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第五話「神奈津川の人魚」4/4

 =多々良 央介のお話=


 歌唱妃の作り上げた幻影の風景から抜け出すべく、僕はハガネを走らせる。

 その最中に佐介がつぶやいた。


「この幻覚、巨人っていうけど攻撃してくるわけじゃないんだな……」


《幻覚を見せること自体が攻撃、という可能性もある。もしくは……》


 父さんは一度黙ってから、予想外の事を言い出した。


《……そもそも、この巨人は誘導されておらず、攻撃なんてするつもりがないのかもしれない》


 父さんからの仮説。

 僕は慌てて問い返した。


「でも戦車が川に落ちたり、街が消えたりしてるよ!?」


《それはあくまでも事故だ。落ちた戦車も水没はしたが搭乗員のバイタルに異常はないようだ》


「……水没したのに、中の人の命に別状がない?」


《どういう状態なのか現在確認中だそうだ。何故か音声通信はできなくなっているようだが……》


 何もかも、この幻覚がおかしくしている、ということだろうか。

 巨人が起こす異常現象は今までいくつか見てきたけれど、今回のは特大が過ぎる。

 そういえば、精神訓練を行っている人の巨人だから警戒するべきとか、さっき父さんがいってたっけ。


「あーあ、超能力でも使えれば、真実を見極められるだろうにな!」


 突然、佐介が突拍子もないことを言い出した。

 ――超能力。

 そうだ、サイコならこの幻覚の対策も可能なんじゃ?


「うんうん」


 なるほど、佐介は父さんに気付かせないように、誘導したわけか。

 戦闘中は会話を全部記録されるって聞いたことあるしね。


 サイコ!

 口に出さず、心の中で呼びかける。


(はい、サイコです)


 来た!

 ……けど何か、違和感が?


(はじまりは千年祭、我らが魂の呼び声、安らぎの工場跡)


「うぇ!?」


 ど、どうしたんだろう?まともな感じじゃないけど。

 佐介が不審がって妙な声をあげるぐらいに。


《どうした!? 何かあったか? ……ああ、いや、まずいな、これは!》


「父さん!?」


 携帯画面に映る父さんの周囲は、さっきまでの指令室と異なっていた。


《どうやら、こっちにも幻覚の浸食が始まった!》


 父さんの背後に映り込んでいるのは、白い幕と、篝火。

 ええと、大河ドラマ? 中世ファンタジー?

 でも、これも間違いなく歌唱妃の作り出す幻覚。


《感受性の強い人間を中心として幻覚が広がるんだ! 央介急げ! ヘリが幻覚で上書きされかねない!》


 ああ、なんとなくだけどサイコがおかしくなってる理由がわかった。

 テレパシーでやり取りできるということは、テレパシーと同じ力で混乱させられるのには弱いんだ。


(天上の楽園の賢者様、不思議の国の秘密兵器、悲しみは最果て)


「役に立たねぇ!」


 佐介が怒鳴る。

 僕もサイコに頼るのはあきらめて、ハガネは走る。

 ピックアップポイントまであと少し。


 幻なのにきちんと枝一本一本に触る感覚がある林を突き抜けると、コンクリート製のビル。

 幻覚の外に出た!


