第三十三話「燃えろ! 6500万年・原始の心!」1/4
=多々良 央介のお話=
残暑もすっかり去って、肌寒い風が吹くようになった朝の通学路。
僕と佐介は少し早めに出て、いつの間にか見慣れない旗が立ち並んでいた市街地の十字路で紅利さんとむーちゃんを待っていた。
ところが先にやってきたのは。
「よっ、おーすけ!」
ここ最近は浮遊幼馴染となった辰。
きちんとランドセルまで背負った姿で、どこからともなくふわふわとやってきた。
「……通学まで合わせる必要ないんじゃないかな?」
僕は呆れ半分の返事。
姿を現したり現わさなかったりの辰は飛隼王との戦いの前後ぐらいから学校にも来ているようだった。
だけど登校中にまで現れたのは初めての事。
「例の遠隔式のDドライブ――Dランチャードライブの調整の一環さ。長時間稼働と精密動作。親父たち総がかりで弄ってて、ついでに僕が動き回る必要がある」
「ここのところ父さんたちが帰ってこない原因それかあ。……母さんまたくさくなってそうだなあ」
行動の理由を語った辰と、それに関して佐介が身内の状態の心配。
――でも、この感覚は懐かしい。
昔から父さんたちは研究内容が動き出すと毎回毎回こうなっていた。
小さい頃、僕ら幼馴染三人はそれぞれの家に集まって、親たちが帰ってこないことを心配したり文句言ったり。
映像通話で顔を合わせるのは簡単でも、忙しい所の邪魔をしてでも話したくなるのはあんまりなかった。
近所の大人達からは、それはやっぱり変で良くない事だとも言われたけれど次第に気にならなくなっていた。
そんな父さん母さんは、僕が島で巨人事件を起こしてからしばらくは酷く心配してべったりになっていた事も――。
「深く考えるのやめよーぜ、おーすけ。眉間にシワ寄せるのはお前の柄じゃない」
途端に辰による引き留めが掛かった。
その辺は幼馴染、何でも察してしまう。
ただし察してからが遠慮がなさすぎて――。
「――いや、それ酷い言い種じゃないか? オレがまるで考え無しみたいな……んん?」
昔通りの距離感をぶつけられたせいか、言い返した勢いで思わず抑えが利かなくなった。
口を押えて止めたけれど、昔通りの僕を引っ張りだしたことに幼馴染もしてやったりの顔。
「ちゃんと“オレ”のおーすけは残ってるんだな。でもまあ、僕もかしこまった喋り方の仲間が増えたのは嫌いじゃない。これからはボク友で行こうか」
辰はそう言って右手のグーを差し出してきた。
僕も全面賛成はできないながらもグーを作って、触り心地の無いそれに突き合わせる。
昔からの相棒とのコンビ確認に、隣で今の相棒の佐介が満足げな笑顔。
そして更に――。
「おっはよー! おーちゃん! たっつー!」
「おはよう、央介くん。辰くん」
十字路の向こうから紅利さんとむーちゃんが二人で駆け寄ってきた。
むーちゃんは、僕と辰が揃っていたことがすごくうれしかったみたいだ。
「Dドライブ仲間が勢ぞろい、だね!」
傍までやってきたむーちゃんはペンダントにしているDドライブを取り出して、僕のとお揃いを強調してきた。
途端、紅利さんも食いついてきて同じようにDドライブ持ちをアピール。
ああ……女の子の笑顔をぶつけあう戦いは、ちょっと怖い。
そこへ状況解除のアシストを入れてくれたのは、佐介。
「にしても……何か町の雰囲気違うな? 昨日の朝はあんな幟り旗は無かった。夕方ごろに何か町の人が作業してたっけな」
答えたのは、地元住民の紅利さん。
「あれはね、明日からの秋のお祭りの旗なの。お神輿が出て、大通りと広場に屋台がいっぱい並んで、町中の防衛ビルから花火があがって、盆踊りとかもする」
転入者四人で、揃って「へー」を返す。
だけど、そこまでを説明した紅利さんは眉間にシワを寄せた。
「……あー、でもそうなると今頃教室は騒がしい事になってるかも……」
登校してみれば、教室は紅利さんの言う通りで。
「ばーん!! ぼ・ぼんばー!!!」
クラスの元気を持て余す側の子たちが集まって、何やら原始的なリズムで統一性皆無・元気さ一点張りな踊り。
それは男子も女子も、獣人も機械も入り乱れたカオス。
