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第二十七話「夏休みの終わりに」4/4

 =珠川 紅利のお話=


「正直に言うね! むーはジェラシーかも!」


 夢さんの突然の発言に私は固まった。

 広い大神さんのお宅の廊下、央介くんたちの居る部屋からは結構離れた場所。

 夢さんがここまで私を連れてきたのは、元の部屋へ声が届かないようにだったのかも。


 私も、夢さんのジェラシーに思い当たりはある。

 そして、その思い当たりそのものである夢さんのペンダント、Dドライブから声が響く。


 《夢の発言に関して、不明瞭な部分を補完します。紅利さんが今Dドライブを身に着けていることに関して、央介さんとお揃いのDドライブは夢だけであってほしかった、となります》


 通信越しのテフさんが、色々とぶちまけた話。

 でも夢さん自身も、うんうんと頷いている辺りは言われて困る部分ではなかったみたい。


「それはね、むーのワガママだってわかってる……! でもペアのアクセサリーって、とってもとっっっっても重大でしょ!?」


「う、うん。それは、とてもよくわかるけど……」


 私も、自分のDドライブを手に取って、一度それに目を落としてから、でも夢さんに向き直る。

 そして、一歩だけ踏み込んで、距離を詰めてから宣言する。


「……でも、夢さん! 私も、私だって負けたくなくなってるから!」


 夢さんは私の反撃宣言に驚いて一歩だけの後退り。

 だけど彼女は持ちこたえて、私に向けて人差し指を突き付けながらの再攻撃。


「むぅぅぅぅ……ライバル!」


 そう、これは一人の男の子を巡る二人の女の子の争い。

 お互い譲れない戦い。


「清く正しく! 抜け駆けずるっこは……ありかも!」


 夢さんが規約を敷く。

 なら、私だって。


「それは……央介くんの気持ち大事なら!」


「もちろん!」


 今ここに、私――珠川 紅利と、黒野 夢さんの戦いが正式に始まった!

 相手は央介くんと幼馴染で、巨人としても共闘しているという大きなアドバンテージがある。

 だけど、負けたくは、ない!



「小学生で三角関係って大変ねえ」


 ――私たち二人だけの決闘世界へ、突然横から声がかかった。

 私と夢さんが驚いて声の方を見れば、いつの間にかそこにいた風香さんが笑顔――というよりはからかい顔。

 そんな風香さんは、とても可愛いものを抱いていた。


 卵色のベビー服を着た犬獣人の赤ちゃん。

 動かせるようになったばかり程度の首をゆっくり動かして、周りで何が起きているのか興味深々に窺っていた。


「この間までの自分が起きてることも言えない遠距離恋愛よりマシです! 元々おーちゃん好きは競争相手多かったし!」


 一瞬で切り替えた夢さんは風香さんの冷やかしに、きっぱりと所信表明。

 そういえば夢さんは、巨人事故での後遺症から目が覚めても、央介くんと連絡がとれないままの秘密特訓という話だった。

 それはとっても辛い話だったと思う。


「あっはっは。そうね、大好きな人と距離を離されちゃうと――燃えるよね!」


「です! むーが倒れてる間も、おーちゃんはむーの花壇を守るために凄く戦ってくれたって知って、前より好きになったもん!」


 ――あれ、なんか思ってたのと違う。

 違わないのかもだけど、何かもっと情熱的。

 私がうかうかしていられないと決意を固める中で、風香さんは赤ちゃんを撫でながら語り始める。


「私もねー、ダーリンの事をお父さんが認めてくれなくてねー。アキタの要塞都市で頑張ってるのよ、彼」


 ――ダーリン。

 いや、それはともかく大神さんは厳しい所は厳しいんだ。

 それで風香さんはずっと北の方の、確か日本海岸で大陸方向を見張る要塞都市とで遠距離恋愛……もう子供がいるから恋愛というのとはちょっと違うかな?


