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第二十七話「夏休みの終わりに」2/4

 =珠川 紅利のお話=


 私の目の前には、大きなお屋敷。


 央介くんに連れられて、バスでちょっとの区間。

 思いがけない二人きりのお誘いにがちがちに緊張した私は、それでもちゃんと機能した新しい義足で歩いて、ここにいる。

 ええと、央介くんは私をこのお屋敷に連れてきて、一体何を?


「大神。ここで合ってるっぽいな」


 佐介くんが、お屋敷の門に表札を読み上げる。

 ――そういえば佐介くんも居たんだった。二人きりのつもりだったのに。

 私、舞い上がって何も見えなくなってて……やばいやばい、落ち着かないと。


 ――ん?


「お、大神さん?」


「うん、島の事件とか佐介の新装備とか、大神一佐の所に挨拶に行こうと思ってたんだ。そしたら今は自宅でのキンシン処分だって」


 央介くんがなんでもないように、ここに来た理由を告げた。

 私は勝手に感じたショックを消化しながら話の続きを受け取る。


「紅利さんも大神一佐に時々お世話になってたし、そのDドライブの事もあるから一緒に行くべきかなって」


 ……ああ、うん。

 デートのお誘いじゃなかったんだ。


 私は央介くんに気付かれないようにため息を一つ。

 そして気分を変えるために周囲を見渡す。


 ここは町の中心部から離れて、都市軍の人達が暮らすマンション区画を抜けた先の山の手。

 そこに大きく構えた、古風な漆喰の塀に囲まれたお屋敷。

 大神さん、軍の偉い人だからすごいお家なのかな。


 私が唖然としていると、央介くんが門に付いた呼び鈴を鳴らしてインターホンへ呼びかける。


《はい、大神です。――おや央介君、予定時間より少し早い到着だな。門を開けにいくから少し待っていてくれたまえ》


 普段の通信の感じとは少し違う大神さんの声。

 更にその後ろから聞こえてくるのは。


《おーちゃん来たの!?》


《夢さん、廊下は、走らない、足音は、静かに。約束、でしょう》


《あっ、はあい》


 夢さんの声と、知らない大人の女の人の声。

 大神さんの奥さんか、でも夢さんから聞いた話だと娘さんが居てお孫さんが可愛いという話だったから娘さんかもしれない。


 門の格子戸の向こう、玄関が開く。

 中から姿を現したのは、きちんとした和服姿の大神さん。

 几帳面に玄関を一度閉めてから、私たちのいる門までやってきて鍵を開ける。


 帯まで正しく締めた大神さんのその姿は、普段で見慣れた軍服でないのもあって、とても新鮮だった。

 隣の央介くん佐介くんも大神さんを上から下まで眺めているあたり、同じ感想なのだと思う。


「ようこそ。見ての通り古式な家で、リモートゲートですらなくてね。――紅利君は、それが件の新型義足か、ふむ」


 大神さんは格子戸を開いて私たちを中へと招く。

 央介くんと私は大神さんにお辞儀を返して、招きに従った。

 門から玄関に近づくほんの少しの時間に、央介くんが疑問を口に出す。


「すごいお家ですね……。大神さんが建てた、にしては古い?」


「うむ、ここは市の所有物なのだ。佐官としてこの町に赴任した時に割り振られた、ほとんど文化財という曰く付きでね――」


 大神さんは玄関を開きながら、央介くんの質問に答えた。

 開いた引き戸の先には、背の高い犬獣人の和服女性と夢さん。


「――私としては、もっと質素で堅牢なものが良かったのだが」


 大神さんがこのお屋敷について感じていることを呟く。

 一方で、和服女性さんが恭しくお辞儀をして挨拶。


「ようこそ、央介さんと、佐介さん。それに、貴女が、紅利さん、ね? 私は、大神ハナ。ハチの妻を、しております」


 ハナ、さん。

 大神さんの奥さん。

 その喋り方は、言葉の一言一言を言い聞かせるような不思議な抑揚だった。


 挨拶を終えたハナさんは、大神さんへと語り掛ける。


「いつも、言うようだけれど、この文化住宅。子供達には、良い教育に、なったわ。前の、軍士官家族向けアパートは、確かに、広くて、清潔で、機能こそ、十分。でも、私達が育った、獣人用の、管理施設と、大差なかった、ですもの」


「しかし……義父さんの家より大きいのはなあ……」


 奥さんの言葉にわずかに唸りながら悩む大神さんは、やっぱりとても新鮮。

 隣の央介くん佐介くんも、同じようにしてる。

 一方で夢さんは普通に楽しそうにしている辺り、大神さん夫婦への対応に慣れている感じがある。


「……ああ、玄関口で話しだしてしまって失礼した。さあ、奥に上がってくれたまえ」


「「はあい!」」


 私たちは口を揃えて返事をして、丁寧に靴を脱いで、土間に揃え並べてから上がる。

 それにしても、中に入ってますます広い家だと分かる。


 これ、廊下の左右には一体、幾部屋が並んでいるのだろうか?

