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第三十四話「蒼の甲冑、ヴィート」2/6

 =みんなのたたかいのお話=


 要塞都市の辺縁上空に浮かんでいたのは青色のアトラス2機。

 まるで無警戒なそれらは、自分達に敵の刃が届くことはないという絶対の自信があるようだった。


 ギガントから差し向けられた何者かは都市の戦闘態勢が整うのをわざわざ見届けて、それからようやく動きを見せる。

 アトラスの片割れの上方ハッチが開き、中から立ち上がったのは機体色同様の青い姿。

 それは身の丈は軽く2mを超えているだろう、蒼尽くめの重甲冑。


 緊急にHQへ集められた巨人隊の少年少女達も映像越しにそれを見る。

 その中の央介は新たな敵の姿を見て、それが既に投影された巨人なのか大男なのか判断しかねていた。


 甲冑内で反射したくぐもる声が、重々しく声明を上げ始める。


「――我はギガント戦闘実行隊・最高指揮官。白雪(はくせつ)のヴィート」


 そちらの名乗りが終わると、もう1機のアトラスがホログラフの空中投影を始めた。

 映し出したのは目元を覆い隠す仮面を身に着けた女性。


「副官を務めております。作戦上のコードは“ラフ”となっております。以後、お見知りおきを。うふふ……」


 慇懃に礼をとってみせる微笑の女史(レディ・ラフ)は、そのコード通りに口元には絶えず笑みを見せていた。

 それは敵を目の前にしての表情として不気味さを感じさせるもの。


 ギガントの尖兵らは時代錯誤のように名乗りを上げてから、ついに本題を切り出す。

 鎧の巨漢、ヴィートは既に戦場を掌握しているとでも言うように手を伸ばしながら告げた。


「この都市に潜む基地ではギガントへの敵対的技術の開発が確認されている――」


 その物言いは、今までのギガントのエージェントとは明らかに異なるものだった。

 身を隠してのかく乱や破壊工作を行うのではなく、全面的な敵対の意思を見せていた。


「――降伏せよ。全ての技術と研究員を引き渡せ。さもなくばこの大地はギンヌンガガプの淵に沈むであろう」


 神話の凍結世界を引用してみせた芝居がかりの宣戦布告が都市に響く。

 しかし都市の兵士たちは事前に得た情報から、それが冗談などではないことを知っていた。


 対してHQの指令台に立つ大神はマイクを手にして最後の交渉を行う。

 回避の道など無いと分かり切っているが、法的根拠が必要だった。


「こちらはJ.E.T.T.E.R-GF対ギガント作戦、及び神奈津川都市要塞・戦闘作戦司令の大神一等塞佐だ。貴官の呼びかけへの返答だが、テロリストの暴力基点からなる要求は受け付けない。――ただちに武装解除を、さもなくば当方の軍は攻撃を開始する」


 大神の宣言が始まる前から、要塞都市の全砲門は2機のアトラスに照準を合わせていた。

 6平方キロメートル全体の殺意を向けられる中で、ヴィートの巨体が震える。

 全身を震わせるほどに、高く笑って見せる。


「ファ、ファ、ファ……くだらぬ組織の規則道理で敗北を選ぶか! いいだろう、その力がどこまで通用するか試してくれる!!」


 交渉の余地なし。

 それが決まった瞬間だった。

 要塞都市の砲が一斉に火を噴き、しかしアトラスのPSI障壁に阻まれて空中を炎に染める。


 その炎の中に飛び込んでいく、一際巨大な飛翔体。

 10m以上の長大な投入スラスターの弾頭とされているのは魔獣の姿と化したEエンハンサー狭山一尉。


「猿はァァァァァッ!! 飛び掛かるっ!!!!」


 この都市に蓄積された技術――対PSI武装を構えた彼女であれば、PSI障壁はもはや防御手段にならない。

 両手両足に構えた4振りのDロッドを振るい、突撃の速度そのままにアトラスの障壁を切り裂いた。


「いけるッ!!!」


 巨人に依存せずとも、攻撃が通る!

