第二十五話「要塞都市の少年少女は巨人チートで無人島でも楽勝サバイバルライフ」7/8
=珠川 紅利のお話=
「だいたいお前らおっかねーんだよ! 本当に殺しにかかってくるし!」
急な非難の声が、私の抱えた疑問と央介くんの停滞をぶち壊しにした。
声を上げたのは悪人凸凹コンビの小男の方。
すぐに央介くんが刺々しい声で咎めた。
「それより前に、僕たちや紅利さんに銃を向けただろ」
「あっ、ごめん。それあったわ……」
間の抜けた謝罪の回答をしたのは、のっぽの方。
けれど、小男の方は減らず口を続ける。
「あれは威嚇射撃中の事故! お前らが襲ってくる方が悪い!」
「……事故で人殺すの? じゃあ、僕もお前たちは事故で死んだってことにするかな」
今日の央介くんは怖い。
でも、私だってこの悪人コンビに怖い目に遭わせられたのだから、同じぐらい怒っていいのかもしれない。
ちょっと勇気を出して、声を上げる。
「わ、私の巨人の足で、さっきみたいに蹴とばしちゃうんだから!」
その言葉には央介くんは少し驚いた様子で私の方を見て、だけど同時に硬めだった表情を崩してくれた。
頼もしいと思ってもらえたのか、冗談だと受け取られたのかまではわからないけれども。
でも、小男はまだ食い下がる。
「なんでガキなのにそんなおっかねぇ方向に行くんだよ! ケンカとかそういうので殺しまでするか!?」
小男の言い返しに対して、鋭い舌打ちの音が響く。
お行儀の悪いそれは、央介くんがしたもの。
「……ギガントがしてきたこと、知らないの? おまえらが悪党してきたおかげで、どれぐらい犠牲者出てるか知っててそんな事言えるの?」
――うん、だんだん央介くんの気持ちがわかってきた気がする。
この二人もだし、プリンセスもだし、ギガントの人たちってとにかく身勝手だ。
一方で、央介くんの刺々に思う所があったのか夢さんが口を開いた。
「おーちゃん、もういいよ。むーたち無事だったんだから……。たっつーは……まだ目を覚まさないけど……」
“被害者”の夢さんから制されて、央介くんはそこで立ち止まった。
二人の間の重い空気は、それまで喋っていた小男までもだんまりに巻き込む。
けれど、空気を読まなかったのはのっぽの方だった。
「あー? 犠牲者って、巨人に襲われたとか? んでもニュース類で死者が出たってのは見てないけどなぁ……。それに軍人なら怪我するのも仕事だろう?」
この人たちは、どうも自分たちのしていることの事情を知らないらしい。
だけど、央介くんはその無神経な言葉に黙っていられなかったみたい。
「巨人は! それ自体が子供の心なんだ! それを暴れさせたり、傷つけたり……お前たちが巨人を取り出したから、巨人を倒された子供が心に傷を受けるんだ!!」
央介くんのあまりの剣幕に、体格差のあるのっぽは仰け反って黙った。
一方で、小男の方が呟きだす。
「……子供の心? ああ、巨人がPSIエネルギー構造体だからか? それは……聞いてなかったがよ……」
小男の方は少しだけ状況を理解しだしたのか、ばつが悪そうになってきた。
だけどそこで黙っていてはくれなかった。
「でも、巨人と直接戦って壊して回ってるのは、おまえらハガネと軍の方だろ?」
――それは、事実だった。
央介くんが一番辛く思ってる部分で、だから央介くんは呻いて、黙ってしまった。
「おまえらギガントと戦う上での必要な犠牲、大人たちはそう言ってるな」
急に聞こえてきたのは、佐介くんの声。
だけど周りを見回しても彼は居なくて、遠くに止まりっぱなしのハガネがいるだけ。
向こうから喋ってきてるのかな、と思ったけど違うみたい。
「そしておまえらがクソ悪事を繰り返すたびに犠牲者が増えていく。ギガントをぶっ倒すまでな」
「うひぇっ!? く、鎖が喋ってる!?」
あ、そうか。
