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第三十五話「紅蓮の鬼神」1/4

 =珠川 紅利のお話=


 地上の町全体が凍り付いていたという大事件から、一週間。

 ……一週間、央介くんたちは学校には来なかった。

 変に思った私は彼のお家に何度も行ってみたけれど、誰も居なくて。


 三日目の時に、私は絶対事情を知ってるはずのあきらくんを問い質した。

 でも、暗い顔をした彼から帰ってきた答えは。


「央介は……まあ、そのうち顔を出すよ」


 まさか戦いで酷い怪我をしてしまった、それとも――と尋ねて、だけどそうじゃないという。

 結局、央介くんは無事ということだけ教えてくれて、でもそれ以上は何も言ってくれなかった。

 何か嫌な事が進んでいるように思ったけれど、それ以上で私が出来る事は何もなかった。


 だからこの一週間、私は央介くんへの贈り物をひたすら編み続けた。

 彼の無事を祈って一針一針を丁寧に運ぶ。


 けれど、その時は来た。

 教室の外から狭山さんが慌てて駆け込んできて告げる。


「多々良だ! 黒野も来た!」


 狭山さんは央介くんとはあれだけケンカしていたのに、彼女も内心では心配だったみたい。

 私は作りかけの秘密を机の中に急いで隠してから立ち上がり、廊下をうかがう狭山さんの方へ。

 廊下にまで出れば向こう側には悲しそうな顔をしたあきらくんと、その手を取る央介くん。


 あきらくんはそのまま私の方に振り向いて、央介くんに私の場所を知らせた。

 ――何か、本当にいやな事が起こりそうな気がする。


 こちらに向かってくる央介くんは悲しく悩んだ顔で、その傍の佐介くんはいつもの余裕の表情をしていない。

 私は、そんな央介くんから話を聞きたくなくて。

 でも逃げ出せないままに、央介くんは目の前まできてしまった。


「……おい、多々良。大丈夫だったのか? 戦いの後から来なくなって……かーちゃんもダンマリでさ」


 私より先に、狭山さんが意を決してから問いかけた。

 央介くんは気を遣わせてしまったことをお詫びするように、答える。


「ちょっと、こっぴどくやられたんだ。それで軍と毎日話し合いとかしてた」


 それは普段なら狭山さんに馬鹿にされるような話。

 だけど今の彼女は冷やかしもしない。


「戦いのときは狭山一尉にも九式先任一尉にも助けられまくった。代わりにだけどありがとう、狭山」


 更に佐介くんから狭山さんへの丁寧な言葉。

 それには流石に周りのみんなが驚いて、狭山さんなんかは「お、おう」とだけ返して黙ってしまった。


 これは、本当に何もかもが終わるような話が迫っている。

 私がそれを察した一方で、央介くんもそれを言いたくないみたいだった。

 しばらく目を伏せがちにして私たちと視線を合わせないようにしていた央介くんだけど、ついに私に向かい合って、告げる。


「ごめん、紅利さん。僕たちは、この都市から出ていくことになる」


 ええと――。


 ――僕たちは。

 この都市から出ていく――。


 私は、その言葉を受け取りたくなくて、頭の中で何度も巡らせて。

 そうしているうちに、央介くんが続きを話し始めた。


「今度の敵は、強すぎたんだ。そして、また襲ってくるって」


 そこへ夢さんが央介くんと並んで、説明を重ねてくる。


「相手の狙いはDマテリアルの兵器や戦闘技術なの。だからむーやおーちゃん、とーさまかーさま達がいる場所が攻撃されちゃう」


「で、でも……それだったら、この要塞都市で央介くんたちを守るって話でしょう!?」


 私は央介くんたちがこの都市に来た理由、居る理由を持ち出した。

 でも、それが今、一番の問題になっている部分だとも知らずに。

 佐介くんが、答えを返してくる。


「そう、要塞都市が守る。この神奈津川は中小規模な分で、手が空いてる要塞都市だったから、オレたちみたいなのを匿う事ができた。でも今度の敵は――このちっぽけな都市の規模じゃ無理だったのさ」


