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第二十八話「破れ!タイバンザン返し」2/4

 =多々良 央介のお話=


 試合場に立つ丸くんは、次の試合相手を僕と選んだ。


「さあ、どうする? 多々良!」


 丸くんからの更なる呼びかけに周囲からの注目が僕に集まる。

 紅利さんやむーちゃんからは心配の視線、佐介は自分が代ろうかという仕草。

 だけど――。


「お、押忍っ!」


 僕は掛け声を上げて挑戦に応じる。

 もう嘘をつかなくていいなら、これからは正直に応じなきゃ。


 今日の授業では僕は佐介とで一戦をしてみせる予定だったので、道着とプロテクターはもう着用済み。

 まさか他の子から戦いを挑まれるとは思わなかったけれど。


(央介、丸は……つえーぞ。油断するしないの問題じゃないからな)


 あきらからの忠告。

 そういえば、あきらってスポーツはできるんだろうか。


(少しはな。野球好きだし――ピッチャーが投げる球種がわかっちまうのはズルいかな?)


 それは確かに。

 でもバットを振る速度が間に合うのかどうなのかは別なんじゃないかな。


 僕はあきらへ返答しつつ道着を整え、試合場で丸くんと向かい合って試合開始前の一礼。

 丸くんは身長はそこそこだけど重量を感じない、柔道家には向かない印象の体格。

 僕がそれ以前の体格なのはともかく、さっきの彼の動きは油断ならないものだった。


「よろしく」


「おうよ。お願いします、だ」


 手抜きは出来ないと覚悟を決めて僕は徒手空拳での構えを取る。

 丸くんは前と変わらず柔術の構え。


「はじめ!」


 吉山先生から開始の掛け声がかかってすぐ、互いに先制を狙う。


 柔術ほど特化はしていないけれど僕も投げは出来る。

 だから、どこを狙ってくるかは予想できた。

 先制では袖を捕らえて起点とし、それを巻き込むか抉じ開けて股内か懐深くへ。


 リーチで優る丸くんが直接に襟や帯を狙ってこないのは僕の打撃技や関節技への警戒だろうか。

 僕がハガネとして戦っている時の動きが観察されていたのかもしれない。


 とにかく丸くんの指先に掛からないように、素早く内へ巻き取る左右の拳で小さく牽制。

 それは十分に警戒して行ったはずだったけれど、袖先が相手の鉤のような指に掛かりかけた。

 僕はそこから崩される前に両手で大きく弾きを入れ、大きく後ろに跳ぶ。


 互いに有効範囲から離れて、大きな呼吸。

 仕切り直しというところで、丸くんが語りかけてきた。


「やっぱりだけど、多々良は打ちも投げも固めもできるって動きだな」


「えと……うちの多々良一芯流は、戦国にあって生き延びることが先の武術だから、一通り何でも。本当は棒術中心なんだけど」


 構えを崩さないままで丸くんは納得して頷く。

 それでも注意は逸れていない。


「古武術ときたか。そして実戦経験(ハガネ)があるから油断もしない、と」


「あっちは……飛び道具も支援攻撃もインチキまで何でもありだから、参考になってるのかどうか……」


「だからこそだぜぃ。さっきから全方向への油断を切らさない。こりゃ親父並に厄介かもなぁ」


 丸くんの言う全方向への警戒。

 これはハガネで戦っているうちにだんだん身についてきたもの。


 戦いでは集中すればするほど視界は狭くなって目の前への最速の対応に特化していく。

 それはそれで強力な攻撃態勢なのは間違いない。

 でも、巨人はこっちの想定外の何でもかんでもをやってくるから視界を広く保ち続ける必要があって、そうならざるを得なかった。


 それと、どうやら丸くんもお父さんとで武術を磨く間柄みたいだ。

 でも僕は――最近、父さんと組み手が出来ていない――。


 ――それは余計な思考だった。


 僕が軽い悩みに呼吸を乱した瞬間、丸くんは一気に間合いを詰めてきた。

 なんとかギリギリで気持ちを切り替えて、彼の強力な把握を受けないように返し技を狙う。


 懐を庇うために体を小さく丸め、丸くんが伸ばした手先には硬く掴めない背中を押し付ける。

 そのまま相手の内側に入って、袖襟に頼らず骨格へ組み付くために腕を伸ばした。


 けれど、それは先読みされていた。

 組んだ後に投げる・崩すための重心を置きたい地面には、既に長く足が差し込んであった。

 足絡めを受ける前に蹴り止めて、その勢いで掴みの間合いから離れる。


 観戦していた周囲から僕たちに向けて喚声があがる。

 こっちの学校で僕が見せていなかった部分、格闘が出来るという姿は結構な驚きだったみたいだ。


 ただ、それ以上に丸くんの武術センスが小学生の枠を超えているように思う。

 そもそも護身術の授業で、僕相手に互角以上の同級生なんて初めてだ。

 新東京島では、獣人の子で何人かがついてこられる程度だったのに。


「ははっ! 多々良の小柄もおっかない。懐が小さくて攻めにくく、隙間から取られかねない!」


 丸くんが愉快そうに分析を進める。

 ……小柄を褒められたのは、初めてかもしれない。

 僕がそう思った瞬間、丸くんが吼えた。


「ただし、穴があるっ!」


 僕の視界から、丸くんが消えた。

 ――違う! 背の低い僕ですら見失うぐらいに、限界まで姿勢を低くしての突進!


 これは柔道というよりは、レスリングのタックル。

 低く伸ばした体、全身を横に倒した分で、爪先から指先までの長さは最大まで延長される。

 丸くんが隠していた必殺の間合いがそこにあった。


 対応は――相手の体横を掴んでの吊り上げ!

 ――間に合わない!

 僕の体格が、それ以上に技術が足りない!


