第四話「地球最強種族の刃!」3/4
=多々良 央介のお話=
敵巨人――昆虫王に対して、僕のハガネはアイアン・ロッドを構え、時に威嚇の素振りをする。
周辺に立ち並ぶ街灯よりも大きい鉄の棍棒を振るう度に、昆虫王は距離を取って安全圏に退避を繰り返す。
攻撃はできないけれど――。
《そうだ、それでいい。とにかく近寄らせないことだ》
父さんからのアドバイス。
この素振りも父さんからの指示。
《大きさは強さになるが、同時に動きを見極めやすくもなる。小さな虫なら視界から外れもするが、あれは見失いようがない》
落ち着いてみれば、確かにその通りだった。
この虫の巨人は、大きくなった分、武器を一つ失っているのだ。
「飛び道具もないみたいだしな」
飛び道具担当の佐介が自慢げに鼻を鳴らす。
……ハガネと融合して体が無くなっている今、コイツはどうやって鼻を鳴らしたんだろう?
それはともかく、出会ってまだ半年も経っていない、でも僕の事を一番理解してくれているパートナー。
いつでも僕を守ってくれる機械の相棒。
その言うことはもっともではある。けれど――。
「――決め手に欠ける、か」
コイツはデリカシーもなく心を読むのが、少し困る。
「でも戦闘中は便利だろ? いつでも瞬間対応できる」
言い返せない事を言ってくるのも、ちょっと嫌。
一方、昆虫王はハガネを中心にして飛び回り、隙を窺っているようだった。
後方は佐介に任せてあるから、死角にはならない。
悔しいけど、佐介は有能なのだ。
「さて、アイアン・チェインで絡めとりたいけど……、あの速度じゃ当たる気がしねえ」
《央介君、さっきからの昆虫王の攻撃を映像分析してるのだけど、どうも、ハガネの関節とか細い部分……鎧っぽくないところを狙ってきてるみたい》
佐介だけでなく軍のオペレーターさんが精一杯の支援をしてくれるのは、嬉しい。
そういうアシストがなかった新東京島での戦いとは大違いだ。
《おそらくだが、相手もハガネの硬度に思い込みがあるのかもしれん。自分の攻撃は金属装甲状の部分には通用しない、と》
父さんが相手の行動を解釈。
実際、巨人は思い込みの力が大きく影響する。
知識や記憶、理解と願い、それが巨人の力や形になる。
こちらで初めて戦った巨人、馬頭王は同じクラスの喘息の男の子から生まれた巨人だったという。
だから煙幕やアイアン・チェインでの束縛で、呼吸が困難になるという“思い込み”だけで崩壊を起こした。
――そんな嫌な倒し方をしたことが、辛い。
そんな倒し方をすれば、まず間違いなく巨人を出した子供にもダメージが入ってしまう。
事実、その喘息の子は今登校してこないのだから。
一方で、この巨大な昆虫巨人を投影したのは、きっと虫好きの男の子。
昆虫図鑑を広げて夢想した最強の虫!の姿が目の前のそれなのだろう。
「んじゃ、オレが関節を覆う装甲に化けて弱点潰して、あとは直接組み付くか?」
《佐介、全身の関節にギプスはめた状態で、空飛んでる相手を捕まえられるか?》
「……やめとく」
まず佐介のにわか作戦は取り下げ。
続いて声を上げたのは、長尻尾の狭山一尉。
《虫なら火に弱そうなものだけど……、市内で火炎放射や気化爆は使いたくないわねえ……》
通信の向こうで、狭川一尉が唸る。
要塞都市の戦闘用隔壁がある程度守ってくれているとはいえ、街の真ん中では強力な火器は使えないんだ。
《あ、神奈津川の河川ならどう? あそこなら幅50はあるし、家屋もないから燃焼火器でも使えない?》
狭山一尉の、市内を通る川の上での攻撃案。
その案への返答は作戦部のオペレーターさん。
《……ダメですね。該当エリア付近の市役所、消防署、警察署、及び六星電機工場から不許可です。真横で大火力やめろって話ですね》
巨人と町の中で戦うのは、色々と難しい。
それでも、新東京島よりはずっと戦いやすくなっている。
向こうには隔壁も兵装も何もなく、華奢な街中で戦って少しでも物が壊れれば父さん母さんが謝ってまわって――。