 要塞都市の人員全てがその快報を目にした。

 そのまま狭山一尉は敵首魁ヴィートに向けて必殺の呪怨爪を振りかぶり――。


「……凍れ」


 ――そこで、停止した。


 敵対するヴィートは何の仕草も見せなかった。

 彼の発した、ただ一言の命令が拡張音声で広く響いた。


 それだけで、狭山一尉は凍り付いていた。

 彼女を閉じ込める巨大な氷結が生じていた。

 まさに一撃を入れんとする狭山一尉を、そして彼女を空へ打ち上げた大型スラスターを、その周囲の空間100m以上を、氷に封じ込めていた。


「――エビル・ウェポンにPSI導出装備。バーラタでの抵抗と大差ありませんわね。うふふ……」


 瞬間で出現した氷山の傍らで、レディ・ラフがたった今行われた攻防に評価を下す。

 それは既に同じ攻撃を受けて無力化した経験があるという宣告。

 戦略兵器と世界から指定を受けたもの、Eエンハンサーを歯牙にもかけないという実証。


 都市に恐怖の衝撃が走った。

 それでも要塞の兵装は目くらましのためと大規模な砲撃を続行し続ける。


 HQで、怒りの表情を浮かべ仁王立ちの大神が咆えた。


「あれが件の凍結か! 狭山の状態は!?」


「と、凍結範囲内からの一切の反応途絶!」


 オペレーターは悲鳴じみた報告を上げる。

 その剣幕と、親しい同級生の母親の非常事態に巨人隊は後退りし、言葉を失った。


 ただ一人、相手の攻撃の可能性を見極めたのは技術士官。


「砲弾を呑み込んだ氷が空中で停止している……ありゃあ熱運動エネルギーそのものが奪われたのか……?」


「何でもいい、情報を上げろ!」


 大神は、喧騒の中で技術士官の言葉を聞き逃さなかった。

 技術士官は豊富な知識の中から、該当の部分を端的に説明する。


「ええとですね。空中凍結はクライオ・キネシス(凍結念動力)として似た現象が観測された事例があります。無論、あんな無茶苦茶な範囲や効力で成立するものではありませんが!」


