第二十六話「さらば巨人の島」4/9
=多々良 央介のお話=
危機が迫っている。
明日の真昼がその時間で今がお昼過ぎだから、何かできる時間はもう一日もない。
それが過ぎればゼラス・デストロイヤーという兵器が、この島を吹き飛ばす。
僕たちは、手の付けようがないラボ03から離れて、みんなを残したラボ01に戻る。
非常事態については、なるべく表情に出さないように気を付けて。
「おーちゃんおかえり! ……ダメっぽいね?」
むーちゃんは、僕の様子の変化に気付いたかもしれないけれど触れずに黙っていてくれた。
なるべく嘘はつかずに、余計な事は言わない。
「迂闊に触ったらドカーンするようなのしか置いてなかったよ。そっちは何か進んだ?」
「多々良博士が通信で対応してくれてねー、少なくともこの部屋のデータは回収できて、あとはこの部屋を止めればラボ03はデータアクセス先を失って島の中に複製巨人は出なくなるってわかったのー」
辻さんが告げたそれは朗報だった。
ただでさえ少ない残り時間に巨人に襲われるということがなくなるのだから。
「でもー、バリアに関してはラボ03単独で完結してるからー、そっちは止められそうもないわー」
「うん、ラボ03でもそんな感じの事が分かったんだ。それでなんだけど――」
僕は、辻さんへ一度頷いて、それから状況を動かすことにする。
佐介と一緒に、声をかける。
「――向こうの部屋はちょっと軍事機密絡みでさ、これからオレたち巨人隊と父さんで、あんまり大勢に聞かせられない話をすることになる」
「そういうの聞きたくない、家に帰った時に軍絡みで制限かかるのはごめんだって思ったらこの場を外してくれると嬉しいかな」
そう伝えると、大体の子は不穏な気配を察して、その場から離れる選択をしていった。
一応の護衛としてテフをつけて、地下施設の通路で待っていてもらうことにする。
残ったのは、僕と佐介、紅利さん、むーちゃん、辻さん、狭山さん。
ギガントの三人も置いてはおく。
さて――。
「嘘吐くのが本当に上手いな」
狭山さんがぐさりと刺さる言葉。
苦笑で返したけれど、辛い気持ちを理解してくれるだろうか。
「紅利さんと辻さんは、いいの?」
「私は……もう軍とか法律とか、関わっちゃってるから。央介くんの傍にいないとこの足が恐いのもあるかな」
「何か危ないことが分かったんだと思うけどー、わたしが説明受けないとー、技術的な事に対応できないでしょー?」
女の子二人の、もっともな話。
狭山さんは――?
「あたしには聞かないんだな。まあ何が起こるか聞いちまったんだから、外れる意味ないけどさ」
「やっぱり、何か良くないことがあるんだね。おーちゃん」
むーちゃんは狭山さんの応対から察した様子で、僕に尋ねてきた。
僕は更に巻き込む人を増やすことを少し悔んで、だけど少しでもマシな結果のために踏み込むことを選ぶ。
「実は――」
「――理論と宇宙空間での実験映像は見たことはあるのだけれどー、実体験はしたくないわねー」
ラボ03の中身についてと、ゼラス・デストロイヤーによる攻撃計画を聞いた辻さんは、いつもの調子で答えた。
そして、通信回線の向こうの父さん。
《ハガネ、アゲハの内部に居ても、ゼラス・デストロイヤー相手ではどうなるかわからない。破片や衝撃波は防げるかもしれないが……。俺、頭がどうにかなりそうだし、雫ちゃんは熱出して医務室だよ……》
……母さんが。
ごめんなさい、僕はまた父さん母さんに心配をかけて、無理をさせました。
「あー……本当に多々良 上太郎博士だ……。Dマテリアル使ってDマテリアル開発者にケンカ売ってたのか俺。あーあ……」
――僕の辛い気持ちとかを知りもせず、長手が何か勝手な事を言っている。
のっぽの足高もそれに反応して。
「どうする? この事件終わったらギガント辞めるか?」
「いや、それは別だ。俺のプログラム技術だのお前の身体能力買ってくれるのはギガントぐらいだろ?」
「それもそーだな」
こいつら徹頭徹尾悪人だ。逃がさないようにしないと。
さて、そんなのはどうでもよくて。
「ラボ03には開放型の操作系が存在していないー。となるとシステム停止は無理ねー。何とかバリア突破の手段を考えましょー」
《それなんだけれども。辻さん、さっきの話を央介にしてやってもらえないかな。やっぱり役立つと思う》
あれ、父さんと辻さんが何か始めていた?
