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第二十四話「Drainage divide - Leviathan by far」1/6

 =珠川 紅利のお話=


 どうして、こうなっちゃったのかな。


 央介くんは、狭山さん達とケンカ別れになってしまった後から、俯いたまま。

 周囲には、どうしていいかわからなくなった残された子たち。

 何かをしなければいけないのだろうけれども、私と夢さんは、今まで見たこともないほどに辛そうな央介くんから目が離せない。


 今、私たちが居るのはオキナワ近くの無人島。

 央介くんの説明からすれば、この島は見えない壁の中に閉じ込められていて出入りができないって。


 そして逃げる場所もないのに、さっきは私にとって見たくも言いたくもない感じの巨人が襲ってきた。

 こうなると私たちが頼れる相手は央介くんだけになる。

 でも、その央介くんは――。


「ごめん……っ!!」


 ずっと俯いていた央介くんが、急に声を上げた。

 そして、私たちがその謝罪の意味を理解できない間に、央介くんはいきなり走り出す。

 そのまま、央介くんは港近くの建物の陰へ走り去っていった。


 突然の事に反応できない、反応しようがなかった私たち。

 唯一、佐介くんだけが慌てて央介くんを追いかけて、けれどそれも途中で急に立ち止まってしまった。


 少し遅れて彼らを追いかけた夢さんを、立ち止まった佐介くんが押し留める。

 ……一体、何がどういうことなのだろう。

 今すぐにでも、辛そうだった央介くんに声をかけにいかないといけないような――。


 ――央介くん、声をかけていいような状態だったかな……。

 その事も気になって、私は佐介くんに確認をとる。


「央介くん、大丈夫なの……?」


「……命令された。すぐに戻るから、それまで代わりを頼むってさ」


 佐介くんは、央介くんの状態に触れず、歯切れ悪く語る。

 ロボットな彼なのに、悩み悩みしながら次の言葉を探しているみたいで。

 ああ……、今辛いのは央介くんと並んで佐介くんもなのかも。


(今までの責任と、今の責任が一度に来ちゃったからなー……)


 ……あ、こんな時に裏切り者。

 あきらくんは事情知ってるのに、狭山さんについて行っちゃったの、酷くない?


(あーもう、スパイだよスパイ。狭山(ルッコ)の側に何かあったら連絡するって央介には説明してあるし)


 ああ、そうなの……。

 ――テレパシーってもっと便利なものだと思ったのに、あきらくんのそれを体感してみると、案外そうでもないのが分かってきた。

 それでも、あきらくんなら今の央介くんの気持ちもわかりそうだけど――。


(……少しだけ一人にしてあげてくれ。央介だって一人になりたい時はあるから、さ)


