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第三十一話「静止衛星軌道おばけ」4/5

 =珠川 紅利のお話=


 作戦が始まって司令部は殺気立って慌ただしくなった。

 ハガネとアゲハ、央介くんと佐介くん、夢さんとテフさんを最大限に支援するために。


「ミサイルサイロの再装填急げ! 場合によっては第二次斉射も行って足場の補充にする!」


 オペレーターさんたちの前にはものすごい量の映像と文字が投影されていた。

 その中から選ばれた情報と数字が読み上げられ、良好か不安材料かが判断されていく。

 スクリーン中央の映像、真っ暗な夜空の中で支援と修正を受け続ける三つのミサイルは巨人二体を乗せ地球自転を追い抜くためにまっすぐ斜めに飛び続けている。


「全ミサイル弾道の平均値、予定値に99.7%一致。自動誤差修正に問題なし、目標到達まで8分21秒」


 そのすぐ隣には巨人内部、央介くんと夢さんの姿。

 二人の夢幻巨人は無茶苦茶な状態にあるはずなのに、その映像には揺れ一つなかった。


「央介君、夢君、両名のライブセンサーによる巨人内部ステータス――通常時と変化なし。また外部の加速度影響せず、0.998Gしか検出されません」


 私は改めて巨人という技術のとんでもなさを感じた。

 ほとんど生身の子供が、あんなに大きな機械に振り回されもせず、逆に振り回す側になっている。

 そして自分の足元に目を落とせば、それと同じ技術で動く義足――。


 ミサイルが飛び立って、長く感じたわずかな間。

 オペレーターさんが警告を叫んだ。


「幽霊妃に動きあり! 攻撃態勢の可能性!」


「央介君、夢君、手はず通りにミサイルを防衛するんだ!」


《了解!》


 スクリーンに映し出されたのは、真っ赤な光で照らされたハガネ。

 カメラはミサイルの頂上付近にあるみたい。


《この赤い光! 屋上のと同じか!?》


《照準光か何かなんだろう! 傘を大きめに出す!》


 次の一瞬でハガネの周りからは赤い光は取り除かれて、暗くなる。

 何が起こったのかは私からはわからなかった。


「ハガネ、大型のアイアン・パラソルを展開。ミサイルへの重量、抵抗には一切変化なし……無茶苦茶ですね!?」


 軍帽のお兄さんによる実況と、スクリーン上に表示された模式図でハガネがミサイルの頭に傘をかぶせているのが分かった。

 そしてすぐに爆発音が響く。


《痛ってぇ! ……けど、大した威力じゃねえ! 並の巨人の蹴る殴る以下だ!》


《今の問題はミサイル側だよ! HQ、ミサイルへの被害は!?》


 佐介くんと央介くんのいつものやり取り。

 オペレーターさんの方を見れば、彼女の前の情報表示は7割が緑、3割が赤。

 ――赤はきっと良くない情報。


「ミサイル・アルファー、現在は飛翔への支障無し! ただ離脱部を安全に地上に落下させるための機能に破損、一部障害発生――このままだと次の一発は耐えられません!」


《どうすれば!?》


「ダメージ部位が切り離されるまで間もないが、万全を期す! ハガネはミサイル・チャーリーに移動だ!」


 ――移動。

 大神さんからの命令は、宇宙に向かって飛んでいくミサイルからミサイルに飛び映れというもの。

 そんなサーカス曲芸を経験した人なんて居るだろうか?


「ハガネの落下距離を概算し、ミサイル・チャーリーにその分の減速操作。またミサイル・ブラボーはオーバーブースト、敵の狙いをアゲハに誘導する! 夢君、今度は君が耐えてくれ!」


《了解です! テフ、さっきの攻撃を参考にアゲハの翅を拡大して防御範囲の確保!》


 言葉だけでは私にはよくわからない指令。

 けれど司令部のメインスクリーンには状況を表す映像があって、それによるとミサイルの順番が少し変わるようだった。

 アゲハの乗っているミサイルが先頭になり、その後ろにハガネの乗る傷ついたミサイル、そこから少し遅れて飛び移り先の空きミサイル。


 そして――。


「ミサイル間に十分距離を確保完了! 央介君、飛び移って!」


《アイアン・チェイン! ――ミサイル・チャーリーに接続確認、跳びますっ!!》


 次の瞬間のミサイルからの映像には、飛び移るというよりは落ちていくようなハガネが映っていた。

 私は怖さに目を覆い、司令部全体からも息を吞む音が聞こえる。

 ――だけど、すぐに央介君の声。


《――ハガネ、ミサイル・チャーリーに移動完了!》


 私が目から覆いを解くと、スクリーンには鎖を片手にミサイルに抱き着いたハガネの姿。

 よかった! さすが央介くん!


