第二十六話「さらば巨人の島」7/9
=多々良 央介のお話=
夕暮れ時にキャンプに戻ってから、僕はみんなにある程度の事を説明した。
パニックを引き起こすだけだから致命的な事態になるってことは言わなくていい、とオペレーターさんから先に言われていたので、それが脱出に必要だって話だけ。
そして、みんなの手にDマテリアルが渡されていく。
はっきり言って皮肉な話だと思う。
あれだけみんなにDマテリアルを触らせたくなかった僕が、それをやってるのだから。
みんなで島で最後の夕食を囲みながら、それぞれにDマテリアルへの挑戦。
簡単に強く光らせる子も居る。
なかなか光らない子もいる。
光らない子が上手くいかないと悩み始めた、その時だった。
「好きな物のこと考えると良く光るぜ。ブリキオー、ハロゲンビーム!ってな」
しっかりと光るDマテリアルを手に言い出したのは、あきら。
それはそれはプロフェッショナルの言葉。
似たようなことを辻さんも言っていたから、あれを教えるべきだったのだと後悔する。
それからはみんなDマテリアルに安定して光を灯すことができるようになった。
光加減を楽しむ余裕も生まれ、結局プリンセスと狭山さんがやっていたみたいな光らせ勝負になる。
強い光を安定して輝かせていたのはグリーン・ベリル、亜鈴さん。
次いで、ウサギネコ獣人の奈良くん。
――多分だけど、あきらはもっと派手に光らせられるだろうに。
結局、夜遅くまで新しいオモチャの光合戦は続いて、それでもみんな疲れて眠りについていく。
眠った子のDマテリアルは不安定に点滅し、真っ暗な島の夜に不思議な空間を作り出していた。
そんな、みんなの命の光を、僕はずっと見ていた。
もう夜遅く、眠らないといけないのはわかっていても、眠れない。
恐いんだ、明日が。
(央介が寝不足になる方が恐いんだけどな)
――あきら、アシストありがとう。
(おいおい、これで終わりみたいな態度やめてくれよ。明日にはみんな要塞都市の家に帰って笑顔のハッピーエンドだ)
「未来予知ができたとは知らなかったな」
佐介。
(ESPの中には出来る奴もいる。ただ広い範囲で大勢の人間や生き物が関わるほど、未来は不安定になるんだそうだ。んで長期になると占いと大差なくなる)
「ESPって大抵役立たずだなあ……」
あきらのおかげで何度も助かってるのに。
でも、未来か――。
(未来は怖いもの。昔の神話から未来の神様は怖い人。最後はまあ……その神様に人生の糸を切られて死ぬんだから)
――死ぬ。
……明日、なのかな。それって。
(何もしなかったらそうなるんだろうな。でも、央介なら、みんなを助けられるさ)
できる……かな?
(最大限手伝う。サイオニックが手加減無しならこのDマテリアルどれだけ光るか見せてやる)
……あきら、僕が眠くなるような……“誘導”してる?
(疲れて眠くなってるだけだよ。今日は忙しく動いてたんだから)
そっか……でも、まだ恐いんだ……。
(……うん、恐いな)
みんなを……紅利さんを……むーちゃんを……あきらも……狭山さんも……守って……。
――わずかな明るさで飛び起きた。
あれ、時間は大丈夫なんだろうか!?
みんなは!?
「問題なしだ。少し早いぐらい」
後ろから、佐介の声。
床に腰かけたその後ろには、ヨダレを垂らして眠るあきら。
「央介が眠るまで見守ってたみたいだな」
「佐介と一緒に?」
「冗談言え、別々にだ。――休めたか?」
軽く伸びをして、体に不快感がないかを確認。
問題はない、と思う。
僕は、ハガネで頑張るだけなんだから。
「だな。時間合わせてアイアン・スピナー。巨人相手にしなきゃいけないよりずっと楽だ」
「本当かなあ……」
僕は、じっとしていられなくなって立ち上がり、佐介を連れて公民館の外へ出る。
今日は、心なしか風が冷たい。
朝日はまだ昇っていなくて6時が近いぐらいかな。
「あと6時間か……」
「クラスのみんなのDマテリアルはほぼ光ってた。あとはアトラスがどうなったのやら」
父さんと辻さんがその作業にあたって、今はどうなのだろう。
僕は父さんに連絡を取ろうとして、でも携帯を長手に渡してしまっていたことを思い出す。
――ギガントの凸凹は邪魔とかしていないだろうか。
「あいつらも命懸けだろうから――ああ、丁度だ」
風を切る音が響く。
僕らの真上を大きな黒い影が横切って、すぐそこに止まる。
ギガントの飛行マシン、アトラス。
真っ赤なボディは、まだ暗い中では黒くしか見えない。
何度も苦労させられたこいつが、僕たちを救うカギになるなんて思わなかった。
アトラスはそのまま高度を下げて、道路に着陸。
その状態でよく見ると、アトラスにはラボ01にあったシリンダーが一つ乗っていた。
――あれが、サメ巨人のデータを収録してあるシリンダーかな。
そんなことを考えていると、アトラスのドアが開いて、そこから長身が姿を現し、こちらに歩み寄ってきた。
「おー、ハガネのちびコンビ。早起きだなー。あ、緊張で眠れなかったか? 俺もだよー」
鷹揚に語りかけてきた、のっぽの足高。
だけど、その肩の横に小さな角付きの頭が見えた。
足高は、眠る辻さんを背負っていた。
「辻さん、大丈夫なの!?」
「この子、さっきまでずーっとコンピュータ弄ってたんだ。それで一区切りついたら、すとんと寝ちゃって」
