第三十三話「燃えろ! 6500万年・原始の心!」4/4
=多々良 央介のお話=
要塞都市を埋め尽くしていたのは遥か原始に滅んだはずの恐竜軍団。
その軍団中央に構えるPSIエネルギー中枢――ティラノサウルス型の巨人、暴竜王。
暴君の名に恥じない巨大なそれが咆哮する度、恐竜の群れがどこからともなく出現し、角竜や雷竜といった重防壁が要塞都市のあちこちを封鎖する。
――だけど、今の巨人隊に陸上の封鎖なんて意味は無い。
「飛行という圧倒的優位がこっちにはあるんだなぁ、これが!」
辰がからからと笑いながらの軽口。
飛行能力を持つミヅチと、その甲板上には僕のハガネ、むーちゃんのアゲハ。
「空飛ぶ恐竜が居なくて良かったね? プテラノドンとか居なくて」
むーちゃんが相手の防衛体制に開いた大穴を指摘した。
僕は、その穴が開いている原因とむーちゃんの間違いに答える。
「それは多分、出現させている子の拘りかな? 翼竜とかは恐竜じゃないとかの」
「……そーなの?」
困惑気味のむーちゃん。
僕の代わりに佐介が分類説明を始める。
「翼竜、首長竜、魚竜は恐竜には含まれない爬虫類。でも始祖鳥は恐竜」
「……分類認識が困難です」
普段は冷静なテフまでもが混乱している。
まあ誰だって触れない興味ない分野の分類まで覚えないものだけれど。
そんな中でもむーちゃんは記憶の限りを振り絞って、相手――暴竜王の特徴を指摘した。
「えーとー羽毛恐竜とかなんとか聞いたような。だからあのティラノはハデな“ふさふさエリマキ”つけてるんだね」
「巨獣になると今度は放熱が大事だからな、ヒナのうちはモコモコでも成竜の羽毛範囲は重点的な防御部分だけになるってのが今の学説だ」
話を佐介がまとめた。
肉食生物同士での抗争において首元喉元を守るためのタテガミ。
同じ理論から同じ手段を選んだ生き物で言えば現代にはライオンが居る。
……でも、ティラノサウルスにあんな復元モデルがあっただろうか?
例えば朝原さんの身に着けてたシャツのティラノは全身鱗のスタイルだったはず。
この巨人の群れは恐竜という分類には拘っておいて、そのデザインは問わないのだろうか?
僅かな疑念を抱えたまま、僕らを乗せたミヅチは暴竜王に迫った。
ミズチの飛行は相手の鼻先ぎりぎりを掠めて牙による攻撃を空振らせ、すり抜けた相手の真横から地面に飛び降りたアゲハが蹴り飛ばす。
相手は僅かによろめいて、だけど反撃として尻尾鞭を返して来た。
それはアゲハが翅を盾として受け止める。
大きな衝突音が響いて、その威力を物語った。
でも、その隙。
僕のハガネはアイアン・スピナーを用意していた。
「アイアン・スピナー。原始の得物を仕留める……!」
恐竜が知らないであろう鋼鉄の螺旋で、暴竜王を討ち抜く。
手ごたえを確認して、だけどすぐに佐介が叫んだ。
「――いや、何か変だ!!」
「警告! PSIエネルギーは依然集束中!」
佐介とテフによる注意喚起。
スピナーの直撃で暴竜王は倒せたはず。
けれど見れば、消えゆく暴竜王のタテガミの中で炎のような双眼が輝いていた。
何かが、別の敵が居る。
戦いは終わっていない!
「――ティラノ・ライダーだって? やってみたい事リストに入れとくかな!」
一人、空のミヅチから相手を見極めた辰の軽口と同時に、“それ”は暴竜王から離脱した。
そこでやっとわかった。
僕らが暴竜王のタテガミと誤認していたのは、羽飾りを施された“鞍”。
その中に隠れ潜んでいたのは小さな小さな人間大の巨人!
