表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/236

第二十九話「名探偵アンノウン」2/4

 =多々良 央介のお話=


「事件が起きたら! 情報が生きているうちに聞き取り調査!」


 クラスメイトの犬獣人の女の子、南枝さんは張り切って調査を始めた。

 先生は――確かな録画映像は後回しにして、クラスの自主性に任せることにしたみたい。

 これも学校での教育、ということだろうか。


「ではまず、袋はいつからそこにあったのか、知ってる人!」


 真っ先に手を挙げたのは、飛行船少女の高原さん。


「朝の1時間目、ディスカッションの時に先生が持ってきてた。そこまでは映像データにあるよ。中から本とか教材を取り出してる」


 彼女のリモコン体にはカメラ機能があるので、証言能力はとても高い。

 それこそ今日一日の何もかもが全部記録されているのではないだろうか。

 僕がそう思って、だけど――。


「私の視界だとそこから先の教卓側は熊内さんの背中と毛並みが映ってるばっかりで、いつ無くなったかはわかんない」


「ごめんなさい……」


 高原さんの記録には思わぬ穴が開いていたみたいだ。

 大きな体の熊獣人の熊内さんは体を小さくして謝罪の声。

 するとすぐに熊内さんの隣のジャージ服の木下さん。


「別にナーリャは悪い事したわけじゃないでしょ。謝る必要なんてない」


 不愛想に、だけど熊内さんの心を助ける正論。

 木下さんは冷静で大人っぽい、かっこいいなって思う。


「でも1時間目は結局、先生が急用だとかで自習になった……、これで袋が置き去りにされちゃったわけね!」


 南枝さんによる最初に何が起こったかのまとめ。

 前の方の席の子たちが、1時間目までは何か置いてあったことを肯定しだす。

 その一方で。


「先生の急用って?」


「何か緊急の会議だったみたいだけど」


 クラスの話が横に逸れだした。

 回答したのは軽子坂さん。

 しかもそれは意外な答えだった。


「ああ、それ多分ハガネやアゲハ関連」


 クラスからは軽く驚きの声が上がり、そして自然にハガネの中身である僕たちに注目が向く。

 注目の中で僕と佐介は首を振って、それについて知らない事をアピールする。

 それに対する答えも軽子坂さんから。


「朝、お父さんがね。多々良くんと黒野さんが出ていっちゃってる時に入れ替わってる偽物ロボ、あれを止めるか続けるかどうか学校で会議開くって言ってたから、それだと思う」


 ああ、なるほど。

 僕が納得する一方で先生も意外な情報ルートに少し驚きながら、だけど頷いて返している辺りそれで正解らしい。

 それにしても今までは秘密だった巨人の事も僕らの事も、クラスで普通に話になっているのは不思議な感覚。


「偽物にすり替わってるなんて気付かなかったよ。七希なら匂いで分からなかった?」


 話は脱線したまま、ウサギ獣人の稲葉くんが、ウサギネコ獣人の奈良くんに問いかける。

 確かにギガントのアジトすら嗅ぎつけた奈良くんの嗅覚なら僕たちと偽物ロボの入れ替わりに気付かれても不思議ではなかった。

 では、どうして――?


「多々良ロボの方は最初から機械っぽい匂いがしてた。まあ機械化臓器(インプラント)入れてる人はそういう匂いするし。多々良の生の方は……お菓子っぽい匂いがしてることがあったかなー?」


