第二十九話「名探偵アンノウン」3/4
=多々良 央介のお話=
教室では、謎が謎を呼んでいた。
先生が持ち込んで、その後に行方不明になった一冊の本。
それは超能力を使っても答えの見えない大問題だった。
「体育館で、袋の中身だけ抜かれちゃった?」
紅利さんが一番ありえそうな可能性を口にする。
先生もそれに応じて答える、けれど――。
「それぐらいしか考えられなくなったけど、それで無くなってるのは本一冊だけっていうのは本当にわからない……」
「やっぱりいたずらかなあ。隠すんだったら全部じゃなくて中のいくつかを別にする方がより驚くんだ」
いたずらっ子として定評のある奈良くんの含蓄ある話。
それってもう犯罪のやり口みたいなんだけど。
「体育館に居た子全員の聞き取りしかないかしら?」
「最終的にはそれしかないかもしれない……。でも物凄い手間だよ。校内放送に頼む?」
南枝さんと稲葉くんが状況の変化に合わせて相談を始めた。
クラスの中だけで終わると思った事件は、ここにきて一気に巨大化してしまったのだろうか。
その時だった。
僕の前の席で、あきらが机に突っ伏し、勢いでおでこを机にぶつける音が響く。
――どうしたの?
(駄目だぁ……! 大雑把にだけど学校に居る人の記憶総当たりで探ってみたのに、先生以外で無くなった本を今日見たって人が居ない……!)
ええ……。
謎解きとして大反則をやっているあきらですら見当がつかないって、一体何が起こったんだろう。
「東洋人や魔法が事件に絡んでしまうと分かんないっていうけども、どうなのかな?」
「ワタシ何もしてないアルよー、とでも言えばいいのかしら? ここそもそも日本で東洋の極みだし、中華系なら誰でも雑技団できるとか思わないでよね」
話し始めたのは料理大好き甘粕くんと、辛味推しの辛さん。
甘粕くんの持ち出した話は推理小説でやってはいけない話の例だったかな。
それと辛さんはすらっとした体型だけど、運動は割と苦手な方だ。
「その理屈だとナーリャは東欧系だから除外になるの?」
「半分だけね。パパは純日本人って外見だし……。魔法少女ならこういうのも一瞬で解決できちゃうのになあ」
今度は木下さんと熊内さんの会話。
話の脱線はどんどん横へ横へと広がっていく。
そんな中で南枝さんがまたも派手に動いて、クラスの衆目を集め直す。
「一旦基本に戻ってみましょう!」
彼女はそうやってクラスをまとめるのが上手いのかもしれない。
そういえば南枝さんの犬種、ボーダーコリーは牧羊犬。
僕が無駄な納得をしていた一方で、南枝さんは先生の傍によって次の話を始める。
「先生は、その袋に入れて本を持ってきたんですよね?」
「え? ええ、そうよ」
「じゃあ、それがあるなら単純な物証で確認できることがあります」
そう言って南枝さんが始めた行為。
彼女は手提げ袋に顔を寄せ、教室の後ろの僕にも聞こえるほどに鼻での吸気。
ああ、なんというか、とても原始的な手段。
それから南枝さんは教室のあちこちを嗅ぎまわりだした。
教卓の周りから初めて、教室の壁際をぐるり。
そんな時、僕はふと気が付いたことがあった。
日本ようかいばなしという、本。
本なら、さっき僕は教室内でいくつか見たような気が……――あ?
本は、あった。
それも、あきらが気付けない場所に。
瞬間、僕の脳内で全ての情報が結び付いた。
そしてこの教室で起こった事の推定が組みあがる。
おそらく正解に近い形で――最悪の真実。
南枝さんが僕の席へと近づいてくる。
僕の出した結論はこうだ。
無くなった本――日本ようかいばなしは、“とある存在”が持ち出してしまっていたんだ。
(おい、ふざけんなよ……)
あきらからの怒りのテレパシーが突き抜けていった。
“とある存在”は、彼のテレパシーや読心を直接受け付けないから仕方ないけれど。
じゃあ、なんでそいつは自分が犯人だと言い出さなかった?
答えは多分、そいつは自分が問題の本を持っているとは知らず、本の題名すら認識していなかった。
だってそいつにとって必要なのは日本ようかいばなしという“本”ではなかったから。
そして、今の今までそいつは自分は関係ないと思っていた。
だって途中までは探されているものが別だったし、更に先生が言った本の置き場所とは違う場所でそれを手に入れたから。
順序からすれば、そいつが本を手に入れる瞬間だけ奈良くんによってその場所に移動していたのだろう。
そうやってテレパシーでも気付けない情報の切断が偶然に生まれていた。
行方不明になっていた本は、大勢の目の前で派手に振り回されていて、でもそれは“本”とは、あるいは本としてのタイトルが認識されなかった。
それは、その場にいるみんなにとって平たい板――“卓球のラケット”だったのだから。
僕は、怒りを込めてゆっくりと真横へと首を向け、睨みつける。
視線の先に居る“それ”は、無駄に脂汗を流すような機能があるらしい。
人間の認識が遮断されてしまっていても、匂いという物証だけは妨げることはできない。
探偵は自慢の嗅覚でついに犯人を嗅ぎつける。
南枝さんは、そいつの目と鼻の先だ。
ああ、この事件と、その犯人は安っぽい。
――僕の相棒、佐介こそが問題の本である日本ようかいばなしを持ち去った真犯人だったんだ!