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騎獣を失ってアスファルトの地面に降り立った相手は、まるで原始人の女戦士。
彼女は相棒を奪ったハガネを、僕を睨みつけてきた。
その次の瞬間だった。
小巨人が前触れなく放った強烈で素早い飛び蹴りが、ハガネの反射的ガードに突き刺さる。
諸に受けたハガネの左腕は砕け散り、それでも勢いを殺しきれずにハガネ全体が後方に吹き飛ばされた。
「……小さくても巨人だ! サイズで油断した!」
僕は辛うじてハガネの体勢を立て直す。
一方で砕けた装甲を蹴って飛び退いていく小巨人。
間にはアゲハとミヅチがカバーに入ってくれた。
それで相手は多勢に無勢と判断したのか、そこで追撃を止める。
《戦闘コードを緊急発行。対象小型巨人は“原始妃”と指定》
相手の名前も定まる。
すると原始妃は次の動きに出た。
「GAU-GRUAAAAAAAAHHHHHHGG!!」
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原始妃が巨大な咆哮を上げた。
小さな姿から生じたとは思えないほどの響きは要塞都市を揺るがす。
「相棒奪われての威嚇……じゃあ、ないな!」
佐介の言う通り、響いた咆哮は合唱に変わっていった。
都市中の恐竜たちが彼女に合わせて一斉に遠吠えを上げていく。
そして女戦士巨人の後方に見覚えのある巨大な影が形成され、立ち上がった。
「――でっかいティラノ! さっき倒したのに!?」
討ち倒したはずの暴竜王が再び僕らの前に現れる。
これは、つまり――。
《目立つ個体が本体だという思い込みを利用してきたか。その巨人への潜伏偽装まで重ねて!》
「あの小さな女の子巨人が本体! そして彼女が無事なら何度でも恐竜巨人を復元してくる!」
原始妃の戦術に関して、大神一佐と僕の見解が一致した。
同時に、怒涛の足音が迫ってくる。
街中に居た恐竜達が中枢に向けて攻撃の輪を狭めてきている。
「このままなら袋叩きだな。おーすけ、むーち、包囲前に一旦離脱!」
「了解!」
辰の進言に従って、僕は隻腕で戦力ダウンしているハガネをミヅチに飛び乗らせる。
一方で、むーちゃんのアゲハは迫る恐竜達にMRBSを浴びせて撃退中。
それも突撃してきた角竜の槍角が届く前にミズチが抱え上げる形で空へと持ち上げられる。
「たーすかるー!」
むーちゃんによる新戦法の快適さへの感謝の言葉。
そのままミヅチは恐竜が組んだ円陣の外まで退避の飛行。
敵の外延部ではアグレッサー隊が小型恐竜巨人相手に格闘戦を挑み、その行動を封じていた。
僕らだけ空の安全圏というのは申し訳ないけれど、打開手段が見つかるまではお願いするしかない。
さて、作戦会議。
「恐竜一体一体はそれほどでもない。でも包囲されたり原始妃のあの破壊力と連携されるとちょっと危ない」
「でも恐竜は倒しても倒しても復元されちゃうんだよねー。スティーラーズ入りじゃないのにはMRBSが効いてるけども」
僕とむーちゃんで、判明した基本情報の確認。
そこへ、父さんからの通信。
《それだがな、どうも相手は常時復元を行ってはいないようだ》
父さんによるいつもの図説。
そこには原始妃と並んで、懐かしい巨人の画像。
《さっきの咆哮は原始的トランスを拡散させ――要するに歌唱妃と同じなんだが、あれより効率が悪いのか、かなりのエネルギー集束を行ってからの行動になっている。それで恐竜巨人を発生させるわけだ》
歌唱妃――亜鈴さんの巨人。
周囲に連鎖的に巨人の幻を作り出してしまう力を持っていた。
今回は恐竜の群れがそれにあたるわけか。
でも“効率が悪く、エネルギーチャージが必要”。
同じ部分に気付いた辰が端的な対策を口にする。
「じゃあアイツに叫ばれなければ、恐竜は復元されない?」
