第二十六話「さらば巨人の島」5/9
=多々良 央介のお話=
僕たちの大作戦が始まる。
場所はギガントの地下施設から。
ただ、その前にしなきゃいけないことがあった。
「おかしなことをしたら――」
「さっき聞いた。容赦なく巨人で潰す、だろ」
「死のカウントダウン始まってるのにお前ら相手に騒動起こしたくねえよ」
僕たちはギガントの3人の拘束を外す。
嫌な連中だけど、今は協力してもらわないといけない。
わざとらしく拘束の後遺を強調した長手は、辻さんが操作するコンソールを覗き込みながら、情報を分析しだす。
僕と佐介はこいつの監視がしばらくの仕事だ。
一方で、むーちゃんには複数の仕事。
まずはアゲハで部屋の外にいるクラスの子たちをキャンプに帰す。
更にプリンセスと足高を港まで連れて行かせて、置き去りになっているアトラスの回収。
僕はギガントの二人を連れて部屋の外に出ていくむーちゃんを見送ってから、佐介と一緒に辻さんの護衛。
通信の向こうから、父さんの声が聞こえてくる。
《大勢の子供のPSIエネルギーをDマテリアルでかき集めて、その中の無指向の分をアトラスで集束する。それでやっと巨人一体と少し程度になる》
「要求されてる数字が無茶苦茶なんだが。ただでさえアトラスからは逆流させる形式でこれって、巨人に馬力出させたらアトラスが焼き切れるじゃ済まないんじゃねーか?」
「最大稼働時の耐久性は考慮してないわー。本当に一瞬だけ動けばいいんだものー」
「ハガネのドリルアタックに巻き込まれるとか考えたくねー……」
《そこの調整はギリギリまで続けるしかない。央介の携帯をアトラスに直結すれば、こちらからもリアルタイムで修正がかけられる》
あれ、何か話が変わってる?
みんなを乗せて逃がすために、サメ巨人を船にするって話だったような。
佐介が疑問をぶつける。
「父さん、なんか話にハガネとかが出てきたんだけど?」
《ああ、佐介か。計算したんだがな、サメ巨人・土鮫王の性質とハガネのコンビネーションならゼラス・デストロイヤーの被害を限りなくゼロにできるパターンが見つかったんだ》
「それ、本当!?」
僕が驚き慌てて聞くと、通信画面の向こうの父さんは頷く。
《成功すれば、お前たち全員が誰一人として怪我をせずに帰れる。失敗しても場所は大神一佐の指定通りのバリア直近だからゼラス・デストロイヤーの被害は最小限になるな》
「ぼ、僕! それ絶対に成功させる!!」
提示されたのは100か99かの勝負。
だけど、その小さな1はクラスの誰かの命かもしれない。
だったら、僕は――。
《よし。じゃあまずは今通信してるこの携帯を持って、隣のラボ02に行くんだ。そこのラインを弄って専用のDマテリアルを生産させる》
「扉は俺が空けてやるよ、ちびすけ。殴られた分のお礼もしたいがなあ」
長手が凄く嫌味に話しかけてきた。
佐介もいる状態なのだから、怖くもないけれど。
そもそも悪いのはギガントをしてきた長手で、振るった暴力の事について反省なんてない。
ただ――少しだけ後悔は感じる。
だから長手には返事もせずに、さっさとラボ02に向かうことにした。
長手がちゃんとついてきたかを一応確認する――問題なし。
そうして僕がラボ01の扉を潜って通路に出た時、意外な人物と出会った。
長尻尾の狭山さん。
通路の壁にもたれて立っていた。
僕は、彼女が何か辛そうな顔をしていたように思って、声をかける。
「狭山さん。キャンプに戻らなかったの?」
「戻ってもすることないし」
「……そっか」
狭山さんの声の様子は、まだ怒ってるままのトゲトゲの感じ。
でも関係が悪いといっても長手とは事情が違う。
辛くてもちゃんと礼儀を尽くすもんだって言われたこともあった。
「狭山さんも、無事に家まで送り届けるからね」
「はっ、Eエンハンサーが怪我するかよ。ゼラス・デストロイヤーとかで体がバラバラになっても半日もすりゃ元通りだ」
それは、事実なんだろうけど。
僕の代わりに、佐介が割り込む。
「でもそれ、すっげぇ痛いと思うぜ。そうなったときに泣くなよ?」
「かーちゃんの関節技のがよっぽどいてーよ」
そう言って、狭山さんはそっぽを向いてしまった。
今の僕にそれ以上できることもなく、今の僕にはやるべきことがある。
彼女に軽く頭だけ下げて、ラボ02へと向かった。
ラボ02には機械がみっしり。
大きなデザインこそ違っても、父さんの研究室のDドライブ調整機器と似た装置も見える。
