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第二十七話「夏休みの終わりに」1/4

 =珠川 紅利のお話=


 大事件の島から私たちが帰ってきて、しばらくは色々と騒動があった。

 私たちはその中心にいて、思い出すだけで疲れるほどのあれこれ。


 特にメディアは大勢の子供を巻き込んだ事件について大騒ぎ。

 それでも巨人――特にハガネ関係の部分に関しては秘密がいくつもあるからなのか、いわゆる奥歯に物が挟まったような話ばかり。

 だから出てくる話といえば、とにかく犯罪組織が悪いということと、国内に秘密基地が作られていたことで警察や軍がお仕事をしているのかという事だけ。


 そんなのがずっと続くのかと思えば、一週間二週間経つとニュースは他の事件を流すようになっていった。

 私の小学生最後の夏休みも、そうやって終わりが近づく。


 そんな今日に、私には大きな出来事が起こった。


 今、私がいるのは、なんと央介くんのお家。

 カーテンで遮られた向こうからは、私のパパと央介くんのパパさん博士の話が聞こえてくる。


「物資在庫を数えるなんて安いAIで済む仕事。でも人間の目は簡単にはクラッキングされませんからね」


 パパの会社のお仕事は、この町の軍隊さんたちが使う品物がちゃんと運ばれているかとか、数が多かったり少なかったりしないかを調べるお仕事。

 そういうのは機械がほとんどやってくれるのだけど、それでも人間が居るのが大事らしい。

 すぐに、パパさん博士がその理由について触れた。


「Dマテリアルの侵入を防いでいただいて、ありがとうございます。……いや、負担を増やしてしまったことになるのでしょうか?」


「給料泥棒の汚名返上には丁度いいんですよ。AIは割と抜かれて基地内にあの結晶を運びそうになっていました。あれから巨人が生える、でしたよね?」


 なるほどギガントは機械を狂わせてくるのだから、そういう所に人間がいないと危ないんだ。

 そうやって私が話に納得したところで、“私の足先”にちょっとのくすぐったさ。


「どう紅利ちゃん、変な感じしないかな?」


 椅子に座った私の足元で新しい義足を調整してくれていたのは、央介くんのママさん博士。

 私は義足を着脱するためにクリップで高く留めたスカート越しに答える。


「不思議なんですけど、触られると、くすぐったかったです」


「そう! 接触反応もアリと。……うん、義足との同調率は98.1%、良いわね。それじゃあ……私が支えるから、立ち上がってみましょうか、ゆっくりね」


 義足を使って立ち上がる、ということ。


 それは前までの私ならとても怖かったこと。


 やり方だけ言えば義足のソケットに収まった短く残った足にかかる体重の感覚だけで体を持ち上げる。

 以前の義足にも高性能な機械が内蔵されていて、ある程度は重心をカバーしてくれるようにはなっていた。

 それでも余計な勢いがついていたり不意に重心を間違えれば足はソケットから外れ、私の体は宙に放り出されて痛い目に遭う。


 だけど今、私が身に着けている義足は――。


 私は、最初はママさん博士に抱き着くような形で体重を預けてから、一度無くなった膝に力を籠める。

 そこにはちゃんと筋肉が動くような感覚があった。

 続いて重心を両脚の真ん中へ移して、小さかった時のように、普通の事のように、椅子から立ち上がる。


 ――何の問題も、なかった。


 私の視界は足の力のままに高く持ち上げられ、そして私の足にはフローリングの床を踏んでいる感覚があった。

 小さく足踏みをすれば、足の裏が地面から剥がれて、そしてまた床を踏みしめる。

 その感覚は少し前に二度ほど体験していたけれど、でも――。


「問題なさそうかな? それじゃあ、あなたの素敵な姿をお父さんに見せてあげて」


 ママさん博士は優しい笑顔でそう言って、部屋を仕切っていたカーテンを開いてくれた。

 私は、そこで待っていたパパへ自然と振り向く。


「パパ!」


 私が今身に着けているのは、央介くんのパパさん博士とママさん博士が作ってくれた青い結晶Dドライブのペンダント。

 そして、ペンダントと連動するDマテリアルを組み込んだ新しい義足。

 これは悪くて危険な巨人の部分を抑え込みながら、義足に被さる形で小さな巨人の足を作り出すもの。


 私は何の不自由もない、何の怖さもない足で、待ち受けていたパパに向かって小さく駆けて、飛びつく。


「ああ……! 紅利!! なんて……、良かった……良かったなあ……っ!!」


 パパの声は上擦って、おかしな声になっていた。

 私が足を無くした時にも時々そういう声を上げていたけれど、今の声はそれと全然違ってうれしそう。

 その声のままで、パパは喋り出す。


