第四話「地球最強種族の刃!」4/4
=多々良 央介のお話=
ざばーっと、いっぱいのお湯でシャンプーの泡が洗い流される。
「で、他の方法、思いつくか?」
佐介が次の洗面器を手渡してくれた。
まだ慣れてない、目をつぶったままではわからない新しい家のお風呂の間取り。
佐介に感謝しつつも、その諦めを促す質問に答えを返す。
「――言わなくてもわかるだろ?」
「そーだな」
僕が、一番辛かった時、少しでも巨人との戦いを改善するために父さんが作ったのが、佐介。
それでも、やっぱりどこかの誰かを傷つけて回っている。
良くなったと言えるんだろうか?
「与えるダメージ量は精一杯減らしてるんだぜ。それと――」
佐介が喋る横で洗面器を頭の上でひっくり返して、濯ぎの一杯を浴びる。
お湯が流れ落ちきって水音が無くなった所で佐介が続きを話す。
「――せっけんが沁みる目で洗面器探さずに済む」
こいつの欠点。
無駄な冗談を挟んでくる。
だから僕も冗談で返す。
「代わりにロボットを洗う手間が増えた気がする」
「兄弟やらペットには憧れてたのにな。変わんねーぞ、多分」
佐介は僕の記憶や知識は共有しているから、これはほとんど自問自答のような気がしてきた。
しかし佐介はそれに否定を入れてくる。
「あくまでも央介からオレへの一方通行だ。オレが報告書読んでも央介には伝わらないだろ?」
――報告書。
そういえば戦いの後とかに、携帯へ色々とファイルが送られてくる。
「特に、巨人投影者の経過観察とか見たくないだろ? オレが代わりに読んでおいてやった」
「うっ……」
それらは後で必ず見る、と自分に言い訳していたものだった。
自分が原因を作ったのだから、と。
だけど、やっぱり見るのが怖くて、遠ざけていた。
「あんまり気に病むな。全部終わった後で思う存分謝ればいい。でないと、切りがないぜ」
佐介の慰めの言葉。
何度か大人の人たちから似たような話を言われてもいる。
それでも――。
「話を変えるぞ。大雑把に言えば、やっぱオレの効果あるぜ。巨人が壊されても、悪い夢を見るとか趣味が変わったぐらいに収まってる」
容赦なく佐介は話を切る。
それは多分、僕を護るというこいつのルールなのだろうけど。
そういうパートナー、佐介を用意してくれた父さんの事を思いながら念押しの確認をする。
「……本当に?」
自分と同じ顔を、じっと見る。
お風呂だと髪形も同じだから、本当に鏡映し。
「ここで嘘つく意味あるか?」
「佐介は割と嘘つくだろ、紅利さんに最初にあった時、ごまかしたりしてた」
「それとこれとは別の話ー!」
佐介は投げっぱなしな回答と同時に湯船へ飛び込む。
そのまま、話の続きを始めた。
「……なあ、央介。オレはお前を守るために作られたんだぜ。だから――」
言いにくいことは、ちょっと言い淀む。
機械のくせに、そういうところは人間臭い。
そして真顔の佐介は、一度切った言葉を口にする。
「――むーちゃんと、たっくんみたいなことは、絶対に起こさせない」
心臓が、大きく鳴った。
頭から離れない、ずっと一緒だった二人の顔。
「……そういうの、前触れなしに言うの、やめてよ」
「何かあるたびに思い出してるくせに」
それは、本当の事だ。
巨人を手にかけるたび、ハガネになるたびに、どうしても思い出してしまう。
全部、自分がやったのだから。
(そこから目を逸らさないの、偉いよネー)
「……っ!」
「何だ!?」
声? この声?
お風呂の中、その周囲に人の気配はない。
これは、何らかの方法で、遠くから呼びかけている?
(ア、やっぱり佐介にまで通じちゃうんダ?)
「央介、これ音じゃないぞ! 父さんに……」
佐介が勢いよく湯船から立ち上がった。
裸のままで水飛沫を跳ね飛ばして。
(ちょっと待っタ! 敵じゃないけど、あんまり知られたくもないんだヨ)
何者かに、伝え返す方法がわからない。
だからとりあえず、気づいたことをそのまま口にする。
「……戦ってた時の、あの声、だよね?」
(そソ、手助け分の感謝は欲しいかナ?)
