第二十五話「要塞都市の少年少女は巨人チートで無人島でも楽勝サバイバルライフ」1/8
=多々良 央介のお話=
硬い床の上で目を覚ます。
僕が今いる場所も、今の状況も、やっぱり悪夢ではなくて現実。
放棄された無人島の公民館が僕たちの避難先で、その講堂が寝泊りする場所。
窓の外はまだ真っ暗だけれど、僕は少し早く起きないといけない。
やるべき仕事はいくらでもあるんだから。
遭難して、もう6日目。
この6日間、島のバリアの外では軍の人たちが大きな艦船を出してきてバリアの破壊を試しているけれど、それも結果は出ずに帰るのを繰り返すばかり。
一方で僕たちに出来たことは、クラスのみんなを安全で健康に過ごさせるための環境づくりぐらい。
逆に言えばそれしかできていない。
事態解決のための探索は、ほとんど手つかずのまま。
出来るだけ早く解決しないといけないのに。
板の床から体を起こすと、色んな所が痛い。
けれど、柔らかい寝床の面積は限られているのだから、それは体が弱い子に回したかった。
その柔らかい寝床――避難用のゴムボートから少し空気を抜いた即席エアマットの上では、何人かが寝息を立てている。
2隻あったゴムボートがそれぞれ男子と女子に割り当てられて、体力に自信がある子は床にタオルで寝るというのが今の割り当て。
気を回してくれてベッドと交代しようと声をかけてくれる子も居るけれど、僕は遠慮してきた。
僕なんかはどうでもいい。
他の子に、少しでも良い環境を当てたかった。
――だって、夜泣きする子が、いる。
どんなに環境を改善しても、家に帰れない、助けも来ない最悪の遭難状態ということは変わらない。
そんな中で夜泣きの子たちは、周りの子に慰められて、家族の人たちと通話して、そして泣き疲れて眠りにつく。
昨日は泣いていた子が平気になったかと思えば、昨日までは平気だった子が急に泣きはじめることもある。
島での時間がかかればかかるほど、みんなの体と心が弱っていく。
それが致命的なレベルになる前に早く、こんな僕の巻き添えによる災難を解決しなければいけない。
体の痛む場所にストレッチをかけてごまかしながら、立ち上がる。
今の僕の上半身は、裸の上にウインドブレーカー1枚だけ。
それでも夏のオキナワだから体感温度で問題を感じることはない。
僕の毎日朝一番の仕事は、僕たちが築いた施設の状況確認と、ハガネでの漁。
なるべくなら料理班が起きる前に魚を獲ってきたい。
眠っているみんなの邪魔にならないよう出来る限り静かに講堂の扉を開くと、吹き込んできた潮風は早朝でも既に熱気を帯びている。
生まれ育った場所ではいつもそうだったのだけれど、今は疎ましくしか感じない。
山の涼しい朝が、みんなの居るべき場所なのだから。
公民館から出て、道路を渡った先の広場。
一番目立つのは火炎王の残骸を使った大小のカマド。
そして、カマドに隣り合うように作り上げた大きな蒸留装置。
――それは、2日目に気付いた。
緊急キットの濾過浄水器によって飲み水は確保できていたけれど、それ以外の衛生用水は足りていなかった。
ただでさえ環境や物資が不足している状態で、衛生面が悪化するのは避けなければならない。
トイレには紙が無くても洗浄機が付いていたけれど、それだって雨水タンクに補充する淡水が要る。
食事の前後の手洗いや、身繕いだって生の海水ではさせられない。
けれど淡水の沢を見つけても南国の湿地には何がいるかわからなかった。
ハガネのバケツで汲んでくる以外に、清潔な淡水を生産し続ける仕組みが必要だった。
蒸留装置の基本的な構造案は天才少女の辻さん。
それを組み上げるために必要な石や粘土による設計は大工の息子、加賀くん。
僕とむーちゃんは、ハガネとアゲハで建材となる大石や土を運び、海の中に残っていた火炎王の残骸を拾い上げ、更に港の施設を壊してトタン板を引きはがして材料にした。
引き剥がした屋根のトタン板は、折り曲げて即席の巨大鍋。
