第三十一話「静止衛星軌道おばけ」5/5
大晦日に物語も盛り上がってまいりましたが、次回は少し間が空きます。ご容赦を。
=珠川 紅利のお話=
衛星巨人たちとの戦いの夜が明けて、朝。
私は、宇宙と海の旅から帰ってきていた央介くんに連絡をとる。
気の毒にも眠そうな央介くんの代わりに応対してくれたのは佐介くんで、それで今日行くべき場所もわかった。
時間はお昼前、場所は都市地下要塞の医療施設。
そこまで私が入っていける場所なのか少し不安だったけれど、軍の人に携帯アプリで巨人隊の関係者だということを証明してみれば、丁寧に案内までしてもらえた。
辿り着いたのは大きなガラス窓で手前と奥の二つに分けられた部屋。
とにかく目を引く奥の部屋では央介くんのパパさんママさん博士に、前に一度見たことのある夢さんのお父さん。そのほか見知らぬ男の人が1人と女の人が2人。
計6人の大人が、どったんばったんの大騒ぎで複雑な機械を組み上げている真っ最中。
その騒動の真ん中にあるベッドでは、点滴と呼吸器を繋げた一人の男の子が眠り続けている。
布団に包まれた横顔だけでははっきりとわからないけれど、彼が昨晩に出会った辰くんなのだろう。
視線を手前に戻すと、央介くんと佐介くん、夢さんが緊張した様子でテーブルを囲んでいた。
央介くんと夢さんは私が来たことに少し驚いているみたい。
私はきちんとお辞儀をして、幼馴染との再会への乱入をお詫びする。
「こんにちは。部外者だけど、私もお邪魔させてね」
それは完全な私のワガママで、央介くんに関わる事や巨人に関わる事を知っておきたいというもの。
だけど央介くんたちは快く受け入れてくれた。
奥の部屋ではまだまだ作業が続いている。
夢さんによる説明では、見慣れない人はそれぞれ夢さんのお母さんと、辰くんの両親さん。
つまり、ここにいる6人が巨人技術の開発チームの全員なのだという。
そんな事を教えてもらっていた時だった。
(俺もお邪魔するかな。許可も取ってないけれど)
あきらくんからのテレパシーが飛んできた。
央介くんと夢さんも同時に反応を見せた辺り、今回はこの場にいる子供全員向けの発信。
すると、央介くんと佐介くんが不平不満といった様子で眉間にしわを寄せる。
(――アンノウンが竜宮だったって? そればっかりは気付けなかったよ。彼の飛ばしてくるPSI構造体がやたら不安定で、接触はやたらに回避する。そもそもPSIを混ぜると危ないってのは前に説明しただろ?)
どうやら今回は央介くんたちの気持ちをアナウンスしてくれるみたい。
(不安定だった原因はわかったよ。彼、沖ノ鳥諸島からこっちまで直接アクセスかけてたんだ。サイオニックでも媒体無しにこれだけの長距離で影響出せる奴は稀。相当苦労してんな)
なるほど、それであんな幽霊みたいな登場になってしまったと。
あきらくんから反省の気持ちも伝わってくる。
(……敵だと思い込んで動いたのは俺の落ち度だ。本当にすまん)
「うーん……たっつーも、いきなりおばけだぞ~として出てきたのは印象良くなかったけどね。幼馴染と言っても限度ある」
急に夢さんが口を開いた。
ええと、多分あきらくんとの会話で私たち内の話としても通用しそうなものだけは声に出しても怪しまれない、ということかな?
