第二十九話「名探偵アンノウン」1/4
=どこかだれかのお話=
ウサギネコ獣人少年の奈良は地面に倒れゆく。
彼は必死で手を延ばしたが、最後の反撃は叶わなかった。
視界の向こうでは彼をそこまで追い込んだ犯人が、凶器を構えて嗤っている。
人造人間の少年、機械の暴力には究極のキメラ生物であっても太刀打ちできなかったのだ。
そして奈良の体は冷たい床に叩き付けられる――。
「――こんにちは、少し語らさせてもらいます。
今回の事件は、実に下らない偶然が重なった結果の悲劇でした。
しかし、得てして事件というのはそういうものの方が難解になってしまうもの。
なぜならば推理フィクションは“誰が” “どうやって” “どうして”の前提に繋がる情報が提示されて分析・進行されるもの。
そこに気付かれない偶然が挟まってしまうとその筋が通らなくなって成立しなくなる――推理のためのお話としてやってはいけない作りになるからです。
しかし、どんなに辻褄が合わない供述が並んでも、順序と物証だけは事実を裏切らない。
そこから一つ一つを紐解けば、入り組んだ藪の中の真実にも辿り着ける。
……まあ、辿り着いた真実も案外くだらないものだったりしますけれどもね?
それでは今回のキーパーソン、小学生名探偵の南枝 優奈でした!」
=多々良 央介のお話=
「 男 子 ィ ー ッ !!!!」
刑事さんの娘さん、軽子坂さんの怒髪天極まる怒鳴り声が昼休みの教室を揺るがした。
それは僕が給食容器を返却してから教室に戻ってきた時のことで、状況と原因を理解できていないままでのこと。
見回せば教室の後ろの方に、いくつかの机がくっつけられて並べられ一つの大きな“台”になっている。
その傍の地面で、何があったのか上下ひっくり返ったままで固まっているウサギネコ獣人の奈良くん。
更に台をまたいだ対面には、手にハードカバーの本を構えて突っ立ったままの佐介。
「え……えっと、どうしたの?」
僕が状況を確認するために、軽子坂さんに質問を向ける。
軽子坂さんは何故か僕も同罪だと言わんばかりに鋭い睨みを向けてから、まだ怒鳴り気味に理由の説明。
「そこの! バカ男子どもが! 教室で卓球始めて! どったんばったんが限度超えたから! 怒ってるんです!!」
卓球……卓球?
僕が混乱していると、軽子坂さんの怒りの視界から外れた途端の奈良くんが素早く動き、転がっていたスーパーボールを拾い上げた。
それと、さっきは気付かなかったけれど奈良くんの片手には佐介と同じくハードカバーの本。
ついでに言えば傍にいる男子数名は、本だとか代本板などの手ごろなサイズの“板”を手にしている。
なんとなく、状況が見えてきた。
「せっかくのマイブーム卓球なのにぃ」
長いふわふわ耳を伏せて弁解にもならない弁解をする奈良くん。
それに続いたのは。
「最強キメラVS戦闘ロボ、勝つのはどっちだ卓球5番勝負! 現在2連勝! 央介も……遊ばないか?」
ポンコツロボの佐介が自慢げに言い、僕を誘う。
この野郎。
つまり、さっきまでの教室で起こっていた事はこうだ。
クラスのヤンチャな子たちが、机を並べて卓球台として組み、持ち込んだスーパーボールを本やら板やらで打ち合っていた、と。
それは……楽しそうではあるけれど、お行儀は悪いし教室でやるにしては迷惑極まる話だ。
「多々良くん! 佐介はあなたの持ち物のロボットでしょう! きちんと躾けなさい!」
佐介の真実を知った軽子坂さんからの至極当然のお叱り。
僕は彼女に向けて深く頭を下げて、誠心誠意の謝罪を口にする。
「ごめん、これに関しては全面的にポンコツが悪い。ちゃんとお仕置きの方法があるから、今日はそれを母さんにお願いしてみる」
「央介も巻き添えくいそうだけどなあ」
僕は減らず口の佐介に近寄って拳骨を落とす。
とりあえず、軽子坂さんはそれで頷いて納得してくれた。
――その時だった。
「何か、騒ぎになってるかしらー?」
いきなり、先生が心配の声と共に教室に入ってきた。
問題行動の子たちは慌てて密やか速やかに証拠を隠滅にかかる。
「……いいえ。今、丁度、解決しました」
軽子坂さんは落としどころを見極めて、それ以上の追及はしないみたいだった。
先生も安心したようで、うんうんと頷いて返している。
それにしてもどうしたんだろう?
まだ休み時間は残っているのに、教室に先生がやってくるなんて。
僕が疑問に思っていると先生は教壇と教卓の辺りを巡ってから首を傾げて呟いた。
「ここにも無い……。どこに行っちゃったのかしら」
何か、探し物をしているみたいだった。
教卓の棚までをしっかり調べ始めた先生の所へ、紅利さんが歩いて近寄り尋ねる。
「せんせ、どうかしましたか?」
「うーん……。ここにあったはずの袋がね――」
先生は紅利さんの声を聞いて振り向き、一瞬は低めの目線に合わせようとして、けれど視線を持ち上げなおす。
今の紅利さんは車椅子に腰かけず、自分の足で立っている。
そこから先生は事情の説明を始めた。
「――手が空いてる人が居たら、教卓の上の物を一緒にある袋に詰めて職員室まで持ってきてね、って黒板に遠隔で表示しておいたのだけれど……丸ごと行方不明になっちゃって」
学用品が行方不明。
そのキーワードに鋭く反応して動き出す子が、一人いた。
「行方不明! これは事件の匂い!」
教室のみんなの視線が、彼女の声に振り向いた。
どこからともなく鹿撃ち帽を取り出し被る、ボーダーコリーの犬獣人である彼女は南枝 優奈。
そして彼女は名乗りを上げる。
「見た目はワンコ! 頭脳は天才! この名探偵ユナの出番ね!」
空高く指を突き出してポーズを決めた南枝さん。
普段は読書ばかりしていた彼女の意外な一面。
「ユナちゃんのメイ探偵のメイは迷いの方のメイの気がするのです」
僕の傍に居た吸血少女の有角さんが、ちくりと刺さる小声の一言。
どうやら周囲からはそういう評価らしい。
「あの、教室のカメラ映像を確認すれば済むだけの話で……」
先生の控えめで正しい提案は、クラスの誰も気づかなかったみたいだった。