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第三十話「MUSTANG MAXIMUM」2/4

 =多々良 央介のお話=


 ――日々野くんは、こう尋ねてきた。


「ハガネって、神様(Spirits)は居るのか?」


 思わぬ角度からの話が飛んできて、僕はそれを受け止めることにも四苦八苦。

 結びつけたことのない概念、考えたこともない話。

 頭の中で彼の言葉を何度も繰り返して、答えを探す。


「えっ? ……えーと、うちの氏神様は違う……かな。ハガネ、ハガネの神様、王様、先祖……佐介、なんか考え付く??」


「オレはハガネにくっついてるマスコットや妖精みたいなもんだな。神とまで言えはしねーや」


 相談を持ち掛けた佐介からの冗談を聞く余裕がないほど、考えても考えても答えがでてこない。


 ハガネは何の原則のために戦って、何の神様の力を使っているんだろう?

 僕のPSIエネルギーは、何を模っているんだろう?


 ハガネのデザインは、僕が今まで見てきた現実やフィクションの影響。

 戦い方は父さんや大神一佐たちが教えてくれたもの。

 遡り続ければ色々出てくるだろうけれど、ハガネ専属の~というのは本当に無いのかもしれない。


 おかしな思考の沼にはまってしまった僕の傍で、辻さんが呆れた様子で日々野くんを指摘する。

 それは、科学的で妥当な回答だった。


「巨人は獣人とは原理が違うわよー。Dドライバー理論は神話的な力の数々からは最も遠いような力じゃないかしらー……」


 ――けれど、辻さんはそこから独り言を呟きだした。

 彼女のいつもの行動。

 興味から一歩踏み出して広大な知識の海に潜ってしまった時の事。


「……ああー、でも獣人よりもっと巨大な神格化ー、極大数の願望や欲望を神器ー……形に満たすことでー、神と対象化されるほどのー“全ての可能性の力を宿す存在”へ引き上げるって理論ー、あれは確かDr.エルダースのー……」


 ――話の中の単語に、僕の体がびくりと震えた。

 僕たちの敵かもしれない、世界を何度も救ったほどの業績を持つ大科学者の名前。


 その僕の反応に引っ張られて、辻さんも我に返る。

 彼女は、無人島事件でギガント工作員や、彼らが利用する機器に触れていた。

 以来、エルダース博士のガイア財団と犯罪組織ギガントが同一だという事に気付いている。


「……っとー、何度もごめんなさい央介くんー……。私ったら本当に駄目ねー。知識に対して無思慮になっちゃうー」


 辻さんは、またしても申し訳なさそうに僕へ配慮しだす。

 何かと辛い記憶や現状に繋げてしまう、地雷原になっている僕が悪いのだと思うけれど。


 そこへ傍で腕組みしていた日々野くんの率直な感想。


「……うん、わからん。わかるのは馬とモーターサイクル(Motorcycle)が速くてカッコいいってことだけだ」


「同感」


 考えがあるのかないのか、雑に同意するのは佐介。

 その無思慮なポンコツという冷やかしもあって、僕も難しくなった思考から距離を置けた。

 代わりにため息一つ。


 一方で日々野くんは話の主導権を再び辻さんに持っていかれないようにか、タブレットを手に取り操作しだす。

 画像が切り替わって映し出されたのは、メタリックで粗削りなマシン、機械構造を剥き出しにした大型ガスバイク。


「やっぱ、ステイツ(States)製だよな! デカくて地響き立てるような奴!」


「えっ、いや、国産のレーサー型でしょ? シャープなカウルで覆われて……」


「同感」


 僕は、日々野くんの趣味には思わず賛同しかねて、正直に答えた。

 ……うっかり思考せずに答えてしまった。

 雑に同意してきたのは佐介。


「――は?」


 日々野くんが、聞き咎めの声を上げた。

 さっきまで笑顔だった彼の表情は、少し剣呑なものに変わっている。

 それは、彼の傍の空中に“!?”と記号を書き加えれば、とても似合うような感じで。


 ――結局、日々野くんとのケンカの溝は埋まったのに、新しくこだわりの溝ができた感じになってしまった。


 また、僕は失敗した。

 そんな後悔を背負いながら、次の授業が始まる。



 さらに時間は流れ、下校近くになって――。


「あれぇ、出なかったな。巨人」


 佐介が妙な事を言いだした。

 それに続くのは――。


(確かに珍しいな。大抵こうなると警報ー! 日々野の巨人だー! ってなるのに)