「そういえば辰は今どうなってるんだ? やっぱり傍に幽霊になって居たりするのかな?」
今度は佐介くん。
そのままお化けのジェスチャーをしながら、央介くんに迫る。
(ああ、今は隣の部屋で自分の体の傍で待機してるぞ。――なんなら通訳とかできるけど)
「その辺は――本人に聞きたいよ」
お化けごっこの佐介くんを押しのけた央介くんの、色んな気持ちを感じる言葉。
そうだね、あきらくんは何かとデリカシーなく秘密にまで踏み込んじゃうもんね。
(あーはいはい、アカリーナの言う通りですよ。隠し事なしの生き物として産まれちまったんだよ)
「それならもう少し優秀なセンサーだったらよかったんだけどな! 昨晩の巨人も発見できなかったし!」
佐介くんからの強烈な当てつけ。
央介くんもそういえばといった様子で、あきらくんが色々気付けなかったことは気になる部分だったみたい。
(言い訳するみたいだけど原因は遙だよ。あいつの怪談に対する憧れ――なりかけ巨人が学校全体を覆ってて、そこに瞬のまで被さってたもんだから、霧がかかってたようなもんだ)
そういえばあきらくんは最後になってから、アンノウン――辰くんがいるって知らせてきたっけ。
まさか参加者の中に、というか人を集めた本人が無自覚に状況を悪くしていたなんて。
(んで、怪談が一つ一つ検証されて実体がないって見破っていった結果、全部の怪談にばらけて襲い掛かりそうだった遙の巨人が一か所に集束していったんだ。幽霊妃としてね)
ええ……じゃあ怪談は怪談のままにしておけば、あんな宇宙巨人にならなかったってこと?
(そうだな。順番次第では宇宙巨人じゃなくって、もっとおばけおばけした巨人になってた事になる。首無しバスケット選手とか)
途端に央介くんの顔色が青くなって卒倒しかかり、佐介くんと夢さんが介護に慌てだす。
これ、どっちの方が良かったのかわからないかも。
そうやって私たちだけの秘密の話がひと段落したぐらいの頃だった。
「――みんな! 準備できたぞ! ……あれ? 紅利ちゃん。ええと、こんにちは」
部屋を仕切っていた扉を開いて、央介くんのパパさん博士が飛び出てきた。
私がいることはその時にやっと気付いたみたいで、少し驚いてから平常の挨拶。
「こんにちは、お邪魔させてください」
私も会釈して挨拶を返す。
パパさん博士は少し考え始めて、呟いた。
「……そう、そうだな。Dドライブが少しでも多い方が可能性が上がる……な。よし、紅利ちゃんもこの場に立ち会ってもらっていいかな?」
「もちろんです」
理由の難しい所はよくわからないけれど、私の同席にOKをもらえた。
それからパパさんママさん博士は、夢さん辰くんのお父さんお母さんにも話をしてもらって、彼らも手掛けた義足がきちんと動いてる所を見てもらっての経緯を経てから、みんなで辰くんの眠る部屋へ踏み入る。
辰くんのベッドの周りにはたくさんの機械が並んでいて、そこから伸びたコードが何本も辰くんにも貼り付いていた。
話からすればもう一年は目覚めていない彼はほっそりと青白くて、昨晩の姿とは違った意味で幽霊っぽい。
「頼むぞ、多々良。これでハズレだったとか言ったら化けて出てやるからな?」
辰くんのお父さんが唸って脅かすように語り、傍では奥さんが自分もというように激しく頷く。
全員が科学者のはずだけれど、それでも子供のためなら非科学的に化けたい気持ちにもなるってことなのかな。
「チューニング無しのぶっつけ本番なんだ。ただ、条件は揃ってるから後は辰君次第だよ」
そう言って、パパさん博士は前にした端末を操作する。
すると近くにあったDマテリアルが突き出した装置で、いくつかの状態ランプが点滅し始めた。
それから、すぐの事だった。
空中へ、立体映像のようにふわりと色が付く。
すぐにそれは一人の男の子の姿に変わる。
彼は、自慢げにサムズアップまでしての登場だった。
「――辰ぃぃいいいいいいいい!!!!!」
揃って感極まった声を上げて、彼に抱き着きに行ったのは彼のお父さんお母さん。
その声の様子は、私が今の義足を着けてもらった時のパパと同じ。
だけど今の彼は直接触れるものではないらしく、二人は辰くんをすり抜けてしまった。
すり抜けて、少し先で夫婦同士でしがみ付きあって、息子さんの方に振り向き直す。
辰くんも、お父さんお母さんに寄り添いに行った。
「あーやれやれ、人前で大人がみっともない」
辰くんは、少し茶化し気味に口を開く。
受けた印象は、彼は央介くんと佐介くんのちょうど中間ぐらいの雰囲気。
……ひょっとしたらだけど、央介くんは彼に近づこうとしていた部分があるのかもしれない。
「――どういうことか説明できるかな、辰君。辛い所とかは?」
声を掛けたのは夢さんのお父さん。
この人はお医者さんだというので、彼の体の具合が気になるのかもしれない。
「そーですね……原因がどうのこうのはわからないですけれど、体が動かせないんです」
そう言って辰くんはベッド上に寝ている彼自身に被さりにいって、それこそ幽体離脱のように動かない体と動く巨人体の差を示して見せた。
