第三十話「MUSTANG MAXIMUM」4/4
=多々良 央介のお話=
長く広く伸びている国道上で、僕たちの乗せて走り出した小型バギーの現在速度は時速150㎞。
これでも慣らし程度の速度だと言われているのにヘルメットの隙間で渦巻く風の音が酷く、1mも離れていない狭山一尉の声すら通信回線が頼り。
「敵の討ち漏らしが来る!」
それは先行したアグレッサーの攻撃を掻い潜ったスティーラーズ。
しかし、その姿は以前に遭遇したものとはずいぶん違うものだった。
佐介がその差異に驚き、声を上げる。
「あいつ、手足からタイヤ生やしてやがる!?」
アグレッサーの攻撃によるものか片腕を欠損したそのスティーラーズは、片手と両脚の車輪を利用しスピードスケートのような体勢で走行を続けていた。
そういえばさっき九式先任一尉が、敵が形態を変えたというような事を言っていた気がする。
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破損しているそれは少し哀れにも見えた。
けれど、これを逃せばいつかどこかで危険を生むかもしれない。
「――インライン・スケートの方が好みかな!」
僕は相手の走行機構のデザインに文句をつけながら、新装備の力で巨人の掌を展開して相手を地面に叩き付ける。
人型から大きく形を崩したそれは、地面との擦過火花を散らしながら後方に置いていかれた。
《おっけー! スティーラーズ1体の撃破を確認したよー!》
後衛としてこちらを追いかけるむーちゃんが、その経過報告。
現在の並びはアグレッサーの先行遊撃、僕たち、むーちゃんたち、アグレッサーの後衛の順番。
そのずっと先に車騎王が居て、けれど速度では上回っているからいずれ追い付く。
問題は当面の敵であるスティーラーズ。
今どれだけの数が都市に侵入していて、そしてその内のどれだけを撃退したのだろう。
そうやって僕が状況を考えだした時、通信回線に警報が響いてオペレーターさんが警告を叫ぶ。
《緊急、緊急!! 上空大気に複数の光学無歪曲領域を検出! 複数機のアトラス型が侵入してきています!!》
「増援!? こんなときに――こんなときだからか!」
佐介が状況の悪化に怒りと納得で怒鳴る。
僕の身に着けている戦闘用バイザーには、要塞都市の機器が計測した敵影が強調表示された。
オペレーターさんたちは更に分析を続け、飛行物体の行動を特定する。
《アトラス型、無数の小型物体を投下……まさか、爆撃!?》
《投下物体の計測完了――投下物体は、スティーラーズです!! 数は現時点で40から、増加中!!》
すぐに僕の見ているAR映像にも、その分析映像が映る。
それは人型をしていて、両手からプロペラを生やし降下してきていた。
《彼の木偶どもの形、旧大陸連邦の“マキナローダーズ”か》
《技術の出元が同じ、ということだろうな……!》
九式先任一尉と大神一佐は、その姿を見ただけで何か思い当たるものがあったみたいだ。
二人に共通するのは長年軍人をしているということ。
年齢からすれば旧自衛隊にも所属していて、他の国との戦争経験があることにもなる。
《ええっと、旧隊アーカイブ……マグナ、違う。マキナローダーズ――敵兵種、機動改造歩兵! 移動手段と攻撃手段を全部隊へ送信します!》
送られてきた情報は簡略化されていて、でもわかりやすかった。
両手両足にプロペラにもスクリューにもタイヤにもなる回転装置を組み込んだサイボーグ兵士。
僕が気付いた事を佐介が言葉にして通信回線に投げる。
「これ、水陸空で動けるのか!?」
《当時は空挺降下が出来る程度だった! ただ最新技術であれば自由飛行も可能と見るべきだろう! ――防空ネット及びDボムの展開急げ!》
大神一佐からのアドバイスと支援。
そしてレーダー情報が告げるスティーラーズ大群の接近。
今の僕がやるべきは――。
「全部ぶっ壊すっ!!」
真っ先に上空から僕らの左右へ飛び降りてきたスティーラーズ3体へ、巨人のラリアットを喰らわせる。
体勢を崩した連中を路面との間で轢き潰し、それらの破壊を確認してから手放す。
