第三十二話「超音速の刃、大いなる翼」1/4
=多々良 央介のお話=
「多々良。僕は君に、正式に決闘を申し込む」
朝のホームルーム前、僕は突然に声を掛けられた。
僕が机に落としていた視線を声の方へ向ければ、隼鳥人の小鳥遊 一くんがそこにいた。
――実際には突然じゃなかったのかもしれない。
その時の僕は考え事ばかりしていて周囲を意識する暇がなかったから。
頭の中で巡っていたのは先日、要塞都市にやってきた幼馴染の辰のこと。
その辰と父さんたちが秘密に何かを進めているらしいこと。
でも、それらは身内のことで気に病むほどの事じゃない。
僕は小鳥遊くんから一瞬だけ目を逸らして、今一番気になっている“それ”をもう一度確認する。
この間の幽霊騒動で一緒だったジャージ姿の瞬くん、その足元に巻かれた包帯……。
自分の力不足に何度目かの後悔をしてから、小鳥遊くんへの応対に戻る。
「――えっと、決闘って?」
「条件を付けて、競技に挑んでほしいってことさ」
僕の聞き返しに、小鳥遊くんは他にはないというように白い翼手を広げて答えた。
だけど流石に学校にあっては普通ではない発言に周りからも声が上がる。
先にむーちゃん、続いて紅利さん。
「決闘申し込みと申し込みに応じるのって決闘罪になるんじゃないっけ?」
「小鳥遊くん、急にどうしたの……!?」
むーちゃんの危惧を軽く流してから小鳥遊くんは紅利さんからの質問に答えた。
「多々良の行動について少し思ったことがあってね。その理由で、条件だけど――」
彼はそこで一度言葉を切ってから、僕の顔を真正面から覗き込んで。
――その猛禽の瞳で睨みつけてから告げる。
「僕が勝ったら、クラスのみんなを事件に巻き込むのをやめてほしい。何、簡単な事さ。行動を一緒にしないっていうだけでいい。珠川さんを含めてね」
そこまで語った小鳥遊くんは、横に視線を送った。
僕がその視線を追えば先に居たのは、瞬くん。
――ああ、これは僕が受け入れなければいけない話だ。
そうだ。最近の僕は周りが理解してくれるようになったからって、気安く動き過ぎていたのかもしれない。
僕は巨人という危険なものに取りつかれているのが前提なのに。
「……決闘なんてしなくても、その条件を受け入れるよ」
紅利さんの事が少し気がかりでも、僕は小鳥遊くんにそう返答した。
だけど彼は首を横に振って――。
「これはケジメっていうものさ。何かを変えるっていう時には、君にも、周りにも、区切りが必要になる。君が勝ったなら、君がその線引きを決めればいい」
戦いから逃げることは許さないというように話を返してきた。
何か少しの違和感を覚えた。
言葉通りに、このクラスのみんなと距離を置く区切りを作るためと受け取っていいんだろうか。
だけど、まるで僕と戦うことが目的のような追い込みのようにも感じた。
でも、こうなると受けないわけにはいかない。
僕は頷いて、了解を口にする。
「わかった。……でも決闘って何をすればいいのかな?」
「拳銃の早撃ちとか、馬に乗って槍で突撃するとかか?」
今度は佐介からの冗談の差し挟み。
小鳥遊くんは、それがあながち間違いでもないというように軽く頷き、それから決闘の方法を語った。
「古風という意味では、ロボ介の言った通りだけどね。それじゃ時と場所だけれども――」
小鳥遊くんによって指定された時間は昼休み。場所は体育館。
それは先生まで呼び出して、設備も揃えての大事になっていた。
周囲には佐介やむーちゃん、紅利さん。
足に怪我をしたままの瞬くんを始めとして、観戦しにきたクラスのみんな、休み時間に体育館を占有されて戸惑う他学年の子たち。
現場で待っていた小鳥遊くんは、既に戦うための装いを身に着けていた。
彼の翼腕以外の全身を覆う白っぽいプロテクタースーツと、手にした細剣。
ただし細剣と言っても、流石に本物ではなくてフェンシング競技用で刃は付いていないもの。
「多々良は棒術が使えるって話だそうだから、それに見合う武器を使ってくれて構わない」
そう言われた僕があれこれの準備をしている間に、小鳥遊くんから念押しの話。
「それじゃ再確認だけど、ルールは電気感知形式の5本先取。あとは……先生から話を聞いた方がしっかりしてるかな」
呼び出されて審判を務めることになった先生には、異種剣技での技比べがしたいという話で通してあるらしい。
まあ決闘の見届け人をしてほしい、というのは怒られるだろうから当然の事だけど。
僕は慣れないプロテクタースーツが引っ掛からないかを確認しながら、今回の得物を手に取る。
流石に学校には長棍棒が無かったので、薙刀木刀の穂先に電気感知線を巡らせたもの。
「そっちの武器は先端だけが有効なんだよね? こっちのは長さでも重さでも有利になっちゃうけど……」
武器というのはその間合いで技量差を埋めてしまう。
僕がこの薙刀を最も長く使えば、小鳥遊くんの細剣の倍の長さを確保できてしまうのだ。
こういうのを間合いの三倍段といって、素手は短刀、短刀は刀、刀は槍の三倍の技量が必要になる……というようなことを父さんに教わった。
「構わない。条件指定側が有利だったらただの嫌がらせになるだろう? それに僕側も少しばかりの有利がある」