「ホーンブレインは伊達じゃねーな。ここまで頭が良いのも珍しいけどよ」
足高の影になって見えなかった長手が声を上げる。
なんだ居たのか。
「結局、体に添加物突っ込んだ方が能力は上がる。俺等みたいなちょっと頭のいい成分無調整じゃ敵わねぇ……」
長手のその口ぶりは、少しだけ辛そうな感じがした。
「わかるわかる! 陸上でどんだけ頑張っても獣人がその倍速でぶっとんでいきやがる。五輪強化に選ばれても結局勝てねえよってー」
足高が笑いながら応じる。
こっちは、辛そうでもない。
だけど――。
「それでグレてギガントになった、ってか? 同情なんてしないぞ」
こういう時に先に口走るのは佐介。
僕を、庇うために。
「まーなー、精一杯走っても跳んでも投げても女の子が騒ぐのは獣人の方ってのは、響くわなー……」
今度は逆に、足高の方がため息をつく。
一方で。
「ハッ! ロボットに同情されたくもないし、勘違いもすんじゃねーぞ。俺は自分の能力をキチンと値段付けて買う所に売ったんだ」
長手は太々しい。
こういうところが嫌いだ。
「まあ、生身で軍にまで抱え込まれる科学者のお坊ちゃんにはわからんだろーが」
ホント嫌いだ。
父さんの手伝いをしてくれたから見逃してるだけなのに。
父さん――ああ、そういえば。
「渡した携帯は? 時間が分からなくて不便なんだ」
「渡せねーよ。最後の最後までアトラスの調整で繋ぎっぱなしになる。んで、こっからさらに作業だ」
聞いていなかった話が出てきて、僕は嫌でも長手に聞き返すことになった。
「作業?」
「お前ら、避難用のボートだかを持ってるって話だな。それにアトラスのドミネート・ケーブルを這わせる。それで乗ってる人間ごと巨人の内部に格納できる」
ああ、なるほど。
でも、それは今は無理。
「ボートは、みんなのベッドになってるから、みんなが起きるのを待ってからでいいだろ」
「おい、生き延びる気あんのか、ちびすけ」
一分一秒を惜しんで不機嫌そうな長手に、一応の確認。
「そんなに時間のかかる複雑な作業なの?」
僕の質問に何か言い返そうとした長手。
でも、代わりに答えたのは。
「否定します。ゴムボートの保持ワイヤーに搦める作業のみ。推定所要時間10分以下」
アトラスから最後に降りてきたテフ。
「じゃあ後だ。朝ご飯の後でみんなに手伝ってもらえばいい」
佐介の返答を聞いて、長手の顔が引き攣っていた。
少し悪い気もしたけれど、それでもこいつの短気に付き合うよりは、クラスのみんなの安らぎを優先したかった。
それにどうせ、もうすぐ――。
水平線の向こうから、強烈な陽光が僕たちを照らす。
ほら、みんなが起きる朝が来た。
「いただきまーす!」
島で最後の朝ご飯のメニューは、ついに一欠けらになった戻し圧縮パンと焼き魚、黒砂糖ブロック。
お腹いっぱいにはちょっと遠い。
それでも――。
「お魚、美味しかったー!」
「dinerで仕方なく食べたfish & chips よりは上等でしたわね」
「うん、私お魚ちょっと苦手だったんだけど、ここ数日で平気っていうか、好きになってきた」
「獲れたて新鮮だからかな? 多々良くんありがとねー」
クラスの子たち+1は、今日が脱出だと話しておいたのもあって大分元気を取り戻している。
だけど、これから大きな事件があることは、とても言えない。
あくまでも、ハガネと巨人を使ってバリアから出るという話になっている。
「またいつかこの島に、お魚食べに来たいね」
「サトウキビ黒砂糖もなー」
誰かが、そう口にした。
でも、今日のお昼にはこの島にゼラス・デストロイヤーが直撃する。
そうなったときにサトウキビの藪や、魚いっぱいの岩礁は残るのだろうか。
僕は、自分達で作ったカマドや、物干し台、見張り櫓を見つめる。
――せっかく作ったのに、こういうのもなくなっちゃうんだ。
打ち明けられない寂しさを抱えて、それでもみんなにアトラスとボートの連結を手伝ってもらう。
まずはボートを外へ運び出してから、空気の入れ直し。
それから、アトラスから伸ばしたケーブルを2艘のボートの各所に結び付けていく。
「うへー、悪者マシンの触手だー」
「この半透明でいくらでも伸びるのってどうなってるんだろ」
「流体Dマテリアルと固形化剤、そっから磁力ワイヤーで制御して――わからねえって顔だな」
問題もなく作業は完了。
これで急造脱出マシンの出来上がり。
続いて、みんなに渡したDマテリアルのチェック。
みんなちゃんと光が灯るようになっていた。
《ああ……、次はアトラスへの伝導の確認だ》
――父さん。
アトラスから聞こえる通信音声には張りがなくて、枯れてる。
きっと徹夜してから、少し仮眠とっただけなんだ。
《長手君、20%で稼働。アトラスのアナライザーで巨人の実体化率を確認してくれ》
「へいへい、やっとりますよ。数字は問題なし……いや、まだちびっこども乗せてない割には高めか? そいじゃ30%の半実体化に行きます」
《頼む》
アトラスと2艘のボートの周りに、光る粒子が集まりだす。
それは、体の半分を地面に沈めた、大きな大きなサメのかたち。
「おっきなジンベエザメだーっ!!」
取り巻くクラスの子たちは、その姿に歓声をあげる。
僕たちを島の外へ乗せていく巨人の船が、そこに出来上がっていった。