 昨日までの私なら、家の中の移動だけで大変だと感じたかもしれない。

 そうやって私が疑問を抱えてきょろきょろしていたのを、ハナさんに見抜かれた。


「私達は、子供が、多かったの。それで、部屋数が、多い、間取りが、広い、そういう家が、選ばれたのでしょうね」


「そうなんですか。……その私たち三人でいきなり来てしまって、お邪魔にならないでしょうか?」


 私の心配へ、ハナさんは楽し気な表情と声で答えてくれる。


「大丈夫、よ。少し前、までは、騒々しいような家、だったのだけれど。3年前には、最後の子が、巣立っていって。この間、一人が一人を、連れて戻ってきても、まだ寂しいぐらい、ね」


 一人が一人。

 多分それが子供を連れて帰ってきたという娘さんのことなのかな。


 しかし、そうなると今このお家には大神さん、ハナさん、娘さんとお孫さんの四人だけ。

 たしかにこの広さでその人数では言う通りに寂しいぐらいかもしれない。


 もう一つ、広さ寂しさから気付いた事は、どこの家でも利用している家事ロボットがこのお家の廊下では待機もしていない。

 にもかかわらず、この板張りの廊下は綺麗に磨かれている。

 まさかこのお家は、この広さに人力だけで完璧なお掃除お洗濯を行っている?


 そうなると――ハナさんはとんでもない家事の達人ということに……。


 私がハナさんへ畏敬の念を持った頃に、通されたのは客間。

 古風な布張りの木椅子が机を囲むように置かれた、洋風のような和風のようなお部屋。

 “モダン”とかいうスタイルかな、でもモダンって現代的な~って意味なのに昔の様式というのは不思議な話。


 ガラスのはまった引き戸の先には、縁側廊下と広い庭が見えて、その庭は色んな種類の庭木が彩っていた。

 とても落ち着く雰囲気のお部屋。


「どうぞ、楽にしてくれたまえ」


 そう言いながら大神さんが奥の椅子に腰掛け、それからハナさんがわざわざ私たちの席を引いて用意してくれた。

 央介くん、佐介くんに私は恐縮しながらその椅子へと座る。

 ええと、きちんとしたマナーはどうだったかな。


「ハチくん。みんな、緊張して、しまっているわ。ごめんなさい、ね。この人、子供たちの、友達が、遊びに来た時、にまで、同じ事を、したの。困るわね」


「う、うむ。すまない……どうにも役職の関係がない人間関係には少々疎く育ってしまった身でね」


 ハナさんに窘められて大神さんは片手で頭を押さえる。

 今日何度目かの、新鮮。

 もう今日はこればっかりなのかな。


 でも、そのおかげで少し緊張がほぐれた。

 央介くんたちにも笑顔が見える。


 そして、ハナさんが一礼してお部屋から離れる一方に、大神さんとの話が始まる。

 最初は央介くんから。


「大神一佐、この間のことで何か処分を受けたって話でしたけれど……」


 耳に挟んだ程度の話では、央介くんたちが旅行へ行って良いというのは大神さんの判断だったらしい。

 でも、その結果に起こったのがあの大事件。

 事件が解決したら、大神さんが責任を受けるという話もどこかで聞いたかな。


 ――原因はギガントにあるのに。


「なに、示し程度で自宅謹慎だけのものだよ。ある程度の行動制限と、報告書に改善案の提出で、もうすぐ終わる」


 大神さんは、それが何でもないことのように答えた。

 本当に何でもないことなのか、私たちに気負わせないためなのかは、わからない。


「まあ、この年の男が貰った夏休みと宿題だな。さて央介君と紅利君は夏休みの課題はどうかな?」


 おっと、大神さんからの華麗な切り返し。

 央介くんはそういうの真面目にやりそうだから、私が答える。


「島からの騒動で、ちょっと遅れちゃって大変でした。大体ちょうど終わる見込みです」


 私の報告に続いて喋り出したのは佐介くん。


「二泊三日の旅行からすぐ終業式のはずが、一週間向こうで閉じ込められて、帰ってきたら帰ってきたで軍や警察やの大騒ぎだったもんな。その分の夏休み返してほしい」


 そう言われて再度思い返せば、本当に長くて大変な大騒ぎ。

 巻き込まれた私たち6年A組の子供と、お父さんお母さんたち、そして軍や警察の偉い人がいろんな所で集まって、毎日毎日どこまで話していいか公開するかの大議論。

 特に“前例”である私とパパママは参考ということでひっぱりだこにされた。


「……すまない、見通しが甘かった。ギガントが巨人技術と央介君を狙ってくるのはわかっていた。それなのに軍が巨人への対抗手段を得た、また最大戦力の巨人隊は狙われても自衛出来るという認識だけで判断してしまった」


 話の中で、大神さんは膝に手をついて深々と頭を下げてきた。

 大神さんみたいな大人に大真面目に謝られる、ちょっと、これは気まずい。

 私たちは慌てて、対応したのはまず央介くんから。


「旅行できたの嬉しかったです!」


「もうクラスに隠し事しなくて良くなったしな」


 央介くんに続いて佐介くん。

 そして私も伝えるべき事がある。


「この新しい義足は、あの島にあった技術も利用してるって央介くんのパパさん博士が言っていました。悪い事ばかりじゃなかったんです」


 そこまでを聞いた大神さんは、私たち一人一人の顔を見つめて、それから大きく息を吐く。

 そしてまた軽く頭を下げながら。


「……有難う。だが軍人が後ろに居て、前に居た民間人に被害を出す、それどころか民間人に解決してもらうなどというのは最低の状態なのでな。今後は、それを無くすように努力させてもらうよ」


 大神さんは、かっこいい大人の人、軍人さん。

 そして私は理解したことがある。

 軍って、私達に被害を届かせないために、前に出て被害を受けるための組織なんだ。


 ――あれ?

 前に出て被害を受けるっていうなら、央介くんも?


 私が小さな疑問を抱えて、その考えを深めようとした時だった。


「お茶が入りましたよー!」


「おーちゃんにお茶ー!」


 襖戸が開いて、お盆を持った二人が部屋に入ってきた。

 片方は夢さん。


 もう片方は――犬獣人の方だけどハナさんじゃなかった。

 似ては、いるけれど。

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