その巨大鍋に海水を注いで加熱、立ち上る蒸気を鍋上に配置したトタン板表面に結露させ、その滴りを集めるという構造。
……けれど、最初は全然うまくいかなかった。
火炎王の破片をトタン板の大鍋に押し当てて加熱するつもりだったのだけれど、期待したほどの熱が出なかったからだ。
その時に名乗り出たのは、ケンカ組に居た光本くん。
「おい、付け焼刃の生焼け野郎ども。お前らそれでどうやって火と熱を回すつもりだよ?」
そう怒鳴りつけてきた彼は蒸留器を前にして、地面に作るべき図面をさらさらと描いて見せた。
出来上がった図面からすれば、僕たちが作った蒸留器は炎の吸気や熱気の通り道、熱の反射と伝達を何も考えていない状態だったようだ。
ガラス工房育ちの彼の言う通りに給気口や加熱室、排気煙突を増設した途端、火炎王の欠片は炎を吹いて巨大鍋を猛烈に過熱しだす。
燃料要らずの火炎王と思っていたけれど、光本くんの心の中にはそれが動くためのきちんとした拘りがあったらしい。
そして彼から生まれた巨人の欠片は、彼自身の管理によって100%の力を発揮しはじめた。
トタン板から滴る水の量は多くはなかったけれど、大鍋に海水を入れたら後は長時間放置でよく、完成から半日かけて溜まったのは結構な量。
更に巨大鍋の熱海水からは蒸留の副産物として塩も採ることができた。
おかげで酷い味の非常食が、少しだけマシにもなった。
僕が光本くんにお礼を言うと、彼は苛立たし気な鼻息一つでその場から離れていった。
それはしょうがない。彼の名誉を傷つけたのは僕なのだから。
何よりも、彼から嫌われている僕のすることに協力してくれたことがうれしい。
苦労あったカマド群から離れた広場の片隅には、ドーム状の屋根の下に枯草を敷いた野営所。
タフさに自信があるという獣人の子たちは、そちらを住居にすると言い出した。
――そのドーム状屋根も、巨人の残骸だった。
この6日間で、火炎王を含めて4体の巨人が襲ってきた。
そのどれもが僕にとって見覚えのある巨人。
おかげで相手として戦いやすい巨人ばかりだったのは大きな救いだったかもしれない。
現れた順に、火炎王、料理王、具足王、偽神王。
これが強かったり、厄介な性質持ちだったら――あんまり考えたくない。
だけど、一つ気にかかった巨人がいた。
――具足王。
僕が、“新東京島に居た時に戦った巨人”。
ダイオウグソクムシという深海節足動物をモデルにしたそれは巨大な図体に強固な外殻、更に丸まってボール状になることで打撃を受け流し致命の一撃を入れにくいという厄介な戦い方をしていた。
投影したのはきっと、それが大好きだった“新東京小学校でのクラスメイト”鱈場 光導くん。
つまり、神奈津川小学6年A組だけしか居ないこの場には、投影する子が居ないはずの巨人だった。
僕は具足王をスピナーの一撃で撃退した後、すぐに佐介やむーちゃん、通信先の父さんに大神一佐とその事について話し合った。
考えられた可能性はいくつか。
『この場にいる誰かが偶然、具足王そっくりの巨人を作り出した』
『この島に具足王を投影した光導くんが連れてこられている』
一番嫌な可能性として『その巨人と戦った僕の記憶から巨人が作り出されている』……。
この島の巨人出現のルールはまだわかっていない。
だけど具足王の出現によって、それに使われている技術か手段が間違いなく危険で邪悪なものだというのははっきりわかった。
それでも、具足王の残骸から剥がした外殻が先ほどのドーム型の野営所として利用されている。
ギガントが僕たちから奪っていった技術から巨人が作られて、今は僕たちが巨人の残骸を奪い返して生存のために使う。
そのことを考えれば考えるだけ、答えのでない変な気分になる。
――今の僕にできることは襲ってくる巨人からみんなを守ることなんだから、余計な事は考えなくていい。
軽く頭を振って、袋小路になった気持ちを追い出す。
周囲を見渡す限り、今の僕ではカマド周りには改善案が思いつかなかったので、今度は広場の海側へと足を向ける。