 しかし、風香さんのダーリンさんは要塞都市で頑張ってるとなると、やっぱり軍人さんなのだろう。

 その一方で気になるのは。


「あの、風香さんは、ええと、お仕事ってなると?」


「ああ、この間までは軍大からの自衛官。んでまあ結婚見込みと子供もできたから予備役……ってわかるかな? 軍隊のベンチ控えなんだけど」


 私がなんとなく理解して頷くと、風香さんは話を続ける。


「まあね、父親とも軍の上下関係ってのも気を遣って大変だったしね。このまま主婦もいいかも?」


 ……ああ、なるほど。

 家族で同じ仕事というのはそういう問題も出てくるんだ。

 親の仕事を子供も尊敬して同じ仕事に就くって、素敵な話かと思ったのだけれど。


 大人の世界は難しい。

 私がそんな事を思っていると目の前の可愛い犬赤ちゃんが、大あくび。


「「……かーわいー!!」」


 私と夢さんの揃った合唱。

 風香さんは自慢げに、そしてとても温かい表情で抱いている赤ちゃんを見下ろす。


「父さんったらダーリンに向かって、この子が自慢できる父親になったら、その時に改めてやってこい! だってさ。古風でしょう?」


 風香さんは大げさに肩をすくめて、父親の難物を語った。

 それは面倒臭そうではあったけれど、決して恨んでいる様子はない。


「大神一佐はダメだとは言ってないわけだし、それだけ風香さんと志狼くんが大事なんだろーね!」


「でへへー、まーねー!」


 夢さんからのさっきまでとはまた雰囲気の違う、ゆるみきった表情を見せる風香さん。

 ハナさんが言う通り、お父さんである大神さんが好き過ぎるのかもしれない。


 それにしても、こんな可愛い赤ちゃんだけど、お父さんお母さんにお爺ちゃんが軍人さん。

 ひょっとしたらこの子も大きくなったら、かっこいい大神さんみたいになっていくのかな?

 その頃に、私たち子供はどうなって――。


 ――央介くんはどうなって?

 私は時々やってくる途方もない疑問に襲われて、それからすぐだった。


 堅い物が激しく動いてぶつかる音が響き、そして。


 銃声!


「――ッ!! 夢ちゃん、志狼をセーフルームへ!」


「はっ、はいっ!!」


 真っ先に騒動に反応した風香さんは騒動に驚きもしなかったらしい赤ちゃんを夢さんにそっと手渡すと、その一瞬後には手元に鉄砲を構えていた。

 風香さんも軍人さん――それとも赤ちゃんを絶対に守れるお母さんとして?

 私は驚き混乱しながらも、その動きをじっと見ていた。


 夢さんは、赤ちゃんを抱きかかえて音がした方とは別方向へ。

 風香さんは鉄砲を構えて、音がした方向――央介くんや大神さんがいるはずの部屋へと素早く駆けだす。


 私は恐さで固まった体を何とか動かす。

 そして、風香さんを追いかけた。


 本当なら夢さんと一緒にセーフルームという所に行くべきだったと思う。

 でも今の私は、今の私の足なら、少しは何かできるはず。

 その気持ちが、私を前に走らせた。


 広い大神さんのお家でも走ればそんなに時間はかからない。

 私が追いつくと、風香さんは鉄砲を構えて客間近くの壁に張り付いていた。


 風香さんは追い付いてきた私を見て、少し困り顔を見せたけれど、そこで声を上げたりしなかった。

 そこまでされれば私でもどういう状態か分かる。

 風香さんは壁に隠れて、部屋の中に突入するかどうかの警戒中だった。


 けれど――。


「制圧状態だ、風! だが構えたままで入ってこい!」


 部屋の中から、大神さんの声が響く。

 大神さんは、壁の向こうにいる風香さんの状態をお見通しなんだ。


 風香さんは機敏に、私はおっかなびっくりでその後に続く。

 客間自体には――特に荒れた様子はない。

 でも、庭に続く縁側までの戸が開け放たれていた。


「他の二体、逃がした!」


「深追いするな! こいつらが存在する事が分かっただけで十分だ!」


 部屋の中で姿勢正しく鉄砲を構えて命令を飛ばすのは大神さん、傍で声を上げていたのはDドライブを構えた央介くん。

 その先で縁側に立っているのは、佐介くん。


 佐介くんの左腕はハガネの大砲と同じ形になっていて、そこからはハガネが使うのと同じ鎖が伸びていた。

 そういえば私のDドライブと一緒に、佐介くんにも新しい道具があるとか聞いたような。

 でも、大神さんと佐介くんまで揃って攻撃した相手って。


 私は怖さを抑えて、一歩踏み込んで庭を覗き込む。

 庭の真ん中で、鎖に縛られて倒れていたのは、小柄な姿。


 [19582529839514711456931663191388726878458931827913557]


 機械っぽい鎧を身にまとっているけれど、その背格好には見覚えがある。

 彼に向かって警戒を続ける央介くんも佐介くんも大神さんも、黙ったまま。

 私は、思い切って声を上げて聞いてみる。


「その子……もう一人の佐介くん……?」


 央介くんはゆっくりと首を横に振り、続いて佐介くんが酷く怒った声で私に答えた。


「もう一人どころじゃねえ! 同じのが三体居やがった!!」


「恐らくは量産された補佐体……。こんなものが市内に潜伏してきているのか……!」


 りょう、さん。

 私は大神さんの言葉を理解するのに少しかかって、だけどその怖さに気付く。

 もう一人の佐介くんが、いっぱい作られて襲ってきた……?