悲痛な声を上げたのは、央介くん。
「……僕が、辰の巨人を……!」
部屋の全員が央介くんに振り向く。
佐介くんが寄り添って宥める彼は涙をこぼしていた。
すぐに辰くんが動いて、央介くんの目の前に移る。
――その動きは少し不思議で、本当に幽霊だとかそんな感じのふんわり浮遊移動。
「悪いな、おーすけ。酷い事をやらせちゃって」
「僕が、僕がちょっと考えて行動すれば、あれが辰とむーちゃんの巨人だって気付けば……!」
すると辰くんは央介くんの顔に手を近づけて、いきなりのでこぴん。
結局それは央介くんに直接触れるものではなかったのだけれど、それでも央介くんは顔を上げた。
辰くんは、話を続ける。
「おかげで、色々考えて行動するようになってるじゃないか。おーすけといえば突撃火の玉だったのに」
「それは、その、佐介が手伝ってくれるからだよ。僕は……」
うつむく央介くんの前で、辰くんはくすりと笑う。
どうしたのかと思えば。
「“たっくん”呼びじゃないのもだけど、おーすけが“僕”ってのも違和感あるなー」
以前、夢さんが言っていたのと同じ部分がひっかかったらしい。
やっぱり昔と今の央介くんとではずいぶん違うみたい。
央介くんも急に笑われたことで表情を渋く、だけど辛そうな感じが薄れていた。
次に手を挙げたのは、佐介くん。
当然、そっちに発言権が回った。
「じゃあ、“オレ”が聞くけども。辰、いつからそうやって動いてた? ……相当前だったりするだろ」
「あー、こっちの方がおーすけ感あるな。で、“さーすけ”の質問だが、その通り。おーすけが島を出る前ぐらいには、この幽霊状態で見聞きしてた」
その話には部屋中のみんなが驚いた。
特に驚いていたのは、当然に彼のお父さんお母さん。
目覚めない事を心配して心配していた彼が、すぐ傍に居たということなのだから。
「最初はこんなに上手くなかったし、見聞きもぼやけたもんだったけどね。それで何とか伝えられないかって頑張ってたのに、おーすけも、むーちもどっか行っちまうし――」
辰くんは喋りながら、部屋の中を反対側まで移動していく。
行き先には、冷蔵庫のような機械。
更にそこから、佐介くんに手招き。
「――さーすけ、こいつのスイッチ入れろ」
「!? ちょ、ちょっと待てそれは――!」
慌てて声を上げたのは、辰くんのお父さん。
だけど佐介くんはその声を聞く間もなく、機械のスイッチを入れてしまった。
途端に、冷蔵庫のような機械はガタガタと激しく動く。
そして次の瞬間には表の蓋が内側から開かれる。
機械の中から姿を現したのは、辰くん――じゃないね、佐介くんやテフさんみたいな補佐体。
「おはようございます、はじめまして。当機は補佐体三号機、現時点で名無しの“なまえをいれてください”です」
「――こいつがさっさと起動してりゃ、あれもこれも喋ってもらえたのにさ。親父もお袋も僕からDマテリアル類を全部遠ざけにかかったんだよね」
2人に増えた辰くんたちの、猛烈な抗議のジト目が彼のご両親に向けられた。
ご両親も、愕然としながらの抗弁。
「そんな……そんな事になってるとは思わなかったから、せめて巨人の悪影響が続かないようにと思って……」
「辰ちゃんが起きないのに……そっくりの姿の補佐体が動いたら……それこそ辰ちゃんが帰ってこなくなるような気がしたの……」
部屋の中の6人の博士は、それぞれの行動が失敗だったことを告げられて頭を抱え出した。
辰くんを思って、だけど酷く裏目に出てしまっていたのだから仕方のないことだけれど。
「……まあ、いいや。こうやって僕が無事だってみんなに伝えられたんだから。特に――おーすけ」
急に名指しで呼ばれた央介くんが飛び上がる。
辰くんはまたしてもサムズアップをして、央介くんに語りかけた。
「僕の巨人が悪用されないようにしてくれて、ありがとう。それと、一人で戦わせちゃってゴメン!」
そこで、央介くんも限界になったみたい。
それに夢さんも。
二人は泣きながら辰くんに駆け寄って、危うくさっきのご両親みたいになるところで、でも補佐体三号くんが実体を代行して二人を抱き留める。
――三人の幼馴染がやっと元通り。
今日はお邪魔虫の私も、その素敵な姿に胸が熱くなる。
お邪魔虫仲間で言えば――隣の佐介くん。
ちらりと様子を見れば彼もまた笑顔で、だけど涙を浮かべていた。
自分では機械だという男の子だけど、彼はこうやってうれしくて泣けるんだ。
部屋の全員の感情が落ち着くまで少しの時間がかかった。
その時、小さな疑問を央介くんが口にする。
「――そうだ、気になってたコト……。辰は、どうやってこの要塞都市に現れたんだ?」
すると辰くんはイタズラっぽくニヤリと笑った。
本当に、三人が気の置けない距離感なのが分かる仕草。
更に彼は、口の前に人差し指を立てて。
「ひーみーつー! 種明かしはまた今度!」
――どうやら、彼はまだまだ全部を見せてくれないみたいだった。
See you next episode!!!
