第二十六話「さらば巨人の島」6/9
=多々良 央介のお話=
僕は頭の中で、辻さんの説明を一度まとめる。
そこまで難しい話じゃない。
難しい話じゃないけれど、とんでもない無茶にも思える。
「えーと、つまり、ハガネのコクピットにみんなを乗せた土鮫王を割り込ませて、その状態でアイアン・スピナーでハガネが小さくなれば、被害が当たらなくなる」
「そうそうー、アイアン・スピナーが最大威力を発揮する瞬間はー、ハガネという表出現象が限りなくゼロに近づくのー」
辻さんは、僕が理解したことに喜んで、屈託のない笑顔。
そして、それがどれぐらいの事なのかを続けて説明し始める。
「大きなプールに極めて近い角度の二つの針を投げ込んだらそれが互いにぶつかるかー? ぐらいの確率だからー、天文学的に運が悪くなければ大丈夫ねー。……ちょっと怖くはあるかもしれないわー」
僕たちは、運は良い方だろうか悪い方だろうか。
僕が考えこんでいる時に、佐介が深刻な顔をして最後の質問をした。
「一つ気になるんだが、その計画だとハガネを出現させてるDドライブ、それと――オレは大丈夫なのか?」
「それが多々良博士も懸念していた部分ねー。ハガネの中から央介くんのPSIエネルギーが流れだすー。それをDドライブと佐介くんで安定させているわけだけどー、そこに大勢のPSIエネルギーが入り込んだらー……」
「紅利さんを助けた時みたいに、佐介がダウンする?」
それは、要塞都市に来て初めての事件で発生した事故だった。
僕は長手と足高が操る変形ロボを撃退する時に、コクピットへ紅利さんを避難させた。
それだけで佐介はオーバーヒートに近い状態になってしまっていた。
それが今度は、巨人隊を除いて32人で、ギガントトリオも含めれば35人。
あれ? これって大丈夫なのかな。
《そのままやったら佐介は負荷で弾け飛ぶな。そうならないように今専用のDマテリアルを製造してるんだ》
いきなり聞こえたのは父さんの声。
それは辻さんの携帯から。
《佑介が持ってきたギガント製Dドライブの機能だ。大勢のPSIエネルギーを変換する。それを元にアトラスと央介のDドライブにエネルギーを同調させる専用のDマテリアル。今、工作機が調整し終わったから後は全員分が出来上がるのを待つだけだ》
「父さん、オレ弾け飛ぶって……」
こんな時に、思わぬ名前が出てきた。
偽の佐介、ギガントの補佐体である佑介。
前にもあいつのDドライブ由来の技術で助かったことがあったけれど、今度も?
《それでもDドライブにはとんでもない負荷がかかるから、アトラスかDドライブのどっちか――いや両方ともぶっ壊れると見ていい。佐介にかかる負荷は出来る限り減らすようにする。……あとは我慢してくれ》
「我慢? 我慢で何とかなるの……?」
《佐介……骨は拾う。お前も大事な息子だとは思うが修理が利いてしまう、今は人命が優先だ。――それで、万が一Dドライブとアトラスが計画途上で壊れた場合は、残ったアゲハでみんなを庇うというプランBになる》
父さんの話を聞き終えてから、僕は呼吸を整える。
順序や理屈、結果は理解できた。
「百点満点はワンチャンス、ってことだよね」
《……そうだ。まあ、そんなに硬くなるな。時間に合わせてアイアン・スピナーを放つだけでいい。それで――お前たちは帰って来られる》
その父さんの言葉は、自分に言い聞かせる部分もあったと思う。
計画のどこかに見落としがあれば、誰かが怪我をする。
――怪我で済むかも分からない。
でも、僕は父さんを信じる。
父さんの考えた、みんなを助ける計画はきっとうまくいく。
僕が失敗しなければいいんだ。
僕が。
僕が――。
「おーちゃん! アトラス持ってきたよ!」
僕を我に帰してくれたのは、後ろからの掛け声。
慌てて振り向く。
「あ……。ああ、むーちゃん、お疲れ」
ラボ01に、むーちゃんとテフが飛び込んできた。
その後ろにはプリンセスと足高も続く。
むーちゃんは心配そうに僕に近づいてきて。
「その……計画についてもオペレーターさんから聞いてる。大変なことになっちゃったね」