スティーラーズ特有の発光分解が後方へ転がっていく。
「わーお、央介君。派手だこと!」
「ハガネの時よりは地味だと思います!」
狭山一尉のジョークに僕なりのジョークを返して次の敵に備える。
銃架上では佐介が片腕をアームキャノンと変えて、小型のアイアン・チェインで空中の敵を引き落としていた。
佐介に白兵用の装備なんて必要か疑問だったけれど、結構役に立つみたいだ。
「おーちゃん! 5時方向!」
むーちゃんからの警告とバイザーの後方警戒表示がほぼ同時。
言われた通りの方向へ右手の裏拳を薙ぎ払う。
手ごたえと、破壊音。
戦闘しながらも目まぐるしく吹き飛んでいく景色。
普段、車で通れば緩いはずのカーブも高速度では急に見えた。
――日々野くんの見ていた映像の中で、バイクレーサーたちはこんな速度の世界で戦っているんだ。
カーブを越えた長い直線から開放されていた地下基地への進入口へと突入する。
闇夜の地上よりもトンネル内部の方がはっきり照明されて、酷く眩しい。
「流石にスティーラーズは侵入してきてないわね! これで車騎王を狙える!」
狭山一尉が気勢を上げてバギーを加速させる。
閉鎖された地下では速度はより強調されて感じた。
僕はハーネスで車体に固定されていると分かっていても、思わず手摺りを握りしめる。
バイザーに表示される車騎王との距離はどんどん短くなっていく。
地下の基地内部は先の見通しが利かず、相手の姿はなかなか見えない。
しかし互いのラップタイム差が1秒に差し掛かった時だった。
「見えたぁ!」
佐介が相手を捕捉と同時に、アイアン・チェインを放った。
僕が遅れて目標の車騎王を見つけたのは、飛んでいく鎖に視線を誘導されて、やっと。
先が輪状になったアイアン・チェインはカウボーイの投げ縄となって相手の首――バイクケンタウロス型だから上半身に被さって。
――だけど、そこには何もないかのようにすり抜ける。
「捕まえるのは駄目か! なんでさっきは当たった!?」
佐介が相手の謎への誤答の一つを潰して、唸る。
僕もバギー後部から横に体を出して、前方へ巨人の拳を延ばして殴ってみる。
……そもそも届かなかったけれど。
《佐介君、最初のアイアン・チェインと、さっきの捕獲アイアン・チェインで何か差は!?》
オペレーターさんから通信で質問。
こんな状況での回答は全部、佐介任せにするしかない。
「ハガネになってる、なってない! 先っぽが鋭いか、鎖自体を当てたか! あとHQで検証してくれ!」
《試行を続けろ! スティーラーズが車騎王を追いかけだしたのも、何か条件を狙っての行動だ!》
オペレーターさんと大神一佐からの通信の嵐の中でも、佐介は前方の車騎王を狙い続ける。
アイアン・チェインや、それ以外の攻撃をどんどん飛ばして、けれど当たらない。
それらは地下に入って、スティーラーズの妨害が無いからできる芸当だった。
けれど――。
「……っと、時間切れか! もう――」
狭山一尉の言葉の意味は、説明より先に実状が来る。
僕らの乗るバギーは、明るい地下から街灯明かりだけの空間に飛び出た。
「――基地の外に出る!!」
「ってことは!」
僕は状況を理解して、すぐに上空を大拳で払った。
それは待ち構えていたらしいスティーラーズの2体に直撃、相手は空中で粉砕される。
追跡するだけの地下から、乱闘の地上へ。
当然、追跡の精度は下がって射線上にはスティーラーズが割り込んできた。
僕はせめて邪魔が入らないように手の届く範囲の敵を殴り飛ばす。
その、射線がギリギリ通っていた最後に、佐介が豆鉄砲程度の一発を車騎王に向けて放った。
そして――。
「――当たった……!?」
射撃を終えた佐介が呟く。
しかし、その微かな好転の次の瞬間、むーちゃんからの悲鳴じみた通信。
「後ろからすごい群れ! 地上も空中も! ……空中は抑えきれない!!」
僕のバイザーの戦闘情報にも周囲の敵影が映る。
その数は空中が30に、地上は10。
後方のむーちゃんたちが応戦してくれているけれど、このままではすぐにこちらに追い付いて――その先は車騎王。