 ――あきらからの冗談交じりのテレパシー。

 確かにそういう流れの事って多かった気がするけれども。


 あきらから見て、日々野くんの巨人は出てきそう?


(日々野は……ちょっと出力不足かな? 血縁とか結婚とかを気にしてる加減か……あいつに混ざってるのが伝説の“種馬”だからとか?)


 そっか、大人っぽい意識になると巨人出ないんだっけ。

 だけど……種馬、種馬……って、うん……。


「子供っぽさ全開だと思うがなあ」


 最後に佐介が彼の趣味に関しての見解を口にした。

 でも、バイク好きなぐらいは年齢問わないだろうに。



 そして僕らは家に帰って、お風呂の後はキュージーちゃん(家事ロボット)の作った夕食。

 今夜も帰ってこない父さん母さんにボイスメールを送ってから宿題に取り掛かった。


 取り掛かった頃に、緊急呼び出し。

 ――あれ、都市への戦闘警報はまだ鳴り響いていないようだけれど。


「巨人は出ないとか言った奴は誰だ」


 佐介がつっつけば。


(言ってはいない。テレパシー)


 あきらが返す。

 いつもの板挟み漫才。


 それからすぐに送迎の軍用車両に乗って隊員さんがやってきた。

 着替えを済ませた僕らは隊員さんに夜の挨拶をしてから、車に乗り込む。

 道中、気になったことを運転席の隊員さんに尋ねた。


「少し珍しいですね。警報無しの呼び出しって」


「ああ、巨人らしい巨人が大っぴらに出現してはいないらしくてな。でもまあ行先はいつも通りのブリーフィングルームだ」


「よろしくお願いします」


 隊員さんは手だけで答えを返し、車の速度を上げた。

 やっぱり軍用車両は静かなもので、聞こえてくるのは微かなモーターの唸りとタイヤの走行音。

 これがガスエンジン車両だったらガス爆発を回転に変えるという構造上、車内はきっと轟音ばかりなのだろう。


 車はトンネルに潜って地下路面へ進入。

 途中で基地内部通路用の小型車両に乗り換えて、数分もせずにブリーフィングルーム直前。


 僕たちがブリーフィングルームに踏み入れると、まず待っていたのは大神一佐とオペレーターさんたち。

 部屋の中を見渡せば、九式先任一尉、狭山一尉、それぞれが率いるEエンハンサー部隊。

 大人たちの背の高さに隠れてむーちゃんとテフ。


 いつものメンバーに見えて、でも――。


「父さん、母さん」


「宿題は終わらせた? おーくん」


 珍しく作戦会議に加わっていた母さんからの呼びかけには微妙な笑顔で返して。

 でも、何となく感じるのは普段と違う配置が必要であること。

 技術担当の父さん母さんも参加する戦いということ。


「よし、作戦に必要な全員が揃ったようだな。では現在の状況から説明を」


 口火を切ったのは大神一佐。

 すぐにオペレーターさんが機器を操作して、様々な情報とホログラフ映像を部屋中央に投影し、更に口頭での説明を始めた。


「1時間ほど前、都市内で微弱なPSIエネルギーの集束が確認されました。現地へEEアグレッサーが先行偵察した際に確認されたのがこれです」


 ホログラフの中央で強調表示されたのは、異形の姿。

 上半身こそ普通の人型なのだけれど、下半身の代わりに繋がっているのは――。


「ガスエンジンのバイクか。やっぱり日々野の巨人じゃねーか」


「バイクケンタウロスだぁ。――対人比較で小っちゃいね? それこそバイクのサイズ」


