第三十話「MUSTANG MAXIMUM」3/4
=多々良 央介のお話=
《巨人との接触すら無効化する。それが車騎王の能力ということか》
通信の向こうで大神一佐が新しい前提を語る。
車騎王に逃げられた僕たちは、巨人を解除して輸送車両の中で緊急ミーティングの真っ最中。
《通常であれば巨人同士の接触はPSIエネルギー同士の干渉が起こるので、まったく接触できないことはない。やはりロジカル現象、特異能力と判定すべきです》
大神一佐の仮定を、父さんが確定へ持っていく。
続いたのは母さん。
《スティーラーズが融合を行えなかった理由も同じ原因だと思います。あれらも接触を狙って、しかし無力化されているものと》
映像の大神一佐が頷く。
その上で――。
《しかし、どうやら例外があるな?》
――大神一佐から、僕たちへ話のバトンが渡ってきた。
それは今さっきの車騎王との接触の時の事。
「はい、佐介が放ったアイアン・チェインが相手に当たっていました」
「完全な無敵じゃないってことだな。逆に言えば偽物どもが融合しちまう可能性が残ってる」
ハガネが起こした例外現象について、更にそこから思い付いたことを僕と佐介で説明する。
通信画面の大勢がそれぞれに新情報への反応を見せる。
そこでまた大神一佐。
《ふむ。何かの条件付きで、ありとあらゆる干渉を無力化。条件はまだ不明か?》
更なる情報が求められて、最初に声を上げたのは九式先任一尉。
見た目からはわからないけれど、とってもお婆ちゃんであるらしい先任一尉の難しい言い回し。
《彼奴は絶えず後方に気を向けていた。追い縋られるのを厭うらしい》
《背面が弱い? しかしその程度だったらスティーラーズの集団戦法で既に融合を受けていてもおかしくはない》
大神一佐は相手の無敵化の条件がそれだけではないとして、絞り込みを始めた。
その補強のために佐介が状況を更に詳細に語る。
「アイアン・チェインが当たったのもバッチリ背中ってわけじゃあなかったな。ギリギリで避けられてカス当たりだ」
《そうですね、相手の横面に着弾、そこから前方へ跳弾しています》
オペレーターさんが、実際にその瞬間の映像を出してくれた。
けれど、まだ正確な弱点とは見えない。
それ以上の情報が無くなって、HQの人たちが思案と模索を始める。
《何らかの条件下でのみ接触できるようになり、それ以外は完全に透過――》
大神一佐が現在のまとめを口にした時、鋭くアラート音が通信全体に響く。
九式先任一尉が何かの通信を受け取って、それを全体へ拡散する。
《――。現場より報告有り、木偶どもが戦法を変えた。走行形態に変じて車騎王の追尾を始めた、と》
直ぐに反応するのは大神一佐。
《ああ、こちらも受け取った。……となると奴らは我々より先に解法に辿り着いたな。このまま現場を止めておけば出遅れる。競走になるか》
大神一佐は待機状態の解除を決めたみたいだった。
一方で、僕はその言葉の中で少しだけ気になった部分と、そこから今回の巨人に繋がっていそうな記憶を口にする。
「競争……競走馬の神様、サラブレッドの血とパワー&スピード……」
《――む。央介君、何か気付いたかね?》
即座に、大神一佐からの指摘が入った。
僕は慌てて、できる限りの説明を返す。
「いえその投影した子供と考えられるのが馬の獣人の子で、彼の価値観が独特だったな、と」
「競走馬獣人の巨人なんだから、いっそ連中とレースして勝てばOK! だったりしないかな」
佐介が冗談めかして、でも可能性を語った。
大神一佐も、それは単なる冗談だと受け取らなかった。
《類似する前例もあったな。ただし現在は相手のゴールが確認されていない。ひたすらのコース巡回で、既にレースの規定巡回数を超えている。――さて作戦を組み替える。追跡と迎撃のため攻撃部隊の配置転換だ!》
新しい命令が、僕たちに下る。
そして、大神一佐による新作戦は意外なものだった。
「――ハガネやアゲハは使えない、ですか」
僕は新しい作戦の中でも特に際立った部分を、もう一度確認。
大神一佐から、そうなった原因の説明が入る。
《そうだ。夢幻巨人の走行速度はかなりのものだが、車騎王の周回ルートには立体交差や基地構造でマックスヘッドルーム――車高限界があり、巨人の走行通過が困難な場所がある》
それは巨人隊バリケード地点に新しく届けられた、車両や装備品を確認しながらの話。
新装備や固定用ハーネスを身に着けた僕たち巨人隊の目の前には小型で、けれど無骨な車両が2台並んでいた。
「それで、全員でドライブレースしましょう、って事になったわけね」
狭山一尉が小型車両――軍用の2人乗り小型バギーの運転席で最終動作チェックをしながら声を上げる。
僕たちがこれから乗り込むのは、この小型バギー。
「でもオレが砲台扱いって酷くない?」
佐介が、今後の扱いについて不平不満を口にする。
実際それは少々特殊な乗り方だった。
この小型バギーは本来なら運転手が前方に乗り、後方に乗る砲手が車体後上部にある銃架の機銃などを振り回すというもの。