僕が後方を気にしているうち、周囲の地形が見覚えのあるものになった。
狭山一尉が状況を告げる。
「この先の立体ループからさっきのバリケード地点! 気合の入った二周目開始よ!」
その言葉からすぐにバギーはループに突入した。
バギーの車体は軋みを上げ、その片輪はほぼ道路壁面を走行し、ハーネスがあっても遠心力で吹き飛ばされそうな大回転。
流石の佐介も姿勢を低くして銃架にしがみついていた。
この先は起伏こそあってもほぼ直線の国道。
戦いやすく、走りやすく、そして車騎王も速度を出しやすい場所。
だけど、今はスティーラーズの強襲が始まっている。
《……何故だ? 何故、スティーラーズは巨人の前方に待ち伏せて襲い掛からない? 前方からは絶対のハズレということか》
大神一佐による模索が続いている。
そして僕たちの戦闘も――。
「おーちゃん! かなりそっちに行った!!」
むーちゃんからの再びの警告。
飛行していたスティーラーズは立体ループ路線とむーちゃん組を飛んでショートカットしてきたらしく、僕らは一瞬で包囲されてしまった。
僕と佐介で迎撃に掛かるけれど、そうすれば今度は車騎王の弱点探りは止めざるをえない。
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僕はもう重心をハーネス任せにして、路面に降り立ったスティーラーズを殴り潰しに専念していた。
けれど高速走行の路面で、加速と減速を織り交ぜたスラローム走行を繰り返す相手は酷く捉えにくい。
そうしているうちに車騎王は遠くに離れていく。
「手が足りねえッ!! 抑えきれない!!」
「いっそハガネを出現させて一掃してしまおうか!?」
僕と佐介でそれぞれに手詰まりへの苛立ちを口にする。
――その時だった。
真っ黒い影が一つ、猛スピードで僕らの乗るバギーを追い越していった。
それが九式先任一尉の大型バイクだと理解した時には、真っ赤なテールランプが鋭い曲線を描く。
彼女は僕らの進行ルート上でバイクを真横にする強烈なドリフト制動。
そして九式一尉は、その車体を足場に、高く跳んだ。
闇夜に、Dロッドによる斬撃の軌跡が幾重にも閃く。
――何が起こったのかはわからないけれど、結果である残骸が僕らの周囲の路面に降り注いだ。
一瞬の攻撃で、20を超えるスティーラーズの大半が切り裂かれて破壊されていた。
最後に九式一尉は、路面に残って走行していた敵一体を踏み付けながらにとどめを刺し、それを踏み台に再度のジャンプ。
跳んだ先には主人も無しに走行状態を取り戻していた彼女自身のバイク。
九式一尉は、そのハンドルを握り直し駆け抜けていった。
周囲が安全になったこともあって、唖然もいい所で攻撃を止めた僕らは呟く。
「もう、あの人だけでいいんじゃないかな」
「あのバイクどうなってるの? 無人制御にしては着地点まで合わせてたよ?」
運転を続けていた狭山一尉の咳払い一つ。
それで、まだ戦場に居るという事を思い出した僕たちは慌てて構えを取り直す。
とはいえ狭山一尉にも少しの余裕が出て、少しだけの説明。
「九式先任のバイクは特別製よ。悪路八型――勝手に走るし、勝手に治る。それ以上は知らされてないけどね」
まずは僕の質問への回答。
続いて。
「で、先任は確かに強いけれど、あくまでも一人で行動できる範囲に限る。頼りっぱなしは駄目」
「一人での行動の範囲じゃないと思ったけど、はい」
狭山一尉による説得に、毒を抜かれた佐介が素直に応える。
障害も無くなったバギーは強く加速した。
路面に残るスティーラーズの残骸が、先行したアグレッサー隊の激闘を物語る。
彼らはそのまま走り抜けていって、市内に降下したスティーラーズの駆逐へ移ったみたいだ。
そして――。
「居たぞ! 馬イク野郎!」
僕らは車騎王を再捕捉した。
バギーが軋みを上げる鈍い加速で、辛うじて車間距離は相手を狙える程度まで縮まる。
――まさか、このバギーは限界が近いのだろうか?
舗装路面しか走ってないとはいえ、戦闘に追跡にと無理をさせてきたから?