 いつも通りに嫌われるような言葉を請け負う佐介くん。

 そこからは、央介くんが話し始めた。


「要塞の規模もだし、狭山一尉や九式先任達だけじゃ足りなくて、最低でもEエンハンサーの中隊――50人規模の部隊が居る必要があるんだ」


「――っ!? エンハンサーの中隊なんて、日本でもそんなにないだろ!?」


 狭山さんが驚いて声を上げる。

 それがどれだけ大変なことなのか私にはわからないけれど、Eエンハンサーの狭山さんなら、そして兵士のお母さん伝に聞いていたなら理解できる事だったのかもしれない。

 央介くんは狭山さんの話に頷いて肯定し、もっと細かい話。


「うん……。しかも居る所でも首都圏は流石に難しくて。だから熊本とか能登の臨海要塞とか、あとは近くの松代や、箱根のを見てきた」


「後の二つにゃジオフロントっていう地底の大要塞があって、大規模なブロック閉鎖が出来るから敵が使ってきた氷漬けにも有効なんだ。自分で動けなくなるわけだからな」


 央介くんと佐介くんは、既に別の要塞を知っている物として語った。

 そこへ夢さんも加わって、残っていた理由を話す。


「前の戦いの後から候補になってる要塞都市を視察したりしてて。でもここ(神奈津川市)がガラ空きになっちゃうとダメだから、おーちゃんとむーで交代ばんこだったの。それで一週間もかかっちゃって……」


 全部の話が出て、わかったことは。

 私は、受け入れたくないそれを、何とか言葉にする。


「……お別れ、なの?」


 極端な話を聞いた央介くんは慌てて訂正をしてくれた。


「……大丈夫だよ! その……連絡とかは軍事的な話で無理になるけど、今の敵の対策さえできてしまえば戻ってこれるし! 長引いても……紅利さんの足のこともあるから、父さんと会いに来るよ! だから……」