 丸くんの突き上げる掴みが、僕の懐襟に突き刺さる。

 そこから彼は瞬時に体を巻き取って体勢と体幹の溜めを作り、不敵に呟いた。


「アウトリガー、ロックボルト……っ!」


 丸くんの体勢は僕より低いままで、右足、左膝、左爪先の三点保持が組みあがっていた。

 そこから僕の体の真っ向へと重心が巻き取られ、ついに僕の足先が地面から離れる。

 まずい、という声は観客席の佐介か、僕の心の中だったのか。


「親父直伝! タイバンザン返しぃっ!!」


 高らかに、丸くんはその必殺技の名前を叫んだ。

 それを僕が聞いたのは、投げ飛ばされた空中。


 僕は辛うじて猫の空中捻りで地面への軸を合わせ、そこから両手両足全部使って安全に着地はとれた。

 すぐに跳ね上がって、戦闘可能な体勢を取り直す。

 けれど――。


「流石流石……ただ投げただけじゃダメだな、やっぱ」


 丸くんは技を出し終えて、残念そうに言う。

 僕が相手の大技から綺麗に逃れた事に見えたのか、またしても周囲からは歓声。

 たしかに周囲から見れば、折角の投げ技も着地されてしまっては意味が無いように見えたと思う。


 だけど、さっきの技を受けて今はわかる。

 あれは本来投げ崩しから掴んだままで、打ち上げの速度を360度返して地面に叩き付ける技。

 投げ飛ばす形で手を抜いてくれたんだ。


「まあアレだ、多々良は小柄過ぎて自分より内側、下側に入られるのは慣れてないだろ。剛よく柔を断つ、組んじまえば後は楽だったぜぇ?」


 丸くんの分析は的確だった。

 初手の組み付きの時に対応できていれば、深い組み付きからの投げを阻止か、少なくとも遅らせはできたはず。

 僕は、自分の背が低いからって下側への対応を何も学んでいなかった。


 武術の技で完全に負けている。

 こうなると、僕が出来ることは――。


「うーん……まいった! 磨き直して出直すよ」


 ――素直な降伏。


 クラスから丸くんの勝利への歓声と、僕がまだやれるのではという疑問の声が上がった。

 少し遅れて、我に返った吉山先生が応じる。


「……あ、えーと、丸の一本! い、いや危険技反則か? いや央介がまいった宣言…???」


 大立ち回りが終わって、なんとも曖昧で締まりのない試合終了の判定が出た。




「……ええーっ!? それで、専門で柔道やってるとかじゃないの!?」


 体育の時間が終わって、空腹にうれしい給食の最中にむーちゃんが驚きの声を上げる。

 僕らは、丸くんに呼び寄せられて一緒に食事をしていた。

 丸くんは口いっぱいに頬張っていた白米を飲み込んでから答える。


「おう。親父は軍の工兵。でっかい戦闘作業車で、この都市の軍設備をあちこち弄って直してが仕事だ。柔道はただの趣味で、おいらのはその真似事だな」


「趣味の、その息子さんの真似事で出来ていい動きじゃなかったと思う……」


 あっけらかんとした答えに、むーちゃんは怪訝に思いながらか先ほどの試合についてぼやく。

 でも、それを言ったら科学者の息子の僕が格闘技術持ってるのだっておかしいってことになるよ、むーちゃん。


 次に口を開いたのは、佐介。


「そういえば、丸は島で“父親の帰りが遅れるから、母親が体調崩した”って言ってたか。軍の工兵なら、そうもなるか」