「犯人は、あなたよ!」
名探偵、南枝さんは鋭く指をさして犯人を示す。
それは僕の近くから立ち上がって――。
「クックック……バレてしまっては仕方がない。すべて私の計画だということも見抜かれてしまったようだな! 南枝 優奈、恐るべき探偵だよ……!」
日本ようかいばなしを手にして立ち上がったのは“背の高い人物”。
「……え?」
「だ、誰!?」
「つーか何あれ?」
教室にいた全員が戸惑った。
もちろん、僕も、佐介も。
そこにいたのは全身が影のような黒ずくめで、怪しげな仮面を身に着けた長身の何か。
今の今まで教室には居なかった者。
南枝さんは少し怯えながらも、その状況に即応した。
「あ、あなたが真犯人……!? この教室に、こんな怪人が潜んでいただなんて……。でも、もう逃げ場はないわ!」
「フ……そのようだな。ハガネの戦士らが間近にいては暴力も通用しないだろう」
南枝さんと対峙する怪人。
ええと、この教室で一体何が起こっているのだろう。
混乱する僕に、今度は正解を伝えるテレパシー。
(央介、こいつ巨人だ。それも南枝自身の)
……ああ、そういう。
とりあえずDドライブを構えておかないと。
「一つ聞かせて。どうしてこんなことを? みんなに迷惑でしょう?」
探偵になりきった南枝さんは、自身の作った怪人に追求する。
怪人は口を開き――。
「$&¥(%+*<=%$#だったのだ……。だが、それもすべて終わりだな……」
「え、今なんて言ったの? 何も説明できてないよ……?」
ウサギ獣人の稲葉くんが怪人の奇行を指摘した。
周囲の皆も頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げ、一方で南枝さんだけが頷いている。
(情報、設定がスッカラカンなんだよ! 南枝が読んでた探偵小説の犯人のツギハギ! そういう巨人!)
専門家のあきらによる解析結果。
なるほどねえ、という感想しか出てこない。
――さて、どうやってこの巨人を撃破しようか。
「え、ええと……罪は、まだ償えると思うわ!」
南枝さんは、犯人怪人巨人に向かって語りかけた。
すると巨人犯人怪人は項垂れ、敗北を認める。
「そう、言ってくれるのか……私の完敗だよ。南枝探偵……」
そして怪人巨人犯人は、その両手を揃えて前に差し出す。
次の瞬間、南枝さんの手元には光り輝く手錠が現れた。
「ん? なにこれ……ああ、なるほど!」
少しだけ戸惑った南枝さんは、だけどすぐに理解して巨人の両手に輝く手錠をかけた。
これで一件落着、と言いたいところだけれど巨人が消える気配がない。
やるべきことが分かった僕はDドライブを手にして意識を集中する。
「Dream drive ちょっとだけハガネ……」
ハガネ全部を出すわけじゃなく、巨人の力を少しだけ取り出す。
僕は淡く光るエネルギーを手に纏わせて、黄昏れる巨人怪人犯人の背中にツッコミを入れた。
すると真っ黒い小さな巨人は、末端部から光の粒子になって消えていく。
ええと、こんな冗談みたいな解決でもいいのかな。
でも乱暴な事をするよりはいいのか――いいとしよう。
あとは――そうだ。連絡は、しなくちゃ。
僕は携帯を操作して、通信回線を開く。
今は大神一佐に繋がるみたいだけど……なんて言えばいいかな?
深刻な声だと心配されてしまうから、なるべく平静に。
「……HQ、こちらアイアン1です」
《HQ大神だ。央介君、何か異常でもあったかね?》
僕は、とりあえずありのまま起こったことを説明する。
「あの、巨人が……ええと、自首して解決しました。PSIエネルギーとかが残ってないかの確認だけ、よろしくお願いします」
《???……う、うむ? 了解した。 ――問題は無くなったのだな? ならば、うむ、良し》
誰が・どうやって・どうしてを省いた情報だけだと随分混乱させてしまった気がする。
後で映像記録なんかをまとめて送らないといけないかな。
そうやって僕がこの後の行動を考えていると――。
「いやあ、事件解決してよかったな!」
――佐介だ。
クラスの何人かからは唸りとも何とも分からない声が漏れる。
そして、それは僕からも。
「……えっと、なんでみんなそんな怖い顔?」
しらばっくれるな、このポンコツ。
お前の机から問題のブツが出てきたのは既にバレているんだ。
「あ、やっぱり、ごまかせない奴? その……ごめんなさ――」
――今度の犯人の自首は、認められなかった。
悪は、成敗された。
ロボットに人権はない。
奴はガムテープとビニールシートでしっかり梱包されて、今晩の処理を待つばかりだ。
「せんせ、そういえば結局、何で妖怪の本をもってきたんですか?」
紅利さんが、佐介を視界外に置いて先生に尋ねていた。
問題の本を取戻した先生は、しおりが挟まれていたページを開く。
そこには焚き火を囲む一人の人間と、一匹の毛むくじゃらの妖怪の絵。
「ええ、ようかいばなしの一節で、人の心を読んで先回りしてくる怖ーい妖怪“さとり”をやりこめるには、みんなならどうするかをディスカッションの題材にするつもりだったの」
妖怪さとり――何かメディアで見たことがある。
話の顛末は確か、人の心を読んで脅かしていた妖怪は焚き火の中の焼け栗が弾けるっていう偶然には反応できなかったというもの。
――……あっ。
僕の前の席で、あきらが再度机に突っ伏した。