第二十三話「急転直下! 策謀の島」2/4
=多々良 央介のお話=
無人島の港、荷下ろしが行われていただろう広場に、6年A組のクラスメイトがきちんと並んでいた。
船が壊された時は悲鳴や泣き声も聞こえたけれど、今はそれほどでもない。
それは要塞都市のシェルターで日常的に避難していた結果かもしれない。
クラスメイトの列には3人分の空き。
僕と、佐介と、むーちゃんの分。
ハガネの中までクラスのざわつきが聞こえる。
それは通信ができない、連絡が取れないといった内容で、何人かは手に手に持った携帯を突き合わせているのも見えた。
――ああ、それなら僕が考えた悪い可能性の方で当たりかもしれない。
僕は、みんなの前にハガネを立たせて、そこで巨人を分解する。
大きな仮面だったハガネが無くなって、僕は素顔をみんなに見られた。
逆に僕は、恐くてみんなの顔を見ることができない。
もう、引き返せない。
「多々良……」
「マジでハガネだったんだ」
「あの……、ううん」
みんなはひそひそと、はっきり言わない程度の言葉を口にして、近くの子と話し合ったり、こちらに語り掛けようとして諦めたり。
対応が決まりきっていないのだろうけど、少なくとも僕に全面的に好意が向いている感じではない。
例えばさっき、狭山さんは僕は嘘つきだと言った。
それは間違いない。
街で暴れまわるハガネや巨人とは関係ない、というふりをしてこの数カ月過ごして来た。
でも、僕はまだいい。
僕は自分で嘘つきをしてきたんだから。
問題なのは、僕がしたことで嘘つきをさせられていた紅利さん。
彼女は今、一体どんな顔をしているのだろう。
悲しんでいるだろうか、困っているだろうか?
だから、僕がまずしなきゃいけないことがある。
息を吸って、奥歯を一度噛み締めて。
「ごめん!」
僕は、みんなに向かって謝り、頭を下げる。
嘘つきができることは、これぐらい。
長く、ずっと、頭を下げ続ける。
しばらく誰も声を上げなかった。
その中で、最初に声をかけてきたのは――。
「ごめん、ってだけ言われてもな」
――あきら!?
「色々と説明してくれよ。こっちは多々良がハガネになってたって事しか分からないんだから」
事情は全部知っているあきらからの質問。
一瞬どういうことかと思ったけれど、これは僕を助けるアシストパスだ。
――いつも、ありがとう。
色んな感情が絡まって、泣きそうな中で言葉を選んで、みんなに真実を語る。
「僕が、多々良 央介は、ハガネをしていました。これは、父さんが作った技術で……ええと」
あれ……うまく、いかない。
考えれば考えるだけ、頭の中がぐちゃぐちゃに絡まり出す。
何を、どう伝えればいいんだろう……?
「代わりに説明するぜ」
進み出たのは佐介。
僕を護る、父さんが作った相棒。
「じゃあ基本的なところで、央介がハガネを出せる。オレが人間じゃなくてサポートロボットみたいなもん。それで襲ってくる悪の組織と戦ってきた」
佐介があっけらかんと物事の触りを語る。
クラスのみんなは少なくない衝撃を受けた様子で、でもそれが切欠になっておしゃべりを始めた。
「央介くんの方がハガネ……」
「佐介ってホントにロボットか? 着替えの時ちんちんついてたぜ?」
「巨人が襲ってきた時に多々良は居ただろ? 遠隔操縦?」
しばらくはそのまま、僕たちは黙って、みんなに話を消化してもらう。
そうするうちに、大きな影が僕らに近づいてきた。
「ごめんなさーい。海に落ちたこれを拾いに行ってたの」
巨人、アゲハは手のひらにすっぽり収まった大きなトランクを示した。
それは、むーちゃんが記念撮影の時に引きずってきたもの。
中身は――。
アゲハの手にあったトランクはひとりでに開き、中から一人の女の子が飛び出した。
彼女はそのまま、みんなの前に降り立って深く会釈する。
「同じくサポートロボット、補佐体2号機のテフと申します」
むーちゃんと区別しにくい彼女の登場に、みんなが戸惑う。
すぐにアゲハが分解されてむーちゃんが姿を現し、僕みたいに深々と頭を下げた。
「おーちゃんがハガネで、むーがアゲハやってたの。黙ってて、ごめん」
僕と佐介、むーちゃんとテフ。
そしてハガネとアゲハ。
四人に見えて二人と二機、それと二体の巨人。
クラスのみんなも、少しずつ構造が理解できてきたようで、雑談にはからかいの言葉や笑い声も混ざり始める。
そこまできてやっと、僕はみんなの顔を見ることが出来た。
みんな、まだ困惑はしている。
それでもさっきのハガネを見ていたほどの怯えの視線はない。
けれど、その中で酷く鋭い視線が僕に向いていた。
「ま、まあ。今回はハガネが、多々良くんたちが海難事故から助けてくれたわけだし、ね!」
飛行船少女の高原さんが、笑顔の画面表示をしながら大仰な身振りで話しかけてきた。
ただ、宙に浮いている彼女の場合は僕が助けたか怪しいもので、そもそも彼女の実体はここにないはずだけれども。
そのことを周囲の子が指摘し、小さく笑いが起こる。
けれど――。
「これ、本当に事故か? 多々良、答えろよ」
さっきから、怒りと不信の表情を崩さない狭山さんが、核心について尋ねてきた。
周囲の子たちは妙に攻撃的な狭山さんをたしなめるけれど、彼女はその姿勢を変えはしない。
正直に応じるしか、ない。
「謝った理由は、それも、ある……。多分これは事故じゃなくて、ハガネを狙った攻撃だと思うから……」
僕の答えを聞いて、クラス全体から、悲鳴にも近い驚きの声が上がった。
「ええー!? 攻撃!!?」
「なんで……? 私達はハガネと関係ないのに?」
「何かの、間違いじゃあ、ないよね」
当然、僕たちへ向く視線から好意的な物は減り、不安と混乱、ざわめきが広がる。
――これは答えを間違っただろうか?