《もしくは叫んでる間――トランス誘発に専念してる間の隙を狙うかだな》
十分な情報を得た僕は、ミヅチの甲板から恐竜巨人のいない地面へハガネを飛び降りさせる。
着地してアイアン・ロッドを構えて。
「――じゃあ簡単だ。相手に二者択一を迫ればいい」
むーちゃんは、ハガネの立つ通りとは別の通りにアゲハを下ろす。
両手にはデリンジャーを構えながら。
「だね。復元と攻撃が両立しないんだから」
辰は、ミヅチを旋回移動させてハガネを挟んでアゲハとは逆の通りに構える。
その鋭角なシルエットの上部では、新装備の固定型MRBSが稼働している。
「端から恐竜を倒して数を減らし、そのまま中央を叩く!」
要するに、力押し。
その解決手段へ向けて、3巨人は迷いなく突撃を開始した。
「教導隊了解。巨人隊を援護する」
九式先任からの言葉も頼もしい。
アゲハはバタフライ・キッスとシャインの乱れ撃ちで突き進む。
ミヅチは殲滅力で劣っていても飛行していて遅れはなし。
ハガネはアイアン・スピナーの断続発動で敵陣を食い破る。
前衛、小型肉食竜ヴェロキラプトルの斬込を切り払う。
攻勢、三つ角草食竜トリケラトプスの槍衾に刺し返す。
後衛、巨大雷竜ブラキオサウルスの金床をこじ開けた。
中央で待ち構えていた巨人ティラノサウルス・暴竜王による先制の大顎には、ハガネのアイアン・ロッド2本を斜交いに噛ませて受け止める。
騎獣の攻撃を止められた原始妃は当然、手の塞がっている僕を狙ってきた。
だけど、その攻撃の線の先にアゲハがバタフライ・キッスを刺し込んだ。
残念ながら必殺の螺旋は相手を捉えず。
それでも原始妃は攻撃のリズムを崩し、目の前を貫いたドリル刀身を蹴って飛び退く。
《原始妃、PSIエネルギー集束を開始!》
「GAU-……!」
原始妃は大きく跳んで、僕らと距離を作りながら恐竜軍団の修復を狙ったのだろう。
だけど一手遅い。
対して、僕らにはもう一手がある。
「捕まえたぁっ!」
[296781138679652159679458178631818113881188]
跳んだ相手の空中の隙を狙って、空飛ぶミヅチが彼女を捕まえた。
相手を掴んだままミヅチは一度高く飛んで、そして空高くから勢いをつけて急降下。
トドメは、攻撃力のある僕ら地上組。
「夢幻巨人!」
目的地点を見極めた辰が掛け声を上げて、
「3連携!」
弾道にバタフライ・キッスを構えたむーちゃんが応じ、
「3-Dアタック!」
アゲハに合わせアイアン・キッスを揃えた僕が結ぶ。
原始妃は速度をかけられたまま2本の螺旋槍に貫かれ、砕け散る。
……ちょっとやり過ぎたかな、という心配をしたところで通信の向こうからへろへろとした女の子の声。
《アタシの恐竜帝国があ……》
ごめんね……。
今度、何か恐竜グッズでも用意してお詫びに行くから。
僕は、戦い終わりの一息をつきながらハガネの高い視野から辺りを見回した。
中枢だった原始妃、恐竜と共に大地を駆ける永良さんの夢を倒したことで周囲の恐竜も消えていく。
かつて地球全土を億年以上に渡って支配していた数多くの恐竜も、今は科学技術が掬い上げ復活させたわずかな数種類だけしかいない。
恐竜の絶滅原因には色々な説があって、僕が知っているだけでも隕石の衝突や火山活動の活発化、植物進化による食物不足、宇宙放射線の増加、巨大化が仇となった適応進化の遅れ……それらの複合だともいう。
――そして、6500万年前からの氷河期の到来。
今、世界は温暖化ガスの固形変換が進み過ぎて、寒冷化が始まっていると言われている。
その大きな要因とされるのは、沖ノ鳥諸島――僕らが住んでいた新東京島の大地を作る所から始まった超成長珊瑚による二酸化炭素の石灰質転換。
花火の中で紅利さんは、この戦いの先はどうなるのと問いかけてきた。
未来、僕たち人間の世界も氷河期がやってきて滅んでしまったりするのだろうか。