 [67913682781399746586311138892789259265481793553757375737773557]


 人間じゃない男の子は鎖に縛られ地面に倒れたままで、人の言葉じゃない不気味な声を上げる。

 彼はそのまま、兜のゴーグル越しに私たちを見て、笑ったように見えた。


「むっ!? 下がれ! 央介君、紅利君!!」


 急に、大神さんが大声を上げて、庭へと飛び込んだ。

 風香さんと、佐介くんもそれに続いて、三人は私と央介くんの前に立ちはだかる。

 三人の体の隙間から見えた“量産”男の子は、一瞬赤く輝いて――。


 何かが蒸発するような音が響く。


 ――私は危険を感じて目を瞑ったけれど、恐れたような酷い音とか衝撃はやってこない。

 ゆっくりと目を開くと、彼が居た場所には少しの残骸が転がるだけ。

 あの男の子は、溶けて消えてしまった?


「兵器が笑う――自爆かと思ったが……。機密保持の自壊だけで済ませる、か」


 大神さんが、唸るように、だけど少し安心したような声を上げる。


 ――自爆。

 ああ、大神さん親子と佐介くんは、私たちを庇うために前に出たんだ。


「ま、不意打ち受けて負傷ゼロってだけで儲けもの。でしょう、お父さん」


 風香さんはそう言うけれど、とても嫌な気持になる。

 もし本当に相手が自爆してけが人が出たら。

 それに悪い人たちに量産されて、そのまま壊れてしまった機械の子も少し可哀想に思えて。


 私の傍には、悲しそうな眼の央介くん。

 また、巨人が悪い使われ方をしてしまった。


 ――さっきの疑問が、私の中に戻ってくる。

 この先、私たちが大人になる頃に、央介くんや巨人はどうなってしまうのだろう?


 See you next episode!!!

 支点、力点、作用点。

 物を投げ飛ばす時には必須の三つ。

 それらが揃った時、央介とハガネの天地はひっくり返る!

 次回『破れ、タイバンザン返し!』

 君は夢を信じられる? Dream drive!!!




 ##機密ファイル##

 この時代の住宅事情


 科学がどれほど進もうと、人間には住む場所が必要である。


 まず前提として、提唱されてから二世紀を超えて少子化という構造自体は変わっていない。

 ただし過去に比べて、人口数だけならば様々な法的支援や技術的支援もあって維持されるようにはなってはいる。

 しかし、長く続いた戦災リスクの考慮などによる地方への機能分散やAI労働などの理由が重なったためか、人口密度は低減の一途を辿った。


 以前にも触れたが、人間の労働はAI・ロボットが大きく肩代わりするようになっている。

 そして建築はその影響を多大に受けてしまった。


 一戸建てを例に挙げる。

 一般的な工法では地盤からの基礎構築、その上に工場製のユニット構造からなる各部屋を組み上げる。

 ここまでは二世紀前から行われている分割ユニット組み立て式の建築法。

 決定的に違うのは、これらの作業の99%がAI制御のロボット群によって行われていること。

 建築業の人間がすることと言えば、建築前に部屋のレイアウトに頭を悩ませることと、地鎮祭に棟上げ式だけ。


 また伝統的な木造建築であってもAI・ロボットの力は大きく、全日本の大工技術の粋までを学習したAIによって建材木への超高精度な計測・加工がおこなわれ、木材の段階で構造の経年変化までが完全に考慮。

 実地構築においてもロボットらの支援あって作業員の肉体的負荷は限りなく軽減され、出来上がった住宅は耐震・耐劣化面においてユニット式建築と大きな差はない。

 ただし建築期間、防火面、そして天然材は費用もかかるため、やはりユニット式のほうが優秀と言える。


 これらの影響あって、一戸建てというのは昔ほど大きな買い物・借り物ではなくなった。


 前述の人口過密の解消と、資産負担の極軽減、更に通勤などの交通コストもまた消え果てた結果、家庭世帯は一戸建てに住むのがごく普通――というよりはそれ以外が稀というのが現環境となっている。


 一方、マンション・アパート類の集合住宅は構造的に総合・高度セキュリティサービスを受けやすい。

 結果、軍事・警察関係者や政治家、数少なくなった商業家、また単身世帯が好む傾向があり、不要になったというわけではない。


 内部構造の変化で言えば、半世紀ほど前から大抵の住居には家事ロボット一式の格納部屋1~2畳が必ず配置されるようになった。

 圧倒的クオリティで炊事洗濯掃除をこなしてくれるロボットには家事一切を任せっぱなしという人も多い。

 しかし、機械が優秀であっても自分で家事をしたいという人もまた存在している。

 大神ハナなどはその代表例であり、家事魔人と呼ばれる人種である。


 AIが作ったAI管理の住宅で、人間は、まだ人間として暮らしている。

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