凸凹コンビを縛ってる鎖って、佐介くんがやってるものなんだっけ。
最初の事件の時、似たようなことしてたもんね。
「……ふん、ギガントを倒す、ねえ。ギガントは世界に潜む大組織だぜ。子供がどうこうできるかはともかく、要塞都市に籠って戦ってても解決なんてしないだろ」
小男の方が、ぽつりと毒を吐いた。
私は一瞬それが正しいように思えて、でも、しっかり考え直す。
解決する・しないとは関係なく、今悪い事をしてるのはこの人たちじゃないのかな。
私が考えている間に、央介くんが小男に言い返し始めた。
「それは……父さんの研究が進めば、巨人を止める手段だって見つかるから! それまではギガントが悪さする限り、僕が戦うしかないんだ!」
「父さんの研究……? 軍の科学者かなんかなのか。それで息子を実験台に戦わせるってひでー話だな」
小男は央介くんと、央介くんのお父さんの事を詰って、嫌な笑顔を浮かべる。
当然、央介くんは食って掛かった。
「父さんが作った技術を盗み出して悪さしてるギガントに言われたくないッ!!」
「多々良くん、ちょっと落ち着いてー。悪事の転嫁、立場を利用した減らず口相手に何言っても効果はないわー。この人はこうやって捕まった分の憂さ晴らしをしてるのよー」
横から宥めに入ったのは葉子ちゃん。
央介くんは表情の険しさこそ変えなかったけれど、その理が適っていると思ったみたいでそれ以上に怒鳴るのを止める。
だけど、その会話が思わない結果に結びついた。
「……多々良? 多々良 上太郎博士……!? それで父さんだから……息子!?」
今までと打って変わって、小男は素っ頓狂な声を上げる。
「え、なんでだ? ギガントがなんでDマテリアル開発者の多々良博士を敵にしてんだ!?」
それまでの悪人顔はどこへやら、困惑ばかりになった小男はそもそも根本的にズレた話をし出した。
戸惑ったのは相手ばかりでなく、央介くんたちも対応できずに顔を見合わせていた。
その中でのっぽが小男に問い質す。
「よくわかんないけど……このちびすけがDマテリアルの出元? じゃあ俺たちの方が盗んだ技術使ってるってのか?」
「軍がDマテリアルを兵器転用してるから、それにちょっかいかけて独占された技術を引っ張り出す。それが俺達が請け負ってた仕事だ。なんだ、前提がズレてた……?」
小男は唸りながら、彼の視点での情報を吐き出した。
これって、向こうは向こうで正しい事をしてると思っていた?
「捕まった時は……ケーサツに聞かれるばっかりで教えてもらえなかったけども……。なんか気持ち悪くなってきた。お姫さんに聞けば事情とかわかるか……?」
のっぽの方が私たちみんなの気持ちを代わりに口にしてくれた。
「嘘は言っていませんわ。ギガントは世界の科学技術に自由をもたらす組織ですの」
みんなと、それと鎖で縛ったままの凸凹コンビを連れてプリンセスを訪ねれば、この回答だった。
「って話だよなあ。軍とか国が独占してる技術をギガントさまが回収し、世界に流通させる」
――のっぽは言われたことに賛同ばかりしてるような気がする。
対して小男は、今度はプリンセスへ疑問をぶつけだす。
「で、なんでDマテリアル技術の出元の多々良博士を敵にしてんだ。おまけにこっちが盗んだみたいな話になってるじゃねえか」
「それは知りませんわ。多々良博士か、あるいは所属する組織が技術独占を選んだか……」
プリンセスの一方的な回答で、当然に央介くんはまた怒り出す。
「父さんはそんなことしない! Dマテリアル技術だって世界に公開されてる! 米軍なんかも同じ技術で……!」
だけど、その次に否定に入ったのは相手側じゃなくて、なんと葉子ちゃん。
「多々良くん、それは今現在、軍関係にだけだと思うわー。実際Dマテリアルの製造過程に関しては私知らないものー」
驚いた央介くんが振り向くのを待ってから、葉子ちゃんは話の結論を告げる。
