第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」1/6
今回はちょっと怖くて痛いお話ですよ…。
では、皆さん覚悟ができたところで、始めさせていただきます。
=多々良 央介のお話=
休日の、昼下がり。
引っ越してきてもう一月、大分慣れてきた家の庭。
僕はフェイントで投げた小石に合わせ、樫の棍を大上段に構えて、高く跳躍。
相手が小石を弾いて構えを崩したタイミングで、その高い体躯へ真上から打ち込む。
時間差に体重と勢いを乗せた一撃だった。
けれど、当たる瞬間に相手の棍が腕と地面の二点で固定されていて、こちらの棍はあっさり受け止められる。
硬く受け止められた棍は撓り、その反動で僕は宙に跳ね飛ばされた。
「あっぶね!」
そのまま、横から飛び出てきた佐介に受け止められた。
――着地ぐらい、できたのに。
「コンビネーションとしては悪くないが、決着を焦りすぎだな」
訓練の相手――構えを解いた父さんが、残念そうに評価する。
「礫程度では相手が引いてくれるとは限らない。相手の防御能力、手段の底を見極めてからの方がいい」
「隙あり!」
僕を降ろした途端の佐介が、父さんが語り終わるか終わらないかの時に、手裏に隠していた何かを投擲した。
僕の体の陰の攻撃で、父さんからは死角。
でも――。
「甘い」
「……ひえっ!?」
投げられた石は、父さんが目にも止まらない勢いで振るった棍に打ち返され、佐介の顔を掠めて飛んで行った。
青ざめている佐介だけど、石が直撃しても大したことないだろうに。
――父さんは、強い。
僕のご先祖様からの一族の流派、長い棍を武器とする多々良一芯流。
戦国時代にあって、『たたら』の名前どおりに鍛冶師で、一方で忍者だったご先祖様がその始まりだという。
そこから代々続いてきて、父さんの実家は今でも武術道場だ。
道場の長男として、継承者として鍛え上げられたのが父さん。
だけど、科学者になるという夢を追いかけ、家出紛いの進学をしたのだという。
その長男の息子である僕は、小さなころから遊びとして稽古をつけてもらっていた。
それが今ではハガネで戦うための訓練になっている。
でも、父さんはこんな形で武術を磨いてほしくはない、と少し悲しげに言う。
――僕は、父さんが戦うのに十分な力をくれたことが嬉しいのだけれど。
「決着は早めの方がいいと思うんだけどなー? 巨人に余計なダメージ与えたくないもん」
佐介のこれは、僕の思っていることを代弁してくれた形だ。
ハガネが巨人を傷つければ傷つけるだけ、誰かの心を傷つけているのだから。
「それはまあ……間違った考えではないが、なぁ……」
棍を壁に立てかけた父さんは、頭を掻きながら、いつもの猫背に戻ってしまう。
シャンとしてる方がカッコいいのにな。
「いつも言うが、流派の名前どおり一芯。きちんとした芯を作るのが基礎。そこをもう少し考えるんだ」
父さんのお決まりの文言に、僕と佐介で口を合わせて、続きを言う。
「捩じり紡がれる芯、螺旋の中心の力、一点で相手に穿つ!」
「……あのな、口上ばかりしっかりしても、行動が伴わなきゃ意味ないのだぞ」
合唱に頭を抱えた父さんからのお叱り。
……ごめんなさい。
佐介と二人で小さくなる。
「さて、うちの技は捻じり、回転力で威力をあげることが重要だから、物理的な意味での軸を大事にしろという意味はある」
そう言いながら、父さんは僕の前髪に指を突っ込んで、渦を描く。
普段からそうされてるせいで、前髪がまとまってアンテナみたいに飛び出る毛癖がついた。
父さんの前髪も、おじいちゃんのもそうだから、これは一族の伝統なのだろうか。
更に父さんの講釈は続く。
「だが、俺が思うのは、これは自身の動きだけでなく、相手も自分の中に巻き取って力としろ。そういう意味だと思う」
……相手を巻き取る。
どういうこと?
隣で佐介も首をかしげている。
「まあ……相手と自分の状態を把握しよう、といったところだな」
父さんの解釈。
えーと、相手の弱点を理解すれば戦いやすい、そういう感じかな?
確かに戦う上では相手の長所短所の見極めは大事だけれど、そんな当たり前の事なのだろうか。
僕たちが答えを掴みかねていると、父さんは僕が首からぶら下げていた青い結晶、Dドライブを指差した。
「こいつも、そういう仕組みで動いている。使用者のPSIエネルギーを螺旋で巻き取って収束し、D領域に流し込むんだ」
「また父さんの自慢が始まったかな」
佐介が茶化す。
「まあ、そういうな。力を渦で束ね、鋭くせよ。一族の教えが、Dマテリアルの中にも息づいているんだ」
そう、だからこそ父さんだけがDマテリアルを完成させられた。
科学を突き詰めるためには武術が必要だったなんて、不思議な話。
でも、今その力は父さんの願った通りには使われていない。
僕が現状の辛さに考えを曇らせる中で、佐介が動き出す。
「そんなこと言われてもさ、どうやったら巨人が捩じった芯になるのさ?」
そう言いながら佐介は、むしった草を捩じり合わせて“芯”を作ってみせた。
父さんも分かりやすい答えは持っていなかったらしく、腕を組んで考えながら苦笑していた。
そんな散らかった話をしていたら、家の中から――。
「お茶を作ったわよー」
――母さんの声。
迫る不穏に、父さんと僕と佐介で顔を見合わせる。
「作った? 今、お茶を“作った”って言った?」
「一昨日の夕方から、時々台所に行ってたけど、これか……」
「お茶なら素直に家事ロボに任せればいいのに」
男三人による、ひそひそ話。
そこへ母さんが、お盆に四杯のマグカップを乗せて、出てきた。
母さんは連日の研究疲れで、眼鏡越しに見える色濃い隈、髪の毛はぼさぼさで、着っぱなしの白衣もよれよれ。
それでも、僕らの前では笑顔は絶やさない。
さて、名誉のために言えば母さんは料理が下手なわけじゃない。
科学者一家生まれだからか、素材・分量・時間はレシピ通りにするので、むしろ味は良いぐらい。
でも、こうやって時間がかかって出てくる物は、大抵――。
「今日は7種類の生薬に蜂蜜も加えて、飲みやすい味にしてあるわ。みんなで元気ださないとね!」
――飲みやすい、味。
この間、母さんが「体にいい味」と言ってニコニコして飲んでいた何か。
それは指先に付けた分だけでも、のたうち回るぐらいに辛くて渋くて苦くて酸っぱかった。
飲みやすい、の基準はどこなのだろうか?
「……また不安がってるの? まあ、ちょっと刺激的だとは思うけど……」
そう言うと、母さんは自分のマグカップを手に取って、お茶らしきものを一息に飲む。
「ほら、大丈夫」
口元に不気味な泡をつけた、笑顔の圧力。
男三人で、縁に泡が残った黒く濁る液体を湛えたマグカップを手に取って、揃った溜め息一つ。
あとは勢いで、お腹の中に収めてしまうしかない。
せーのっ!
――その時は、久しぶりの家族の時間だと感じた。
僕が起こした最初の事件から、ずっと戦い詰めで、引っ越してきてからも、戦い。
やっとすこし、昔を取り戻せた気がした。
でも、それは戦い慣れてしまっての油断だったと、すぐに気付くことになる。