第二十五話「要塞都市の少年少女は巨人チートで無人島でも楽勝サバイバルライフ」2/8
=多々良 央介のお話=
広場のカマドが無い方には、ハガネの力で地面に突き立てた何本もの木や鉄骨の柱。
柱の間を渡っているのは港に残っていた漁網に組み込まれていたロープ。
そこにみんなの洗濯物が翻る。
ここが物干し台。
――これも、苦労した。
作るのは大したことはなかった。
だけど、色々あった。
まず、3日目になって女の子たちが悲鳴をあげだした。
単刀直入に「クサい」って。
「ちょっと……下着とか、やだもん! もう!!」
他の女の子が言い出しにくかっただろう事をはっきり言いだしたのはむーちゃん。
それに続いたのは紅利さん。
「暑くてじっとりだもんね、この島。男子はほとんど裸でもへーきだろうけど……」
蒸し暑く潮風吹きつける南国で、汗ばんだ体とそれを吸いっぱなしの衣服。
高度な文明世界に暮らす僕たちは、何時でもお湯の出るお風呂と、キレイに洗濯された衣服に満たされていた。
遭難2日までは非常事態の精神がそれを気にさせなかったけれど、3日目でついに限界になったんだ。
体に関しては、緊急キットに入っていたタオルをみんなに配って、蒸留器で作られた淡水に浸して拭ってもらうことにした。
流石にそれだけだと評判が悪かったので、翌日には近くの廃屋からいくつか湯舟を引きはがしてきてお風呂も作った。
――そして、洗濯。
なんと、洗剤は用意できた。
テフに内蔵されたケミカルプラントは電気分解によって海水から簡単な化学物質を作り出せたのだ。
それに濾過した魚油を加えることで、質はともかく石鹸を作ることができた。
……ただ、テフの口からどばっと薬品が出てきたのはあんまりビジュアル的に良くなかったと思う。
家に帰ったら、黒野のおじさんに改善できないか聞いてみよう。
だけど石鹸があっても、僕たちは洗濯物を用意できなかった。
それは簡単な事で、洗濯する間の替えの服がなかったから。
特に女の子たちは人前で裸になんてなりたくないと大声での抗議。
服が臭いのは嫌、裸になるのは嫌。
ちょっとワガママじゃないかなと思ったけれど、大神一佐からは皆の名誉と尊厳を守るようにとも言われた。
その時、解決案を述べたのはテフ。
機械として冷静極まる彼女が提案したのは、あまりにも冷酷無比な手段。
あるいはそれは、むーちゃんが思いついたけれど黙っていた手段かもしれない。
「現在着用中の被服を分解、布地面積を必要限界まで減らし、交換用衣服としての転換を提案します」
難しい言い回しをしたテフの提案に対応したのは辻さん。
「服を破いて替えの服や下着として作り変えるー? 確かにそういう方法もあるけど、作り変えるまでの間はー結局裸になっちゃうわけでー……」
「材料の第一次徴発候補として、男児一同の上半身被服。該当対象であれば公序良俗に抵触する可能性は低いと判断」
ええと、それはつまり、男の子は多少裸になっても構わないのだから、服を寄こせ。
あれ? ひどくない?