そんな中で、一人の女の子が真っすぐ手を挙げ、前に進み出た。
巻き角型の拡張義脳、ホーンブレインを持つ巻き角の辻さん。
彼女はそのまま、のんびりとした口調ながら理路整然と質問を始める。
「もう少し情報と順序が欲しいかもー? ハガネが狙われている。それはどうして、どれぐらいのものなのー?」
クラス一の天才少女が動いたことで、みんなは少し静けさを取り戻した。
僕は彼女の用意してくれた“順序”の通りに、説明することにする。
「えっと……、学校で説明された毒性のある赤い結晶ってみんなは覚えてるかな? あれはDマテリアルっていう機械で、子供が下手に触ると、その子供の心から巨人が出てきちゃうんだ」
これが、まず最初の部分、巨人が出てくる理由。
クラスの子で、何人かが思い当たることがあるらしく、またざわつきが戻る。
次の説明は、佐介。
「Dマテリアルは、最初はうちの父さん達が発明したんだ。でも、それを悪の組織が盗んでいって、みんなから巨人を取り出して悪さをするようになった」
僕たちの説明を聞いた辻さんは、自身の角の表面を指でなぞり始めた。
それこそ、その角と頭の中で情報を整理しているらしく、小声で呟く。
そして、彼女は仮定の結論を僕らに向けて投げかけてきた。
「Dマテリアル――多々良――。じゃあ、結晶光子回路集束神経波による虚構領域境界面抽出、Dドライバー理論の多々良上太郎博士、雫博士が多々良くんたちのお父さんお母さんでいいのかしらー?」
――えっ。
辻さん、さらっと難しい事を言ったけど、父さん母さんのことを知ってる?
「そう、苗字が偶然同じというだけじゃなくー……。となれば同理論で取り出されたD領域空間の塊が巨人ということになるー? でもアレは人間サイズの防護障壁が利用目的だったはずで――」
辻さんの話は、専門的な方に入っていってしまった。
なおも彼女の思考とつぶやきは止まらない。
このままでは、無駄に時間がかかるばかりなので、佐介とで慌てて止めにかかる。
「う、うん。よく知ってたね。流石辻さんというか、なんというか」
「理論はそんなんなんだ。ただまあ色々事故が起こって、悪用されるようになっちゃってさ」
二人での呼びかけが何とか通じたようで、辻さんは我に返って飛び上がり周囲を見回す。
それにしても、この状況でそこまで没頭できるんだ……。
「――はっ。ごめんなさいー、考えこんじゃってたわー。確かに科学情報のトピックスで、博士が何か事件に巻き込まれたという記事があってからー、続報が災害や軍事カテゴリになっていておかしいなとは思ってたのー」
「その“事件”や“災害”が、街で暴れてた巨人なんだよ。島に居た時のは情報規制がかかってたから詳細は広く出なかったはずだけどね」
佐介の説明を聞いて、辻さんはなるほどというように頷く。
次は、僕が説明する番だ。
「それで――巨人を止められるのは巨人だけで、戦えたのは僕だけだったから、新東京島で事件が始まってから、ここ一年ぐらい巨人――ハガネとして戦ってた」
クラスの皆は、ぽかんとしたり、頷いていたり。
――何人かは、睨むような眼を向けてきたり。
受け取られ方は様々でも、話は全体に伝わっていっているようだった。
「で、戦ってるうち、央介一人じゃ危なかったから、父さんたちはオレを作った」
急に喋り出した佐介の手には、その辺に転がっていたらしい大きな流木。
佐介はそれを両手で鷲掴みにして、真っ二つにへし折った。
流石にその怪力デモンストレーションにはクラス全員が驚いて、今までの話が嘘ではないことを見せつけた事になる。
「な? 人間じゃなくて機械なのさ。この遭難状態では思う存分頼ってくれよ。オレたちで全員を助けて、家にまで連れていくからさ」
「当機テフも佐介と同型の防衛装置です。気兼ねなく、補佐体とお呼びください」
だんだんと、僕たちの目的や能力が伝わってきている感じがする。
一方で僕たちの今の目的がはっきりした。
クラスのみんなを、一人も欠けることなく家まで帰す。
それが今の僕たち、巨人隊の目的だ。
――どんな風に思われていても。