《飛んで火に入る虫とはさせてくれない、か》
《いや、悪くないアイデアだ、狭川一尉。虫は火に飛び込む、走光性などを持つはず》
僕の陥りかけていた考えを、狭山一尉の言葉が引っ張り上げてくれた。
更に、犬獣人の大神一佐が何かを閃いたようだった。
《……ふむ。第16防衛塔、投光器最大出力、昆虫王に向けて照射だ。どうなるか見てみよう》
《了解、投光器起動します》
周囲の武装ビルの表面にぼうっとした明かりが灯る。
投光器、そこまで強い光でもないんだな。
そう思った瞬間だった。
次の瞬間、僕の視界は真っ白に染まった。
周囲の色が見えなくなるほどの猛烈な光量が降り注ぐ。
「ちょ、ちょっと、すみません! 何も見えません!!」
「昆虫王より先にこっちの目がやられちまうよぉ!!」
《おっと、すまない。閃光防御を取らせるべきだったな。……だが効き目はあったようだ、見たまえ》
大神一佐にそう言われても、ハガネも僕も目を覆ってこらえるしかない。
光が強すぎて、真っ暗よりも何も見えないのだから。
「佐介、傘! アイアン……パラソル!」
「りょーかいっ!」
何も見えない状態だけれど、それは丁度ハガネの手元に飛び込んできた。
佐介に伝えたイメージ通り“普段使っている雨傘”と同じ感覚。
手探りでグリップを探し出し、いつも通りに傘を開いて光の来る方向に構えた。
鉄板で出来た雨傘が、光を遮る。
これで何とか目を開けることができる。
そうやって隔壁と傘の影の中になっても、まだ周囲からの照り返しでまぶしい。
傘の向こう側を確認することもできない。
しかし、さっきまでハガネを狙っていた昆虫王の気配もない。
《央介君、携帯に光の外からの解析映像を送っているので、そちらを確認して》
「あ、はい。ありがとうございます」
オペレーターさんの手配してくれた映像は、反射光で見辛かったけれど様子をうかがうことができた。
そこには、光の中でひっくり返って悶える昆虫王の姿。
「え? 倒した……?」
《そうなればよかったのだがな。残念ながら行動阻害程度だ》
途端、昆虫王の翅が猛然と動き出し、その反動で近くの防御壁にぶつかっていった。
巨人は、そこから手近な隔壁に脚を引っ掛けて起き上がり、翅を広げて飛ぶ。
けれどその軌道は急激な弧を描き、巨体はまた地面に衝突した。
「……あー、街灯に照らされた虫、こういう動きするな」
うん、科学解説動画で見たことがある。
たしか、虫は太陽光と投光の性質の違いで、方向感覚を狂わされるんだっけ。
《そういうわけだ。飛行能力は封じた。決定打はハガネに任せる》
「任せるって言われても、この眩しさの中じゃこっちも……」
僕の感じていた疑問を、佐介が代わりにぼやく。
けれど――。
《ハガネにお届け物よ! トランクごとぶん投げるから受け取って!》
飛び込んだ通信と同時に、軍用車両が足元に駆け付けた。
荷台には、長尻尾の狭川隊長。
そこから箱状のものが真上に飛ぶ。
ハガネは片手で傘を構えながら、もう片手でそれをキャッチ。
これは、言われた通りトランクだけど……?
《中に遮光できるゴーグルが入ってるから、央介君が使いなさい!》
「あっ、わかりました! ありがとうございます!」
トランクをハガネの口の中に放り込み、中に落ちてきたところで、僕が受け止める。
荷物の中身、ゴーグルを身に着けると、それは自動で周囲の光量を調節してくれた。
でも、大人の兵隊さん用だからか、僕には少し大きいみたい。
これでハガネは行動できるようになった。
僕は墜落した昆虫王の居場所へと急ぐ。
《飛べなくなっても、奴にはまだ反応速度という武器がある。油断するな》
父さんからの指示。
更に――。
《何か、虫に効きそうなアイデアはあるか?》
急にそう言われても。
えーと、殺虫剤とか、粘着シートとか……?
(――虫取り網)
「えっ?」
「ん?」
今のは、誰の声?
