第三十一話「静止衛星軌道おばけ」1/5
=珠川 紅利のお話=
学校の休み時間、央介くんは相談を受けていた。
持ち掛けたのはクラスの女の子、遙 美安花ちゃん。
ジャージ組の一人で背が高くて活動的、その一方で昔から怖い話とかには目が無い女の子。
「小学6年も半分以上が過ぎちゃって、この学校での生活が残り少なくなってるわけでしょ? だからボクは今のうちに、この学校の七不思議をきちんと調査したいんだ」
それが彼女の動機と目的。
そして、その際に央介くんも協力してほしい、ということだった。
私が入学して以来、この学校ではおばけ騒ぎが何度か起こっている。
動くはずのないものが動いた、空を飛ぶ人影を見た、誰もいないはずの教室から声がした。
最近では男の子の幽霊を見たというのが流行っている。
そういう他愛もない、でもちょっと怖い噂。
けれど、今のこの学校――この都市では、そういうのは怪談で終わってくれる話ではなく、『巨人かもしれない』が混ざってくる。
そこへ女の子が一人で踏み込むのは流石に危険。
だからボディーガードとして、少なくとも巨人には対抗できる央介くんたちに来てほしい、という流れ。
たしかに理屈は通っている話。
でも、その話の最中に異変が起こった。
央介くんの顔色が、だんだんと悪くなってきている。
美安花ちゃんに七不思議の場所を教えられるたび、央介くんはそれらの方向に鋭く振り向いて強い警戒を向けだす。
巨人の可能性を警戒しているのかな、とも思ったけれど――普段の巨人へ立ち向かう時の凛々しい、もしくは時々ギガントへの敵意で刺々しくもなる彼の様子とは何かが違っていた。
あれ、もしかしてこれは……。
私が、とある疑念を抱えた所へ近寄ってきて、こっそりと答えの内緒話を語りかけてきたのは夢さん。
「あのね、おーちゃんってオバケの類が全っ然ダメなの」
《加えて巨人も関与している二重の可能性から、かなり精神力を消耗していると推定されます。救護の準備推奨》
夢さん本人に加えて、テフさんが通信してまでの注釈。
言われてよく見れば央介くんは既に震えだしている。
その向こうでは、ダメ押しのように楽し気に怪談を語る美安花ちゃん。
隣で佐介くんが対応に困っておろおろしているというのも、相当に珍しい状態。
これ……止めた方がいいのかな?
そう考えだして、すぐ。
(――っ! 央介、後ろだっ!!)
「あ゛あ゛っっっ!?!?!?」
超能力幼馴染のあきらくんから、強烈なテレパシーが響く。
叫び声とも怒鳴り声とも分からない声を上げた央介くんと佐介くんは、同時に同じ方向に警戒を向けた。
――けれど、そっちには何もない。
なに? なにがあったの!?
私は困惑ばかりで、でも何とか声を上げないように努力。
央介くんは必死に警戒を続けていて、佐介くんは――あきらくんを睨みつけている。
えっと、怖い話の最中に驚かすイタズラだったのかな?
(……あ、悪いアカリーナ。慌ててたんで巻き込んじまった。――央介、例のアンノウンだ! 今、お前に接近しかけてた!)
あんのうん……?
あきらくんからの“電波”が混線したことは何となく理解できた。
それでも何だかよくわからない話が始まっている。
(えーと、その、この間からこの辺を探って回ってる俺みたいな超能力者がいるんだよ。そいつが央介に触ろうとしてた)
何それ……。
ギガントの人が、また悪い事を始めている?
(――タイミング悪かったのは謝るよ。……うん、俺も攻撃しようとしたんだ。そしたら……)
始まったのは、まるで電話を横から聞いているようなテレパシー。
これはきっと央介くんも頭の中で考えて回答していて、それが私には聞こえない状態になっている。
(あーもう、後で説明するよ。今は衆目あるから待っててくれ!)
