第三十話「MUSTANG MAXIMUM」1/4
=多々良 央介のお話=
それは僕たちの日常の授業中の事だった。
爆音。
突然、教室を揺るがすほどの爆音が響き渡った。
僕たちは緊急事態とDドライブを構える。
クラスメイトの皆は巨人の強襲かと避難の動き。
恐がりな所のある奈良くんなどは、目にも止まらない勢いで教室後ろの掃除用具ロッカーに消えた。
だけど僕は周囲を警戒するうちに気付いた。
そんな中で平然として、なんならニコニコ顔で学習タブレットを眺めている一人が居る。
日々野 静――ウマ獣人の彼は文字通りの馬耳東風、周囲の騒動にも気づいていない様子。
更に彼は怪訝な顔になって、タブレットを操作しだす。
それに合わせて爆音もますます大きくなった。
「てめえの仕業かぁ!!」
狭山さんが異音の原因を見つけて、即座の対応。
彼女の振るう巨大ハリセンが日々野くんを襲った。
衝撃で彼はつんのめり、そして彼の長い馬耳から何かが零れ落ちる。
――あれは、イヤホン?
「ぬあーーーっ!? ……ななな、なんだよ狭山!? 俺、何かしたかよ!?」
日々野くんは狭山さんに噛みついて、けれどクラス全員が彼を睨んでいるのに気付いたようだった。
そしてイヤホンが外れた方の耳と、イヤホンが外れていない方の耳を気にする素振り。
自分の聴いていた音声が外部ミュートになっていないという原因を理解した彼は、笑ってごまかそうとする。
だけど狭山さんのハリセン第二波は彼を逃さなかった。
「授業中に音楽を楽しんではいけないとは言わないわ。でも流石に学習も何もない映像を見てるだけは駄目」
先生による正式なお叱りが、日々野くんに下る。
その隣で正座させられているのは狭山さん。
暴力は駄目だって。
そんなことがあっての休み時間。
奈良くんが日々野くんに近づき、様子を伺いだした。
「なんだよ、また結局同じの見てるんじゃん」
「うっせーな。休み時間なら別にいいだろ。音も下げたんだから」
「何をどうしたらあんなうるさい音が出るんだよ……」
どうやら日々野くんは、またしても件の爆音映像を視聴しているようだった。
ただ、僕にはその爆音に関して心当たりがあった。
確認のために日々野くんのタブレットを覗きにいく。
予想通り、映像では沢山のバイクがサーキットを駆け回っていた。
それらのけたたましい爆音、予想通りの物。
「ああ、やっぱり。ガスエンジンバイクのレースだ」
「がすえんじん?」
僕が口にしたあまり使われない単語を、奈良くんが聞き返す。
ガスエンジンは、電池が今ほど高性能化する前は主流だったという動力源で、今はほとんど見かけない。
一方で驚いた顔をして、それから僕に言葉を勢いよくぶつけてきた。
「……わかってんじゃん! 多々良ぁ!」
日々野くんは満面の笑顔で、なんなら抱き着いてきかねないほどの勢いだった。
彼は、島以来のケンカ組で僕とは距離があったのだけれども――?
僕の疑問をよそに、日々野くんは彼の抱えた疑問を口にする。
「えーと? まさか巨人関係でガスエンジンとか使うのか? ハガネからエンジンサウンドはしなかったけど――」
彼、何となく横文字はネイティブ発音をするっぽい。
特に帰国子女だとかは聞いてないけれども。
僕はすぐに彼の疑問と誤解を解く。
「ううん、前に住んでた東京島で何年かに一度、島を一周するレースがあるんだ。すごい爆音で、一番力がある機械のイメージ」
「ハガネの主砲がバイクの排気管っぽいデザインになってるの、その影響だろうな」
隣から佐介による余談。
うん、機械らしい機械っていうと、僕の中ではあの金属感。
それを聞いた日々野くんはますます前のめり。
「いいねえいいねえ!! こっちでも前に都市の地上部と地下基地を走り抜けるモーターサイクルレースをやったことがあるんだ! 都市自衛軍の広報活動とかでさ!」
そこまでは楽しくて仕方ないといった様子だった日々野くん。
けれど、次の話は失望感を前に押し出す。
「でも……ガスエンジンの部門は無し。つまんね」
両手を広げて、ガッカリという仕草までしてみせた。
なるほど、彼の趣味が大体わかってきた。
僕がそう思った時に、横からとげとげしい言葉が飛んでくる。
それは長尻尾の狭山さんからだった。
「こんなやかましい音立てる機械のどこがいいんだ。かーちゃんのバイクなんて静かなもんだぞ」
――狭山一尉のバイクなら、僕も現場から送り返してもらう時に何度か乗せてもらった事がある。
軍用のバイクは静穏性も出力も特級品なのだとかで、実際に音もなく滑るように走っていた。
一方で好みを否定された日々野くんは、すぐに噛みつき言い返す。
「うっせーな。力に伴う音があるのは当然だろ! 電動じゃあモーターサイクルはどんなにパワーがあっても生きてる感じがしねえんだよ」
日々野くんは彼の拘りを語り出した。
対する狭山さんは、そんなのは聞き流すと言わんばかりの態度。
「馬頭はどこまでいってもパワーとスピードか」
狭山さんが聞き流すならば、日々野くんは更にヒートアップ。
話は、本人の拘りから、存在意義に関わるような話になっていく。
「ああ、そうだぜ! この体に流れるサラブレッドの血がパワー&スピードこそが価値だって言ってんだ!!」
ああ、日々野くんってサラブレッドの獣人だったんだ。
ウマ獣人としては珍しい種類。
確かサラブレッドの獣人化は農耕馬とは違って法律が難しいとかなんとか?