「虫取り網って?」
《む、虫取り網か? ……まあ、相手が虫という意識を持っているなら、ロジカル効果として悪くはないとは思うが……》
あれ? 今の声は父さんには聞こえてなかった?
てっきり通信回線から流れた物だと思ったけれど。
「虫取り網、か……。まあ、鎖の網でよければ、やれる。」
でも、佐介には、聞こえてた?
一体何だったのだろう。
すぐに、ハガネの主砲から、巨大な虫取り網が生えた。
僕はそれをハガネに持たせて、構える。
けど――。
「……佐介、この網じゃ小さくない?」
虫取り網の柄はハガネの身長程度、相手を捕らえる輪はハガネの頭を収める程度だ。
どう考えても相手の全身が入るとは思えない。
「アイアン・ロッドと同じ感覚で使える大きさにしたんだ。相手捕まえるときには大きくなってやるから安心しろ」
そう言われて、とりあえず振るってみる。
うーん、巨人同士の戦いにはあんまり似合いそうもない。
……もう少しかっこいい武器はないものだろうか?
「ぜーたく言うな。かっこよさで敵が倒れてくれるわけじゃない」
佐介の正論に負けた僕は、ハガネに虫取り網を構えさせたまま、ビルの陰から、昆虫王の様子をうかがう。
今のハガネを周囲から見た姿は、あんまり考えたくない。
身長10mほどのロボット風巨人が、子供みたいに虫取り網を振り回すなんて……。
昆虫王の方は、光の中で翅をバタバタとさせて飛行の準備か、それとも飛べないことに苛立っているのか。
幸い、こちらには気づいていないようだった。
――呼吸を整え、虫取り網が相手に届く距離、歩数を考える。
そこから、一気に虫取り網を大上段に構え、ビルの陰から飛び出した。
「1、2のぉ!」
「3っ!」
佐介は、掛け声通り見事にタイミングを合わせてくれた。
虫取り網は振り下ろした瞬間、相手に合わせた大きさになり、相手を捕らえる。
鎖網の中で昆虫王が足掻き、じゃらじゃらと音を立て必死の抵抗。
《気をつけろ、央介。まだハチの毒針とかを持ってるかもしれない》
「う、うん」
父さんが恐い通信を送ってきた。
けれど、何か様子がおかしい。
さっきまでの昆虫王なら、この程度の網は跳ねのける力があってもおかしくない。
バッタの足蹴りもあるし、カマキリの腕で鎖網も破ってきそうなものだ。
それなのに妙に弱弱しくなっている。
その時、佐介があることに気が付いた。
「コイツ、さっきより小さくねーか?」
《……そうですね、確認時の90%ほど。現在も少しずつ縮小傾向にあるようです》
オペレーターさんが、ちゃんと数字に出して検証してくれる。
網の中の昆虫王、どうして縮んでいくんだろう?
《ふむ……網に捕まった虫はそれ以上抵抗しても、という考えなのかもしれんな》
大神一佐の見解。
そうすると僕は考え違いをしていたかもしれない。
僕はこの巨人は、虫の強さへの願望の形だと思っていた。
けれど、この虫は強さだけのものではなくて、網に入ることが決着という結末が用意されていたのかもしれない。
そうなるとこの巨人の元になった心というのは――こういう凄い虫を、捕まえたかった、だけ?
《央介君、あまり小さくなったらやり辛いだろう。ハガネは対象、昆虫王を即時破壊せよ。…できるな?》
弱っていく昆虫王。
大神一佐の命令。
「……はい」
憎んでもいない相手、自分に近い境遇の相手に手を下す。
何度やっても、嫌な気分になる。
裏から糸を引いているギガントの連中を叩き潰すなら、すっとするだろうに。
深呼吸して、覚悟を決める。
「僕は……君の夢を、砕く」
こうやって、誰にともなく自分の行動を告げるのがいつの間にか癖になっていた。
それでも、許してなんて言えるはずもない。
足で押さえた網の中の昆虫王、その頭をハガネの右手で掴み、そのまま地面に押し倒す。
動けなくなった相手の胸元に、左手の手刀を突き込んだ。
甲殻が砕け、光の粉が溢れる。
都市自衛軍の大きな協力と、何かよくわからない手助けをされて、戦いは終わった。