頭を掻く。

 一呼吸の間から、話のまとめが始まる。


「悪い奴が居たら、表に出せなくても止める気持ちと、出して言えれば止める言葉と、できるなら止める行動しないと悪い方向に行っちゃう。そうなった後で後悔しても遅い。でも、どれか一つでも持っていれば、まだマシだったって言い訳できるでしょ」


 ええと、これはなんというか直接の解決にはなってない話のような気がする。

 あくまでも気持ち的にどうするかの話。


「なんにしても、体動かさないとどんどん鬱々陰々滅々。でも動物は動くから動物よ! なんなら、これから基地の一周マラソンでも一緒に行こうか!?」


「うえー……」


 トドメは体育会系で、むーちゃんと辰が声を揃えて嫌がった。

 でも……うん、今の立ち止まってしまった僕たちには、それしかないような気がする。

 悪あがきして、どうにもならない時がくるまでは動くしかない。


「あとね、女の子の強さをバカにしてると、あとでギャフンって言うことになるわよ?」


 ……あれ、急に話が変わった。

 どうやらこの話は僕だけに向けられたもの。


「心配して置いてけぼりにしたつもりでも、きっと紅利ちゃんは央介君を追いかけてくるからね。その時に彼女の強さに驚く……かもしれない!」


 そう言われて僕は言葉では返せず、でも自分の胸元に手をやった。

 握りしめたのは紅利さんとお揃いになったDドライブ


 この都市に残すことになる紅利さんに繋がる技術の結晶。



 ――その瞬間、都市に戦闘警報が鳴り響いた。



「あーあー来た来た。来やがりましたかいっと……!! 迷える青少年の気持ちを慰める時間ぐらい欲しいのに!」


 狭山一尉は、全力で毒づきながら飛び出していった。


 僕らの携帯端末にも、すぐに情報が転送されてくる。

 現れたのは青色のアトラスが1台。

 ヴィート――ベルゲルミルだろうか。


 ――うん、丁度いいや。

 今は、どこまでも悪あがきしてから倒れてやる。




 =どこかだれかのお話=


 巨人隊の子供らよりも先に出動するべく飛び出た狭山は、部屋のすぐ外で凍結したように動けなくなっていた。

 そこで待ち受けていたのは、恐るべき相手。


「未熟者ながら十分足る説話だった」


 彼女の祖母、九式が通路に立ち塞がっていた。

 小柄な彼女は、しかし通路を全面封鎖できるほどの威圧感。

 そして九式は僅かに皮肉めいた笑みを浮かべて語る。


「悪は当然と、その守護を務めていた我の耳には痛く響く」


「あ、あはははは……」


 狭山は、笑ってごまかす他なかった。

 祖母が旧体制において強権派の尖兵として居た事は公然の知識。


 猿の、もとい虎の尾を踏んでしまったかと冷や汗まみれの狭山の前で、九式は呟く。


「……斯くなれば此の戦い、子等が――恐らくは中心たる多々良少年が力に目覚むまで見守る方が正道か。老兵が経験を奪いても(つぎ)が実らぬ……」


 それは、彼女の懺悔のための言葉だった。

 来たるべき戦いに備えて子供達を磨き上げるために、あえて矢面のままに見捨てる。

 そんな選択を孫に聞き咎めて欲しかったのだ。


 けれど――。


「……はい?」


 緊張しきっていた狭山の耳には、残念ながら届かなかった。

 未熟者への呆れをはっきりと顔に出した九式は、未熟者でも出来るだろうことだけを伝えて切り上げる。


「……もう良い。瑠美、こどもたちが基地を離れるその時まで支え続けよ。教導隊は、教導を先んずる」


「は、はいっ!! ……どういうことでしょうか……!」


 少女のような老兵と、背の高い女性兵士は噛み合わないまま通路を進んでいった。

 その傍では内壁に組み込まれた情報画面が、襲来している敵の情報を表示し続ける。


 敵は、青いアトラス1機。

 そこから誇示するように投影されたホログラムは、ヴィートではなく副官レディ・ラフの姿。


 更にアトラスから操り人形のようにぶら下げられたスティーラーズが3体――。

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