第三十四話「蒼の甲冑、ヴィート」1/6
=どこかだれかのお話=
「――この一週間での、世界各国での被害状況です」
世界の軍部を揺るがした衝撃、米軍巨人実験隊の駐屯するアリゾナ基地の壊滅から一週間が経過していた。
そして被害はそこ一か所だけでは収まっていない。
要塞都市の会議室で、オペレーターは淡々に徹しきれない声で状況を読み上げる。
「順に、アメリカ合衆国のアリゾナ基地、英・北欧経済連合の北海海上基地、バーラタ・マハラジャ同盟のタワング基地、北アフリカユニオンの中央サハラ基地――」
世界地図に示されていく地点は、いずれも都市部や係争境界から離れていた。
すなわち国土や国民の防衛を主目的としない軍事基地。
「――いずれもDマテリアルによるPSI制御関連の実験を行っていたとされており、ギガントによる襲撃だという報告のみが関係者へ連絡され……そして基地もろとも壊滅状態にまで追い込まれたと」
読み終えたオペレーターはマイク音声を切ってから小さくため息。
遠からず同じ事が自分達にも襲い掛かると理解している彼女の表情は、すぐれない。
「それだけ派手に動かれて、何にどう襲われたという情報すらあがらないとはな」
大神ハチは、不機嫌を隠さずに声を上げた。
合理を旨に機械に育てられた彼にとっては、緊急事態にあって各国が協力体制をとらず、あまつさえ足を引っ張り合うことが気に入らない。
それをからかうような笑い声から始まって話が切り出される。
声は、スピーカーから。
「ハハハ、どこの国だって自分の所がどう負けたなんて説明したがらないよ。今回は各国の実験部隊の機密までひっ絡んでるんだしねえ」
この場で最高責任者の附子島少将は相変わらずの映像通信。
そのまま、彼は次の話を促す。
「それで、出てる中じゃあ多少情報になりそうなのは直近に襲われた南米連邦だね。唯一、壊滅まではいかなかった」
「は、はい。映像出します」
オペレーターの操作で画面に映し出されたのは酷く画質の悪い、そして短い映像。
音声すらも無い中で、混乱と逃走の動きが見て取れるカメラの動き。
その中に大きく映っていたのは見覚えのある黒い巨人。
「これはハガネ……いやスティール1・クロガネですか? じゃあ襲撃者はクロガネ?」
軍帽の技術士官は、かつて幾度か襲撃してきたギガントの尖兵の姿から当然の見解を導く。
しかし、附子島はそれを否定する。
「現地から情報部が引っこ抜いた話からすれば、クロガネ君は襲撃が始まった後の乱入者だそうだ」
「乱入? では現地の軍は一体何と戦っていたんです?」
附子島は遠隔で映像を操作し、それが映る瞬間を呼び出す。
それはクロガネが立ち向かう先。
ほんの一瞬、僅かに映る青い影。
「――この見切れてる青い奴が襲撃してきた所に、クロガネ君が乱入してきて対立したんだってさ。そのゴタゴタで他の所と違って壊滅まではしなかった。棚ぼただね」
それは奇妙な話だった。
襲撃者はギガント、しかしクロガネもまたギガントに所属している。
そして青い何者かが現地の軍の機密兵器でないとすれば。
「まさかギガント同士の内紛でしょうか?」
オペレーターは映像内で起こっていた事をそのまま言葉にした。
対して大神が肯定し切らない答えを返す。
「ギガントは各部隊で協調はしないという原則からすれば同一目標を狙っての遭遇から利害の不一致となったのかもしれん。例の島でギガントのエージェントが脱出に協力したようにな」
更に大神は少し考えてから別解もあげた。
「あるいはスティール1――佐介複製体は、央介君の意思を反映しているともいう。ギガントにとっての敵対化暴走を起こしている可能性もなくはない」
会議室全体に、何とも言えない空気が流れる。
それは、いっそ敵同士で潰し合いだけしていてくれという逃避めいた願望。
「素直にクロガネが襲撃者であれば、我々は対抗しやすいんですけどね」
オペレーターは願望の中でも比較的穏当な方を挙げた。
クロガネであれば撃退事例があり、その時点より要塞都市の軍と巨人隊は戦力が増強されている。
けれど、その場の誰もが簡単な方で済むとは思いもしなかった。
悪い雰囲気をごまかすため、そして襲い来るであろう正体不明から少しでも情報を抜き取るために、技術士官は映像にある情報を指摘しはじめる。
「……しかし画質酷いな。いやカメラ全体が曇ってるのか。空中も……ジャミングというよりは直接スモークでも焚かれてる?」
彼はまず映像の中においてカメラが移動しても画面内に固定されたままの曇りに目を留めた。
更にそれ以外、空中にも曇りが発生している事も。
そこへ情報精査を行う下士官が挙手し、確定された情報を公開する。