「――この間の時は、おかしな夢を見ているのかと思って何もかも対応できなかったんです。その結果があんな悪い事になってしまって……」


 それは、私に一度足をくれた私の悪い巨人(紅靴妃)のお話。

 あの時はパパもママもぽかんとした顔のままで朝の時間が過ぎて、私はその足をみんなに見せたくてさっさと学校へと飛び出してしまった。

 その後に起こったことは、本当に酷い事。


「それは本当に申し訳ない! 巨人は全て、僕がもっと技術に関する警戒を払っていれば起きなかった事故なんです……!」


 パパさん博士が悲鳴のような声を上げて、パパに頭を下げる。

 胸が、ずきずきする。

 パパも同じように思ったみたいで。


「多々良さん、頭を上げてください。確かにその事件もあった。他の巨人の事件もあった。島の事件で大勢の子供を巻き込んだ事で、巨人という技術自体を非難する人もいる。でも――」


 パパは一度言葉を切って、私の方へと視線を向ける。

 私と、私の新しい足を確認して、それからまた話し始めた。


「多々良さんは、間違いなくその技術を人々の幸せのために使おうとしている。紅利のこの新しい足だって……」


 私は、ここが空気を読むべきタイミングだと理解して、その場でくるりと回って見せる。

 この動きは義足には難しい、しなやかで軽やかなもの。

 巨人でできた足には骨と筋肉と皮膚があるようにまで感じられる。


 途端にパパの表情が説明しにくい感じで歪む。


「……あ、あかっ、紅利……! あか……。あり……ありがとうございます……っ!!」


 それから、ついにパパは声を上げて泣き始めてしまった。

 私の事で喜んでくれるのは嬉しい反面、流石にちょっと恥ずかしいかもしれない。

 ママさん博士が慌ててティッシュの箱を持ってきた一方で、パパさん博士はゆっくりと語り始めた。


「僕よりも……息子が頑張ったんですよ。紅利さんの巨人を抑えながら、最後までデータを取れ、巨人を人のために役立てろと叫び続けた」


 パパさん博士は私の義足へと目を落とす。


「この義足は、その時にギリギリ計測できた紅利さんのPSI構造のデータで作れたものなんです」


 ――あの時、央介くんは大神さんに叱られるような状況になっても私の巨人を、私の気持ちを優先してくれた。

 それが私のワガママでしかなくって、央介くんにも都市軍の人たちにも、酷い――本当に酷い迷惑をかけてしまったけれど。


「本当に、央介君には、何度も……、何度も娘を助けてもらって……」


 パパはティッシュを何枚もくしゃくしゃにして、目と鼻を拭いながらなんとか応じていた。


 さて、その央介くんは――。

 ――さっきからお部屋の入口の影で、佐介くんと上下に並んでこっそり覗いてきてはすぐ隠れるというのを繰り返している。

 それは私の視界ギリギリのところで、完全に逃げ隠れといった様子だった。


 どうしてお部屋に入ってこないのかな、と考えたところで私は大問題に気付いた。

 今の私、義足の着脱の時のままスカートを大分高く留めていて、角度によってはパンツまで見えてしまうような姿。


 私は顔が真っ赤になったのを感じながら、慌ててスカートを留めていたクリップを外した。



 しばらくしてから央介くんと佐介くんは、何事もなかったかのように私達のいるお部屋へお茶菓子を運んできた。

 私も、恥ずかしさの赤面が残っていない事を祈りながら、何事もなかったこととして出迎える。


 その頃にはパパの気持ちも落ち着いていて、大人たちは新しい義足について保護者向けの取り扱い説明のお話を始めた。

 ところが次第に、それは全く関係ない歓談へと話が変わっていく。

 私たち子供はちょっと居場所がなくなって、席を外すことにした。


 廊下にでて、私は軽くステップして義足の様子を見せびらかしながら、もう一つの重大な事を央介くんに伝える。

 今、私の胸元に下がっているのは――。


「これ、Dドライブ! その、お揃いになっちゃったね!」


「あ、うん。……こんな使い方があるなんて、思わなかった」


「この義足もオレみたいな補佐体と言えなくもないのかな。頑張れよ、弟……いや妹分か」


 央介くんと佐介くんは、私のDドライブと彼のDドライブ、そして私の足先を見比べる。

 私も同じようにお互いのDドライブを確認して――。


 ――緩みそうになった顔を慌てて引き締める。

 央介くんとお揃いのペンダントで嬉しくなってしまっている私。

 これは何か、いやらしい女の子じゃないかと思えてきた。


 そんな私に、央介くんはとても真剣な、ぐっとくる表情でいきなりの訴えをしてきた。


「ところで紅利さん。この後、時間ある? その……今の紅利さんと行きたい場所があるんだ」


 ――えっ?


 これはその、お……おデートのお誘い!?

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