僕ら外部組が戸惑う中で、紅利さんはやっぱりと言わんばかりの表情。
「ついに今年もこの季節か。永良が騒ぎ出す」
参加する気もない外野の小鳥遊くんからは呆れを隠さない声。
永良――朝原 永良さん。クラスの元気な女の子。
言われて意識して見れば、確かにダンスの中心人物は彼女らしい。
「朝原は普段も普段で恐竜恐竜ってうるさいけどなあ」
やはり外野の趣味人、大寒くんが彼女の特徴を挙げれば。
「虫虫うるさい大寒が言うの?」
即座に同じくサメ趣味人の稲葉くんからツッコミが返る。
兎にも角にもトリケラトプスにも、朝原さんは恐竜大好きっ子だ。
実際に今日彼女が着ているTシャツには、Tレックスの勇ましいシルエット。
――しかし、やっぱり女の子の好みとしては珍しいような。
僕は、どうしてこうなったのかよくわからないコミカルな動きで踊る朝原さんを見ながら、個人の好みに偏見を持ってしまった。
それを、彼女は見逃さなかった。
「多々良くん、今一瞬恐竜好き女子は変だって目をした!」
「ひえっ!?」
踊りを切り上げた朝原さんは真っすぐ僕の所にまで歩み寄ってきて、噛みつくような表情。
彼女の胸元のTレックスも一緒に牙を剥いている。
「大体あたしを見て、変だな~って顔するのは女の子が恐竜好きなのはおかしいって言い出す人!」
朝原さんの被害歴の経験則からくるらしい判断。
僕は慌てて弁解に移った。
「ご、誤解! 恐竜好きの女の子は珍しいなとは思ってた。でも変だと思ったのは、その見たことがない踊りの方!」
こういう時は正直に話したほうが、こじれない!
猛獣の朝原さんからは目を反らさず退かず、立ち向かう。
「……そう! ならいい。アドリブで適当に踊ってたから、変な動きだったかもしれない」
よかった、セーフ。
「でもやっぱり珍しい扱い!」
セーフじゃないかもしれない。
僕は、考えられる理由を述べてみる。
「その、恐竜はどっちかというと物騒な方だから男の子の人気コンテンツだと思ってた。ウロコ付きの生き物って恐がられるし、ティラノもその牙で獲物をバリバリ食べちゃう系だし」
朝原さんは少し考えてから、返答。
「獲物をバリバリ食べちゃう肉食で言えば、クマさんなんかはぬいぐるみで女の子にも人気!」
彼女がストレッチするような大きな身振りの両手で指差した先には、ヒグマ獣人の熊内さん。
肉食猛獣の引き合いに出されたことを恥じらう熊内さんをそのままに話は続く。
「ウロコは……ヘビはぬめぬめで苦手。でも恐竜のはでっかいし、羽毛部分もあるし」
「ヘビもトカゲも恐竜も似たものだと思うけどなァ」
「大寒、虫は好きなのに蜘蛛は気味悪いって言ってなかった? 似たものだと思うけど」
話の余波から背後で個人個人の拘りの話が始まっている。
それはさておき、朝原さんは自身のTシャツの裾を引っ張って絵柄の全身鱗装甲のTレックスを見下ろしながらの話。
「ま、昔はアタシも恐竜はでっかいトカゲみたいなものだって興味は持ってなかった」
そこでTシャツを手放した朝原さんは、腕組み頷きながらお気に入りのエピソードを語り始めた。
「けど、たまたま見た教育番組で、家族のひよこティラノと暮らしてたお母さんティラノさんが大怪我をして、でもその怪我が治るまで家族がずっとお世話するって話があって。実際にそういう化石が見つかったんだって」
――その話なら心当たりがある。
発掘に関わった女性博士の名前が贈られたTレックスの化石には、肉食の生物として致命的な骨折から回復した痕跡があったという。
それは家族との助け合いだったのか、人間が生まれる遥か過去で実際に見た者は誰もいない仮定の話だけれど。
「それで恐竜も人間と同じ温血の生き物だって、家族で仲良く暮らすんだって分かったら、そしたらでっかい勇気あるお母さんっていいじゃん!?」
なるほど経緯は理解できた。
理解はできたけど、朝原さんからの同意を求める圧が強い。
「熱血の最強恐竜ってか。嫌いじゃないな」
隣で佐介が勝手に納得している。
僕も、まあ……男に生まれて人並みに恐竜は好きな方なんだけれども。
――ああ、そうだ。
