第二十八話「破れ!タイバンザン返し」1/4
=多々良 央介のお話=
新学期が、始まった。
始業式はやっと馴染んできた校長先生の長話。
前の学校の校長先生は、そういうのが短くて楽だったのに。
僕はまだ慣れない校歌を児童みんなで歌って、3時間目からは普段の授業。
普段だけれど、クラスの様子はやっぱり前のようにはいかない。
なんとなく、みんなが僕らに遠慮や注意を向けているのがわかる。
特に、島でのケンカ組の子たちのほとんどは僕たちと距離を取っている。
長尻尾の狭山さんは露骨にこちらを避け、声のやり取りすらしてくれない。
島で合流した時に言われた“一時的な休戦”は期限切れになったんだ。
ただ、ほとんどであって、そうじゃない子もいる。
単純に屈託のない子や、事情を汲んでくれた子とは関係が好転しはじめた。
そこだけは気が楽になったかもしれない。
新東京島での僕は周りに顔を向けられなくなって、学校へ行けなくなっていたのだから。
未熟な技術で巨人と戦えば戦うだけ、学校の子が倒れていったのだから……。
巨人と言えば結局、夏休みの間はぜんぜん襲ってこなかった。
父さん曰く、原因の一つはEEアグレッサーによる反撃体制が整った事。
そして、島での事件からそれまでの巨人では僕たちの相手にならないと判断したのだろう、という話だった。
――だから、量産型佑介がやってきたんだ。
今のところ量産型佑介は表には出てきていない。
まだあいつらがどうやって襲ってくるのかもわからない。
それでもこの要塞都市に潜伏しているのは間違いなくて、いつ今までと違う戦いが始まるかもしれない。
色んな事が次の段階に進んでいく。
それが、僕の新学期だった。
何事もなく始まった四時間目は体育の授業。
夏休みの終わりと一緒に水泳の時間は曜日の半分になって、その半分で始まったのは護身術。
聞いた話だけれど昔の戦争時代の更に前は、普通の体育授業としては護身術を教えていなかったものらしい。
それが戦争時代になってからは子供にも自己防衛の技を教えるのが当たり前になった。
子供はその内大きくなって、戦うようになるのだから、と。
それから何十年も経った今、僕たち子供ができる最低限の護身術として一番大事になったのは逃げる事、逃げて安全を確保する事。
でも、逃げると言っても咄嗟にするべき事の手順を知っているか知らないかでは大違い。
叫んで、投げて、逃げる。
それだけのことなんだけれど、それらですらやり方がわからない子は多い。
危険を知らせるためにお腹の底から声を上げて叫ぶのも、相手の気を逸らすために手持ちの物を投げるのも、できないって子がいる。
それぞれに出来ない事と出来る事があるのは、子供の時から知っておくべき事。
だから学校の体育では出来ない子がどこまで動けないかを調べることが大事。
更にその逆で、出来る子は人間がどこまで動けるのかということを見せるために、身に着けている武術体術をみんなに披露もする。
授業時間後半の今は、その出来る子の披露の真っ最中。
サッカー少年の流くんと、ケンカ組に居た丸くんが双方、道着とグローブに各部プロテクターを身に着け、試合場で対峙していた。
流くんは体を斜めに拳を構えた空手の型。
丸くんは真正面に構えて手は掴みかかりの形だから、彼は柔術を使うのだろう。
異種格闘の戦いが、もうすぐ始まる。
一方で僕らはその観戦。
けれど見ているだけで暇に思った子達は、思い思いに駄弁って過ごしていた。
僕の傍でも、そんな話が始まる。
「で……巨人騒ぎが落ち着くまでナガノに疎開ってのをするんじゃなかったか?」
耳に痛い話を尋ねたのは、お家がガラス工房の光本くん。
ケンカ組の彼からの、僕へのちょっとした当てつけなのかもしれない。
それに応えたのは虫好きの大寒くん。
「うん、叔父さんのとこに行くはずだった。……それが叔父さんの家が鬼に潰されたって。それで叔父さんが逆に家に来た」