「で、これのどこに携帯を繋げばいいんだ?」
「こっちだ、さっさと持ってこい」
佐介の疑問に長手が応えて、指だけの手招き。
その長手の手元には接続ケーブル。
身体検査の時に見逃したのか、それともこの施設のどこからか持ってきたのか、油断ならない。
長手は制御コンソールを起動させ、近くのポートに携帯をつなぐ。
その手際は辻さんと比べて荒っぽいけれど、速い。
「多々良博士、規格合わせるんでいくらかパターン送ってください。何度か光子回路組む試行しますんで」
《わかった。シンプルなのから順に試す。レーザー軸数値とイニシャライズ比率を返送してくれ》
用語からすると、確かDマテリアル内部の三次元光子回路に関する話だ。
そして二人の話に合わせて、近くの工作機械が動き出す。
機械の中心に置かれた透明なシリコン結晶、そこへ三軸の共振レーザーで複雑な回路が立体刻印されていき、真っ赤なDマテリアルが出来上がる。
《光子の返りが少し荒くて太い……強度重視で簡素に量産するためか》
「旧式の方ですんでね。流体素子の生成ラインもありますが?」
《その技術にこっちが対応するのに半日かかる。そもそも戦いに使うんじゃないんだ》
父さんと長手がやり取りを続けて、いくつものDマテリアルの失敗作を作って。
その間、僕には何もできることはない。
《……ああ、央介。辻さんのところに戻って、防御計画の時にハガネをどう動かすかについてレクチャーを受けてくれ。そこまで難しい事をするわけじゃあないが、手順があるんだ》
「あ、うん。わかった」
長手に携帯を渡しっぱなしにするのは不安だったけれど、でもしょうがない。
僕と佐介はラボ02を後にする。
狭山さんの前を通り過ぎて、ラボ01。
辻さんは僕たちが戻るより先に父さんから連絡を受けていたらしく、コンソールの画面にシミュレーション画像を用意してくれていた。
画像には、アトラスを背中にちょこんと乗せた大きなサメ巨人と、その鼻先に立つハガネ。
「それじゃ順序を説明するわねー。まずハガネのアイアン・スピナーはーハガネ全体を螺旋集束で一点に集中する戦法ー。これは央介くんが一番わかってるわねー」
「うん。それで酷い目に遭ったことも、助かったこともあった」
僕の返答に辻さんは頷いて続ける。
「ゼラス・デストロイヤーはー、物質転送破壊を酸素原子への共鳴に絞ってー……ああー、ごめん。簡単に言うとー、空換弾の破壊範囲を真っすぐに引き延ばして発生させるのー」
辻さんは画面を操作して、ゼラス・デストロイヤーの攻撃のイメージ画像に切り替える。
一度表示されたビーム状の攻撃範囲が表示された後、その構造が拡大されていく。
拡大されるとビームの周囲には沢山の飛び散りが見えてきて、こうなるとビームというより“針がたくさん生えた棒”みたいだ。
「この時にー、破壊的現象は集束しきらずにー周囲にも放射拡散しちゃうのねー。これが一つでも私たちに当たるとダメなわけー」
――何となく見えてきた。
これの理屈は。
「クロガネにやられたスピナーをスピナーで避けるのと同じか。ゼラス・デストロイヤーの飛び散る破壊の隙間に潜っちまおうって」
佐介が先に回答しちゃった。
辻さんはうんうんと頷いている。
でも、それじゃ解決しない事がある。
「それじゃ助かるのはハガネだけになる。他の皆を助けないと意味がないよね?」
僕の疑問に、辻さんはすぐに答える。
「そこで利用されるのが空間潜航能力を持ってる土鮫王なのー。街に出てきた時はーアトラスごと地面にざぶざぶ潜るっていうおかしな現象だったけどー、多々良博士によるとーハガネのコクピット形成と同じ領域を使ってることになるんですってー」
ハガネのコクピット。
そこは別の空間、扉の向こうの世界。
そしてあのサメ巨人もそんな場所に居たんだ。
「じゃあ、その領域に土鮫王を逃がしてしまえば――いや、それだけだと空間ごとおかしくするゼラス・デストロイヤーは領域に入り込んで壊してしまう?」
「そう、巨人っていう大きな窓が開いたままだとねー。だからハガネとの合わせ技が必要になるのー」
辻さんは更に画面を操作して、とんでもない状態の画像を表示した。
それは、巨大なアイアン・スピナーの中にハガネと一緒に飛び込む土鮫王の姿。
「うーんー、これだとアイアン・スピナーの中みたいだけどー、現象的にはーみんなを乗せた土鮫王がハガネの中に一瞬入り込むのよー」
画像よりもっととんでもない事を、辻さんがいつもの調子で言った。