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第五話「神奈津川の人魚」1/4

 =多々良央介のお話=


 やっと慣れてきた、通学路。

 周りの大人たちは、朝から温かい時期になってきたという。

 けれど、南の海に浮かぶ新東京島の海風よりは、ずっと冷たい。


(まア、この後に梅雨があるんだけどネ)


 サイコの言う、じめじめとした雨の季節。

 雨は一時激しく降って、すぐに海の向こうに行くもの、という島の感覚とずいぶん違う。


 季節の移り替わる様子を観察して、考えながら歩いていたら――


「おはよう、央介くん、佐介くん」


「おはー、紅利ちゃん」


「紅利さん、おはよう」


 ――車椅子の紅利さんに追いつかれてしまった。


「今日はのんびりしてるの?」


「こっちの季節の変化がまだ珍しくて、見ていたらね」


 紅利さんに、流石にサイコの事は教えていない。

 ただでさえ巨人の秘密を抱えさせてしまったのだから、これ以上の負担はさせたくない。


(まア、アカリーナはちょっとめんどくさい子だしネ)


 ――アカリーナ? 面倒くさい?


(紅利ちゃんのあだ名だヨ。昔はバレリーナになるなる言ってたかラ)


 アカリのバレリーナだから、アカリーナ。

 ……なるほど?


(……んデ彼女、足の事もあって、本人も周りも触れなくなったけどサ。ついでに、僻みっぽくなってるっていうカ……)


 これも、夢が傷つく、というようなことなんだろうか。

 でも――


(再生治療は癌化リスクで25歳かラ。でも、そこまで時間がたつと、新しい足は馴染まないっていうヨ)


 ――やっぱり違う。

 紅利さんの場合は、夢が断たれたんだ。

 ハガネによる、夢へのダメージとは、大きく差がある。


 今のハガネに巨人を壊されても、熱いものを触って、思わず手を引っ込める、ぐらいのダメージにまで減らせていると、父さんが言っていた。

 それでも、僕の対応が下手なら、相手の心にやけどが残ることになる。


(やけど、ねエ……。とりあえずこの間の昆虫王は、ぼ……君のクラスの男の子の巨人だっタ。)


 急に知らされた事実。

 思わず、呼吸が止まった。


(あー、うン、そんなに重く考えなくてもいいヨ。あの後から見る夢が変わった程度サ)


 巨人を倒された子は、夢見が悪くなるのは報告書にある――。

 ――というのを父さんや佐介から聞いてはいるけれど、夢の内容までは流石に知らない。

 最初の頃の巨人は、そんなものじゃ終わらなかったのだけれど。


(悪くなるっていっても、彼のは自分が虫になって巨人に捕まえられル、標本にされル。そういう夢を見たぐらいだネ)


 やっぱり、ハガネが昆虫王を倒した時のイメージだろうか?

 サイコの助けとはいえ、虫取り網を嫌いになっていたらどうしよう。


(虫取り網は平気だと思うヨ。ただ部屋中の虫篭から捕まえた虫を逃がしてタ。閉じ込めるの可哀想だっテ。央介は虫の命の恩人だネ。)


 それは、そうかもしれないけど。

 でも間違いなく、その子の趣味の形を決定的に変えてしまった。

 僕がこのままハガネで戦い続ければ――。


「どうしたの? 央介くん」


 急に、紅利さんが声をかけてきた。

 サイコとの脳内通話の様子が不審だったのかもしれない。


「難しそうな顔してたけど……、その、それも言えない話の事?」


「いやいや、さっきから央介の頭の周りを羽虫が飛んでてさ? うるさいんだってさ」


 佐介が横からごまかしてくれた。

 でも――


(羽虫っ……!)


 ――サイコへの嫌がらせ込みだとは思う。

 テレパシーには彼の憤慨の気持ちが伝わってくる。


「あんまり大変だったら……私も手伝うから、ね!」


 ああ、余計に、気を使わせてしまっただろうか?

 夢を断たれた女の子に……。



 情報の多い通学路から校門を通って、校舎に近づくと、音楽が聞こえた。

 それに合わせた歌も。


「あ、この歌は」


 紅利さんが、車椅子から少し乗り出すように、聞き耳を立てる。

 それは聴いたことのあるメロディで、教室に近づくにつれて歌詞もしっかり聞き取れるようになった。


 ♪そらにー、はばたけー


 有名な歌。

 誰か、配信を大音量で再生しているのだろうか?


「ベリルの歌、だよな」


 ――少女歌手、グリーン・ベリル。

 その宝石の名前の通りに透き通った歌声は、配信サイトに公開されるや否や、圧倒的な視聴数を叩きだし、新曲はまず間違いなくヒットチャート上位に入る。


 ♪じゅうななのー、つばさー


「いいよね、“17-フライト”……」


 以前は、何度も繰り返し聞いて、歌っていた。

 ――僕達、三人で。


 ♪ちちとははのーねがいだいてー


「あれー? 央介くん、もしかしてベリルのファンだったの?」


 紅利さんが、何か訳知り顔、というよりはニコニコしながらこちらを見てきた。


「じゃあ、すっごいサプライズよ」


 それ以上は、何も教えてくれなかった。

 ――サプライズって?