あきらくんからの弁解。
――ああ、テレパシーって、不便で気持ち悪い。
「えっと……急に声をあげて、どうかしたのかな? まさか怖いのダメだったりする?」
美安花ちゃんは、傍目には急に悲鳴を上げた央介くんを気遣いだす。
央介くんは――正直に言えばいいのに、首をぶんぶんと振って否定。
素直に認めたほうが傷が少ないと思うのだけれど、割と普通の男の子らしく、怖いものなんてないって見栄を張ってるっぽい。
「そう……それなら、計画はさっき伝えた通りで。明日の夕方6時半に校門に集合、こっちで先生から時間外学習として許可は取っておくからね」
「う……うん、その……うん。一応、そう……都市軍にも伝えてみる。あー……巨人だったら、ね。対処早い方がいいから」
誰から見ても挙動不審になっている央介くんは、それでも美安花ちゃんの頼みを断らなかった。
考えてみれば、巨人が関わっているかもしれない事では彼には断る選択肢がない。
それはとても気の毒で、可哀想だった。
それから一日が終わって、明くる問題の一日。
時間が近づくにつれて央介くんは、どこか遠くを見るような目になっていった。
それでも、ちゃんと連絡その他は行われているらしく、大神さんからの確認まで来た。
私は、流石に央介くんのことが心配になって、その怪談ツアーへの協力を決めた。
そして蓋を開けてみれば参加者は結構な大人数になっていた。
まず初めに話を言い出して先導の美安花ちゃん。
ボディーガードのはずなのに時々動きがフリーズしがちにまでなっている央介くん。
央介くんへの心配でいっぱいの佐介くん。
不安だらけのボディーガードのボディーガードとしてやってきた夢さん。
テフさんは――居ない。
いつも通り、基地の方で待機してるのかな?
そして、役に立つかはわからないけれど私。
学校に関するアドバイザーということで参加を申し込んだけれど、本当に良かったのだろうか。
でも更に、もう一人――。
私たちは遅れ気味の最後の一人を校門前で待っていた。
人工衛星越しに送られてくる位置情報では、一度酷く脇道に逸れていたものの今はこっちに向かってきている。
その間に語りかけてきたのは、あきらくん。
(……で、そのアンノウン――どこかの誰かのPSIエネルギーの塊に、軽いサイコキネシスをぶつけてやったんだ)
夢さんが美安花ちゃんと怪談の情報共有をしている間、私と央介くんたちは少し離れて秘密の話。
あきらくんからのテレパシーへ、佐介くんが毒を吐く。
「でも当たらなかったんだろ。実戦経験が薄い奴はこれだから……」
(うっせーな。つーかアンノウン、ESPとして大して上手くない奴だと思ってたのに……)
どうも、あきらくんは見えない相手に見えない戦いを繰り広げていたらしい。
私は素直に思ったことを言ってみる。
「見えないものが教室で暴れてるって、怪談よりよっぽど怖い話だと思う……。だってPSIってことは巨人が戦ってるのと同じことでしょう?」
(ああ……まあ、そうだな。巨人だって考えれば……いや、それだと央介や夢さんぐらいに巨人を使い慣れてるような奴ってことになるぞ)
あきらくんからの見解。
そこへすぐ言い返したのは佐介くん。
「そんな奴がそこらに居てたまるか! 巨人って技術がこの世界に出てきてやっと一年、自分で動かしたことがあるのなんて央介とむーちゃんと――……」
佐介くんは、言いかけた所で慌てて止めた。
でも、私とあきらくんは知っている。
巨人に関わっていた央介くんの幼馴染は、もう一人いた。
それは、佐介くんが秘密にしたい話というわけじゃなくて、話に出して良いかを気にしてのことだと思う。
では、本来その事を気にしている央介くんの様子を見れば――。
「え……? ああ、じゃあ、学校にいるのは、おばけじゃなくて巨人……巨人か何か……」
「――そ……そうだよ、央介。大丈夫だって!」
――今の央介くんは、私たちの会話が聞こえているかも怪しいみたい。
佐介くんの気遣う方向性もさっきとは完全に別物になってる。
そこまでおばけ駄目なんだ……。
央介くんのこの先が心配になった頃、遠くから小走りでやってくる一人の影が見えた。
「ごめん! おそくなっちゃった!」
「もう、置いていくところだったよ」