「防御その他の手段は! ――狭山の状態は!?」


「相手の攻撃に際しPSIエネルギーは観測されています。ですので巨人形質での防御が多少有効でしょう。それと狭山が助かるか、ですが……」


 技術士官はそこで一度口ごもる。

 続きを言えば、日本自衛軍全体の士気にすら関わる見解に彼は辿り着いてしまっていた。

 それでも現状を切り抜けるために、恐れを踏み切る。


「最悪、最悪ですよ。Eエンハンサーに不死化をもたらす怨霊体転換のトリガー……死の自覚すら不能に陥った可能性があります……!」


 HQ全体が、一瞬静まり返る。

 重大過ぎる情報を受け止めて、恐る恐るオペレーターの一人が声を上げた。


「それって……狭山一尉は蘇生不能ってことじゃあ……」


 動揺がHQに広がっていった。

 日本自衛軍が長年にわたって世界に大きな影響力を持つ理由のEエンハンサー戦力。

 その一時的無力化のみならず一方的な破壊方法が突き付けられたという危惧が。


 兵員の多くがコンソールの表示情報を見ても理解できないほどの混乱に陥っていた。

 大神ですら次の手を指示できず思案に暮れる。


 しかしHQを揺るがす轟音が響いた。

 それは室内、出入口ほど近く。

 総員が振り返ってみれば、強化セラミックの床板を軍靴で踏み割って喝とした一人の兵。


「戦場に身を置くものが一兵の不明に動じるか」


 黒の軍服に身を包んだ見た目は少女、九式アルエ先任一尉。

 彼女だけが冷静のままに司令部を喝破する。


 HQ配置兵員の多くは彼女が狭山一尉の祖母だということは知っていた。

 そして血を分けた子孫の生き死ににあっても表情を崩さないその姿は、むしろ恐ろしさの方が優る。


 九式は平然と語った。


「子らを守るために戦い、敵が一矢を抜き取った兵には敬意はもつ。が、戦場(いくさば)に悲しみをくれてやる暇など無い。情報を精査せよ」


 腰に帯びた太刀に手を伸ばして逃げ腰のものはこの場で切り伏せると言わんばかりの九式に追われ、兵員は怯えながら自分の仕事に戻りはじめた。

 礼と謝罪を述べたのは大神。


「すまない。そして発破をかけてくれたことに感謝する」


「構わぬ。若兵の恐慌など珍しくも無し。――我も前線に出る。愛い孫を取り戻さねばな」


 それまでの冷徹の中から微かに怒りを見せながら踵を返してHQから離れようとする九式に、大神は更に声を掛けた。


「狭山の被害もあって現在、その太刀の使用許可が出た。不利を感じたなら――」


「抜けぬよ、此が化生はな。繰り返すが、情報は逐一精査せよ」


 歩き去った九式の手前で隔壁扉が閉まり、会話はそれで終わる。

 それを傍で見ていたのは巨人隊の少年少女ら。


 未だに親しい知人の致死的不明に対する子供ながらの怯えは拭えていなかった。

 しかし先に戦場へ往く小柄な戦士の姿は、彼らを我に返すには十分だった。

 なにより九式先任一尉は、狭山一尉を諦めたりせずに『取り戻さねば』と言っていたのだから。


 子供達は勇気付けられて、恐さ悲しさを押しのけていく。

 その中にあって央介は記憶を手繰っていた。


 九式は確かに現れた時から軍刀を身に着けていた。

 ただ軍士官は礼装の一部として身に着けていることがあるのでそれだけで不自然だとは思わなかった。


 しかし、大神とのやり取り。

 使用許可が必要な太刀であり、しかし抜けないとはどういうことなのだろう。

 答えを大神に聞く余裕は――今はなさそうだった。


「……おかしいですよね。狭山一尉のライブデータ計測装備や、観測弾のプローブは凍結程度じゃどうのこうのなるはずがないんです」


 横から急に投げ込まれたのは、オペレーターによる技術士官への相談。

 央介達に残っていた戸惑いは、そちらへの関心に上書きされる。


「遠距離からの観測データは、あの場に温度がない――限りなく絶対零度の数字を上げている。それなら体積変化からの破壊が起きてもおかしくない。しかしそうなっていない。なのに機器が全面破損……破損? ――停止?」


 騒動の最中で技術士官は髪をかき乱しながら思考を続け、それを呟いていた。


「さっきから相手は氷の範囲を拡大していっている。あれは攻撃だけじゃなく防御にもなってるんだ。既に突破済みの次元境界面防御を捨てて、熱や運動エネルギーを奪っての物理防御。そのエネルギーは何処へ――多々良博士、あの氷のPSIエネルギーどうなってます!?」


「あ……ああ? そ、そうだな。全体に微細なPSIエネルギーが継続してかかっている! しかしこれは巨人、なのか? D領域――それ以外かもしれない次元方向にベクトルは向いているが……」


 問いかけられて、惨事に上の空だった上太郎もやっと分析に戻る。

 あまりはっきりとした答えは返らない。

 しかし技術士官には十分なヒントだった。


「運動エネルギーを奪って凍結……それだけじゃないかな。エネルギーのモーメントだけ次元方向に引っ張り込んで? それで表出事象では低温も生じる? だから観測機器も機能しなくなって――」


「――答えは出たか? 協力者でしかない巨人隊を逃がすかどうかの判断材料が欲しい」


 大神は技術士官を問い質した。

 子供達は自分達だけ逃げるなんて選択は取りたくもなく、技術士官の答えを待つ。

 思考の最中に軍帽が外れ、隠していた双角――人造義脳ホーンブレインを露わにした彼は自信無さげに答えた。


「酷く曖昧な推論ですが。……巨人隊のみんなも聞いてほしい。相手が扱っているあの凍結は、おそらく――」


 その答えは、あまりにも超常の現象。

 しかし、一方で巨人隊だけがそれに打ち勝ちうる可能性を含んでいた。

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