「虫取り網としか言わなかっただろ!」
そういって佐介は風呂の扉に手をかける。
だけど――。
(今、お客さん来てるけどいいのかナ? フルちんで飛び出すノ?)
「むぐっ!」
佐介の警戒行動はそこで止まった。
あれ?
(あはハ、光子頭脳でも恥ずかしい、って思うのかナ?)
僕としても、ちょっと意外な行動だった。
いつもの佐介は僕に何かあれば、全力でぶっ飛んでいくのに。
「その……、今のオレが裸で飛び出ると、央介と区別がつかないからだよ!」
……ああ、確かにそれは、僕が恥ずかしい。
よく思い留まってくれた。
(驚くべき忠義のロボットだネ……、体の90%が生だかラ? Dドライブ光子脳だかラ?)
「そんなことはどうでもいいだろ!?」
「佐介が光子頭脳ってどうやって知った?」
僕と佐介で同時に怒鳴る。
それは父さん達、ハガネや佐介を作った人達と、軍の偉い人、あとは僕ぐらいしか知らない。
もし、悪い方法で盗み出した情報なら……。
(おっト、央介は随分物騒な思考してるネ、周囲を警戒して、いつでも攻撃に移れる、ト)
そこまでされて、ようやく結論に辿り着く。
これは、心を読む力。
でも、そんなのが本当に居るのか?
(はい正解、居まス。ちなみに近くには居ないヨ。巨人の技術を盗んだギガントとは関係ないから安心してネ)
「どーだか……」
正体不明の相手に、佐介が毒づく。
なんで、こんな時に、こんな奴が? 僕はそこまで考えてから、それも読みとられることに気付く。
(なんでも何モ。ワタシの住んでるトコに、キミが引っ越してきただけだヨ。平穏な町だったのニ)
う……、それは……。
(冗談、冗談。こんな力持ってたら、どこにいても平穏じゃないサ)
「……なあ、さっきからおまえの目的はなんだ、って聞いてるんだが」
え? 佐介は――何か言ってたかな?
急に黙って、周囲を警戒してただけに見えたけど。
(あー、悪いネ。流石に機械回路のは聞き取れないから、佐介はちゃんと喋ってくれるかナ?)
この、いわゆるテレパシーには、ちゃんとルールがあるみたいだ。
この人と僕の間で成立して、僕の頭に届いたテレパシーを佐介がついでに受け取る。
そういう構造らしい。
「……ほう、それは良いことを聞いた。これで優位性一つだ。」
佐介が、悪い笑いを浮かべてる。
だいたいどんなことを考えたか、わかるけど。
(それぐらいなら聞かなくてもわかるヨ。佐介だけで捕まえに来るつもりだろウ?)
「ああ、少なくとも面向かって話せないような奴は、捕まえるに限る」
(おー、怖い怖イ。まあ、何処にいるかなんて教えないけド)
なんとなく、自慢げな鼻息が聞こえたような気がする。
テレパシーに鼻息……そういうものなのだろうか?
(で、目的だったネ……。目的は……この町の平和のために協力したい、かナ)
うさんくさい。
(割と本気だヨ。自分の町だし、キミより巨人の元の子供らには詳しいシ)
「何だよ、学校の覗き見でもしてんのか? 変態」
一瞬、声が途切れた。
佐介に変態呼ばわりされたから、怒ったかと思ったけど。
代わりに何か、少し辛そうな感じが伝わってきた。
ため息、みたいな。
(同病相憐れむ、って奴ダ。……変な力持ってると、それが強い力だって気づかないと――)
変な力。
強い力。
僕が持ってしまった、巨人の力は――。
(――そう、取り返しのつかない事になったりする。キミの幼馴染たちみたいにネ)
「っ! てめぇっ!!」
佐介が怒りをあらわにして怒鳴る。
でも、僕はそれを制して。
「いい、佐介。事実なんだから」
――言った後で気づく。
この場で僕だけは声を出さなくても、佐介と“この人”相手に通じるじゃないか……。
(あア……ごめんナ、辛い気持ちにさせちまっテ。でも、央介は自分のしたことを償わなきゃ、で戦ってル)
……それは、確かにそうだけれども。
(でもワタシは……誰も咎めなかったってのもあるけど……隠れて、逃げ出しちゃってさ……)
何か少しの違和感と、ためらいの気配。
少し遅れてから、続きの言葉――言葉?