「油断するなよ。父さんの話からするとここらもしばらくしたら幻覚の中だ」


 佐介が警戒を促す。

 と、少し先の広場に目立つ色の煙、その近くに軍用ヘリが見えた。

 僕はハガネを広場に踏み込ませて、ヘリに乗り込むために一度解除しようとした――。


 ――その時。


「央介、なんか歌が変わって……」


 佐介が指摘してくれたのと同時に、僕も異変に気付いた。

 今まで歌唱妃が歌っていたのは、やさしい風のあこがれ。

 歌われ始めたのは、まったく聞き覚えのない、悲しげな歌声。


 僕は、何が起こったか確認するために歌唱妃の方に振り向く。

 その瞬間に、ハガネは巨大な波にのまれた。


「な、何!?」


 大津波に見えたそれは、ハガネには影響を及ぼすわけではなかった。

 あっという間に水没するハガネ。

 これも歌唱妃が起こす、環境の塗り替え。


 とりあえず、ハガネには影響、ダメージはない。

 そう思った時だった。


「央介……水だ!」


「え!?」


 佐介の警告に驚いて身動ぎした瞬間、足先に液体の抵抗を感じる。

 僕は慌てて足元を見た。


 ――踝まで浸る水。

 異空間のはずのハガネの中に、水が流れ込んできている!


「と、父さん!? 水が!!」


《落ち着け央介、それはあくまでも幻覚だ! 水に見えて水じゃない!》


「そう言われても……!」


 ハガネの中から水を追い出すイメージをするけれど、上手くいっている気配はない。

 そうするうちに水位はあっという間に上がってきて、体が浮き始める。

 立ち泳ぎで何とか対応するけれど、水位の上昇は止まらない。


「水じゃないって、ちゃんと浮力あるじゃないかよ!」


 水に浸かってない佐介が喚く。

 けど、ピンチなのは僕の方だ。


 ――ごつん、と頭が天井に触れた。


 あくまでもイメージ上でハガネの兜の中にいるつもりだったけど、ちゃんとハガネの兜の内側――天井が作られていた。

 水は容赦なくせりあがって、ハガネの天井まで満たしていく。


 僕は口を押えて、息を止めて、堪えたけれど、長続きするわけもない。

 口から沢山の泡が吹き出る。


「央介ぇ!!」


 佐介の叫びが聞こえた。


 水の中なのに。


 空っぽになった肺が酸素を求めて反射的に、水を、吸った。

 ああ、溺れる。


 けれど――。

 あれ、水を吸ったと思ったのに、肺は空気で満たされた、ような気がする。

 溺れて、ない?


「ごぼっ、ごぼぼぶっ……」


 どうなって、と言ったつもりが、代わりに口から出たのは、いっぱいの気泡。


「……お、央介ぇ! 生ぎでるぅ……、良がっ、だぁ……!」


 佐介の涙声が聞こえる。

 ポンコツロボット。

 ――でも、どういうことだろう?


「さ、さっきぃ、戦車が沈んだとかぁ、ぐすっ。そんな話あった、だろぉ? たぶん、それと同じでぇ……」


 佐介が、鼻水ずーずーすすりながら喋る。

 こっちが喋ろうとすると、全部泡ぶくぶくになるのに――


 ――ああ、戦車の乗員は無事だけど、通信できないって、これか。


 携帯が鳴る。

 これは完全防水の軍用型だから水中でも問題はないはず。

 そもそも幻覚の水が機械に影響するのかわからないけども。


 画面には完全に水没した指令室。

 そこでは幻の水中を泳ぐ軍の人たちと、立ち泳ぎしている父さん。

 父さんが、抱えたタブレットに何かを書いて、画面に向ける。


《ぶじで何より》


 う、うん。お互いに。

 僕は答えようとして、気泡を吐き出す。

 それでも理解してくれたらしく、一度頷いた父さんは更に何か書く。


《これは幻の水だが 音のつたわりは本物の水に等しいようだ》


 ……えーっと、どういうこと?


《今までより 音が強く伝わり 幻覚が拡大しやすい》


 そして最後に強調して書かれたのは。


《いそげ!》


 声にならないので、頷いて返す。


 ……でも、急げと言われても、運んでくれるはずのヘリも水没状態。

 パイロットさんは空中だった場所を泳いでいて、とても飛べるようには思えない。

 どうすれば……?