「Dドライバー理論ー、この技術が暴走したら大変よー。先に抑える技術が完成してからじゃないとー、一般的な分野で使うのは危険だと思うわー」
――ずっと前、大神さんがそんなことを言ってた記憶。
世界中の子供みんなが巨人を出してしまう、そういう大災害になってしまうからって。
確かにそれは解決しきれない話。
央介くんも、葉子ちゃんの話に答えきれずに黙ってしまった。
その時、央介くんの代わりに喋りはじめたのは、ハガネ――佐介くん。
「それだってギガントが盗んで悪用して襲ってきたのが原因だろ。父さんたちが、オレたちが安全に巨人の研究を進めていればこんなことにはならなかったんだ」
「あー、そいつはどんなもんかな」
佐介くんの正しく聞こえる話に疑問をぶつけたのは、凸凹の小男の方だった。
「技術は目立つようになりゃあっさり盗まれるもんだ。んで元の技術者の予想外でどんどん使われ出す。ノーベルのダイナマイトみてーにな。盗まれなければってのは、お子様の考えが過ぎるぜ」
それは、とても嫌な言い方だった。
嫌な言い方で、間違ったことを押し通す考え方で、でもそうなってしまうような気がする話だった。
「悪用してるお前らがぁっ!!」
酷く怒った声。
私がそれに怯えた一瞬で央介くんは小男に飛び掛かって、鎖で縛られた相手を、殴った。
人を叩く音が恐く響く。
私が思わず目を逸らした後もそれは何度か続いて、でも恐くなってしまった央介くんを止める人が現れた。
見れば、夢さんが央介くんを小男から引き離すところ。
「おーちゃん……、ダメだって。そんなことしても何も変わらないし、おーちゃんまで乱暴な悪者にならないで……」
央介くんは、夢さんの制止を何度か振りほどこうとする。
だけど意外に力強いらしい夢さんの悲しそうな姿を見返して、ようやく乱暴なその手を下ろしてくれた。
夢さんはそのまま央介くんをギガントの悪人たちから遠ざけ、今の場所から離れることにしたみたい。
親しい男の子に、それ以上の暴力を振るわせないために。
その途中で、夢さんは携帯を私に渡して、辛そうな笑顔の会釈。
残されたのは私と、葉子ちゃん。
あと相手を縛っている鎖には佐介くんがいるはずだから、危なくはないはず。
「……うぅぇ、痛ってぇ。本当にガキの力かよ……」
口から血を溢した小男、一緒に縛られたままで心配げなのっぽ。
それと、眉をしかめたプリンセス。
「敵対状態の相手には少々過ぎた挑発でしたわね、ナガテ」
「えーえー……反省しておりますよ。怒りのままに海に沈められなくて良かったです」
プリンセスは部下をやっているらしい小男を窘めて、それから私へ向き直った。
ええと、私、だよね。
「わたくしたちから見れば、ですけれど、あなた方のほうが技術を未完成のままという悪用を行っているのですわ」
また、身勝手な話
だけどプリンセスはそのまま悲しそうな顔をして呟く。
「――ギガントの理想を理解できない方々には、伝わらない話なのでしょうけれど……」
悲しそうでも、とにかく一方的で身勝手ばかり。
央介くんが怒るのも当然だと思う。
でも、プリンセスはそこから話を切り出した。
「ただ、この島は別部署による実験。私たちがここに閉じ込められたのはその最中の事故。それを解決するのはやぶさかではございませんわ」
……うーんと。
多分、島を出るのに協力するって話なのかな。
これって私が決めちゃって良い事なのか悪い事なのか。
――あ、そうだ。これがあるんだった。
夢さんから渡された携帯。
うん、これに任せちゃおう。
「協力してくれるっていうなら、その事をこの携帯で都市軍の人へ伝えてください」
私はプリンセスに携帯をわたしながらつっけんどんに言って、ついでに。
「央介くんをあんなに怒らせて、辛そうにさせたことは許しませんから」