第三十四話「蒼の甲冑、ヴィート」4/6
=多々良 央介のお話=
巨人から見れば小さな、蒼鎧の魔人ヴィート。
僕は、その小さな相手に近づくのは危険だと判断してアイアン・チェインでの遠距離制圧を狙った。
それは今まで通りに相手の作り出した氷に阻まれ、取り込まれて効果なし。
でも、動き続ければデータが集まる。
必ず父さんと軍HQの人達が敵の攻撃を見切ってくれる。
僕らの攻撃を往なした敵は、反撃を始めた。
自身の体の何倍もあるような巨大な氷槍を空中に作り出し、吹雪を起こして僕らへと撃ち出す。
《対象・ヴィート、大規模攻撃時は腕部にPSIエネルギー反応あり。攻撃の指標として警告表示します!》
ほら、少しずつだけど分析されていく。
要塞都市の大人達と、僕ら夢幻巨人は一緒に戦っているんだ。
飛んでくる氷槍をアイアン・ロッドで叩き落とす。
後方のむーちゃんや辰は平気だろうかと一瞬心配して、でも何かあれば佐介が指摘してくれる。
そんな時に、父さんからの注意。
《みんな、よく聞け! 相手の時間凍結は巨人なら一部位ぐらいまでなら大丈夫だが、全身を凍らせられた場合は最低でも身動きが取れなくなる。そうなった場合は仲間相手でも氷ごと砕いて解放するんだ!》
「あっ、そーか。巨人でも中枢流入点が凍っちゃったら、再投影するための場所を用意しなきゃですね!」
応えたのはむーちゃん。
なるほど随分と手荒い緊急対処が必要なんだ。
でも、一番良いのは――。
「いずれにしても、全ての現象はアイツのPSIが起こしてるんだから、ぶちのめして黙らせりゃ止まるはずだけどな!」
佐介の模範解答。
傍でむーちゃんと辰が頷いているのが肌で分かる。
だけど“ぶちのめす”には、まだかかりそう。
現状は、要塞都市の構造に隠れたアウェイからの牽制しかできない。
相手の必殺凍結がどう飛んでくるか、わからない。
ヴィートは人間大で、その移動は徒歩だから機動力自体は大したことはない。
その分、防御力と攻撃力が尋常じゃないのだけれど。
そんな事を考えながら、隔壁裏に構えた時だった。
「逃げてばかりでは勝てぬぞ!」
ヴィートの嘲笑いが響く。
流石に消極的過ぎる対応を見切られて、幾度か同じ隠れ場所を使ったのが災いした。
ハガネが背中を預けていた隔壁周りから氷柱と氷筍が伸びる。
慌てて飛び退いたところへ追い打ちの氷槍が飛んできた。
それをアイアン・ロッドで受けた瞬間、一気にハガネの腕までが凍り付く。
「う、わっ!?」
「おーちゃん!!」
「おーすけっ!!」
アゲハがカバーに入ってくれて、ミヅチに引っ張り上げられた状態で急いで凍り付きだしたハガネ全体を分解。
高速飛行で吹き付ける凍り付く大気に肌がヒリヒリする中で、ハガネを再構築。
危ない所だったけれど、発見はあった。
「これ、飛ばしてくる氷は凍結の強弱がある!」
僕の身をもっての検証に、分析を進めたのは辰。
「時間凍結とダミー弾があると。んで吹雪を加えて本命を偽装。んじゃ逆に言えば強力な凍結は無尽蔵じゃない!」
また一つ、手品のタネが暴かれる。
更にそこへ通信回線から快哉の声。
《よし特定できた! 巨人隊のみんな、PSIセンサーでの計測情報をAR表示するわ! ラグはあるけど、これで時間凍結攻撃の見分けがつくはず!》
オペレーターさんが喋り終えるより前に、戦闘用バイザー越しの世界は隠れた危険を赤黒く着色を始めた。
銀世界の中に浮き上がる、死の黒い氷。
こうなると地雷のように仕掛けられた小氷筍、飛ばされたまま残っている氷槍、吹雪の雪一片に時間凍結の罠が隠れているのが分かる。
「うおっと……結構混じってるんだな!? それに――」
迫っていた氷礫をアイアン・チェインで撃ち落としながら、重大な事に気付いた佐介の言葉に続けるのは、テフ。
「大範囲の時間凍結待機領域が、対象テロリスト・ヴィートの周囲に存在。接近は危険と判断」
そう、危険エリアを目視できるようになって分かったのは、ヴィートは自分の周りに巨人を丸ごと呑み込めるサイズのPSIエネルギーフィールドをいくつも作っている事。
奴は見えない氷の城の中に構えている。
「――いきなり攻めなくて良かった! でも、あれじゃ攻めようがない……!」
攻撃の解が見えない手詰まりと思った時、大神一佐の声が響いた。
《氷の無敵要塞から一方的攻撃。――しかし要塞というのは自身の動きや認識も阻害するものだ……。央介君、夢君、チェインとシルクによる飽和攻撃は可能か!?》
「ほーわ!? いっぱい出せばいいの!?」
「できます! でもそれで!?」
名指しでの呼びかけに僕とむーちゃんが応じる。
始まったのは、歴戦の軍人による作戦指揮。
《奴自身の氷で奴の周囲を凍結させ、逃げ場を奪う! こちらの指示する位置から攻撃してくれ! そして――》
そしてから続く、最後の下りは少し無謀気味な話。
多分だけど通信が傍受されている場合に備えて、あえて言っていない部分がある。
「「「――了解!」」」
夢幻巨人三人での応答と同時にハガネとアゲハは都市を走り出す。
まずはハガネ。
言われた通りの場所に着いて、撃てる限りのアイアン・チェインの束。
相手は今まで通りに巨大な氷の壁でそれを捕らえて防ぐ。
直後に十字砲火地点からアゲハのバタフライ・シルク。
曲射誘導を得意とするそれは、相手の用意していた凍結範囲を縫って――ヴィートを掠めた!