「央介、これなら泳いでいけるだろ!?」


 佐介が怒鳴る。

 ――ああ、そうか、この水没環境はむしろこっちにとって有利になったのかもしれない。

 幻覚にやられる可能性があったヘリでなく、ハガネ自身で歌唱妃中心に接近できる。


 ハガネは地面を蹴って、空中に作られた幻覚の海へ泳ぎ出す。

 ホントだ、ちゃんと泳げる。


(星空の海にねむる少女、海流のなかの笑う船)


 ……サイコ自身も今頃水の中にいるんだろうか、微妙にキーワードに海が混ざる。

 顔も見たこともないサイコだけど、心配は心配だ。

 それにクラスの人たち、足が不自由な紅利さんも……


 ハガネは透明度の高い幻覚の海の中を泳ぐ。


 ――僕は、泳ぎが得意な方だ。

 冬なんてほとんど無い南の島で、海遊びは日常だったから。


 色とりどりの魚に紛れて、人魚が泳いでいる。

 そういえばベリルの新曲がそういうのだって、さっき言ってたっけ。


「今、聞こえてる歌がそれだな。PVと同じフレーズあるし」


 ……秘密のはずの公開前の歌、聴いちゃってることになるのか。

 でも、じっくり聴ける状況じゃない。

 一刻も早くこの事態を解決しないと町の人たちが危ないのだから。


「公開されたらちゃんと聞けばいい――」


 佐介が喋りかけて、黙る。

 僕も、嫌なことに気付いた。


「――だよな。この巨人を倒したら、ベリルがどうなるか…」


 迷いが考えをかき乱す中で、気付けばハガネは歌唱妃の上層部にまで浮上していた。

 そう遠くない場所に、中枢だと言われた人型が見える。


 それは頭から翼を生やした女性の像。

 音楽を奏で、歌を唄いながら、ステージ上でゆっくりと回転していて――


「――オルゴール、かな」


 僕は、頭の中に沸いた嫌な考えを、目の前の風景で追い出す。

 この天使像が、ベリルの宝物なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ハガネを歌姫の像の前に立たせる。


「……なあ、央介。本当にやるのか?」


 佐介が弱気なのは、珍しい。


「考え次第では幻覚の水だって楽しいし、ベルリの歌も素敵だし……」


 多分、僕の迷いが、そのまま出てきているのだろう。

 それを代わりに喋ってくれて。


「……いっそ解決しなくてもいいと思うんだけどな。央介が辛くなるほうが、嫌だよ」


 僕のため息は、盛大な泡になった。

 その話は、ポンコツロボットの弱気でしかない、と自分に言い聞かせて、ごまかす。


(暗き海の底、全ての始まりにして、夢の終わりに)


 サイコの電波が飛んでくる。

 ――電波なのかよくわからないけど。

 それでも今、彼は歌唱妃の被害を受けている。


「……やるのか?」


 このままじゃ、町の人たち、みんなサイコみたいに、現実と幻覚の区別がつかなくなっちゃうから……。

 そう言ったつもりだけど、全部が泡になるだけ。


 歌唱妃の像の前で、ハガネに攻撃の構えをさせる。

 いつも通り、胸の中心部を狙う手刀。

 少しでも傷が少なくあってほしいという形の攻撃。


 ごめんなさい。グリーン・ベリル……、その歌を楽しみにしていたひとたち……!