 ――う、うん……。

 わかったうえで、そうなんだ……。


 今、私たちが頼れるのは央介くん。

 今まで軍の人たちが頼ってきたのが央介くん。

 ちょっと小柄だけど、いつでも格好良くて、皆から頼られることになってしまう央介くん。


 そんな央介くんが、逃げ出したい時が来てしまったのかもしれない。

 それでも、央介くんはきっと戻ってきて、私たちを助けるために頑張ってくれる。


 ――頑張ってしまう。


 もし、その全部を背負った小さな体が逃げてもいい場所があれば、時々見せる悲しそうな顔をしなくても済むのかな……。


「おーちゃん……、大丈夫かな……?」


「央介もやらなきゃいけないことはわかってはいるんだ。今は……、今だけは、人前に居られなくなっただけさ」


 夢さんの心配に、佐介くんが答える。

 ご主人様と心が繋がっていて、ご主人様を護るロボットみたいなもの。

 今の彼は、まさにその役割を果たし続けている。


 説得を受けた夢さんは俯き気味に、でも理解して動き出す。

 彼女はテフさんとうなずき合って、私たちの方に向き直って。


「――それじゃ、JETTER巨人隊として、神奈津川小学校6年A組遭難事件への対策にあたるよー!」


 そう、夢さんは高らかに宣言した。

 夢さんだって央介くんの心配で苦しそうなのに、彼女は動く。

 そこへ、おずおずと提案を始めたのは葉子ちゃん。


「ええっとー。多々良くんの、央介くんの方は大丈夫なのー? この状況ではハガネを扱う彼には色々お願いしたいことがあったのだけどー……」


 この遭難の中では央介くんの力と並んで、頭のいい彼女も頼みの綱になりそう。

 佐介くんもその事を理解していたみたいで、すぐに受け答えをはじめる。


「ごめんね。央介はちょっとだけ休みが必要でさ。まあ……戻ってくるまではオレと、むーちゃんとテフで勘弁してよ」


「うーんー……。とりあえず状況を整理するしかないかしらー」


 ――消化できないものがありつつ、葉子ちゃんと佐介くん、夢さん、テフさんによる作戦会議が始まった。



 まず、この遭難で一番の問題。

 この島からは出ていくことができない。

 そして、たぶん外から救助してもらうことも難しい。


「巨人のバリア……ってことになるんだと思うけどな。悪の組織ギガントがどうやってかそういうのを作ったんだ」


「たしかー、巨人は巨人でしか攻撃が難しい、というのが自衛軍の発表だったわねー。その最大の力がハガネとアゲハでー、そうなれば外でどれだけ頑張っても突破は困難でしょうねー」


「おーちゃんの、ハガネのアイアン・スピナー。ドリル攻撃なら貫通できたりしない……?」


「さっき攻撃してみた限り、根本的な破壊は無理っぽい。仮に成功しても外に出られるのはオレたちだけだと思うぜ。ハガネに他の人を乗せては戦えないからな」


「それじゃあ残される私たちが困るわねー」



 続いて、二番目の問題。

 この島は放棄された島。

 人が生きていくための物があるかどうかわからない。


「状況解決までの条件の不透明性。及び、全員の安全を確保するという観点から判断。当機テフは神奈津川小学校6年A組35人全員が最低72時間、推奨170時間の生存環境の確保を提唱します」