それとも氷河期ではなく、僕が解き放ってしまった巨人という戦いが人間の絶滅原因になってしまうのだろうか……。
秋祭りの終わった街で、酷く寒い北風が低い泣き声のような唸りをあげハガネの表面を吹き抜けていった――。
=どこかだれかのお話=
大神は携帯端末の緊急コールに目を覚ました。
午前2時の暗がりの中で布団を退け、彼に縋りつくように眠っていた妻の手を優しく解く。
――黒野博士夫妻がこちらに来たことで、彼らの娘である夢の生活をそちらに帰すことができた。
しかしそれ以来、妻からは夫婦の時間を求められるようになった。
順に“ひ・ふ・み・よ・い”と名付けた子供らの後に“む”の子供を預かったのが余程うれしく、子供のいる幸せが取り戻したくなったのだろう、と大神は考える。
いじらしい長年の伴侶の白く柔らかな髪を軽く撫で、それから彼女に心配をかけまいと携帯端末を手に大神は床の間を後にした。
身内事で緊急相手に反応が遅れた事を内心に詫びながら、イヤホンを耳に捻じ込んでレシーブのアイコンを叩く。
けれど、大神による家族の安らぎを護ろうとする努力は全て無駄になった。
伝えられた情報に対するあまりの驚愕に、彼自身が大声を上げてしまったのだ。
「――馬鹿な、全滅だと!? 米軍の巨人実験小隊がか!?」
See you next episode!!!
強大な敵、ヴィート。
その出現は世界全体を揺るがすものだった。
次回『蒼の甲冑、ヴィート』
君は夢を信じられる?Dream drive!!!
##機密ファイル##
ダイナソア・アイランド
太平洋に浮かぶ無国籍商業連合所有の人工島に作られた、恐竜復元計画の研究所とその観覧目的のリゾート施設。
ここでは遥か太古に滅んだはずの恐竜を生きた姿で見ることができる。
ただし現在、白亜紀の恐竜4種と氷河期後の恐鳥2種のみ。
内訳は以下の通り。
・小型肉食一種:ヴェロキラプトル
・大型草食二種:トリケラトプス、サウロポセイドン
・小型草食一種:レイリナサウラ
・肉食恐鳥一種:ティタニス
・草食恐鳥一種:カカオスフィア
恐竜はまだ研究の対象かつ生態不安定という事もあって、島への観光入場数は制限されており、展示形式は動物園方式。ただし巨大すぎるサウロポセイドンばかりは公園形式。
また飼育されている生物は白亜紀末期から新生代のみであり、旧世紀の映画に感銘を受けた創始者のジュラ紀のサファリパークを作りたいという願いは叶っていない。
更には恐竜の代名詞とも言える大型鳥脚の肉食恐竜不在、翼竜や海竜不在という不利。
創始者の願望に沿うものといえば、メインセンターでアロサウルスの模型ロボットが出迎える部分のみである。
しかしそれでも毎年、全世界から限度いっぱいまでの観光客が押しかけ、生きた恐竜の観覧という究極の体験を感じ、人懐っこい恐鳥カカオスフィアへの騎乗体験などで、失われた世界に想いを馳せる人気アミューズメントとなっている。
一方で、この施設には有名な都市伝説がある。
それは“恐竜人”なる異種知性種族が同施設の運営や、恐竜遺伝子の提供を行っているというもの。
この話はいくらか付随のバリエーションがあり、彼らは地底に潜んでいた、宇宙から飛来した、人類を宇宙へ導こうとしている、いや人類文明に侵略を始めている、恐竜島はその基地である、など。
その根拠とされているのは、数少ないながら復元された恐竜の遺伝子に自然生態的な幅があり過ぎることで、それらは“生きた生態系”由来なのではという噂から。
しかし結局のところ、恐竜人の存在を証明するものは何もないというのが現状。
それらはやっぱり都市伝説止まりである。
皆さまは、心置きなくダイナソア・アイランドの観光を楽しんでもらいたい。
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