 佐介が予感的中を訴え、むーちゃんが普段とサイズ規格が違う巨人の形態への感想を口にする。

 バイクケンタウロスという表現がしっくりきたらしいオペレーターさんは頷きながら話を続けた。


「このバイクケンタウロス巨人、車騎王は不安定な表出と潜伏を繰り返しながら車道を走行していました」


「おそらくはギガントによる強制投影を受けたうえで、投影者の子供が巨人への適応率が低いのだと思われます。ただ……」


 オペレーターさんの話を父さんが補足して、それから父さんはもう一度オペレーターさんへ話の続きを促す。

 受け取ったオペレーターさんは機器を更に操作、映像を先へ進ませた。

 街角を映す中に現れたのは機械武装に身を包んだ少年モドキたち――量産型の補佐体、スティーラーズ。


「EEアグレッサーが対象の処理のために追跡を行った際にスティーラーズと遭遇。これらを撃退しました。恐らく同敵部隊は巨人との融合のために、やはり車騎王を追跡していた模様です」


 なるほど、それが今までに起こっていたこと。

 警報を鳴らすまでもない、静かに始まって終わる戦いだった部分。

 そこで、むーちゃんが元気よく問題の中央に関する質問。


「はいはい! 質問! 適応率が低い巨人と量産型補佐体の融合って意味があるんですか!? 不安定で微妙な巨人が出来上がっちゃうだけに思えます!」


「それなんだ、夢ちゃん。おそらくだがギガントの量産型補佐体は佑介が用いていたDドライブ技術の発展形で、周囲の無主PSIエネルギーを利用できる……簡単に言えば不安定巨人であっても、PSIエネルギーを吸い集めて完成体にまで引き上げることが可能と考えられる」


 父さんの難しい解説。

 そっか、この辺の事を説明するために父さんたちも呼ばれていたんだ。

 そして今は巨人が出現するかどうかの境目にある。


「現在、EEアグレッサー半数が分隊として車騎王の追跡を続行中。それで判明したことですが――」


 オペレーターさんが次に呼び出した映像は、この要塞都市の全景。

 縦横無尽に走る道路図の中に一本だけルートが描き上がっていき、地上を地下を走り抜けて、最後にそれは最初の地点へと戻りつく。


「車騎王は、この都市をサーキットとして周回しています。以前、この都市で開催したモーターレースのコースラインそのままに」


「この際、基地内部では隔壁などの閉鎖構造があっても幽霊のようにすり抜けています。巨人相手には通常兵器等が効かない、いつもの奴ですね」


 都市モーターレースを駆けるガスエンジンバイク――日々野くんの夢。

 それを妨害しなきゃいけないのはやっぱり辛いけれど、このまま放っておけばその夢が悪用されてしまう。

 僕はいつも通りに後悔と謝罪を抱えて、戦いの決意をする。


 最後は、大神一佐による今回の作戦内容説明。


「相手の行動の予測が容易ならば対処は簡単だ。アグレッサー隊はこのまま潜伏スティーラーズへの対処を継続。そして巨人隊は車騎王の巡回経路での待ち伏せからの対象の撃破。これが今回の作戦内容だ」


 大神一佐はそこで一度言葉を切って、少しの思案。

 それから、懸念を含めての作戦開始命令。


「ただ……スティーラーズが車騎王との融合に手こずっているのは少し気になる部分だ。巨人相手はいつでも思わぬ罠が潜んでいる。各員、注意を怠らずに行動するように。では作戦を開始する。配置を急げ」