無敵の攻撃と防御を伴って前進ばかりだった敵が、ついに大きく退く!
でも、その程度で攻撃を緩めはしない。
次の地点から、僕のアイアン・チェイン。
更にバタフライ・シルク、アイアン・チェイン、バタフライ・シルクと波状攻撃を続ける。
追われたヴィートは、自身が作った氷山の前へ。
そこは確か相手が降り立った場所――追い戻しきったことになる。
「……これで、追い詰めたつもりか?」
ヴィートの不敵な声が響く。
そこへ隔壁裏から一筋だけのアイアン・チェインと、氷山裏の四方八方からバタフライ・シルクの大群。
ヴィートは、それをも凍らせる。
それらの飽和攻撃に、ヴィートは凍結範囲を使い切っていた。
僕は、その攻撃を“見下ろしていた”。
アイアン・チェインが凍結された瞬間、辰の夢幻巨人ミヅチと、僕だけの巨人ハガネは、空からヴィートへ襲い掛かる。
――地面側のアイアン・チェインは、先に分離した佐介が自衛軍のハガネ・ダミーバルーンに隠れて放ったもの。
それらの偽装攻撃でかく乱してからの、二体の巨人の攻撃がヴィートを捉える。
ここまでが大神一佐の指示。
ハガネかミヅチのどちらかが相手を叩き潰せば、この戦いは終わる。
けれど――。
「見くびられたものだな! ミヅチの動きを見逃すとでも思ったか!?」
――ヴィートは、既に僕らを捉え返していた!
奴の片腕が禍々しいPSIエネルギー表示を伴って、空の僕らの方へ突き出される。
僕らを包み込む最大級の危険表示。
時間凍結が来る。
逃げ場は、もうない。
だけど、僕は大神一佐と要塞都市を信じる。
ハガネやミヅチ以外にも、戦っている人が居る。
――次の瞬間、一本の腕が空を舞った。
蒼い鎧に包まれた腕は玩具のように飛んでいきPSIエネルギーを霧散させていき、最後は何によるものか爆発四散。
僕らが驚く中で声が響く。
「力への慢心だ。ひとたび凍てつかせた者へ意を置かずにいた己を呪え」
それはヴィート背後の時間凍結氷山の内から。
その声は、九式先任一尉のものだった。
彼女がヴィートの腕を狙ったのは冷徹な判断力から。
猛獣は心臓を潰されても攻撃を止めない事があると、魔女妃の時にも教わっている。
「――貴様、エビル・ウェポン!? 我が封じの氷が内から呪いの爪を延ばすだと!」
《対象・ヴィートのPSIエネルギー集束が不安定化!》
失った腕を庇いながら、はじめて動揺を見せたヴィート。
そしてオペレーターさんのアナウンス通りに、ヴィートが作り上げてきた氷のいくつかが空中に溶けだす。
全てが、ではなかったけれど幾人かのアグレッサー隊員が凍結から離脱するには十分だった。
そして、ヴィート相手に必殺の距離で立っていた一人。
「呪怨装強化歩兵の肉体を凍らせて勝ち誇る愚か。先んじて呪怨体となりて潜ませて貰った。汝に最早逃げ場は無し」
九式先任はヴィートにDロッドを突き付けながら、真っ黒いヘッドセットを脱ぎ捨てた。
その口からは大量の血が吐き出されていて、更に彼女は口元から何かを引き抜く。
……機械の、ケーブル?
「実に70年越しに用いたわ。皇国が施術は手段を択ばぬよ」
恐ろしい血染めのまま笑顔を浮かべる九式先任。
――僕は、ちょっと怖い考えに至った。
Eエンハンサーは肉体が滅ぶと、怨霊の姿に変わる。
それは普通なら敵と戦っての大怪我などから。
だけど九式先任が口の中から取り払った“何か”。
多分、体の中に自滅用の爆弾みたいなものが仕掛けられていたんだ。
それこそ両手両足が封じられても、動くなと言われていても、舌先さえ動けば起動できるような……。
「教導隊は既に再布陣を完了している。誰が呪怨体と化したか見極めねば、次は残り腕か首を貰う」
九式先任はHQを離れる時に、情報を精査しろと大神一佐に言っていた。
それで大事なのは、アグレッサー隊員が何処で氷漬けになったかという情報。
そして、大神一佐の作戦は僕らの攻撃でヴィートを追い込むもの。
怨霊になって待ち構えている九式先任の前まで――。
《テロリストへ再度呼びかける。ただちに武装解除を》
拡声器から大神一佐の声。
要塞都市は、アグレッサーはまだ何枚もの切り札を残している。
敵にそれ以上の切り札が残っていなければ、僕らの勝ち。
さあ、どう出る! 白雪のヴィート!