「――っ、ふう! HQ了解。状況進行、ミサイル・アルファーから順次下層部を切り離しを開始! 幽霊妃とのランデヴーポイントまであと2分!」


 私と同じように安心したオペレーターさんのアナウンス通りに、それぞれミサイルからは下の部分が切り離されて次の段のロケットに点火していく。

 切り離された部分は別の飛行能力を発揮し、安全に地上へと向かうらしい。

 そうやってミサイルの三つともが無事に次の段階に切り替わった頃――。


「弾道飛行区間まで50秒、幽霊妃の目視可能距離です」


《ああ、見えてきたな! 見えて――狙ってきてるな!!》


 オペレーターさんによるアナウンスと、佐介くんの激しい声からすぐ変化があったのは先行している夢さんの視界映像。

 視界を覆うアゲハの翅は相手の攻撃を受け止めたのか激しく揺れて、でもそれまで。

 すぐに夢さんからの気丈な返答。


《おーらい、おーらい! 防御に問題なし!》


「ミサイルへのダメージ許容範囲。――巨人隊およびミサイルの弾道軌道への投入が完了しました。これより弾道飛行が開始されます」


 オペレーターさんが何か状況が変わったことを伝えてきた。

 それからすぐに、央介くんの声。


《あっ……むーちゃん、後ろ見る余裕は!?》


《えっ? わぁ! 地平線と、太陽! 衛星軌道の夕日!》


 二人の視界映像がミサイルの先端からぐるっと回って、真っ暗な宇宙と、暗い大地を縁取る青い地平線と、その向こうにポツンと光る太陽。

 ――央介くんたちは、もう宇宙にいる。


「二人とも、宇宙旅行は後でゆっくりとだ。――ただし、地球の姿は心に刻むように」


 大神さんからの苦言と、少しの温かみ。

 私も司令部の大スクリーン越しにだけれど、その無機質な、でも私たちの命がある世界を見た。

 ――ズルいな、夢さん。二人だけの宇宙旅行なんて。


《宇宙で、弾道飛行で……ハガネの中の重力が地上のままなんだけど、どうなってんだ?》


《思考停止を推奨。この提案が受け入れられない場合はハガネのドローン飛行試験と同様の異常発生の可能性あり》


《……ああっ!? テフ、お前何であの事件の事を知って……央介! 考えるな! 考えるなって!!》


 ――佐介くんとテフさんも居るんだった。

 すこし気が緩んだところへ、オペレーターさんの冷静な呼びかけ。


「幽霊妃、再度の攻撃動作に入りました。巨人隊は警戒と防御態勢を。なお既にミサイルへのダメージは考慮不要です」


《ハガネ、了解!》


《アゲハも了解です!》


 二人の返答からすぐ、ハガネとアゲハはミサイルの表面から剥がれて浮き上がる。

 無重力なのがよくわかる慣性の動き。

 そして巨人たちは何をするでもなく、何に動かされるでもなく、幽霊妃へとまっすぐ近づいていった。


《攻撃、来る!》


《単調だもん! もう見切って――》


 央介くんからの呼びかけに夢さんが応えて、だけどその言葉は途中で途切れる。

 そして――。


《――おーちゃん! 危ないっ!!》


 先行していたアゲハが急に防御態勢を解いて、翅を大きく開いた。

 次の瞬間、酷く吹き飛ばされたアゲハが映像に映る。

 そして、夢さんの悲鳴も。


《うわわわわわっ! 回る!? 止められない!!》


《むーちゃん!?》


 私は遅れて、夢さんが未知の攻撃から後方のハガネを庇ったのだという事に気付いた。

 動揺する央介くんの――ハガネの視界内で、むちゃくちゃに回転するアゲハ。

 更にオペレーターさんが緊急事態を訴えた。


「アゲハ制動不能! 何か打ち下ろしのような攻撃を――幽霊妃の攻撃ですか!?」


「画像解析――アゲハの展開装甲板に小型の物体が衝突していました。……これは、人型?」


《――いる! もう一体、巨人が居やがるッ!!》


 佐介くんによる見極めから少し遅れて、それはようやく映像にも映った。

 大きな幽霊妃の周りを巡回しだした彗星のように尾を引く小さな衛星(サテライト)


「――緊急でコードを設定します。小型対象のコードは、幽霊王」


「見落としが残っていたか……! PSIエネルギーの測定圏外では……」


「アゲハの軌道計算……復帰不能、このまま地上に落ちるコースです……!」


 現れていた巨人は二体だった……!