だけど、それを受けて女子の誰かが低く呟いた。
「……ああ、なるほどね」
途端、女子の皆の目が獲物を見つけた猛獣のそれになって、僕たち男子に向く。
そして、今度悲鳴を上げたのは男の子たちだった。
「ぎゃー!!」
「いやー!!!」
男子の誰かが服を引き剥かれて、恥ずかしさに叫ぶ。
僕の来ていたシャツは洗われた後に、ナイフで割かれて女の子の誰かの替えの服に。
他の男の子は、お気に入りのサメ柄シャツだと最後まで懇願していたけれど、その抵抗もむなしく終わった。
まあ、ここは夏のオキナワだから服なんてウインドブレーカー一枚で足りる。
防寒面において問題は、ない。
だけど、なんだろう。
歪な形になって新しい役目を得た洗濯物たちを見ていると、心が寒い。
そんな洗濯物が風に揺れる物干し台の柱の中に、ひときわ高い束ね柱が一本。
ハガネの身長より高くしたその天辺には、木を三軸に縛り合わせただけの座席が用意され、今そこに陣取って、島の奥を監視しているのは僕の相棒、佐介。
これは2日目に作った原始的極まる造りの見張り櫓。
そこで監視をしているのは最先端科学の粋から生まれた人造人間。
――技術として極端な組み合わせだと思う。
この見張り櫓の目的は、巨人や未知の危険の襲来を警戒するため。
担当は、疲れを知らない補佐体の佐介とテフによる交代制。
そして交代要員のテフは既に柱の根本で待機していた。
「おはよう、テフ。交代よろしく」
「おはようございます、央介さん。朝の漁の時間ですね」
テフとの挨拶を済ませると、上から佐介が降ってきた。
建物にして四階ほどの高さからの落下の分、足音は派手なもの。
だけど本人は気にすることもなく、あくび一つに伸び一つ。
僕はちょっと疑問に思ったことを言葉にしてぶつける。
言わなくても伝わるのだけれど、テフの手前だ。
「寝てたんじゃないだろうな?」
「まっさかー。漁網取ってくるから港で待っててくれよ」
佐介は少しの怪しさをごまかしながら公民館の方へと駆けて行った。
テフが柱に刻まれた段梯子を頼りに櫓に登ったのを確認してから、僕は港へと向かう。
繰り返しが4度目ともなれば、それぞれの分担も慣れてきたものだ。
けれど、港への道中。
南国植物の茂みに挟まれた道路の真ん中。
僕の視界に飛び込んできたのは、そこに置かれているはずがない“見慣れた異物”。
僕は一瞬、呼吸も忘れてそれに駆け寄った。
道の真ん中に放棄されていたのは、紅利さんの車椅子。
必死になって周囲を見渡すけれど、不自由な体の彼女が近くにいない。
ありとあらゆる嫌な可能性が頭によぎる。
密かに巨人に襲われた、潜伏していたギガントの工作員に誘拐された、未知の危険に襲われた、思い詰めた行動をとってしまった――。
イヤだ! 紅利さんみたいな辛い目に遭った人がこれ以上なんて!!
パニック半分で確認する限り、周囲の茂みに荒れた様子は、ない。
すぐに港への一本道を、転びそうになりながら全速力で駆けだす。
手にはDドライブを握りしめて、いつでも発動できるように。
佐介は一体何を監視していたのかと苛立ちを覚えて、だけど、あれは巨人相手の監視。
そして角度からすれば、公民館の方は大きく育った藪に隠れて死角になっている。
まだ取れる対策が残っていた事に後悔しながら、僕は港の広場に飛び出て、周囲を見回しながら上げられるだけの声で呼びかける。
「紅利さぁーーーーんっ!!」
その声に驚いて、立ち止まる人影があった。
彼女は振り向く。
僕は、最初その人を紅利さんだと認識できなかった。
彼女はそのまま“駆け寄ってきた”。
僕の目の前までやってきて、慌てた顔で、申し訳なさそうに、少しだけ息を切らせて。
“走ってきた紅利さん”は、そのまま謝罪を口にした。
「……ごめんなさい。朝起きたら、こうなっちゃってて……」
彼女は屈んで、膝に手をやる。
それは、見覚えがある状態。
紅利さんの、巨人質の足――紅靴妃の片鱗。
「声、かけなきゃいけなかったよね。でも……この足があるなら、私の巨人が襲ってくるかもしれない、みんなから離れなきゃって、パニックになっちゃった……」
紅利さんは、ぽつりぽつりと行動の理由を語った。
僕は首を振って、彼女の判断に非が無い事を訴える。
それから――。
「無事で、無事でよかった……」
――思わず、僕は彼女に抱き着いてしまった。
抱き着いて、でもその一瞬は自分が一体何をしたのかわかっていなかった。
遅れて、自分の状態を理解して、自分の行動を理解して。
慌てて彼女から手を離した勢いで飛び退く。
多分きっと失礼な事をしてしまって、今度謝ったのは僕の方。
「ご、ごめん!」
急な僕の動きに驚き顔の紅利さんは、そこから少し微笑む。
少し元気な表情を見せた彼女は。