しかし今回の場合は狭山一尉が運転し、僕が後方に乗り、銃架には佐介がハーネスで固定されて立ち乗りということになる。
佐介は物理ダメージは受けないのだから大丈夫なはずだけど――スタント・アクションでも極め付きの見た目になるだろう。
2台めの小型バギーには、むーちゃん、テフが同じ構成。
そちらの運転手はソフトモヒカンがトレードマークのEエンハンサー、登坂三尉。
そして今回、巨人を使えない僕たちがバギーに乗ってまで戦闘に参加する理由、参加できる理由。
僕は手腕にガントレット状と纏った新装備を確認する。
これも、父さん母さんが作ったもの。
《最終チェックしましょう。おーくんや、むーちゃんならそれを使って“できる”はずだから》
「うん……うまくいけば、いいんだけど……」
通信の向こうの母さんに促されて、僕は身に着けた新装備“Dシールド”を意識しながら拳撃の構えを取る。
これは、兵隊さんたちが使う分には表面にPSIエネルギーの薄い膜を張って巨人の攻撃を防ぐだけの防具。
だけど――。
僕は、普段ハガネの中で、ハガネを操る要領で正拳を突き出す。
すると僕の正面の空間に巨大な腕が突き出された。
《――できたわね! 紅利さんの義足からの技術フィードバックによる巨人の部分出力。……これでむーちゃんにも、おーくんにも怪我をさせずに済むわ……》
母さんの安心したような声が通信から聞こえる。
心配ばかりかけている母さんに申し訳なく思いながら、それでも新装備の慣らしを続ける。
「打打打打打打打打打打打打打打打打打っ!!!!」
僕から十分距離を取ったむーちゃんの慣らしは結構激しいもので、空中にものすごい拳のラッシュ。
あれなら巨大な物体――近くの工事現場に並ぶロードローラーでもタンクローリーでも殴り飛ばせるかもしれない。
さて――。
「これで、車騎王からダウンを取ればいいんだよね?」
――僕は作戦の肝について父さんに尋ねた。
「そうだ。走行は狭山一尉達に任せ、相手と遭遇次第にひたすら攻撃して相手の弱点を探すんだ」
父さんはそこまで答えてから、少しだけ言葉を切った。
それから辛そうな表情を見せて僕たちに説得を始める。
「……その装備では当然ながら巨人全身と違って防御力は酷く劣る。いざとなったらすぐハガネやアゲハを出して身を護るんだ。無事に帰るのが一番だぞ」
父さんの言葉を僕たちが受け取る一方で、傍の狭山一尉が応じる。
「一緒に乗ってるのは不死身の私達なんだから、巨人が出ちゃっての事故は気遣わなくていいわ。猫ふんじゃったぐらいのつもりでね」
そこで僕は巨人隊の同乗者がそれぞれEエンハンサーになっている理由を理解した。
普通の兵隊さんだと、巨人の戦闘に巻き込まれて酷い事になるからなんだ。
その恐ろしさを抱えながら僕たちは小型バギーに乗り込み、ハーネスとシートベルトを使って車体に体を結びつける。
「子等よ、装いの験しは終えたようだな」
乗り込みと結び付けの調整が終わる頃、声を掛けてきたのは闇夜にもサングラスの九式先任一尉。
僕が向き直って見れば、ずらりと並ぶアグレッサーのバイク隊。
狭山一尉に何度も助けられてから、Eエンハンサーの戦い方について調べた事がある。
不死身である彼らは防御なんて考えなくて、代わりに機動性を重視したバイクを基本装備にしているという。
だから、これがアグレッサーの正規の装備。
それは、表情も見えない、見せない。
Eエンハンサー兵を示す天命のベルトに、フルフェイスマスクの騎乗部隊。
一方で気になったのは、九式先任一尉がまたがる他の人のものより大型のバイク。
最初に彼女を見た時も同じようなバイクだったように思うのだけれど、あれは確か魔女妃に突撃して砕け散っていたような。
同型の新しいものなのか、一か月以上も経って流石に修理されたのか。
そんな疑問はあったけれど、今は関係のない事。
僕は九式先任一尉へ頷いて返事を返す。
「はい。いけます」
九式先任一尉も頷き返して、首元のインカムを指で叩いてから小声で連絡を行った。
するとすぐに大神一佐からの指令が届く。
《よし。ではこれより巨人機動部隊とアグレッサーは車騎王を追尾し、その背後を狙う。この作戦は、同時に対象巨人をスティーラーズから防衛しながら行う》
攻撃する相手を守れ、というのも奇妙な話。
でも、今回はそれしかない。
もしスティーラーズが融合してしまっての、この無効化能力を自在に使いこなす巨人との戦闘は、あまり考えたくない。
《更に、その過程で対象巨人の特異現象を突破する答えも探すことになる。通信回線の情報から耳を離さないように!》
「さあ! モーターの超電導コイルの冷却も十分! 追いかけましょう!」
狭山一尉の掛け声とほぼ同時に、都市に改めて戦闘警報が響き渡った。
アグレッサーの総員は白く輝くDロッドを抜刀したように構え、それぞれのバイクが不安全運転で走り出す。
それらを追いかけて、僕たちの乗る小型バギーも勢いよく発進した。
狂気の動輪たちによるチェイスが始まる。