美安花ちゃんの手前で息を切らせて謝る、だぶだぶのあずき色ジャージを着た小柄な姿。
ジャージ組最後の一人で、頭のてっぺんで留めた可愛らしい髪留めと小さな尻尾がトレードマークの瞬 龍伍くん。
そのままもじもじしながら、遅刻の理由を語った。
「その……途中で、さんぽ中の犬がいてさ。吠えられてこわくなっちゃって、とおまわりしてきたの」
「あー、龍伍って本当に犬ダメだよね。あんなに可愛いのになんでかな?」
――確認するようだけれども、瞬“くん”である。
彼の髪形や衣服恰好、下手をすれば女の子よりいじらしい仕草に小動物的な雰囲気もあって私も時々認識がおかしくなるけれど、あくまでも男の子。
一人称が『ボク』でボーイッシュな美安花ちゃんとは対照的な、でも二人はとても仲が良い。
「――さて、随分大勢になったね。こんな騒がしくなって幽霊は出てくるかな?」
瞬くんの相手を終えて、全員揃った参加者を見渡した美安花ちゃんが懸念を口にした。
すると、すぐ。
「出てこないのが一番だよ!」
央介くんからの、今回の題材を台無しにするような発言が飛び出た。
まあ……お化けにしても巨人にしても出ないのが一番だよね。
準備が整ったところで、夢さんが手を挙げて開始の宣言を始める。
「はあい、それじゃ夜間の学校観察ツアー作戦を開始しまーす。今回のチームリーダーはこの黒野 夢が行います! では大神一佐、お時間よろしいでしょうか?」
《ああ、問題ない。今回、通信先でということになるが君達の保護者を務める都市自衛軍一等塞佐の大神だ。巨人という異常事態が頻発している現在なので、子供達の楽しい肝試しにこのような無粋な参加をさせてもらうことになった。以後、よろしく頼む》
大神さんからの、折り目正しい挨拶。
更に話は続いた。
《さて、巨人との遭遇も考えられる。巨人隊はDドライブをちゃんと携帯しているかね?》
「はい、大丈夫です! ……おーちゃん?」
「えっ? えっ、ああ、はい! 間違いなく、です」
大神さんは様子のおかしい央介くんの事を気にしたのか違うのか、少しだけ考える素振りを見せた。
一方の央介くんたちはDドライブを取り出して、持っていることをアピール。
それらが終わってから大神さんが口にしたのは、なんと私の名前。
《一つ、注意すべき話がある。紅利君も持つようになったDドライブに関する事だ。多々良の両博士から、それを持つ者が他人の巨人内部に入り込むと、巨人に関する暴走事故が起こりうると警告されている》
その厳しさを含んだ言葉には央介くんも我を取り戻して、夢さんや私の顔を確認しだした。
私や夢さんも互いの顔を見合わせて、でも対応にちょっと戸惑う。
そこから大神さんへ話を聞き返したのは、夢さん。
「暴走って……巨人でそんなことがあるんですか?」
《ああ。例の島を覆っていた障壁突破の際の現象。あれは事故一歩手前のものだったと博士は推論し危惧していた。よって央介君、夢君、紅利君は互いを庇うとしても、巨人内部へ避難させることは避け、仮にそうなった場合は戦闘を中断して撤退するように》
ええと巨人内部への避難だから、私が初めて央介くんと出会った時のように中に入れてもらうのがダメということ。
それをすると島から脱出するときのみんなのアイアン・スピナーみたいな事が、悪いかたちで起こってしまう?
確かに、あれは不思議な状態だった。
あの時だけ、央介くんが普段どうやってアイアン・スピナーを使っているか、そしてその力強さがどれだけのものかが私でも分かっていた。
――でも、大神さんには言えないけれど、それがそんなに悪い事だとも思えないのだけれど。
「暴走事故につながる――。わかりました、注意します」
私の胸の内とは違って、央介くんは生真面目な返答を大神さんに告げた。
それは彼の方が巨人の恐さを知っているからかもしれない。
《よし。では作戦を実行段階に移してくれ。なるべくなら楽しい肝試しで終わるように祈っているがね》
大神さんからの優しい言葉がかかる。
私と夢さんは、いつも気遣ってくれる大人の人に笑顔のお辞儀を返した。
――でも、央介くんにとっては、それは巨人の怖さの話からおばけの怖さの現実へ引き戻す言葉だったみたい。
結局また、彼の様子は挙動不審モードになってしまった。