辻さんは頷いて、部屋のコンソールの操作を始める。
その画面には細かい数字や記号に囲まれた、一つの図が浮かび上がった。
「この部屋の機器を調査して分かったのだけれどー、ここで得た神経再現データに、専用に調整したDマテリアルー、あとは巨人への接続機器があればー、ハガネやアゲハに近い巨人を作って動かせるのー」
「動かせる巨人を作れる? ええと、ハガネやアゲハが居るのに? それとDマテリアルなんて僕らの持ってるDドライブぐらいしか……」
「そもそも巨人一体を追加した程度じゃバリアぶっ壊せる気はしないけど。あと、接続機器ってのはどこに?」
辻さんの話に、僕と佐介がそれぞれの反応を返す。
答えたのは父さん。
《そのギガントの研究施設にある神経再現データを全部使えるんだ。つまり、今まで央介が戦った巨人どれでも実体化させられる》
「えっ!?」
父さんは、なんだかとんでもないことを言い出した。
巨人を自由に作って、自由に動かせる!?
僕たちが状況を飲み込み切れていない内に、辻さんが話を続ける。
「Dマテリアルはー、この隣の部屋のラボ02が生産ラインなのー。それで接続機器は央介くんたちのDドライブとー、それ以外にー」
辻さんはそこまで言うと、僕たちから別の方向へ向き直った。
その先に居たのは、プリンセス。
「ギガントさんたちの乗ってきたアトラスが使えるはずよー。ソフトウェアを書き換える必要はあると思うけどねー」
《ラボ03にとんでもない自衛装置でも付いてたら役立つかと思ったが……、とにかくゼラス・デストロイヤーの被害から逃げられる巨人がどれか、急いで考えよう》
そして、僕たちの緊急会議が始まった。
必要な巨人はなんだろうか?
「強い巨人……っていうと、あんまりいい印象がないかな」
「悪夢王とか、紅靴妃とかな。……あ、ゴメン。紅利ちゃん」
「ううん、いいの。あの子が暴れん坊なのは私が一番わかってるから」
《そのあたりは投影自体が難しいはずだ。そもそも動力炉直結している相手に通常の破壊力は無謀でもある》
「単純に強いんじゃダメってことは、何かおかしな現象起こす巨人がいいのかな? 魔女妃のお着換え効果は……ダメだよね」
「前に学校の空間をおかしくした巨人が居たわねー。あれとかでー、すり抜けられないかしらー」
《構築王。あれは能力を使っていた時のラインマーカー……墨筒だったか?墨壺?の届いた範囲を組み替えるものだったようだ。バリアに跳ね返されて終わりだと考えられる》
「央介くんが神奈津川にくる前に戦った巨人には、何かあったりしないの?」
「うーん、それなんだけど東京島の巨人って大規模に怪現象を起こすのは居なくて……」
「そりゃ俺らギガント側の技術更新の産物だな。より効率的にPSIエネルギーを取り出せるようにした結果、怪現象がはっきり出るようになったんだ」
「悪事自慢してんじゃねーぞ。過去の巨人の能力全部検証してたら時間足りねえから除外だ」
「能力がこっちに向いてくる系も抜いた方がいいんじゃねえかなあ。いきなり平原にワープさせられたり海に沈んだり素っ裸にされて記憶飛ばされたり……」
《歌唱妃に野生王だな。……記憶を失わせる効果は無かったように思うが。無差別や広域、ハガネやアゲハの戦闘力を奪うものも除外。となると――》
「夢さんが来たときの甘辛巨人はダメ。ナーリャちゃんの魔女っ子巨人もダメ。奈良くんの巨人はとにかくダメ」
「ゼラス・デストロイヤーの被害を減らす、何らかの防御能力が必要かも? アゲハとハガネに加えて守れればひょっとするかもだし」
「単純にみんなを逃がすことを考えたらー、空飛ぶお船の巨人かしらー。央介くんたちを外してもクラス31人が乗れないといけないものー」
「ナチュラルに俺達カウントしないのかよ。こえーな、このホーンブレイン娘……」
危険な現象を起こさず、自分の身を守ることに長けて、みんなで乗れる大きさの巨人。
僕たちはそんなのと戦ったっけ……?
そこまで厄介な巨人と戦ったのなら、僕が一番覚えているはずで――。
「サメ、ですわ」
今まで黙っていたプリンセスが、唐突に候補を上げた。
「二匹目のサメ巨人――わたくしたちが逃げる時に用いた巨人。あれは大きさと空間潜航能力を持っていましたの」
思いがけない提案。
僕が戦ってはいない巨人。
そんなところに答えがあった。