 優しい央介くんの、優しい無理。

 私は、それが難しい事だと分かっていても。


「うん……。そう、そうだね……」


 彼を辛くしたくなくて、理解する。

 ――理解したふりだけでもしてみせる。


 それでも……だめ。

 これ以上、央介くんの顔を見ていたら私は泣いてしまう。

 滲んだ涙は目を伏せて俯いて隠す。


 央介くんは私の状態を察してくれて、覗き込んだり声を掛けたりはせず。

 ただ、私の手を取って優しく長い握手。


 これがずっと続いてくれれば、と思っても終わりの時は来る。

 私は惨めったらしく、離れていく央介くんの手に指を縋らせた。

 でも、彼を苦しめたくなくて、痛みが走る程に手を引き攣らせて、止める。


 その時、私の視界に映っていたのは央介くんの足先だけ。

 酷く辛そうに、ゆっくりと向きを変えていく彼の爪先を見つめて、やがてそれは完全に私から見えなくなった。


 ようやく私は顔を上げられるようになって、振り向かないまま遠ざかっていく央介くんの背中だけを見る。

 その傍で後ろ向きに立って、何も言わずに謝罪に頭を下げる夢さん。

 彼女もこんな形で私たちの競争が終わってしまうのは不本意だったのかもしれない。


 もっといろんな時間を、央介くんや佐介くん、夢さんやテフさん、新しく加わった辰君と一緒に過ごしたかったのに。

 だけど央介くんはあっけなく廊下の角を曲がって、私の前からいなくなった。




 ――まだ、追いかけられる。

 私には央介くんから貰った足があるのだから。

 今は、どこまでも走っていける魔法の足。


 でも、その足を私は動かせなかった。

 追いかけて、本当にどうにもならない現実を突きつけられるのが恐かった。


 私は、立ち尽くして、ぽろぽろと涙をこぼすしかできなかった。


 滲んだ世界の向こうで、男子のみんなは私を気の毒そうに遠巻きに。

 女子のみんなは私を慰めに来てくれて、そういうのが苦手な狭山さんまでもが加わって。


 それでも私は泣き崩れた。

 みっともなく、何もできず、駄々っ子として。

 ぐちゃぐちゃになるまで泣いて泣いて、泣き続ける。


 だけど、何をしても時間は過ぎていった。

 私の泣き声の向こうから、チャイムが響いて普通の学校が動き出す。


 真梨ちゃんと狭山さんが私を支えてくれて、席まで連れて行ってくれて。

 それでも私は立ち直れもせず、机にうずくまって泣き続けた。

 やがて教室に来た先生は、央介くんの事情を知っていたのか私をそっとしておいてくれまでする。


 その状態で、私は無茶苦茶になった心の中と考えを何とかまとめようとした。

 でも、央介くんは戻ってきてくれるという考えが酷く身勝手なものだと気付く。


 だって私は結局、央介くんに何もしてあげていない。


 佐介くんは――もう一人の佐介くんは、央介くんは私を助けることで救われていると言っていた。

 でもそれは二人の幼馴染を怪我させたことに対する償い。

 二人が央介くんの所に戻ってきて、一緒に戦うようになった今は何か意味があるのだろうか。


 ……央介くんは昔からの幼馴染と一緒にいるのが自然。

 私はその自然が、不自然に壊れた時を貰っただけ……。


 元々、私と央介くんは住んでいる場所も世界も違ったんだ。

 ヒーローの男の子を好きになっちゃいけない、足無しの女の子でしかなかったんだ。

 きっと、そういうこと……。


 でも……でも、いやだよう……!!


 歩けるようになって、央介くんと同じ高さの世界を見られるようになって。

 何度か、央介くんの小さな体を抱き締めて。


 きっと、私にも央介くんに出来る事が見つかるって、そう思えてきたのに。

 だから私は、央介くんが選びがちな青色を使った贈り物を作っているのに。

 暖かい所から来て、割と寒がりだと分かった央介くんに、青いマフラーを贈ろうとしたのに。


 それなのに、もう逢えない。


 胸がずきずきして、ますますうずくまる。

 肩に誰かの温かい手が置かれても、すぐには反応したくなかった。

 けれど、その手は諦めずに待ってくれた。


 私は、涙と鼻水まみれの顔を何とかあげて、手の主を見る。


 ――木花さん。

 車椅子の時から色々介護してくれた、ぶっきらぼうだけど素敵な女の子。


 少し複雑そうな表情をしていた彼女は、だけど力強い笑顔を見せて、私の色々でべたべたになった手を引っ張り出す。

 そして何も言わずに、その手に何かを押し付けてきた。


 私は、渡された物を見つめた。

 これは――厚手の和紙と透ける紙で紅色の押し花を挟んだ栞、なのかな。

 丁寧に描かれた金と朱色の縁取り模様は優しく植物の姿をなぞっている。


 急な贈り物に困惑する私へ、木花さんは語りかけてきた。


「えーとね、御守り! 健康祈願とか、交通安全とか……あとは、まあ少しは恋愛成就もあるかなってぐらいの!」


 ――今、私は盛大に失恋したのに。


「そんな目をしないで、とにかく持ってて。……絶対に手放さないで! 願いまで手放しちゃうことになるから!」


 願い。

 願いまで手放す……。


 ――私は、この気持ちを手放したくない。



 そう、諦められない。



 私は――、央介くんと一緒に居たい!



 ぐずってぐずって、やっと私の心は決まった。

 泣き腫らした顔を覆っていた両腕を放す。


「……そう、勇気を出して顔を上げて。綺麗な花は空に向かって咲くから」


 木花さんが優しく力づけてくれる。

 それで私はようやく笑顔を作れるようになった。

 涙とかでばっちくなっていると思うけれど。


 私は、立ち上がる。

 央介くんから貰った、央介くんが戦う力と同じ巨人の足で。


 この都市にいるはずの央介くんに逢いに行くために。



 ――その瞬間、都市に戦闘警報が鳴り響いた。

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