央介は決闘の最中にいた。
相手は天空の支配者、その最速の白刃が襲い掛かる。
ならば立ち向かえ、友と空の彼方まで!
次回『超音速の刃 大いなる翼』
君は夢を信じられる? Dream drive!!!
##機密ファイル##
私見:妖怪という領域
科学によって人類が近隣の惑星まで足を延ばせるようになっても、未だに分析しきれていないものというのはいくらでも存在する。
その代表的なものとして妖怪などとして語られる分野がある。
それらの中で、既に人類社会の表舞台に出てきているのは狐狗狸属――いわゆる化け狸や化け狐などが有名。
彼らは昔話に語られるとおりに自在に姿を変え、人間社会にも溶け込んで暮らしている。
その能力の分析も行われてはいるが、現代科学では様々な分野の第一人者が匙を投げる程度にはありとあらゆる法則を無視して行われることが判明している。
すなわち化け狸が化ければ物質は置き換わり、質量は平気で増減し、DNAはタヌキからヒトへと化け、あまつさえ遺伝までする。
これらによる変化はEエンハンスなどの呪術変容、あるいはヴァンパイア属の体内ダークマター量子干渉と似た現象ではないかと推論されたが、それも例えるならば「回転動力として内燃機関と電磁モーターが同じもの」と扱うような愚であるかもしれない。
当然ながら、その変化が犬の噛みつきに限定されて強制解除されるメカニズムも不明。
強いて言えば狐狗狸属と人間の間の子供として生まれて、しかし自身が狐狗狸属の血を引くと自覚しないままの場合は、いずれ能力は消失し遺伝もしないという“認識”による変質が確認されてはおり、そこが解明の糸口に繋がるのではと期待されている。
さて“認識”が事象に影響を与えるという面では、噂・ミームによる発生する怪異も類型としてあげられる。
日本全国の学校で語られる『トイレの花子さん』などが顕著な例であり、彼女らは限りなく実在していると言える。
ただし、それらを不完全に証明しただけで大々的に発表してしまうと、彼女らの存在自体に不可逆的なダメージを負わせる可能性もあり、社会的な発表には慎重さが求められている。
さて、トイレの花子さんらは子供達が迷いがちな人間の領域と妖怪の領域の中間で、領域の踏み越えへの警鐘を鳴らす存在――いわば妖怪世界への門番として機能しているらしい。
しかしそれが姿を現すのは子供達の前だけという条件があり、研究者になる頃には視認が出来ない。
例えば子供が花子さんを撮影した映像を、研究者が確認する限り何も映っていないのに、同じ映像を見た子供達はブラインド・チェック(情報を伏せた隔絶確認)を行っても、共通した彼女の姿や行動が確認できているなどの超常現象が起こる。
当然、それらを検知する手段は確立していない。
そういう形で、怪異は検証困難にして存在している。
科学の徒として人生を送ってきた筆者であるが、科学の光をどこまで照らしても果てなく暗い空洞を覗き込んでいる現状は、ただただ怖いということを表明する他ない。