第五話「神奈津川の人魚」2/4
=多々良 央介のお話=
……放課後も、亜鈴さんのリサイタルは続いた。
「♪“やさしい風のあこがれ”でしたー。♪次はカバー曲でー…」
彼女の止まらない歌を止めたのは、一台の宅配ドローンの飛来。
正直、助かったかもしれない。
《すみません。グリーン・ベリルさんにお届け物です》
いくつかの荷物を吊り下げたドローンのモニターの中で、配達員のCGが合成音声に合わせてお辞儀する。
「♪あれー? こういうの、マネージャーさんが、受けるのだけど……」
「え、なんで? 受け取っちまえばいいじゃん?」
長尻尾の狭川さんは、自身が頑丈だという自信からか、ちょっと無防備な感想だ。
「♪時々、おかしなものが、入ってるって……。♪だから直接、開けちゃダメ、そういう決まり」
常識的には、そうなるよね。
有名な人には、必ずしも良いものだけが贈られるとは限らない。
「まさか、爆弾とかか?」
「ルッコなら贈り物が爆弾でも気づかずに食べちゃいそうだなー」
余計なことを言った奈良くんは狭川さんにあっさり捕まって、顔をもちもちむにむに鷲掴みされる。
僕もちょっと、彼の毛皮に触ってみたい。
「♪爆弾じゃない。♪けども、人を傷つけ、悲しくする物……。♪そういうの、近頃最近、届くって、聞いちゃって……」
そういうと、彼女は深くため息をついた。
悲し気なベリルというのは、はじめて見たかもしれない。
「♪今度の新曲、雰囲気暗めって、♪予告してから、増えたみたい」
確かにベリルの歌は元気なものだったり、温かなものだったり、そういうイメージがある。
それが、新曲は暗めの歌、なんだ。
「暗めって、悲しい歌とかそういうの? ……あっ、ごめん。そういうの秘密だったりする?」
紅利さんが聞いてしまってから慌てる。
彼女が秘密に関して警戒するようになったのは、多分、僕のせいかな……。
「♪ううん、大丈夫。♪歌詞とか、PV外のメロディは、ダメだけど」
「……確か、人魚がどうこう、そういうのだっけ」
佐介が聞く。
こいつ、いつの間にPV動画とかチェックしてたのだろう?
僕自身は最近、ベリルの曲自体から遠ざかっていたのに。
「♪うん……、海の底の、水槽で、♪何千年も眠る、人魚のお姫様」
少し音程が強めに感じる。
公開前のその曲が少し混じっているのかな。
「♪亡くなったお父様お母様が、生まれ変わって、♪いつか会いにくるのを、いつまでも夢を見る。♪そういう歌……」
それは確かに、切ないお話だ。
……その夢が叶う日は来るのだろうか?
「♪でも私、悲しい歌も、大事だって、そう思うの。♪お医者さんは、悲しいことに寄り添う、♪それもお仕事だから……」
似たようなことを、昔、友達の女の子――夢ちゃんが言っていた。
医者は、命を救って感謝される一方で、どうしても助けられない悲しみがいつもある。
その悲しみを少しでも減らしたくて、黒野のおじさんは、父さんのDマテリアルの研究に協力しだしたんだって。
「♪……お仕事でも、ちょっと疲れちゃったかなー。♪歌って笑顔にしたい、のに、嫌な気分にさせるなら。♪歌は――」
亜鈴さんは、ネガティブな表情を一瞬見せた。
でも、すぐに顔を上げて、笑顔に戻り、ドローンのモニターをタッチして、宅配物の内容を確認する。
――彼女、色んなものを我慢して、歌っているのかもしれない。
「♪あら、お花。保証付きの。♪……これは、教室に飾って、そっちの方が、お花も幸せね」
お花。
悪い花言葉、とか、そういうのを聞いたこともあるけども……大丈夫かな?
花以外のものが出てくるなら、佐介に処理させようか――?