「これとか?」
僕は、ランドセルを片担ぎにしてペンケースを取り出し、それに取り付けていたキーホルダーを朝原さんに示す。
それは東京島で暮らしていた時からずっと付けっぱなしにしていたもの。
仔恐竜を連れた親恐竜のレリーフに爪の欠片が付随するそれを見た朝原さんは、すぐに完全解答してきた。
「……! これ、レイリナサウラ――ダイナソア・アイランドのじゃん!? 行ったの!?!?」
その食いつきっぷりは尋常じゃなかった。
ダイナソア・アイランドは、南太平洋に浮かぶ恐竜復元計画特区の人工島。
科学によって復元された本物の恐竜を見ることができる憧れの旅行先としてよく挙げられる場所ではあるのだけれど。
「ご、ごめん。僕は行ってない。これは転校前の友達のお土産で貰ったやつ」
――友達、彼の巨人は恐竜型だった。
それと最近になって彼から僕を心配するメールが届いているのを佐介が教えてくれた。
ありがとう、いつまでも周りに辛い顔は見せないよ。
「そっか……友達との思い出ならちょうだいとも言えない……」
朝原さんは物分かりの良い対応をしてくれた。
それでも未練は隠せていない、そんな時だった。
「むーも同じの貰ったよ。島の実家に置いて来ちゃったけど、あさーらちゃん、要る?」
「欲しいっ!」
むーちゃんの提案と、食い気味に朝原さん。
そうそう、このお土産は男の子は大半喜んだけれど女の子は大半持て余し気味だった。
むーちゃんは早速携帯を取り出して操作を始める。
「んじゃ、こっちに送るように実家のメイドロボに指示っと。……2日ぐらい待ってね」
むーちゃんの実家――思い出深い幼馴染の家。
遠ざかってからもう半年、最後に立ち入ったのは酷く昔に感じる。
働き者の高級メイドロボ、プロメテRさんは今も一人で庭木の手入れをしているのだろうか。
僕が遠くに想いを馳せているうちに、もう一人の幼馴染が一言。
「僕がミヅチになって取ってくれば即日で」
超音速幼馴染による回収配達の案が出た。
だけど。
「女の子の部屋を家探しなんかしようものなら点滴の管全部ひっこぬくー!」
蝶乙女幼馴染によるデリカシー不足への恐ろしい威嚇。
こわい。
「それもそうか、失言失言」
「そうそう」
幼馴染戦争はどうやら丸く収まった。
「タンスの上にちょっと背伸びした水着があったことも黙っとく」
「そうそう……うん?」
収まってない!
幼馴染同士の話が不穏になりかけたところで、その外にいた朝原さんが空気を読まずに動いてくれた。
彼女は、さっきの事で気に入ったらしいむーちゃんの手を引いてダンスへ誘う。
「ダイナソア・アイランドのガチグッズとかテンションあがるー!! しかもお祭りだーっ!」
「あうあう……、キーホルダー1つに大袈裟だってー」
そして、朝原さん主導の原始的ダンスパーティーが再開された。
連れ込まれたむーちゃんも結局ノリ良く参加して、創作100%の踊りを始める。
「ばーん! ぼ・ぼんばー!」
「もえろ、ぼぼんばー!」
相変わらずむーちゃんは、友達になってしまうまで早い。
……それにしても。
僕は抱えた疑問を、事情に詳しいであろう隣の紅利さんに小声で尋ねてみる。
「あのどんどこ原始人風に踊るのが、ここのお祭りなの?」
「ううん。あれは朝原さんのオリジナル。こっちの踊りはね――」
朝原さんたちに呆れ気味だった紅利さんは気を取り直して、僕に祭りでの踊りの簡単な身振りを教えてくれた。
それはどうやら古典的な盆踊りの一種らしい。
僕は一拍遅れながら、紅利さんの動きを真似て学ぶ。
なんとか一巡を僕が覚えたぐらいの時だった。
小ばかにした鼻息が一つと、とげとげしい言葉。
「ふん、祭りが巨人で台無しにならなきゃいいけどな」
――踊りには加わっていなかった長尻尾の狭山さん。
それは、その通りなのだけれど。
僕がこの都市に持ち込んでしまった災いについての、いつもの悩み。
その辛みを抱えようとしたところに。
(いやー、多分だけど大丈夫じゃないかな?)
みんなに混じって踊っていたESP少年あきらからの妙に楽天的なテレパシー。
秋のお祭りは、もうすぐ始まるというけれど……。