それとも――。
僕がある数字の変化に気付いた瞬間、通信から大神一佐の声。
《央介君、時間が無いから端的に言う! 奴を追い越しざまに一撃を入れるんだ!》
理由を聞き返したかったけれど、時間が無いとも言われた。
そしてやることは簡単、車騎王を背中から貫けばいい。
では、その手段は――。
「いつものやつしかないか! 狭山一尉、ちょっとバギーを踏んづけます!」
「何!? どういう!? やるけども!!」
狭山一尉は僕らの行動が理解できなかったみたいだけど、それでも車騎王を捉え続けてくれていた。
高速走行するバギーの上で、僕は安全のためのハーネスを外していく。
銃架上の佐介も。
これからやるのは、さっき九式先任一尉がやっていたことの真似っこ。
車体から跳び出る攻撃。
ただし――。
「Dream drive ハガネ! 巨人形成と同時にアイアン・スピナー!」
「了解!」
――夢幻巨人を投影して。
視界がハガネの高さになって、大神一佐が時間が無いと言った意味が分かった。
直線の先には地下基地への入り口、もうすぐ車騎王は地下ルートに入ってしまう。
そうしたら、もう一度地上に出て、相手を狙える直線に入るまでが大きくやり直し。
ただし、僕はやり直しには限界があることに気付いていた。
さっき気付いた数字――バイザーに投影されている僕らの走行速度は現在、時速288km。
車騎王の最初の速度はこれほどじゃなかったはず。
やっぱり、あいつは加速していっているんだ。
その相手に狙いを澄ます僕の耳へ、更にチャンスが残り少ないことを知らせる言葉が聞こえた。
声は、通信の向こうの大神一佐。
《相対速度、だ。奴は自分を追い抜く速度にだけダメージを受ける。佐介の攻撃を検証した限りではな》
――つまり、車騎王にとっての敗北は追い抜かれること。
そこにあるのは野生馬から受け継がれた速度へのプライド。
日々野くんに宿る競走馬の神様――誰よりも速く走るために磨き上げられ続けたサラブレッドの全身全霊。
だから僕たちやスティーラーズに追いかけられて、競走に戦意を高めて、速度を際限なく上げてきた。
このままいけば、バギーの限界速度すら超えて僕らの攻撃が届かないところまで行ってしまう。
それからギガントの更なる悪だくみが車騎王を襲い、それが街を脅かす。
だから、これが最初で最後のチャンス。
バギーの速度に、ハガネの踏み切り速度、アイアン・スピナーの速度を合計した最大速度の攻撃。
「アイアン・スピナー。君の方が速かった……!」
ハガネが一瞬で作り上げた集束螺旋。
それは背後の危機を察して振り向いた車騎王の背中を貫いて、彼を追い抜く。
――ミッション コンプリート。
相手を貫通したハガネは、勢いのまま地下へのゲート内へ頭から滑り込んだ。
僅かにハナ差で、崩れ行く車騎王もそこに辿り着き、そして跡形もなく消え去る。
「……やっぱりレースで勝てばよかったんじゃないか」
僕の安堵のため息の隣で、佐介が結果論を言い出す。
重ねて、呆れのため息。
さて、最大の目的を達成しての状況は?
僕は通信に耳を澄ます。
《対象巨人、車騎王の撃破を確認! 現在PSIエネルギーの残量を計測中!》
《残存スティーラーズ、撤退と潜伏行動を開始。全戦隊は追撃を続けてください》
どうやら、まだ戦いは続いている。
けれど今現在、ハガネが入り込んだゲートからの地下トンネルは天井が低く、匍匐前進が精一杯。
まともに動けないので一度ハガネを解除したいと提案してみれば。
《周囲にスティーラーズが残っている。安全のためにそのままハガネの姿で待機だ》
大神一佐からの指令が下った。
最高速の戦いの後が、イモムシみたいな動きしかできない皮肉に耐えて待つ。
――それから程なく、むーちゃんやアグレッサーから残存戦力の駆逐が終わったと報告が上がった。
家に帰って、ベッドに入ってもまだ加速と遠心力が体に掛かっているような感覚の中で何とか眠りについて、朝。
登校して教室に近づいた途端。
騒音。
昨晩に散々聞き慣れたような音――アスファルトがタイヤを削る強烈な音が教室内から響いた。
怪訝な顔で僕たちが教室に入ると、露骨に嫌そうな顔をする狭山さん。
それと彼女のタブレットを囲む何人かの男子。
騒音は、そのタブレットから聞こえているらしかった。
「おお、多々良! 見ろ見ろ! 昨晩のお前らのチェイスだよ!」
元気な声を掛けてきた、そのチェイスの片割れだった日々野くん。
どうやら彼らが見ていたのは、狭山一尉から狭山さん経由でもたらされた昨晩の車載映像。
一瞬も気が抜けない昨晩の超高速の戦闘。
しかし映像になってみれば、それはそれは素晴らしい高速度での都市周回と華々しい戦闘のスペクタクルに変わっていた。
「なあ、多々良! 定期的にコレ、バトル&チェイスやらねえか!?」
日々野くんはタブレットを手に取って指差しながら、邪念なく真面目に訴えてきた。
僕は、なんとか引き攣った笑いにならないように苦心しながら、考えて、答える。
「うん……。日々野くんが巨人使えるようになったら、いつでもできるようになるかもしれないね」
僕の発案に感心したように頷く日々野くん。
単なる投げっぱなしの話だったんだけれど。
でも――うん、まあ、それもきっと、彼の可能性と、巨人の可能性だ。
See you next episode!!!