 ――彼が深く考えない気質だったのが幸いしていたみたいだ。


「潜入用の偽物ロボのテクニックで、食べ物を持ってると犬とかにダマシが効くって聞いた事あるなあ」


 怪獣にも軍事にも、そして警察事情にも詳しいらしい面矢場くんの雑学。

 なるほど、警察の人もちゃんと対策をしていたわけだ。

 すると。


「オイラ犬じゃないぞ!!」


 奈良くんからの憤然とした抗議。

 しかし彼は怒っていても可愛らしいぬいぐるみ感が溢れている。


「はいはい、そこまでそこまで。そっちは事件と関係ないみたいだからね!」


 南枝さんが取り仕切って、脱線しきっていた話に終止符が打たれた。

 そして彼女は戻した話からの続きを始める。


「じゃあ次。先生が一時間目前に置いた袋は、いつの間に無くなったか?って部分! 一時間目のあとはどうなったかな?」


 少しびっくりした。

 南枝さんが指定した話は、袋がどこに行ったのか、ではなくて、袋がいつ動いたのか、という切り取り方だった。

 情報の刻み方が本当の探偵物語みたい。


「二時間目は全員音楽室に行っていただろう。欠席はいなかったはずだ」


「じゃあ、その間に誰かがもっていった!?」


 大工さん家の加賀くんが生真面目に答え、高原さんが派手に食いつく。

 確かに教室が無人なら持ち出されても分からないはず。


 しかし、その可能性を潰したのは意外な証言者。


「いや、二時間目終わって教室に戻ってきた段階では袋は間違いなくそこにあった。機械の記憶力を信じろ」


 ――佐介だ。


 クラスの何人かからは驚きとも唸りとも分からない声が漏れた。

 今日の僕は、何かとやることがあって佐介と別行動していたから知らなかった部分。


 ただ佐介は時々嘘を吐く。

 だから僕は、睨みつけて真実を語るように迫る。

 今は――どうやら一切嘘はついていないみたいだ。


「んー、そのぐらいの時に男子が何人かで、教卓の辺りで何かしてなかったっけ? さーちゃんと奈良(ナナ)っちは居たはず」


 《当機テフが共有する夢の視界記憶内に存在あり。確たるものとして証言可能。残りの人物の検証を開始――》


 むーちゃんと、通信先のテフによる証言。

 これはとても信頼性が高い情報だ。

 クラスのみんなもテフの通信音声に頷いていた辺り、無人島で活躍していた彼女の人望が窺える。


 しかし、テフによる情報精査で追及が始まる前、動いたのはガラス工房の光本くん。


「ああー! はいはい! やってたやってた! 教卓が、その……作業の……踏み台に使えないかって、物色してた!」


 奇妙に勢いよく答えた光本くんの話は、何やらつっかえつっかえ。

 更に続いたのは、奈良くん。


「えーと! 高さが合わない……作業には使えないってなったんだった! 机の上のものは邪魔になりそうだったから一旦どかしたけど、ちゃんと元に戻したよ!」


 他の男子数名と佐介までは二人の言葉に頷いて、それを証明していた。


 しかし、この証言には恐らく嘘がある。

 さっきの卓球騒動の時、光本くんも代本板を手に構えていた。

 そしてそこに佐介と奈良くんも絡んでいたとなれば、おそらく教卓の使い道は作業の踏み台ではなく、卓球台に使えないかと確認していたのが真実だろう。


 僕は視線で佐介を問い詰めると、ポンコツは必死に視線を逸らして責任から逃げ出す構え。

 今回の事件とは関係のない、だけど相棒の悪事に溜息を一つ吐いた。


「七希くんがどかして、戻した。ちょっとだけ動きがあったのね……。それ以外で、二時間目の休み時間での教室の情報は?」


 南枝さんの質問は次の段階に移った。

 応えたのは虫好き少年の大寒くん。


「休み時間は真っ先に戻ってきてカブトムシのケージ見てた。そろそろ寿命の時期だからね。労わってやらないと早死にするんだ」


 大寒くんの示す方向、カブトムシの飼育ケージは教室前方の廊下側、前の扉のすぐ横。

 その前提から更に大寒くんは続けた。


「傍で、教室に何人かが出入りしたのは見たけど、クラス外の人が入ってきた記憶は無いかなァ。教室後ろ側から入って黒板前の教卓の物をかっさらって、また後ろから……とかなら別だけど」


 少し曖昧で、でも判断材料の一つにはなる情報。

 それだけでは穴の開いた話。

 けれど、次の話でそれが塞がった。


「教室後ろ側だけど、バカ男子がバカ遊びしてるのを警戒して見てたから、やっぱり別のクラスの子が入って来てはいないと思うわ」


 ――軽子坂さんの厳しい証言。

 これで教室にあった穴は、大分塞がった事になる。


 そこから挙手をして証言したのは巻き角の辻さん。


「同じく二時間目の休み時間の終わりがけだけどー、私が教室に戻ってきて見た時にはー黒板に先生からの連絡が出っ放しだったわー。でも教卓の上に何もなくてー、誰かがもうやってくれたのかしらって思ったのー」