「うん……大荷物はホテルに置いてきちゃったから、みんな手荷物ぐらいしか持ってないもんね。テフ連れてこれたのは不幸中の幸いかな……」


「どれだけ長期になるかわからない以上ー、水源と食料と安全圏――セーフポイントが絶対不可欠ねー」


「現在地点は海抜0m地帯。港湾施設の利用は天候によって危険を生じます。セーフポイントとして非推奨」


「ハガネで立ち上がった時に見えたんだけど、あっちの道路を登ったところに廃屋がいくつか見えた。不法侵入にゃなるが日差しと雨風を防ぐことはできそうだ」


「でも、人が住まなくなってから20~30年っていうから壊れてると思うし、カビ毒などが恐いかな。アレルギーの子も何人かいるから慎重に選んだ方がいいと思う」


「さすがお医者さんの娘の観点。そして最重要の水とメシか……心当たりはあるんだけど、それは央介戻ってからだ」


「まだ何かー……見落としてることもありそうだけどー……」



 最後に、三番目の問題。

 クラス全員にテフさんを加えて36人。

 その内、狭山さんたち9人が出ていってしまっている。


「単に出ていったってだけじゃなく、獣人3人にエンハンサー1人が向こうか。結構な痛手なんだよなあ」


「病気や毒、怪我に強い子が居るってだけで負担は凄く減ったのに……」


「半面、離脱者側の安全考慮の負担が減ったとも判断可能」


「何とか連れ戻さないといけないけど……原因は俺ら側だからなあ。特に狭山は……」


「うんー……狭山さんが動くってなるとー、獣人の子が付いて行っちゃいがちなのは学校でも前々からだったんだけどー……問題が連鎖しちゃったわねー」


「――僕こっちだよ。前に多々良に助けてもらって。今回のでそういうことだったんだなあって、やっとわかった。何か手伝えることがあれば頑張るよ」


 最後の話題の最後に、横から割って入ってきたのは真っ白い髪に真っ赤な目、兎獣人の備斗くん。

 彼も私の幼馴染の一人だけれど、彼がどこで央介くんと接点を持ったのか私は知らない。


 その備斗くんでさえ話に入っていったのに、私は何も言えない。何もできない。

 ただただ無力で、車椅子にしがみ付いて、文字通りに他人の足を引っ張るだけ。

 私は――。


 瞬間、強烈な電子音が響いた。


 音の発信源は、夢さんのポーチ。

 皆が聞いたことのない音に驚く中で、夢さん本人も何なのか一瞬対応しきれず、けれどすぐに我に返って“それ”を取り出した。


 それは、女の子の持ち物としては少し無骨な携帯。

 夢さんが急いでその着信を取ると、外部向けスピーカーから私も聞き慣れた声が流れだす。


《夢君、無事か!? ――こちらはJETTER・GF、対ギガント作戦司令の大神だ! 巨人隊が未知の攻撃を受け追跡不能になったとの報告だが!?》


「は、はい! こちらバタフライ1の黒野、無事です! えっと……どうして通信が!? みんな圏外で……」


 夢さんが戸惑いながら大神さんからの通信に応じた。

 私もさっき自分の携帯で連絡を取ろうとしたのに、通信圏外の表示が出ていて無理だった。

 それは私だけじゃなくて、周りの子たちもみんな同じ。


《ああ……通常の通信妨害に巻き込まれたと誤認していたのか……。夢君と央介君、補佐体に渡した軍事用途端末には量子通信が組み込まれている。遮断などによる妨害は不可能なのだよ》


「えーっ!? ……あ、あー、そんな説明受けてた……」


 夢さんは驚いて、それから自分の失態に酷く落ち込む。

 詳しくはわからないけれど、央介くんや夢さんの携帯は連絡が取れるみたい。

 でも、物事にはすぐ気付く夢さんがそれを忘れるなんて――。


 ――ああ、ううん、違う。

 これも、夢さんの心が央介くんの心配でいっぱいいっぱいだから、普段できることまで手が届かなくなっているのかも。


 そのことを知らなくても大神さんは夢さんを咎めることなく、落ち着いて次の話を始める。


《何を置いても君の無事が確認でき、通信できたならかまわない。では、まず確認させてもらう。央介君、そして補佐体の佐介が呼び出しに応じないのだが、彼らは?》


「あ、あの、おーちゃん……央介は、今は少し体調不良で応じられない状態です。すぐに回復すると思うので心配しないでください。佐介は――」


 今の央介くんは着信も取れない状態なのはわかる。

 でも佐介くんは普通にそこに居て、着信を取れない状態とは思えない。

 その佐介くんは――何か気まずそうに頭を抱えている。


 あっ、そういえばなんか覚えてる。

 佐介くんって確か携帯を置いてきちゃう悪い癖があったはず。


「――そこに、居ます。無事です」


《佐介の携帯端末が、オキナワ本島の宿泊施設の座標で止まっているが、分断を受けたというわけではないのだな? ……うむ、ならば良しとしよう》


 大神さんも佐介くんに言いたいことはあるみたいだけれど、そこは大人、非常事態の今言うべきことじゃないと考えてくれたみたい。

 それでも、後で佐介くんが怒られるのは間違いないと思うのだけれど。


 通信の向こうの大神さんに向けて夢さんはそのまま報告を続ける。


「――はい。むーを含め、クラス全員が無事です。けれど船が壊された時にハガネ、アゲハを使ったから……秘密、機密とか守りようがなくなっちゃって……」


《人命救助なら……やむを得まい。最悪の事態は避けられたと考えよう。他に、問題は?》


 ――ああ、これは、クラスのみんなが私と同じ状態になっちゃったんだ。

 はじめて大神さんと話したあの時、大神さんの言葉がとても恐ろしく聞こえた事を覚えている。


 でも、その時が私の新しい時間の始まり。

 そして今、この島では私たち全員の新しい時間が始まりかけている。

 それがきちんと始まって続くように、私たちはなんとかして要塞都市に帰らないと。

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