「画像解析する限り、空間の曇りは物質的には純粋な“霧”のようです――それだけなら巨人絡みでは怪しくなるところなのですが、カメラレンズに付着しているのが結晶構造から“霜”なので、霧は低温低圧から発生したものと判断されます」
「――霧と霜の巨人……」
相手の情報が一つ判明し、大神はそれがいかなる敵か思案しはじめる。
しかしそれを遮る声がかかった。
「そう、相手は怪しげな凍結を利用する。それも大基地を丸ごと凍らせるほどの、ね」
附子島が映像の向こうから突然に情報を公開した。
その場にいる誰もが、上官がそのような情報を掴んでいたことに驚く。
「さて今朝届いたばかりの隠し玉だよ。裏口からの貰い物だ」
相変わらず軽い口調のままの附子島は画面の中でコンソールを操作し、要塞都市へとデータを送り付けた。
すぐに機密暗号化が解除され、自動で内部の映像が流れ始める。
耳慣れない他国の警報が鳴り響く中で、画面内に飛び込んできたのは短い金髪の女性高官。
それは過去に巨人隊と演習を行った巨人実験小隊の指揮官ブロウニング中佐だった。
彼女は映像記録が機能しているかを確認し、状況を伝え始める。
『――現在、我々の基地はギガントの攻撃部隊による襲撃を受けている』
映像のブロウニングの言葉は自動翻訳により整いすぎた日本語に置き換えられている。
その彼女は一度、奥歯を噛み締めて覚悟を決めてから危険な言行を始めた。
『遺憾ながら壊滅は近いだろう。そして私はこれより独断で軍規違反を犯し、可能性を持つ友軍へと秘匿情報の転送を行う』
会議室全体に驚愕のざわめきが広がった。
それは軍人として国への裏切りを含む、極刑すらあり得る行為だと一兵卒であれば理解できているからだ。
自らの逃げ場を捨てたブロウニングは、話を続ける。
『我々を襲ったこの敵が用いるのは、広域にわたる“特異な凍結”だ! それにより我々が揃えたPSIエンチャンテッドウェポンは全く意味をなさなかった』
映像とは並行で展開されていく基地内部の映像・画像タブがブロウニングの映像を覆っていく。
そこには“凍結”の惨状が幾つも映し出されていた。
霜と雪に覆われる基地施設、氷に閉じ込められた兵士や戦闘兵器の群れ。
精強を謳う米軍が、抵抗できた気配すらないままに蹂躙されている姿だった。
ブロウニングの声が響く。
『――しかし、Dマテリアルテクノロジーの中央である多々良博士であれば、何らかの解決手段を見つけられると考え、現状の襲撃情報と我々のPSI兵器に関する資料を送付する』
そして、別の動画が展開され始めた。
場所からすれば砂漠の平地にあるはずの巨大基地は、猛吹雪に包まれていた。
『――最期に親愛なる犬大佐に告ぐ、子供たちを戦わせるな。恥を知るならば』
ブロウニングからの恨み言が一声、響く。
しかし彼女はそれが聞き入れられない事も分かっているのだろう。
語り終え、溜め息のブロウニングへ兵士が呼びかける。
『中佐、ここも凍結が! 避難を――!』
『ああ、わかっている! あとは基地機密の封印処置を……! ……!!』
そこでブロウニングからの音声は唐突に途絶え、信号停止を示す単調な電子音が取って代わる。
画面に残ったのは、吹雪を映し続ける外部映像。
――そして、その映像に微かに映る青い人影。
吹雪が鳴らす虎落笛に混じり聞こえる、何者かの笑い声。
それは、その場では戦いにすらならなかったことへの嘲笑だと理解できるものだった。
映像はそこから間もなく終了し、代わりに展開されだしたのは兵器類の設計図と思しきもの。
それがブロウニングの罪と、未知の敵に対抗する希望だった。
「――以上が、裏道に抜け道から時間をかけて送られてきましたとさ。技術面はすぐ再現できるものじゃないし戦闘面では無いよりはマシ程度の情報だがね」
文字通りの命がけの情報を、附子島は揶揄しながら締めくくる。
「ちなみに表向きの情報では、ブロウニング中佐は実験中の事故により現在面会謝絶の重態って事になってる。若い娘さんがかわいそーなことだ」
附子島が口にした、直前の映像と齟齬する情報。
すぐに憤りを吐き出したのは大神。
「どこの国もギガントとは表だって事を構えたくないということか……。兵士達の命と尊厳を……!」
それを鼻で笑う附子島は感情より現実を突きつける。
「ギガントによる損害より儲けの方が大きいんだよ。それで次に狙われるのはどう考えても我等が要塞都市だ。……一応確認しておくけど態勢は?」
「既に可能な限りの配備を済ませています。何時でも対応に移れます」
オペレーターが、そう応えた。
その次の瞬間だった。
会議室に緊急警戒が入電し、けたたましく警報が鳴り響く。
そして映像の向こうで頭を掻く附子島からの丸投げ宣言。
「こりゃ思ったより早いね。よろしく頼むよ」