 僕は泡を吐き出して、同時にハガネの鉄の指先が像の胸元を貫く。

 そこから歌唱妃全体に光の割れ目が広がっていき、ひび割れからは光の粒が吹きだした。

 そのまま、歌唱妃は崩れていく。


 そして幻覚の海も夕日の中にゆっくりと薄れて、ベリルの歌も、風の中に消えてなくなった。




 戦いの次の日の通学路。


「無理して学校行かなくてもいいのに……」


 横を歩く佐介が言う。

 それでも、自分のしたことを受け入れなきゃいけない。

 今まで通りに。


 重い足を無理やり歩かせて、校門をくぐる。

 ――と、その時だった。


「♪おはよう! おはよう! ♪多々良くん兄弟!」


 横から、ベリルの声。

 昨日と同じように音程も乗って。


「お、おはよう!」


 慌てて挨拶を返すと、亜鈴さんがにこやかに会釈をしていた。

 そのまま彼女は、胸元に両手を運び、何か素早く動かし始める。


「♪昨日の、大騒ぎのとき、♪浮かんで、倒れたまま、だったけどー、大丈夫? ♪丁度、軍の人たちがやってきて、♪搬送してくれてよかったね」


 ……ああ、そういえば偽物ロボットが水没のドタバタで操作できなくなっていたとか報告受けた気がする。

 そんなことになっていたのか……。


「いやー、やっぱり海育ちだから、水の怖さがヤバくってさ」


 佐介が適当に答えてごまかす。

 僕はそこで亜鈴さんの声に違和感を覚えた。

 動きも――。


「♪そうなの? ……♪山育ちの私の海の歌、♪には、おかしなところあったりー? ♪海育ちの体験談、聞きたいわー」


 ――彼女の口の動きと、声が合っていない。

 代わりに、手をパタパタと動かして、……これは、手話?


「亜鈴さん……、その、声は……?」


「♪あれ、気づかれちゃった? ♪朝から、声が出なくて……♪この声、合成音声なの」


 亜鈴さんはそういうと携帯を差し出して、音声アプリの画面を見せてくれた。

 VRシンセサイザーでの手話に対応して、声を合成する、らしい。

 でも、これは……。


「♪ちょっとお仕事、疲れちゃったかなー。♪イップスは怖いなー。♪でも――」


 歌手として酷いことが起こっているはずなのに、亜鈴さんは笑顔をつくる。

 僕がやってしまったことを、彼女は乗り越えようとしている。


「♪音のない世界、それなら動きでリズム、伝えればいい。♪手話だって勉強してたもの」


 亜鈴さんは、僕の想像以上に逞しいのかもしれない。

 巨人の強さは、心の強さでもあるのだから。


 そうなるとハガネの負け。

 でも、きっとそれでいい。

 ――周りを苦しめて回るハガネが勝たない方がいいんだ。


「♪私のー、音楽療法への、パッション! ♪止まらない! 止められなーい!」


 See you next episode!

 壊れた心が生み出した歪んだ巨人

 イドの向こうから現れた怪物の毒牙にハガネは倒れる。

 だが、戦う者らは幾度でも立ち上がる!

 次回、『悪夢砕く、鉄の螺旋』

 君も、夢の力を信じて、Dream Drive!



##機密ファイル##

 サカタ医療器具(株)社製義肢『筋電読み取り式AI稼働義肢 ヤタカラスのおくりもの 11年度型・義足』

 紅利が着用している機械式の義足。

 脚を収めるソケット全体に高性能なセンサーが埋め込んであり、着用者の筋電反応をAIに学習・適応させることで生身の足と変わらない反応と動作を可能としている。


 この義肢は重量面ではむしろ人間の足より軽くて強度があり、出力面でも人間の足より強くて速い。

 とはいえ、着脱の負担やメンテナンス、着用時の身体圧迫、疲労などを考えると、やはり不便であることには変わりない。


 この時代はサイバネティクス義肢や、人体器官の再生・形成医療があるため、ほとんどの人は着用型の義肢を選ぶことはない。

 だが、前者はあくまでも機械であって成長しないために、日々骨格バランスが変わっていく成長期の子供には不向き。

 後者はクローニングに用いる細胞誘導剤が重度の催奇性を含むため、成長が安定する一定の年齢までは法で施術が禁止されている。

 結果的に、全ての人が喜んで再生手術を受けるとは限らないので、このような義肢もまだまだ利用されている。


 ここまでの説明を読めばわかるかもしれないが、珠川 紅利は実は歩ける。

 義足への不信から歩くのを怖がっているだけである。

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