「むーちゃんもだよ。僕のが上手くいかなかったら、全部受け止めることになる」
「央介さんが失敗する可能性は小数点を大きく割ります。夢も当機テフもそう信じています」
テフの言葉に、むーちゃんが頷く。
二人の強い信頼を受けると、その、ちょっと照れくさい。
――うん、そうだ、こうやって思ってもらえるなら、やり切らないと。
僕がむーちゃんから勇気を貰って、胸が温かくなった。
そんな時に、気分を悪くする声も聞こえてきた。
「麗しい友情ですわね。それでナガテはどこですの? アトラスの調整はメカニックのナガテの分担でしょう」
――プリンセス。
アトラスを持ち込んだのはこいつのはずなのに、自分では扱いきれていないのだろうか。
それでも、今はきちんと説明して物事を潤滑に回さないと。
「長手なら隣のラボ02で、Dマテリアル作って――」
「おい、ちびすけども。ご所望のDマテリアルの出来上がりだ」
丁度、その本人が戻ってきた。
手に抱えたプラスチックコンテナの中身は、言われた通りにDマテリアルなのだろう。
割と重そうにしているそれを長手がこちらに運んで来ようとする途中、足高が代わりに受け持った。
身軽になった長手は部屋を見渡して何かを探し、その目的のものへ呼びかけてくる。
「……あー。そこのホーンブレイン娘と短髪娘。一応ここで動作テストしてみせろ。もうDマテリアル使ってるハガネのちびすけどもじゃ無理に動かせちまう可能性がある。補佐体も論外だ」
声がかかったのは、紅利さんと辻さん。
足高はコンテナを片手で支え、二人に真っ赤なDマテリアルを配る。
「こ、これどうすればいいの?」
「これを握ってー、精神を集中―。真ん中に光が灯ったら機能してるサインよー」
先に仕様の説明を受けていたらしい辻さんが、紅利さんへ使い方を教える。
二人はDマテリアルを両手で包むように持って少し難しいような顔。
「集中……集中……、ええと……どうすればいいの?」
「何かについて考えた方がいいわー。気持ちが昂るものとかー、大好きなものとかー」
そう言う辻さんの手元のDマテリアルは、微かな明滅を見せ始める。
Dドライブの起動した時の光よりはずっと小さい光だけれど、おそらく同じものなんだろう。
その光の先に、巨人の中へつながる扉がある。
「あー、よしよし。ちゃんと動くな。後はそれを――」
「むーとか、おーちゃんがやるとどうなるのかな!」
紅利さんが苦戦して、辻さんが何とか光を安定させようと苦労して、長手が何か言いかけた所。
むーちゃんが足高の持つコンテナに手を突っ込んでDマテリアルを一つ取り出した。
そして、むーちゃんは“いつものようにDマテリアルを構えて”――。
「Dream Drive!! アゲ……って言っちゃうとアゲハが出ちゃうから、っと」
むーちゃんがそう言って“別のDマテリアル”を起動しないようにした、その時には。
「わあ……、夢さんすごい!」
「ほれ見ろ! 普段から使い慣れてる奴は検証にならねえつっただろ!!」
むーちゃんの手にあるDマテリアルは、暗闇なら周りを十分照らせるほどの光を放っていた。
多分、僕が持っても同じ事になるのだろう。
そして、それに呼応するように紅利さんの持っていたDマテリアルの中にも光が灯る。
どういう連鎖だろう?
その光は一瞬大きくなって、でも――。
「わ、わ、わ……。消えないで……ああ……」
――消えてしまった。
「あー、はいはい! 動作チェック終わり! ご覧の通り練習がいる! さっさと持って帰ってガキども全員がなるべく動かせるようにしとけ。俺は死にたくねぇからな」
長手が怒鳴って、特製Dマテリアルのお披露目会は終わり。
でも、ちびちびガキガキ言うけど長手だって年上の癖に身長低いじゃないか。
その悪態を口に出さずに、その場をやり過ごせたのは奇跡的だったと思う。
その後、施設の設備を使ってアトラスを調整するという長手と辻さん、それから繊細な作業は得意だというテフを残して、僕たちはキャンプに戻ることにした。
帰路、ハガネの手のひらの上で、プリンセスと狭山さんがDマテリアルの光を競っていた。