 ♪そらにきみをとどけようー


 開きっぱなしの教室の戸をくぐると、見慣れない、でも知っている女の子がそこにいた。

 彼女が歌い終わって、手袋型のVRシンセサイザーをオフにしてお辞儀をすると、

 クラスメートは一斉に拍手し、喝采をあげる。


「♪ありがとー」


 返答まで、少し音階の入ったその子は。


「グ、グリーン・ベリル!?」


「本物かよ!?」


 こちらに気付いた少女、ベリルは柔らかな笑顔を浮かべる。


「♪こんにちは、多々良央介くん、佐介くん。♪私が、ベリルだって、気づかなかった?」


 気づかなかった……って、どういうこと!?


「央介くん、ここ、ここ」


 紅利さんが、とある授業机のそばで手を振っていた。

 確か、そこは、僕が転校してきてから、いつも空席になっていた所。

 代わりに遠隔出席用のカメラが設置してあって……。


「ええと……たしか亜鈴(あれい) 翠子(みどりこ)さんの席? 何か、お仕事であんまり直接出席できないって」


 クラスのみんなは、それぞれ含み笑いや、はっきり笑い出してる子もいる。

 何か、僕はおかしなことを言っているのだろうか?


「そうだよ、リコ……翠子ちゃん。グリーン・ベリルのお仕事で、いろんな所を回ってるから、遠隔出席」


 ――ベリルこと亜鈴さんの顔を見る。

 にこやかに頷かれた。

 これは、嘘では、なさそうで。


「……えええええええええ!?」


 思わず叫ばずにはいられなかった。

 僕よりは冷静なはずの佐介も、同時に叫んでいたくらいの衝撃だった。


「いやー、多々良兄弟のびっくり顔は初めて見たねぇ」


 ウサギネコ獣人の少年、奈良くんが自慢気に笑う。

 男の僕から見ても、可愛らしいぬいぐるみと見える彼。


「グリーン・ベリルを知ってて、その同級生になってたとは知らなかったんだなぁ」


「別にお前が偉いわけじゃねぇだろ?」


 長尻尾の狭川さんが、至極真っ当な話をして奈良くんの長い獣耳ごと頭をぐしゃぐしゃと荒く撫で回す。

 よかった、今日は問題行動にはなりそうもない。

 それでも奈良くんは抗議の声。


「むぎゅう……殴らなきゃいいってもんじゃないだろう……」


 僕もちょっと、彼の耳には触ってみたいかな。

 そんな余計な事を考えていたとき――。


「あ、あの!」


 ――急に、佐介が飛び出た。

 時々こいつは勝手に動き出すけれど、一体何を?


「サイン! サインください、グリーン・ベリル!」


「♪あら?」


 このポンコツ、一体何を言い出すのか?

 慌ててその軽挙を咎める。


「ちょ、ちょっと待てよ佐介! そういうのは……ダメだろ!?」


 彼女のサインが欲しいか欲しくないかで言えば、そりゃ欲しくはある。

 それでも、状況とか、何より僕らにはそんな――幸運があっていいとは思わない。


「♪いいわよ。事務所の許可♪取ればいいだけだから。♪ええと……、佐介くん、の方かな。♪それとも二人とも?」


「ベリルさん!?」


「何を遠慮してんだよ転校生? あんまり礼儀だ遠慮だって、むしろ見苦しいぞ?」


 いきなり、狭川さんが野次をむけてきた。

 そうじゃ、ないんだけれども。


「♪大丈夫、色紙は、用意してあるわ。♪多々良 佐介くん、央介くんで、いい?」


「ああ、オレたちはいいんだ。書いてほしい名前があって……」


 ――ああ、こいつ。

 でも、それなら、僕もその目的で欲しかったかもしれない。


「その……、黒野(くろの) (むぅ) 、竜宮(たつみや) (たつみ)。二人に、早く元気になってね、って書いてもらって、いいかな?」


 佐介は、携帯の画面で、漢字での表記を見せる。

 ひょっとしたら、僕の心のどこかにあった思いを、代行してくれたのだろうか?


「♪前の学校の、友達? ♪病気、なの?」


 これは、僕が言うべき事。

 佐介には、黙っててもらう。

 その念じ通りに佐介は一歩引く。


「……えっと、6か月前に、事件……に、巻き込まれて、それから、意識が戻らなくて……」


 巻き込まれて。

 そんな嘘を言う自分が憎い。


「♪まあ大変! ♪医者の娘として、見逃せない!」


 医者の娘。

 ……(むー)ちゃんもお医者さんの子だから、それを知ったら、喜ぶだろうか?


「♪目が覚めない、意識が戻らない……。♪そんな、脳神経負担には、音楽療法。♪本当よ?」


 慣れた調子でサインをさらさらと書く、亜鈴さん。

 ベリルの歌声に、脳神経とか出てくるなんて、思いもしなかったけれど。


「♪歌は、幸せな、思い出。♪心を、揺り動かすわ。♪神経のパルス、呼び覚ますの」


「……あのね、央介くん。翠子ちゃんって、割とおしゃべり好きなの……」


 紅利さんが傍にきて、そっと声をかけてきた。

 えっと、それは、どういう流れの話?


(……捕まった以上、覚悟した方がいいヨ?)


 紅利さんに続いて、サイコまで。

 ……確かに亜鈴さんと、グリーン・ベリルのイメージが少し離れているかな、とは気付き始めていたけれども。


「♪歌、音、振動は、始原の感覚。♪記憶の奥底に、必ず残る。♪だから……」


 ――結局、先生が教室にやってくるまで、僕たちは10分ほど亜鈴さんの音楽療法の説明を受けることになった。


「♪私の歌を聴いて、みんな元気に!」

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