《ご利用、ありがとうございました》
「♪はい。お疲れ様、ドローンさん」
彼女が配達箱を開けると、入っていたのは立派な花束だった。
見た目は、問題ない。
携帯で分かる限りの花の品種と、花言葉を調べてみる。
特には……妙な意味のものはないようだった。
じゃあ、大丈夫かな。
そう思った瞬間に、亜鈴さんが花束を手に取ると、巻き付けられていた飾りの一部が、チカリと赤く光った。
「しまっ……!!」
油断するべきじゃあ、なかった!
あの赤色は――!
「ど、どうしたよ。転校生、急に?」
戸惑う狭山さんの隣をすり抜けて、佐介が花束に飛びつき、小声で呻く。
予想通りの答えが、聞き取れた。
「――Dマテリアルだ……!」
クラスのみんなが突然の行動に驚く中、佐介は何とかごまかしにかかる。
それには、ある程度は真実を混ぜて。
「……あー、このガラス飾り、例の赤い結晶に似てるから、先生に見てもらっていいかな。ベリル?」
「♪毒性の、真っ赤なガラス? ♪やっぱり、嫌がらせ……?」
表情を曇らせる亜鈴さんに向けて、佐介はわざと大仰にポーズをとって、おどける。
本当に、頼りになる嘘つきロボットだ。
「どうかな? 最近いろんなものに混ざってるって話だし、知らずに使ったのかもよ?」
そういうと佐介は、僕に行動順のパスを回してくる。
「それじゃあ、先生のとこ行ってくる! 行くぞ央介!」
「うん!」
どっちが主体だかわからないような会話だけど、これは既に頭の中で佐介に指示した通りの行動。
Dマテリアルの発光からすれば、僕も教室から退場する必要がある。
――巨人の出現が近いかもしれない。
教室から飛び出て、地下シェルターに通じるエレベータへ走る。
目的はシェルターの地下通路経由での軍の施設。
同時に、携帯で緊急コール。
「こちらアイアン1、D事件発生。繰り返します、D事件発生……!」
周りの子たちに気付かれないように小声だったけれど、すぐにオペレーターさんが反応してくれた。
《アイアン1から緊急コールを確認。……央介君、確認するけど誤認じゃないのね?》
「はい! クラスの女の子が、花束に隠されてたDマテリアルに触ってしまって、発動光が出たように見えました」
丁度、下級生の女の子が降りてきたエレベータに飛び込み、他に誰も乗っていないのを確認してから、シェルター階行の緊急ボタンを押す。
緊急ボタンを押したのにエレベータは、ごく普通の動作でドアが閉まり、ゆっくりと降下していく。
「……遅い! 基地直通の秘密の入り口とか作ってくれねぇかな!?」
佐介が、ヒーロー番組で見たような話をする。
学校のシェルターが軍基地に繋がってるだけでも十分恵まれてると思うけれど。
《央介! 大丈夫か!?》
父さんが通信に加わる。
「父さん! Dマテリアルが……」
「コイツ、もう発動状態に入ってる! ベリルはほんの少し触っただけだったのに!」
僕と佐介で現状を伝えようとする。
けれど言葉の衝突事故でむしろ伝わりにくくなってしまった。
当然、父さんから諫める言葉。
《ちょっと落ち着け、順序良くだ。佐介、その時の視覚データは?》
「今送る!」
佐介は自分の携帯を取り出して、頭に当てる。
ほとんど生体素材でできている佐介の機械部品、非接触の出力回線がその辺にある。
映像の確認には、少し時間がかかるだろうけど……。
それよりも――
「父さん、このDマテリアル壊していい!? まだ間に合うかも……」
《それが出現核になるのを防げる程度、だな。他のDマテリアルへ情報が伝播しているから巨人の出現は……止められないだろう。残念だが……》
ぱき、と硬いものが壊れる音。
佐介が、花束についていたDマテリアルを握り潰していた。