 佐介の機械の記憶力は頼りになる一方で、遠慮が無くて困る。

 申し訳なさを顔に出して、丸くんの方をうかがう。

 すると。


「まぁな。ハガネと巨人が暴れまわっても不思議と被害は少ないっていうが、実戦で動かすと設備の手直しが必要になるんだとさ。それで残業多めだ」


 丸くんの言葉には、怒りは感じなかった。

 それでも僕にはするべきことがある。


「ごめん。僕の力不足だ」


 僕は丸くんに向かって、謝罪の言葉と一緒に頭を下げる。

 けれど彼の反応は少し想定とは違っていた。


「やめれ、飯がマズくなる。大体、根に持ってたら一緒に飯なんて食わねぇよ」


 丸くんは、お行儀悪めに僕へ箸の先を向けながらそう言った。

 それは、そうなのだろうけれど。

 僕の申し訳なさを押しのけるように、彼は続ける。


「ハガネが戦うのは手抜き無しでやってるんだろ? じゃあその後で仕事が遅れるなら親父の責任だ」


 そんな、責任は戦いを持ち込んだ僕の方で。

 僕がそう言おうとしたところへ。


「……って、お袋から雷が落ちてな。お前は親父の仕事が手ぬるい、遅いとか言える立場なのか?って説教くらった」


 そこまでを言い切った丸くんは自分の頭に拳を落として、お説教だけでは終わらなかったというジェスチャーをする。

 柔道を教えたお父さんと並んで、お母さんの方も武力派なのかもしれない。

 更に、彼はその判断に至った理由を話し始めた。


「軍は何かが起こればマジで動いて、でもその後にはメディアで頭を下げる。最大限の努力はしたって言っても、えらそーな顔の評論家が後出しジャンケンになってからチョキ出せばよかった!って――」


 丸くんの悔しそうな表情に、僕らは何も言えなくなった。

 けれど彼はすぐに表情を明るく変えて、話を最後までもっていく。


「――ま、今のは親父の受け売りだけどな。それでも軍人の息子だぜ。軍と一緒でマジでやってる奴を咎めるわけにはいかねぇだろ」


 僕を真正面から見つめる丸くん。

 僕らは、それから逃げるわけにはいかない。

 姿勢を正して彼に向き直り、約束をする。


「全力で……ううん、マジの全力で戦い続けるよ」


「よぉし、それなら何も言わねぇさ。ついでに多々良に特訓も付けてやろう」


 そう言って丸くんは給食並ぶ机の上に右手を差し出した。

 僕は一瞬驚いて戸惑ってしまった。

 けれど、応じてその手を握り返す。


 むーちゃんも、佐介も、そこに手を重ねていく。

 紅利さんまで乗ってきたのはちょっとびっくりしたけれど。


 その時、急に丸くんが声を上げた。


「聞こえたか、狭山ぁ!」


 すぐに、怒鳴り声が返る。


「うるせー馬鹿!」


 たぶん長尻尾の狭山さんは、僕らの会話に聞き耳を立てていたんだろう。

 その怒鳴り声の通りに僕の今までが全部許されるわけじゃない。

 クラス全部との関係は、まだ解決していないのだと思うけれど。


 でも丸くんの言葉を受けたことで、僕は、このクラスにいるのが楽になった。

 それは、この都市に来てハガネが戦いやすくなったことに似ていたかもしれない。

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