そう言って小鳥遊くんは防具のマスクを抱えていない側の翼腕を広げて見せた。
確かに彼は両腕である羽の部分をプロテクターで覆えていない。
これは防御力が下がるかに見えて、今回の勝負においては電気探知に引っ掛からない部分が多いという有利だ。
それでも間違って彼の翼腕を打ち据えたり擦り切るようなことをしないようにしないと。
僕がそんなことを考えているうちに、審判役の先生からの確認。
「ええと、それじゃあ二人とも怪我の無いように。いいね?」
「は、はい!」
僕が作法が分からずに慌てた一方で、小鳥遊くんは慣れた様子でマスクを抱える。
なんとか見よう見まねで僕も同じように倣った。
そこまでを見届けた先生からの、鋭い掛け声。
「気を付け! 礼!」
狭い一直線の舞台で向かい合って、相手は細剣を構えた臨戦状態のまま雑にマスクをかぶる。
礼と言われたけれど、お辞儀をする時間はなさそうだった。
両手武器の僕は知らないルールのまま不意打ちされるんじゃないかと不安を抱えながらマスクを着けたけれど。
「準備! ……この後、二人が“良し”って言ったら始めるからね?」
――先生の最終確認。
どうやら、ちゃんと合意があってからの勝負らしい。
マスクの具合を整え直して、長柄を両手で握り、長い槍身を盾として相手の攻撃に備えて構える。
それを見ていた小鳥遊くんからの、宣戦。
「良し!」
応える。
「良し!」
間を置かず、先生からの号令。
「はじめ!」
小鳥遊くんのステップは戦う前から始まっていて、斜めに構えた体を遮る細剣の切っ先は細く、素早く、揺らいで捉えにくい。
ただ、刀身の基点である鍔が大きい事に気付いた。
僕は自分の武器が重く長い事を利用して、相手の鍔を狙い目に刀身を弾き飛ばすことを思いついて。
強く地面を叩き付ける音が響いた時には――眼下、目の前に小鳥遊くんが居た。
「――ッ!?」
プロテクターを越して、脇腹に小さな衝撃が突き抜ける。
「小鳥遊にポイント1! 両者、戻れ!」
ポイントを知らせるブザーと共に、先生が小鳥遊くんの先取を告げた。
僕は、相手の攻撃を認識する前に一本を取られてしまっていた。
まるで瞬間移動だった。
彼の踏み込みは、今まで僕が何らかの競技をしてきた相手の中で最高速度だったんじゃないだろうか。
驚く僕へ、小鳥遊くんから声がかかる。
「隼の鳥人は伊達じゃないってわかっただろう? 止まって見えるよ、多々良君」
マスク越しに、彼の隼の目が光る。
たしか隼は最大時速390kmの急降下をもって狩りをする鳥。
その捕捉能力には人間が及びつくはずはない。
「それともまさか、手抜きってわけじゃないだろうね? わざと負ければ良いなんて考えて……失礼って、わかるよね」
急に投げかけられたのは失望か侮りの言葉。
僕は、自省も込めて言い返す。
「それは……! ……それは無いよ! この対戦形式に慣れてないだけさ!」
薙刀を構え直した僕に、小鳥遊くんは頷いて返す。
仕切り直ししての次の一本。
それでもさっきの超高速の攻撃。
僕はそれ自体は認識できなかったけれど、その時に聞こえた轟音と、終わった後の彼の姿勢は覚えている。
体勢は低く、後ろ脚は伸びきって、逆に前に出した片膝は僕の方へ突き付けられるほど。
使われたのは両足の瞬発力による純粋な踏み込み。
でも、それなら動きは直線的で行動の前には溜めが必要になる。
低い軌道からの攻撃の刺し込みは最近、丸くん相手の訓練でいくらか経験を積んだ。
対応は、できるはず!
構えは既に切り替えてある。
薙刀を体全体の盾として下ろした構えから、相手の攻撃軌道を迎え撃つ構えへ。
そして警戒すべきは足の踏み切り。
当然、小鳥遊くんもそれに合わせて狙いを変えてきた。
左右への揺さぶりが大きくなって、薙刀の穂先から避け続ける。
そこから繰り出された二撃目。
僕の体はギリギリ反応できた。
相手の踏み込みの音の前、一瞬の足の強張りを見切って。
けれど真っ白い拡大としか認識できない小鳥遊くんの突進は、更にそこから急激に屈折して襲い掛かってきた。
僕は最後に残された重心移動で、その延長線上から僕の体を引きはがす。
未知の要素が加わった第二の攻撃は僕のプロテクターの胴に向かい、けれど紙一重で外れた。
ギリギリで僕の回避は間に合い、小鳥遊くんとの体の間に薙刀の長柄を差し挟んで彼を押し返す。
攻撃は無効のまま、先生の指示あって間合いを戻して仕切り直し。
瞬発力で消費した血中酸素のため、咳き込むように呼吸を整えながら攻撃の正体の可能性を問いかける。
「後ろ手の翼……! 羽ばたいて強引に軌道を捻じ曲げたんだね」
「正解。僕にも有利があるって言っただろう? まさか初見で見切ってくるとは思わなかったけれど」
僕がさっき攻撃の無効範囲の有利だと思っていたプロテクターなしの翼。
それは、小鳥遊くんの隠し武器だった。
姿勢のバネ、両脚による踏み込みに加えて、翼を使った第三の推進。
けれど小鳥遊くんは必殺の剣技を見切られた事をショックとも思っていないようだった。
そのまま彼は更なる戦いを誘ってくる。
「手札は全部見せた。あとは――」
「――技術の勝負、だね」
僕も戦いへの誘いを受け取って答えてから、構える。
彼が放ってくるだろう、ありとあらゆる角度からの超高速の剣に備えて。