「八つ当たりぐらい、してもいいよな……」
《ポイ捨てするなよ? ちゃんと持ち帰れ》
その間にエレベータはやっとシェルターに降りた。
緊急時以外は開けてはいけない非常ドアを開け、基地の方向へ駆け出す。
――以前の僕なら、新しい世界の探検を楽しんでいたのかもしれないけれど。
余計な考えを頭から追い払うと、一つ気になることが残った。
その事を父さんに質問する。
「父さん、Dマテリアルってこんなすぐに反応するものだっけ!?」
《うむ、今映像を見ているが……、他の子に反応していたのがこのタイミングで、あるいは……》
父さんはぶつぶつ呟いて、答えを探している。
何か僕から伝えられることは――。
(リコ……翠子ちゃんは歌うときに物凄い集中してるから、だネ。巨人、そろそろ目で見えるヨ)
サイコがテレパシーで不吉なことを告げてきた。
続けて、一足遅れで、サイコが答えたことを父さんが聞く。
《接触した子は何か、精神を集中させるような行動をとっていなかったか?》
「集中して歌を、歌を唄っていた。すごく歌の上手い子で……! グリーン・ベリルって、父さんも知ってるでしょう?」
《グリーン・ベリル……グリーン・ベリル? 小学生歌姫の? どうしてここに? 何かのイベントか?》
ベリルの所在に関して父さんも驚いているみたいだけど、説明は後回し。
すると父さんも余計な考えを止めて、本題に戻る。
《ああ、いや、今はどうでもいいか。……おそらく彼女は、歌で自己トランスを起こせるのだろう》
飛び出した難解単語に、佐介が聞き返す
「集中やトランスっていうと、央介がハガネ出すときにやる、気合入れみたいなのか?」
《それ以上の可能性がある。……そうなると央介、今度の巨人は少々厄介かもしれん》
「厄介? どういうこと?」
返答の前に、戦闘警報がシェルターに響き渡った。
都市軍側が表立って対応し始めたらしい。
となると、巨人が姿を現したことになる。
《こ、光学観測で巨人を……巨人なのか、これは!?》
《市全体に正体不明の構造物を確認! ……なに!? 山? 城壁!?》
携帯から、指令室の混乱が伝わる。
一体、何が?
《……央介! どこでもいいから地上に出て、すぐにハガネを出せ!》
いつになく、父さんが声を張り上げる。
僕は戸惑って、それと普段なら必要な手順について問いかける。
「で、でも、巨人の近くに移動しないと!」
《央介、“今回はその必要が無い”! 大勢の人前で集中して歌う。精神訓練を行っている人間の巨人だ! 普通じゃないと考えろ!》
必要が無い? 必要が無いってどういうこと?
その時、オペレーターの人が困惑を押し殺しながら、状況を告げた。
《巨人……! 市役所上空600mを中心として、直径……直径4㎞にわたって展開!》
=珠川 紅利のお話=
戦闘警報が流れて、私はクラスメートと一緒に避難することになった。
途中で先生の所に行っていた央介くんと佐介くんが合流して、でも多分、偽物さんの方なのだろう。
「♪あれが、巨人……」
リコちゃんは、窓の向こうの遠く、少しずつ色濃くなっていく巨人の姿を見ていた。
巨人を直接見るのは初めてだもんね。
でも、今度のは、まるで山かお城みたいな……。
こんな大きな巨人もいるんだ。
央介くん、大丈夫かな。
「♪お父様から貰った、オルゴールみたい……。♪それとも回るメリーゴーランド?」
――央介くん達の行動からすると、今度の巨人は、リコちゃんから生まれたものかもしれない。
エレベータのドアが閉まる前にもう一度、窓の外の巨人を見る。
大きな、メリーゴーランドの巨人。
屋根の真ん中に一つ、何か人型のものが立っているのが微かに見えた。