「そんな細くて内股ナヨナヨ足でパワー&スピードねえ」
返るのは狭山さんの軽い煽り。
でもそれは、日々野くんにとっては譲れない話だったらしく、物凄い語りを呼ぶ。
「ヘイ! 前に言わなかったか? これはステイツから渡ってきた伝説のスタリオンのすげー足だ! 知ってると思うが繫殖馬・競走馬登録された馬の獣人化はDNAの権利保護あって改造禁止になってる中で、その法整備前に作られた同DNAモデルの獣人は3体。その一人のグレイトグランマからグランマ、オカンと女系で繋がって、混じりっ気無しのまま残ったのは俺だけ! 他のは最初から男だったり馬獣人同士で子供作ったからな!」
頭がくらくらする勢いでの日々野くんの大演説。
これは普段からこの話の練習でもしているのかもしれない。
途中まで英語だった所で、お母さんに関してだけオカンと呼びだしたのはちょっと気になったけど。
さて、つまり獣人の子供法則。
基本として、ヒトとしてのDNAはお父さんお母さんから受け継ぐ。
その上で、両親が同じ種類の獣人だと元の生き物の配偶法則で、動物としてもお父さんとお母さんの姿が混じった姿。
それ以外の場合はお母さんと同じ姿で産まれる。
日々野くんの場合は三代続けて同じ獣人遺伝子を継いできたお母さんたちと、ウマ獣人以外のお父さんたちだったことになるわけだ。
「じゃあ、それも日々野で終わりじゃないか?」
近くにいた奈良くんが何の気なく、その事を言ってしまった。
痛いところを突かれた日々野くんは大きく仰け反って、でも言い返す。
「うぐっ……! ……いや、ウサギネコ獣人だってSSRだろ!? お前もオスなんだからお前で終わり……」
「オイラはそーだけど、大きいねーちゃんの姪っ子が純正ウサギネコ獣人だぞ。中小ねーちゃんに妹もいるから、もっと増えるんじゃないかー?」
奈良くんは平然と返す。
彼、ただでさえ兄弟姉妹多いらしいのに、更にもう姪っ子さんがいるんだ……。
現存するサラブレッド獣人とウサギネコ獣人、どっちが希少なんだろうか?