(……あー、丁度いい機会だかラ、そういうの直そうと思ってネ。いざ世のため捧げんこの力)
「それが嘘じゃなければいいけどな。嘘かホントかが完全な一方通行だろ、コレ」
佐介が不平の罵り。
けれど、相手はそれを気にせずに続ける。
(それと央介、ワタシは上太郎博士に感謝したいのもあル)
父さんに、感謝。
この人と父さんに、どんな接点が?
(今、ワタシの手元にDマテリアルがあル)
「今、何つった!?」
「今すぐ手放して……!」
僕と佐介の二人で大慌ての、説得とも叱責ともわからない呼びかけ。
けれど、返ってきた反応は至って落ち着いたもの。
(待て待て、話を聞ケ。ワタシみたいな、いわゆるESPは、普段から巨人と同質の力、PSIエネルギーを動かしていル)
――ESP。
ええと、確かPSIエネルギーを使いこなせる特異体質の人――サイオニックの内で、特に感覚側の力を持ってる人の事、だっけ。
本当にこうやって話しかけられることになるとは、思わなかったけれど。
確か、父さんは、巨人は“人間が誰でも持つ小さなPSIエネルギー”に、“Dドライブの向こうとの境目”を被せたものだって教えてくれた。
それがどういうことなのかは、まだはっきり理解はできていない。
(デ、今こうやってキミと話せているのも、ワタシのPSIの力を……遠くに伸ばすような感じで、できているわけダ)
PSIエネルギーを延ばす。
体の外までPSIエネルギーを延ばして、別の形にする。
それはつまり――
「つまりESPは常時巨人を出している、ようなもんか?」
佐介が僕が辿り着いた考えを口に出してしまった。
まあいいか、どうせ伝わる。
(感覚的には、そウ。巨人は体から流れ出たPSIエネルギーに色を付けて見えるようにした、みたいな物)
そう言われると、少しわかりやすいかもしれない。
(子供のPSIエネルギーは大人のと違って、外に流れ出やすいんダ。多分まだ枠が出来上がってないかラ)
父さんが、似たような事を言ってた気がする。
PSIは大人になると、常識に囚われて体の中だけで固まってしまう。
でも子供の内は、外に出ていくことがある。
だから、子供だけから巨人が出てしまう。
(ESPとかのサイオニックは、最初から自分でそれの形を決められる才能持ちだナ。だから狙わないと巨人にはならなイ)
「ホントかな」
佐介の疑う声。
僕としても父さんに、しっかり分析してもらいたいけれど――
(デ、生まれつきテレパシーが強い奴ハ、伸ばしたPSIエネルギーを使って他人の心、神経とかに繋がれル)
――わざと無視されたかな。
研究とか、されたくないのかもしれない。
(――繋がって、境目がわからなくなって、混ざル)
……??
混ざる? 心、神経が混ざる?
(そウ、混ざル。自分と他人を分けられない、ミルクとコーヒーだったのがカフェオレになって――)
心が、神経が、カフェオレ……?
それは、とても――。
(自分と他人の体の動かし方まで区別つかなくなっテ、頭おかしくなるカ、酷ければ死ヌ)
背筋に、寒いものが走る。
それじゃESPの子供ってわけのわからない内に命を落としてしまうってことじゃあ……?
僕の辿り着いた危機感を他所に、ぶっきらぼうに佐介が聞く。
「……で、お前は?」
(幸運。ラッキーで生き延びた、かナ? ……で、ここで上太郎博士に話が繋がル)
父さんに――。
ああ……遠回りしてきたけれど、そんな話だったっけ。
(博士の作ったDマテリアル。これでESPのPSIエネルギーに形を、色をつけてやれば、どうダ?)