「了解!」


 僕たちを含むブリーフィングルームの戦闘員が口々に声を上げ、それぞれの動きに移る。

 巨人隊の引率は、いつも通りに狭山一尉。

 僕と佐介、むーちゃんとテフの四人で彼女の率いる輸送車両に乗り込む。


 出発しても狭い要塞都市、すぐに目的地点に到着。

 そこは都市中心部から少し離れた、国道へ上るための立体ループを抜けた所。


 僕は周りを見渡して気付く。

 今、立っている場所は車騎王がやってくるルートを見下ろせる一方で、車騎王からは国道の立体構造が邪魔になって僕らを見つけることが難しい。

 巨人であるハガネとアゲハは少し屈まないといけないだろうけれど、それでも待ち伏せには最適の地形だ。


「それじゃあ、四人ともよろしく。走行物体相手なら道路を封鎖するワイヤートラップをオススメするわ」


 軍人の狭山一尉からの知識と経験によるアドバイス。

 僕らも納得して、夢幻巨人を出現させてからすぐ、言われた通りの罠を張る。


「アイアン・チェイン!」


「バタフライ・シルク!」


 ハガネとアゲハ、二体の夢幻巨人で向かい合い、幾筋もの鎖と糸を延ばし合って互いの手腕に絡め合う。

 出来上がったのは――。


「超絶難易度のゴム飛びだね! 上か下か真ん中か!」


 むーちゃんが新東京島に居た頃の遊びを引き合いに出す。

 あれは二本だけの縄飛び縄を使って、通れる隙間が生まれるゲームだった。

 でも、今用意したバリケードはそれとは違う。


「今回のは上も下も真ん中も、通さない!」


 僕がむーちゃんに答える間、巨人の足元に居る狭山一尉も遊んだ遊んだと頷いていた。

 考えてみれば、狭山一尉も昔は狭山さんみたいな女の子だったわけだ。

 ちょっと不思議な気分。


「HQ、こちらL1。巨人隊によるバリケード構築を完了、待ち伏せに入ります。……さて、対象の到着までもう少し。あとは気配を消して待ちましょう!」


「了解!」


 車騎王を待つ間、通信からは九式先任一尉が率いるアグレッサーの活動が聞こえてきた。

 彼等の都市内での現在座標、そして量産型補佐体スティーラーズとの遭遇、その撃破。

 アグレッサーは車騎王より少し先行しながら、それを狙うスティーラーズを倒していっているらしい。


 その座標は刻々とこちらに近づいてくる。

 同じく近づいてくる、ガスエンジンが咆える爆音――おそらく車騎王から響く音。


「車騎王との接触まで、予測60秒! 構えて!」


《アグレッサー、フォーメーション・ブレイク。巨人隊バリケードを回避する》


 狭山一尉が準備の声を上げ、通信からはアグレッサー隊の行動中断の宣言。

 ハガネとアゲハはバリケードを構えて、車騎王の進行方向に向けて踏ん張る。

 ひょっとしたら小さな巨人でも、とんでもない“馬力”を備えているかもしれない。


 そして、車騎王の爆音はついに立体ループから反響してきた。

 相手を迎え撃つバリケードは国道を高く横断し塞いで、隙は――無い!


「……来る!」


 僕は車騎王の姿を目視して、バリケードに最後の力を籠める。

 そして小柄な二輪巨人は猛スピードのままバリケードへ突入した。


 バリケードに飛び込んできた相手を捕縛。

 そのつもりだった。


 ――けれど、そこに手ごたえは無かった。


「すり抜けたぁっ!?!?」


 狭山一尉の絶叫が響く。

 車騎王は、バリケードを何もなかったかのように通過して、国道を走り去っていく。

 僕たちが驚きに反応を遅くしてしまった時に、佐介の怒声。


「畜生! なんかロジカル持ってやがるッ!!」


 その声に合わせて、既に稼働していたハガネの主砲が相手の背面を捉えてアイアン・チェインを放った。

 撃ち出された巨人の鉄鎖は車騎王に追い縋り、わずかに回避されて横面に掠め当たる。

 相手は姿勢を崩し――。


「……駄目だ! 浅い!」


 僕の見切り通りに、すぐ体勢を立て直した車騎王は巨人隊で狙える範囲から走り抜けていく。

 その速度は、以前より少し速くなっているように見えた。


《現作戦中止! 対象巨人の特異現象を検証する。全部隊、どんな些細な情報でも報告せよ!》


 通信回線から、大神一佐の命令が響き渡る。

 やっぱり巨人相手は一筋縄ではいかないみたいだ。

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