第三十四話「蒼の甲冑、ヴィート」3/6
=みんなのたたかいのお話=
――状況はさらに悪化していた。
凍結の範囲は拡大し続け、抵抗する術も無し。
吹雪の中でヴィートはアトラスの上から一歩、空中へと踏み出す。
その足の下には氷の薄板が一枚一枚形成され、支えも無いままに地上への階段となった。
段を降りるごとに重甲冑が鳴らす金属音を聞くものは既に居ない。
ついに魔人が降り立った地上は、いくつもの氷山や氷筍で埋め尽くされている。
その中に封じられていたのは彼に攻撃を仕掛けて返り討ちとなったEEアグレッサー達。
率いていた九式は――不明。
今度の戦いにおいて彼らは全員が黒ずくめの制式装備に身を包んでおり、外見では区別もつかない。
しかし凍結された人数から言えば、戦力としては全滅と言えた。
蹂躙の主、ヴィートは最後の宣言を始める。
「このような無駄な児戯には飽いた。夢幻巨人ハガネ、アゲハ、新参のミヅチは逃げたのか?」
返答は、ない。
期待外れを覚えた彼は嗜虐心のまま、見せしめの範囲を拡大するべく力の放出を始める。
鎧に包まれた両手を広げ、空を仰ぎ、狙いは都市全体の凍結。
しかし、その邪な計画は実行されることはなかった。
アイアン・チェインが、バタフライ・シャインが、磁力共振破壊ミサイルがヴィートに向けて降り注ぐ。
それらは氷の壁に飲み込まれ、あるいはギガント共有装備の磁力転換防御機構によって阻まれて魔人を打ち倒すには至らない。
けれど要塞都市には立ち向かう戦力が居ることを示すのには十分。
凍りゆく都市は三つの出撃路を開放し、そこから踏み出していたのは夢幻巨人ハガネ、アゲハ、ミヅチ。
少年少女たちの決意の瞳が、蒼い甲冑――ヴィートに向けられた。
「よく現れた、夢幻巨人の使い手ら。PSIの力の新たな芽よ。だが――」
ヴィートは愉快そうに応じながら、しかし強大な力を宿す腕を巨人達に向ける。
手のひらの先、何も無い空中から氷の刃が生じて、吹雪と共に襲い掛かった。
「――力なくば氷の褥に眠るが良い」
氷の魔人からの明らかに遊んでいると分かる言葉と、手加減の攻撃。
しかし先に戦った者達はそれだけで氷の中に葬られている。
三体の夢幻巨人は、それぞれの武器をもって凍結の攻撃を弾き、あるいは身をかわして無力化した。
だが直接受け止めたアイアン・ロッドやバタフライ・キッスの先端部からは凍結が広がっていく。
巨人構造体が、凍り付いていく。
放置すれば戦闘不能のカウントダウンが始まった中で、ハガネはアイアン・カッターでの反撃を試みた。
けれど、それは人間大のヴィートからは的を外して周囲の氷筍を切り抜けて飛んでいく。
次元境界面と切断意思のPSIで構築された切断攻撃を受けた氷は切り裂かれて――微動だにしない。
しかし、それは最後の検証だった。
それが外れだったら、巨人隊は撤退という命令を受けての一撃。
巨人隊はその賭けに勝った。
「士官さんに聞いた通りだ……。お前が作り出している氷は、ただの氷じゃあない……! 動かない、空中に凍り付いている!」
央介は怒りに震える声で、先に受けたヴィートの力の種明かしを口にする。
「運動・熱エネルギーを止めているから冷気も生じる。でも、その停止の範囲は熱どころじゃない! PSIエネルギーで――“時間を停止させている”!」
それは宇宙の法則すら乱す超常の力。
央介には、それどころか技術士官や上太郎をもってしても現象以上に理解はしきれない能力。
しかし間違いなく各国の軍が辿り着けなかった突破の糸口。
それを見つけられたヴィートは、けれど笑いを上げた。
鎧にくぐもった声が、不気味な響きを生む。
「ファファファ……良くぞ看破した。その通り、我が世界では時すら凍てつく!」
相手の正体の片鱗に辿り着いた央介たちは、再度ヴィートへ攻撃を繰り出した。
アイアン・チェイン、バタフライ・シルクが放たれる。
けれど、どの攻撃もヴィート直近で氷に閉じ込められるばかり。
だがヴィートは、今度は笑いはしない。
彼の能力の欠点を見切られた事に気付いたからだ。
「聞いたぜ。別の所でオレの偽物と戦って、その時は目的が遂行しきれなかったんだってなぁ!」
ハガネの中から補佐体、佐介が煽りの口調で呼びかける。
ついにヴィートが憎しみを籠めて応じた。
「ふん、木偶人形めが。複製品ともども邪魔ばかりを……」
今までよりも力が込められた、苛烈な凍結の嵐が巨人達に向けて放たれた。
前衛を切り替えたアゲハが他の二体を庇って前に構えた翅でそれを受け止める。
受け止めて、アゲハの翅は完全に凍り付いてしまった。
しかし――。
央介は落ち着いたまま、先からハガネが構えていた凍りゆくアイアン・ロッドを分解した。
巨人の鉄棍はPSIエネルギーとして雲散霧消する。
――まとわりついていた氷と共に。
夢とテフはアゲハの翅とバタフライ・キッスを分解した。
覆っていた氷は消え果てて、そしてアゲハは再度、無垢の翅を展開する。
更にヴィートの付近――先の攻撃で放たれたアイアン・チェインやバタフライ・シルクがそれを食い止めた氷を残して消滅していく。
「クロガネ――僕ら同様の巨人が持つ力。他の軍隊が持てなかったDマテリアルの純粋な力。子供を戦わせる軍隊なんて普通は居るはずもないから――」
二体の巨人の後ろ、ミヅチから辰が声を上げる。
その続きは、アゲハから夢。
「――米軍さんの武器は、機械にPSIエネルギーを乗せてた。だから物質ごと時間を凍らせられたら、PSIが働いていても動かなくなっちゃう……!」
そしてテフ。
「対し、巨人は物質を伴わず流動するPSIエネルギーそのものです」
HQで、二本角の技術士官が理論の基礎を呟く。
「PSIエネルギーの媒体とされるサイキオンは、時間と空間を超越する素粒子……」
多々良 上太郎も子供達の無事を祈りながら、その根拠を特定する。
「だから、それによってD領域から持ち出されて維持される空間の断絶――時空バリアだけで形成されている巨人は時間凍結には飲まれず、PSIエネルギーが作る凍結にPSIエネルギーが抵抗し続ける!」
ヴィートの前に、敢然と立つハガネ。
その半身、佐介が結論と最後の気勢を上げる。
「だから、オレたち巨人隊だけがお前への切り札だ! 行くぞ、央介!」
少年は、それに頷く。
そして最後の宣戦布告。
「ブロウニング中佐の仇、僕らが討たせてもらう! 夢幻巨人隊、テロリストとの戦闘を開始する!!」
「いいだろう、小人どもよ。我が世界からは、いずれ逃れられぬ!」
巨人と戦い続けてきた少年、多々良 央介。
彼は仲間と共に、強大な敵ヴィートとの戦いに挑む。
――Eエンハンサーの古兵、九式 アルエは機会を窺っていた。
その時は必ず訪れる。
戦士となった子供らが、指揮官の大神がそれを作り出すと信じていた――。