僕の余計な疑問を他所に、狭山さんのからかいで話は進む。
「しかもそんだけDNADNA言って、結局自分の足じゃなくて騒音バイクがいいってアホじゃねえのか?」
それは、日々野くんが自分で気づいていなかった矛盾点だったらしく、彼は一瞬黙り込んだ。
黙り込んで、少し考えた様子から出た即興の結論を言い返す。
「……獣だって獣人だって、機械にゃ勝てねえだろ!」
言い返された狭山さんは、勝ち誇った悪い笑顔になった。
そして首のチョーカーを人差し指でなぞりながら――。
「あたしらEエンハンサーは、勝てるんだよなあ……。イッヒッヒッヒ」
――こう言ってくる。
Eエンハンサーは、その片鱗だけでも恐ろしい不死身の戦略級兵器人間。
なのに僕たち小学生にとってみれば口げんかの題材。
「――ッ! 山猿にステイツの熱風は理解できねえみたいだな、ふん!」
反論できなくなった日々野くんは、こうなるとただの悪口。
でも勝ちが決まった狭山さんには効き目もなく、彼女は高笑い。
「負け惜しみ! アッハッハッハァ!」
そう言って、彼女は奈良くんを引き連れ去っていった。
その場に残されたのは僕たちと、日々野くん。
日々野くんは、眉間にしわを寄せながら、僕に向けて呟く。
「……確か、獣人からエンハンサーへの上位転換できるっていうよな?」
僕にはそれが本気なのか冗談なのかわからず、今の話からの軽挙なのか決意なのかも判断できなかった。
それでも僕が知っている限りの答えを返す。
「確か、出力とかが違うだけで原理とか系列は同じだって聞いたことはあるけど」
日々野くんも獣人としてその辺は弁えていたみたいで力の源流に関して言及しだした。
「ああ、なんていったかな……。カララの力じゃなくってグラグラの力じゃなくて……」
――どうも、かなりのうろ覚えだったみたいだけれど。
といっても、僕もはっきりそうだとは言えない程度の知識しか持っていない。
佐介と一緒に、さてどうしようかと思ったその時だった。
「“神楽の力”ねー」
学術的な話を聞きつけてやってきたのは巻き角の天才少女、辻さん。
彼女はそのまま説明を始めた。
「人々が動物や自然現象に神様を見ていた力ー。呪術紋を機械小胞体で細胞内にまで刻んで半人半獣の姿になることでー、その理想の力や可能性を体に降し宿すー。それが獣人――生物強化体のEユナイターとー、上位機種の生死超越体のEエンハンサーねー」
今日はよく長演説を聞く日なのかもしれない。
そして、その内容の専門性。
「……神様が――日本語でOK?」
日々野くんはたまらずに聞き返す。
対して辻さんは少し憤慨した様子。
「日本語よー! 簡単に説明したのにー。獣人さんの方がスペック高いはずなのにどうしてかしらー」
そう言って辻さんは彼女の巨大な知識の中で考え込み出す。
彼女はそういうけれど、獣人さんは肉体的に恵まれてるから思考は簡略に済ませる人が多いんじゃないかって話は聞いたことあるけど。
「やっぱりこういうのも獣人差別社会の後遺なのかしらー……」
辻さんの真面目で深刻過ぎる考えと表情。
日々野くんは、慌ててその路線を否定に走る。
「いや、そういうマジ話じゃなくて、小学生レベルの話でやってくれって話でさあ!? まあ、グレイトグランマは、それこそ見世物として作られたって話だけど……」
それは、僕らが生まれる前の100年間続いた、難しい時代のお話。
産まれた時点で何もかもが決まってしまっていて、その決まった立場だけで酷い扱いを受けて、歩く道まで厳しく決められていたという。
「……人間を一歩でも高い場所へ進ませるはずの技術だったのにー、それが人間を人間と思わない社会のために利用されてしまうんだからー、怖くて悲しい話ねー……」
呟きながら自身の巻き角を指でなぞる辻さん。
彼女の拡張義脳と同じホーンブレインを利用したバイオニキスもまた獣人さんたちと同じような扱いを受けていた。
それにセミ・バイオニキスを含めた身体障碍を背負った人たちも、社会の役に立たないから、と……。
「……歴史上でー、科学技術はいつでもそう使われてきた事が証明されてはいるのだけどー」
辻さんの呟きは残酷な結論に繋がっていた。
科学技術は人を傷つけるもの、人を縛るもの……。
僕はそれに反論したくて、でも父さん母さんが作った巨人の技術は現在の状況――ギガントの襲撃や戦闘用技術の先行が辻さんの話を証明してしまっている。
その辛い悩みを持った僕の表情がよっぽど酷いものだったのだろうか、辻さんが思考を切ってまで僕のフォローを始めた。
「あー……。多々良くん、大丈夫ー。巨人技術だって今は悪用が目立ってもー、必ず人のために使われるようになると思うわー。それだけ人間に寄り添える技術だものー」
彼女の言葉に、僕は何とか笑顔を作って気遣いに応える。
「うん……ありがと、辻さん」
「技術が寄り添ってるぜ」
お礼を返す僕の隣で佐介が実例だと言い張る。
辻さんも安心した様子で頷いた。
そこへ、空気を読んでか読まずか、あるいは話の仕切り直しか。
日々野くんからの元気な宣言が始まった。
「――まあ、そういうわけで俺は競走馬の神様の力を貰ってることになるわけだ! だからこそ神様が欲しいだけのスピードを手にしなきゃ罰が当たる! だからモーターサイクルだ!」
日々野くんの前向きな姿勢。
それこそが、健康的でスペックが高いという獣人の姿なのかも。
僕が彼を羨ましく思ったところで、日々野くんは突然こちらに話を振ってきた。
「そういえば多々良は……どうなんだ? ハガネって、神様は居るのか?」
「えっ……?」
それは、思いもかけない質問だった。