 大きくて麗しい姿の、怪談に扮した女の子の巨人。

 小さくて、けれど勇気をもって彼女を守る男の子の巨人。


 ――二人の関係性、それと出現した時間。

 なんとなく誰から出現した巨人か、分かってしまった。


《おーちゃん、ごめーん! むーは無事だけど、どうにもできなーい!!》


《――わかった! あとはハガネが何とかするから、むーちゃんは地上に戻ることに専念して!》


「アゲハの大気圏帰還支援を開始します。通信はこちらに専属で回してください」


 そのままアゲハはハガネの映像からはどんどん遠ざかっていった。

 夢さんが流れ星をすることになった一方で、央介くんは真っすぐ遠くの幽霊妃と幽霊王を睨みつけている。


《佐介! 幽霊王の襲来弾道を予測、その方向にアイアン・スピナーを突き出しておいて!》


《そうやって直撃から外すのか! 悪くない!》


 ハガネが襲い来る護衛巨人への対策の構えを取る。

 だけど今度はその視界が真っ赤に染まった。


「幽霊妃、攻撃態勢! 央介君、防御を!!」


《防御中に軌道をずらされたらアウトです! ――耐えます!》


 ――それからは央介くんの孤独な耐久戦だった。

 幽霊妃が放ってくる赤色の光線を全身で受けて耐え、時々襲ってくる幽霊王をねじねじドリルで弾く。

 そうやって弾いてもハガネの予測軌道はだんだんと地球側に向いていった。


《……大丈夫、大丈夫です。もっと痛い攻撃ありましたから……!》


 司令部のみんなが息を呑んで見守っていた。

 衛星軌道でハガネに限界がきて、央介くんが体一つで放り出されるかもしれない怖さを堪えて。


 もう一人でも巨人が居れば、こんな央介くんばかりが辛い戦いにはならなかったのに。

 だけど夢さんは既に戦いから降ろされてしまっている。

 それ以外に、戦える巨人を使える人はいない。


「央介くん……無事で帰ってきて!」


 央介くんが耐えて、私たちが祈る長い時間の末、やっとハガネは決定的な距離まで辿り着いた。


《いける……! アイアン・チェインを出します……!》


 央介くんか佐介くんの苦しげな、だけど勝利を確信した声。

 次の瞬間、ハガネの手から大量の鎖が飛び出した。


 普段とは違う使い方のそれは長く長く伸びて、幽霊妃の体に絡み付く。

 そこで相手との固定が終わって、幽霊王による地球への突き落としが意味をなさなくなった。

 防御に使っていたねじねじドリルは向きを変え、幽霊妃だけを狙いだす。


 ――その時だった。


《……庇うよね。きっと、大切な人なんだ》


 ハガネが構えたドリルの切っ先、必殺の直線上に幽霊王が飛び込んできた。

 彼は、そうまでして彼女を守りたい。


女の子(アゲハ)に守られた挙句、男が身を張って守ってるお姫様ごと倒す。絶対悪役の行動だぜ、これ》


《それでも、彼女がもっと悪い事に使われないために、やらなきゃ……!》


「そうだ。そしてその命令は私が下そう、央介君。幽霊妃と幽霊王を倒し、無事に地上へ帰還したまえ!」


 佐介くんと央介くんの悩みと決意、そこに大神さんの大人の後押し。

 何度も繰り返されてきた、巨人との決着。


《アイアン・ダブル・スピナー。二人を死で分かちはしない……!》


 ハガネの視点からは、宇宙銀河のように渦巻く鎖。

 その中心をアイアン・スピナーは突き進んで、二人の巨人を纏めて貫く。

 貫いて抜けた後に見えたのは、真っ暗な宇宙に輝く星。


「――光学観測により両巨人を撃破と判断。ハガネ、早期に軌道修正を」


 冷静な方のオペレーターさんが勝利に油断せずに状況を纏めて、連絡を始めた。


 私は軌道修正とは何だろう、と思ったけれどスクリーンを見れば答えが映っていた。

 どうもハガネはアイアン・スピナーで飛んでいった分、地球から少しだけ外に向いて移動しているみたい。


 ――これ、良くないんじゃない?