「央介くん、見ていて!」
紅利さんはそういうと港のコンクリート床の上でステップを踏み始めた。
それは簡単なものから、徐々に激しくて複雑に。
更にステップに合わせて、手の動きも優雅に空を撫でる。
跳んで、回って、捻って。
調子を取って華々しく、流して優雅に。
柔らかな動きの彼女に、僕は思わず目を惹かれて見つめてしまった。
そうしていると、踊る紅利さんは手の指先、足の指先まで神経を巡らせているのがわかる。
――ただ、今の彼女が纏っている即席服で激しく動くと、少しきわどいようなところもあって、その時は目のやり場に困ったけれども。
曲げて、伸ばして、弾けて。
風を切って凛々しく、時に大げさに愛おしく。
紅利さんが踊っていたのは、どれぐらいの時間だったのだろう。
彼女の作る仕草を目で追いかける一瞬一瞬の積み重なりだったから、実は短かったのかもしれない。
最後に紅利さんは静かに会釈してから、僕の前に戻ってきて、僕の手を取った。
十分な運動をした彼女の手は、熱く汗ばんで心臓の鼓動を伝えてくる。
それと同じぐらいに、僕の方もどきどきしていたけれど。
「これじゃ、心配かけた分のお礼にならないかな……? 私の、ちょっと珍しいダンスシーンとか――」
紅利さんからの、突然の取引。
たぶんこれは、心配はいらないという彼女の気持ちの表現。
僕は――それを受け入れる。
ちょっとだけ顔が熱いのを感じながら、頷く。
すると、紅利さんは笑顔で取引の最後の条件を口にする。
「これから私の巨人がやってきたら、容赦なく倒しちゃっていいから」
彼女は、僕の手を更に強く握って。
「だいじょぶ、もう義足でなんとかなるもん」
そう念を押す。
「――ごめん」
僕の口を突いて出たのは、さっきの繰り返しのような一言だけの謝罪。
それは、女の子に辛い決断をさせたことと、結局巨人を壊してでしか解決できないこと、二つの謝罪。
たった一言しか言えなくて、紅利さんを見ているのが辛くて、紅利さんが握る僕の手に視線を落とす。
すぐに紅利さんが僕の手を握っていた手を離す。
気分を悪くさせてしまったのかと慌てて顔を上げた途端だった。
温かさが、押し付けられた。
一瞬何が起こったのかわからずに慌てて、身動ぎが制限されていて。
それでようやく僕の体にしがみ付く女の子を理解した。
僕は、紅利さんに抱き締められていた。
柔らかくて、温かい、僕より少し大きな体。
僕の心臓の鼓動の少し先に、別の心臓の鼓動。
傍に居てくれる人。
父さんや母さんみたいな、包み込んでくれる人。
弱っている時に、体の温かさを分けてくれる人。
それは、とても嬉しかった。
思わず涙ぐむぐらいに、僕からも彼女へ手を延ばして抱き返してしまうぐらいに。
以前、紅利さんの巨人を倒してしまった時にも、こうやって互いの温かさで辛さを凌いだことも思い出す。
――けれど、すこし時間が経って、頭が冷静さを取り戻しはじめる。
その……、これ、大人の目の届かない場所で、イケナイ事をしていることになるんじゃないだろうか?
ど、どのタイミングで、手を離せば、いいんだろう!?
でも、変に長く抱き合いっぱなしで気を悪くされたり、いや手を離しても……う、動けない……!
僕は、頭に血が昇ってフリーズしてしまっていた。
すると、紅利さんが深く息を吸って、それから声を上げる。
「佐介くん、出てきていいよ。そんなに空気読まなくていいから」
「さっ!?」
驚いて、それを切欠に紅利さんから手を離す。
紅利さんも、合わせるようにゆっくりと腕を解いてくれて、おかげで振り向くことができた。
振り向いたところで、資源を剥ぎ取って破壊が進んだ港の建物の影から、佐介が顔だけ出し、応える。
「……よく隠れてるってわかったなぁ。なるべく気配殺してたと思うんだけど」
「だって、央介くんの傍に佐介くんが居ないのっておかしいでしょう? 初めて出会った時からだもの」
それは、そうなんだけど。
ああ、でも、顔から火が出るって、こういう……。
「央介くんも恥ずかしがらないで。佐介くんは央介くんの事がお見通しっていうんだから、何処に居たって変わらないでしょう?」
それも、そうなんだけど。
……この後どんな顔して佐介と接していけばいいんだろう?
「紅利さん、なんか変わった? そんなどっしり構えてる女の子じゃなかったと思ったけど」
佐介が寄って来ながら、質問を投げかける。
なんでこいつ網なんか抱えてるんだ。
パニック状態の僕の隣で、紅利さんは堂々と答える。
「女の子は日々成長してるの。それじゃ、朝のご飯のお魚、期待してるから!」
――あ……、そうだった。
紅利さんに言われてようやく、僕は港に向かってきた理由を思い出した。
うん、そうだ、ハガネで魚を獲らないと。