 セミ・バイオニキスの彼女の証言能力もまた高いもの。

 更に、他の皆も似たような記憶があるようで同意に頷いている。


「三時間目には教卓の上には何もなかったのよね。あれ、行き違いになったかな?って思ったから」


 最後に先生自身が発言。

 探偵を買って出た南枝さんは手帳に何かを書き込みながら、考え込んでいた。


「ふむふむ、クラスの子しかいない二時間目の休み時間半ばに、袋は消えてなくなった――」


 南枝さんは、何か一つの真実に辿り着いたようだった。

 彼女はふっふとも、くっくとも聞こえる含み笑いをしてから、鋭く右手の人差し指を突きだし、宣言した。


「これで一つはっきりしたわ! 犯人はこの教室の中に居る!」


 衝撃が、クラスを揺るがした。


 容疑者は教室にいたクラスメイト30余名全員。

 クラスの気持ちは一通り揺れた所で、でもすぐにそれは当たり前の話だとしてみんなは落ち着き直す。

 第一、犯人という言い方は少々大げさだと思う。


 ――ところで、僕は僕でこういう状況にとても強いクラスメイトが居ることを知っている。

 早速、問いかけてみよう。


 あきら。誰かわかる?


(ふぁ……。ああ、狭山だ。黒板の文字見て袋持ち出して、途中の体育館で遊びに誘われて、袋はそこに置きっぱなしにしたのを思い出して青くなってる)


 僕の前の席、全てを見透かすテレパシストは少し眠たげな様子で答えを教えてくれた。

 探偵としては反則極まるあきらがいればどんな犯罪トリックも台無しになるだろう。


 それにしても狭山さん、か。

 彼女が何かと率先して働きはじめるのは、やっぱりお母さんの狭山一尉がしっかりしているからかな。


(いや、狭山も卓球に参加したかったみたいだけどな。でも佐介が先に居たから参加できずにいて、その時に黒板の表示が出てな。教室から離れる口実にしたんだ)


 ――ああ……また彼女に悪い事をしてしまった気がする。

 佐介もそれぐらい察してどいてやればいいのに。


(途中で遊びに行かなきゃいいんだ。んじゃ佐介、適当に切り出してくれ。合わせる)


「えーと……一応、記憶と認識に間違いないか確認するけど、そこにあったのは青色のナイロン繊維の手提げ袋だよな?」


 あきらからの要請に即応した佐介が、話の前振り。

 そして、さも気付いたようにあきらが受け取る。


「あー、それっぽいの、体育館で見たかも? 入口横の肋木前だったかな」


 この嘘吐きコンビ、段々手際が良くなってきた気がする。

 そのリレーに使われてるのは僕の頭なんだけれども。


「稲葉くーん! 直ちに現場確認&それらしき物を回収!」


「はーい!」


 南枝さんが指令を飛ばし、稲葉くんが教室から飛び出ていく。

 この二人は仲が良いのかな。

 探偵とその助手みたいだ。


 そして稲葉くんは脱兎の足の速さで、何分も待たせずに目的を達成して戻ってきた。

 彼の手には何となく見覚えのある手提げ袋。


 それから――。


「ごめんなさい……」


 狭山さんが、自分から先生に謝り出た。

 かくかくしかじか、まるまるうまうま、彼女がしてしまったミスを自分で告白する。

 先生は手提げ袋を受け取りながら、笑顔で応えた。


「見つかったんだからいいの。狭山さんだって悪い事をしようとしてそうなったんじゃないんだからね」


 優しく声をかけた先生は袋の中身を確認しだして、しかしすぐに首を傾げた。

 最後には袋を丸ごとひっくり返して、中の物を全部教卓に並べての確認。

 そして、今度は狭山さんに聞き直す。


「――狭山さん、一つ聞いていい? 教卓の上には図書館の本もあったはずなんだけれども、知らない? 日本ようかいばなしっていう本で――」


「え……? いや、知らない知らない知らないって! あたしは机の上の物を詰め込んだ袋をそのまま持ってっただけだし!」


 狭山さんは驚きながら、そして必死に自分の関与を否定しだした。


 僕も驚いていた。

 だって、さっき教えてもらった話と食い違っている。

 ――あきら?


(え……? いや、知らない知らない知らないって!! ちょ、ちょっと待ってくれ! 日本ようかいばなしって本だろ? ええっと今言われたんだからクラスの誰かが想起して……ないぃ!?)


 あきらからの返答のテレパシーは悲鳴じみていて彼の混乱っぷりを物語っていた。


 なんと、ESPにも分からない巨大な謎が教室に生まれてしまった。

 全ての供述を聞き終えて考え事のポーズをとっている探偵少女、南枝さんならこの事件を解決できるのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