ええっとESPの子供にDマテリアルを持たせる。
すると、そのPSIエネルギーには色――巨人みたいな形がくっつく。
そうすれば……心と心が混ざる前に引っ込めたり、混ざり始めているのを見て、理解できる。
少なくとも、心のカフェオレが酷い状態になる前に、止めることができる。
(そういうことダ。流石、博士の息子は博士になれる頭してるナ)
――いきなり褒められた。
その、そんな立派なものじゃないのに。
(照れとケ照れとケ。まア、DマテリアルはESPにとっては最高のブロッカー、防音環境ってわけだヨ)
防音環境。
ああそうか、ESPにとっては子供のPSIエネルギーとかは耳元にメガホン突き付けて喋ってるような物か。
……待てよ? じゃあDマテリアルがない今まではどういう状態で?
(ずっと境目のない濁流の中で、見たくもない周りの心が大音量で流しっぱなしサ。……酷いもんだった)
この人、よくごまかすけれど、一方で辛さを感じる。
サイオニックの人たちが表に出てこない理由って、これなのかな。
(デ、今は……静かなもんサ。人生初の安穏かもネ。……なあ、央介)
「いきなり馴れ馴れしくすんなよ」
噛みつきそうな顔で佐介が唸る。
僕がそれを宥める。
(央介は、Dマテリアル嫌ってるけどサ、これは上太郎博士の、本当に凄い発明なんダ。大勢の人を救える可能性の結晶そのものなんだヨ)
急に、父さんのことを称えられた。
少し、恥ずかしくて、嬉しい。
今度に関しては佐介も、似たり寄ったりの顔をして鼻の頭を掻いている。
(だかラ、これが作ってもいけない物になる、なんてことにならないようにしたイ)
――ああ、この人が協力を持ち掛けてきた事にやっと納得がいった。
Dマテリアルの僕の知らなかった使い道。
ESPの子供を護れる道具という未来。
(分かってもらえたようだネ?)
「信用したわけじゃねーぞ、どこの誰かわかったら、いつでも捕まえに行く」
佐介は相変わらずトゲトゲしい感じだけど、最初ほどではなくなっている。
にしても、姿も名前も分からない相手をどうやって捕まえに行くのだろうか?
――名前。
そうだ、この人って何て呼べばいいんだろう?
正体も何もわからないけれど、話し合う時にとにかく不便だ。
(あア、名前無いと話しづらかったネ。それじゃあ……サイコ、サイコでよろしク)
PSYCHICだから、サイコ?
安直なような、わかりやすいような……。
(……ところデ)
申し訳なさそうに、サイコが切り出した。
一体なんだろう。
あれ、鼻が――。
(湯冷めするような時に話しかけて、悪かったネ)
―――くしょん!
See you next episode!
歌声に世界が歪み、ハガネは海深く沈む!
それはまるで羽持つ妖女セイレーンの誘い。
巨人の力がすべて引き出された時の災いとは!?
次回、『神奈津川の人魚』
君も、夢の力を信じて、Dream Drive!
##機密ファイル##
虚構領域境界面抽出による神経PSI波導力体投影光子回路機構『Dマテリアル』
多々良 上太郎博士を中心とする研究チームによって開発された赤い結晶状の光子回路。
全身の神経系が発するエネルギーに空間の境界面を被せることで物理的作用を発生させるための装置。
ざっくり言えば、“超能力で膨らませられた異次元シャボン玉”を作り、動かしたりできる機械。
問題はその“シャボン玉”の硬度が通常物質と比較にならないほど堅固であること。
Dというイニシャルがあちこちに出てくるが、これは虚構領域の理論提唱時の正式名称が「夢叶う世界」領域(region of Dream come true)であるため。
それが流石にロマンチック過ぎる名前のため、もっぱら虚構領域、D領域と呼称されている。
初期は結晶部の外に様々な機器が接続されておりもっと大きかった(机サイズのものや、ランドセル大の背負い式があったという)。
しかし現在は技術の向上で効率化、圧縮され、ケイ素化合物を中心としたコンパクトな結晶光子回路となっている。
これはただの色ガラス片と違って、結晶内を覗き込むと光子回路の余剰エネルギーがキラキラと光って見えるという差異がある。
Dマテリアルは、圧縮加工によって結晶が反射する光学的な波長が変わって、赤から虹の七色経由で青に変化していく性質がある。
その中で、より安定した制御出力を持たせつつ、巨人の投影者自身をD領域に半歩ほど踏み入れさせる「コクピット形成効果」を持たせたものが、央介の持つペンダント型の青い結晶体回路『Dドライブ』である。