学校には怪談が憑き物。
人体模型が踊り、トイレに花子さんが嗤う。
それらに央介達が震え上がる中で、まさかの事件が起こった!
次回「静止衛星軌道おばけ」
君は夢を信じられる?Dream drive!!!
『Eユナイター:補足項目 獣人の身体構造』
獣人、Eユナイターは、呪術によって人間に他種生物の情報・姿を被せた存在である。
一時期は支配体制に利用されたことで拭えないネガティブイメージが生じてしまったが、本来は神楽――『神降ろし』の力を利用する技術として研究が始まったもの。
獣人化は、呪術者の意図通りに『重ね合わせたヒトか獣のどちらかを表に出す』ことで、ヒトと獣の相同器官の置換や合成が行われ、獣人としての姿が完成される。
こうして合成された体は呪術力によって、憑り代とされた器官ごとに「人に対して獣として上回っている機能」「獣に対して人として上回っている機能」が単純に加算される。
人間より感覚に優れ、しかし人間より打たれ弱い生き物を合成したとすると、人間以上の感覚力と、元の獣にはない人間の打たれ強さという長所だけが表に出るのだ。
――なお、呪術憑代として重ねられた生物の姿の力を発現するという原理ゆえに、ヒト獣人というものは成立しない。
少なくとも何らかの能力発現を起こしえず、そして現在に至るまで成功事例が確認されていない。
さて一度、呪術融合状態になってしまうと、混ざっている2つのどちらかをゼロにするということはできない。
すなわち99%がヒトで1%は獣要素というものから、1%がヒト要素で99%が獣というようにはできても、憑りついている獣要素を完全に追い出すには呪術自体の解除が必要となる。
そして、あくまでも相同器官を憑り代とする現象のため、人と馬の獣人化を行った場合には、人の上半身の下に馬の四肢を持つケンタウロスの姿にはならず、人と鳥の獣人化を行った場合には、背中に翼を持つ天使の姿にはならない。
手足がそれらの動物と置換・合成され、例えば馬の足を持つ獣人(サテュロス形態)や、例えば翼の腕を持つ獣人(ハルピュイア形態)となるだけである。
当然の例外として、そもそも身体構造が脊椎生物と大きく違う、節足生物を融合させた獣人。
これらには当然、節足生物に応じた分だけの肢が追加される。
ただし、節足獣人はあまりにグロテスクな外見となることもあって、試験的に作られたのみに留まり、更に現代においてはそのほぼ全てが解呪されているため、軍に在籍するものを除くとそれを見ることはまずない。
続いて、欧米の特定思想層は宗教や故習への反発から『古代亜種生物デイモン(DAEMON)』の獣人化を行うものがいる。
これは、タトゥー・ピアス文化や人体改造嗜好が一段進んだものとも言われる。
憑依に用いる『デイモン』は中近東の遺跡において冷凍死状態の群れが発掘された絶滅古代種で、人に似た頭部や四肢を持つ一方で、赤や青の肌・有角・有牙・有尾・有翼という特徴はまさに伝説上の悪魔そのものの姿だった。
その獣人化となれば、当然その外見的特徴を受け継ぐものとなり、背中に翼持つ姿となる。
しかしデイモンは絶滅種とあって凍結ミイラからの遺伝・細胞情報の抽出のみが限界であり、固有の生態データは収拾しようがない。
結果、機械小胞体に収録可能な『本能情報』が無く、現生獣の獣人と比較するとフィジカル・メディカル強化と外見変化だけに留まり、持っていたであろう飛行能力も発現していない。
余談だが、デイモンと敵対していたと思しき存在『古代生体兵器アンゲルス』も同じ遺跡から発見されており、米軍はその復元兵器を完成させている。
それが米軍式Eエンハンサー、エヴァンジェリカル・ウェポンである。