なんか、妙な話が始まった。
光本くんも最大限に怪訝な声で、聞き返す。
「鬼って何だよ。鬼って……」
「向こうの町に時々出る怪物だって……。なあ、多々良。巨人っていつ頃終わるんだ? ボクの部屋、叔父さんに使われちゃって……」
一番気になる部分が不明のまま、話がこっちに飛んできた。
どこの町も怪人・怪物・怪獣・怪現象の一つはあるというから、それなのかもしれない。
それでも、この都市を襲っている怪物――巨人の原因である僕は恐縮しながら答えるしかない。
「ご、ごめん。頑張ってる」
僕がなんとか言える範囲での答えを返すと、大寒くんは眉と口をへの字に折って悩みを露わにする。
「うーん……、妹の部屋に押し込まれて昆虫標本の置き場不足なんだけどなァ……」
大寒くんの語る、切実な悩み。
責任が重くのしかかる。
僕がそれ以上の対応をしかねていた時だった。
「多々良くんを困らせない! 警察と軍の大人が大勢でかかっても難しい問題なんだから……!」
紅利さんの友達、お父さんが刑事だという軽子坂さんが話を制してくれた。
道着姿の彼女も僕が彼女の巨人を倒してしまった事を知ってケンカ組に回っていた一人。
それなのに今の話では僕の肩を持ってくれた。
簡単に割り切れる話でもないはずなのに。
みんなへ嘘をつかなくても良くなった分、新しい辛さが出てきてしまっている。
本当の事を言えるようになった、苦しさ。
そんな僕の悩みだったけれど、突然の大声に吹き飛ばされた。
「きえぁーっ!!」
咄嗟に試合場へ振り向けば、そこでは流くんの鋭い踏み込みからの、正拳突き。
しかもそれで止まらず、次の踏み込みで体ごと捻って突き込んだ腕を大きく払う。
整った形で隙の少ない、素早いコンビネーション。
対する丸くんは回避に専念してそれらを躱しきる。
そして間合いを取り直してから、周囲に聞こえるように音量を作った軽口。
「流石は空手道場の息子! サッカーよりよっぽどこっち向いてんのにさぁ!」
「クソオヤジみたいなこと言うな! 家が空手道場だからってサッカーが好きで何が悪い!」
流くんが強く言い返し、その語気に負けない勢いでの突進。
けれど、それは丸くんの思うつぼだった。
丸くんは尚も流くんの未熟を指摘し続ける。
「練習不足の隙だらけ、中途半端になってんだよっ!」
その侮りに食いつくように流くんが踏み込む。
素早く突進からの左右拳のワンツー突き。
それだけでなく追い討ちで回し蹴りなんかも狙っていたのだと思う。
けれど、流くんの左の一撃目は際どく避けられ、続く二撃目は避けた丸くんを思わず追いかけ、体を開く形で拳を放ってしまった。
丸くんはその勢いと隙を利用して、一瞬で流くんの懐に入り込むと彼の道着の襟と袖を掴み、深く組み付く。
勝負は、ついた。
「ぐっ!! うえっ!?」
僅かに遅れて状況を把握した流くんが悲鳴を上げる。
あそこまで組み付かれたら重心を抜くも回すも丸くん次第。
丸くんは軽い道着締めで流くんの身動きを止めているけれど、あそこから投げることもできるはず。
「柔よく剛を制す。どんなに威力のある直線攻撃でも解いて崩せば搦め取りやすいってねぇ」
「……そこまで! 丸の一本とするぞ」
体育の吉山先生が、審判を下した。
その向こうで、ゆっくりと体を離して道着を整えた流くんと丸くんがきちんと一礼をする。
そこまでは礼儀正しい武道の試合だったんだけれど。
流くんは、試合後に一度地団駄を踏んだ。
感情を見せた彼に、丸くんの追い討ちの言葉。
「悔しがるぐらいならきちんと磨け。前はおいらに勝ってただろ」
それは、その通り。
本当に空手はどうでもよくてサッカーだけが好きだっていうなら、格闘試合に負けて悔しがる必要なんてない。
僕が流くんの悔しさを推し量っていた、その時だった。
「次、多々良! 戦えないとは言わさねぇぞ?」
試合場の中から、戦いに勝った丸くんの指名が僕に飛んできた。