《わあっ!! これじゃ僕たち宇宙のチリになっちゃうよ!!》


「……いえ、一度軌道が持ち上がっただけですので、むしろ地上へ急降下して……陸地に落ちますね。やはり軌道修正を」


《アイアン・チェイン! アイアン・チェイン!! ミサイルどこだぁっ!?!?》


 流石に慌てだした央介くんと佐介くん。

 いつでも冷静なオペレーターさんの説明は多分聞いてもらえていない。


 私たちがどうなるかハラハラしながら見守る中でハガネは鎖を延ばして、既にかなり遠くにいたミサイルへとしがみついた。

 ミサイルはハガネを引きずったまま何度もロケットの火を噴いて飛び方を調整。

 するとシミュレーション映像のハガネは穏やかに地球に帰ってくるルートに乗る。


「――家に帰るまでが肝試しだ。気を抜かずに大気圏への突入を」


 大神さんの勧告。

 言われてみれば私たちの学校でのお化け探しの続きでここにいる。

 央介くんはずいぶんと遠くまでお化け退治しにいっちゃったけれど。


 そういえば先に落ちてしまった夢さんは――もう地上にいるみたい。

 音声は入ってこないけど、映像の向こうで無事をアピールする笑顔。


「ミサイル、大気圏へ進入。ハガネの誘導完了として、自己崩壊機構に点火します」


 安全のためにバラバラに分解していくミサイルのかけら。

 そうやって大気圏への突入が始まったけれど、オペレーターさんたちの様子を見る限り央介くんたちとハガネに問題は生じていないみたい。


 ハガネの視界映像では空気が燃え上がり、赤く染まっていく。

 ――私は、いつの間に火を見るのが平気になっていたのだろう?


 火が怖くなくなったわけじゃない。

 でも、今はそれよりもっと大事なものができた。

 そして、これからその大事なものが帰ってくる。


 ハガネは炎を突き抜けて、今度は真っ暗な中。

 オペレーターさんたちがそれぞれOKサインを出しはじめた。


 私は、やっと安心できて小さく呟く。


「ああ、怖かった……」


《ああ、怖かった……》


 ――私と、遠くにいる央介くんは同時に同じ感想を漏らした。

 あれ、まさか心が通じたとか、そういう?


《そーだな。幽霊妃が巨人じゃなくて、本当にオバケだったら流石のオレもヤバかった……》


 ……佐介くん、せっかくの夢を壊さないで。


「オバケ? どういうことだ?」


《だってPSIエネルギー計測できてなかったですし、実は間違ってオバケと戦うことになってないかな? って……》


 大神さんの質問に、央介くんは生真面目に答えた。

 そして大神さんも大神さんで大真面目に返事。


「なるほど、その可能性は考慮していなかったな。無駄に心労をかけてすまなかったね、央介君。――さてハガネはこれから約140秒で太平洋の海面に落下する。回収部隊は既に予測地点へ急行しているが、その到着までは水泳を楽しむように」


 最後に少しだけ混ざる冗談。

 そんな大神さんへ、横から声がかかった。


「一佐、巨人隊からの要請による竜宮 辰、及びに竜宮博士夫妻の移送の準備が整ったとのことです。出発も間もなく」


「了解した。――ふむ……これだと央介君と同じぐらいの到着となるか。日付が変わるな」


 学校で幽霊のように現れた、央介くんの幼馴染の辰くん。

 彼は消える寸前に、この都市に自分を移して欲しいというような事を言っていた。


 央介くん、夢さん、辰くん――巨人に最初から関わっていた三人が、この都市に揃う。

 それはとても気になる話なのだけれども、当の央介くんが帰ってくるまでずいぶん時間がかかるみたいだったので私はここで家に帰ることにした。

 でも、その前にちょっとだけオペレーターさんにお願いして、カメラ越しに央介くんと夢さんへおやすみの挨拶。


 そのあと、保護状態から解放された美安花ちゃんと瞬くんと地下シェルター内で合流。

 広くて明るいトンネル道は、さっきまでの戦闘警報もあって結構な人通りで賑わっている。

 肝試しの帰り道には似合わないねと笑いながら歩いた。


 三人の再会は、明日。

 私は、部外者のお邪魔虫だと言われてもそこに首をつっこむことを心に決めていた。

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