第二十二話「魔法“巨”少女クマクマ ☆彡 ナリヤ」3/5
=多々良 央介のお話=
「巨人だー!」
「はーい。避難、ひなーん。番号言ってー」
「折角、大荷物持ってきて用意したのに……」
警報が鳴り響く中で、クラスのみんなは慣れ切った様子で行動を始める。
避難に慣れる、なんてあんまり良い事じゃないかもしれない。
そして、その状態にしてしまったのは、僕。
そんな時間はないとわかっていても、思わず小さく項垂れてしまった。
すぐに考え直して、顔を上げようとして。
その途端、僕の体の二か所に大きな力がかかって、体の角度が横倒し。
背中と太ももの辺りで支えられて、僕は抱き上げられていた。
驚くままに何事か確認しようとして、傍にあったのは熊内さんの大きな獣顔。
傍にいた熊内さんが、何故か僕を抱っこしていた。
えっと……!?
「だいじょうぶ? なにか顔色がよくなかったみたいだから、このまま連れていくね。保健委員だもの」
「あ、あの。大丈夫だって。それに――」
彼女の行動の理由はわかった。
けれど、僕はハガネとして出動しなきゃいけない、とは言えるわけもない。
しかし彼女の剛腕から逃げられる感じもしない。
「巨人! 山側の方に出てる!」
「全員居る。それじゃシェルターに移動開始ー」
女の子に抱っこされて強制的に移動させられるまま、窓の外に見えたのはそれほど特徴のない女の子型の巨人。
できれば自由に動けるようになるまで、暴れないで欲しい。
(あれ、熊内の巨人だぜ。……普通の女の子型、か)
あきらの分析が頭の中に響く。
――十人十色の夢から生まれる巨人、それが普通の姿になるというのは少し悲しいことかもしれない。
でも、それを止める側としては楽に済むかもしれないというのが、とても皮肉。
結局、顔色を悪くするばかりの僕は、熊内さんの心配通りかも。
そんな時に、少し後ろから聞こえてきたのは、二人の女の子の会話。
「木下さん、ありがとう。なんか久しぶりだね、こうやって車椅子押してくれるの」
「最近は多々良クンがやっちゃうからね。……どう? 多々良クン。お姫様抱っこの感想は」
紅利さんと木下さんの知らなかった関係と、僕へのからかい。
そっか、僕が居なかった頃は木下さんが紅利さんの手伝いをしていたんだ。
にしても、お姫様抱っこは――。
「恥ずかしいから、下ろして欲しい……。熊内さん?」
「下ろす時間がもったいないわ」
……はい。
まあ、シェルターから抜け出せばいいや。
結局、熊内さんから解放されたのはシェルターの学年の定位置に並んでから。
もう既にかなり時間をロスしてしまっている。
佐介にHQへ連絡するように念じておいたから、そっちの通信で状況は伝わってるはずだけど。
一度整列して出欠確認がとれたクラスのみんなは、解散してモニターに映る外の映像を確認しはじめた。
さて、どうせ体調が悪いとみられているのだから、このまま救護室に――。
「お、巨人動き出したぜ」
うん、急いだほうがいい。
歩き始めた横目でモニター映像の巨人を見て。
《ベアーベリー、ベアーベリー♪》
映像の巨人は、どこからともなく“杖”を取り出して、朗々と声をあげた。
呪文、魔法の呪文。
杖、魔法の杖、可愛らしい装飾の魔法少女の杖。
《クマクマサクマ、コノクマナリヤ♪》
巨人の呪文が終わるとともに、一瞬だけ視界が白い何かに包まれた。
それが小さな花弁の吹雪だと気付いた時には、僕の周囲を吹き抜けていく。
一体、何が起こったのか。
「うわっ……!!」
「なんじゃこりゃー!?」
「……わーお」
シェルター中から悲鳴が上がる。
いや、悲鳴とは言えないものも混じっている。
今の巨人の行動で、何か被害が出たのか。慌てて周囲を確認する。
振り向いた視界は、とても華やかだった。
シェルターに避難していた人たちは、華々しく色とりどり。
僕の認識が進むと、それはドレス姿の群れだと理解できた。
女の子向け番組の知識は少なかったけれど、番組紹介なんかで見る魔法少女のドレス。
そういう姿に、みんながみんな着せ替えられてしまっていた。
女の子も、女の人も、男の子も、男の人も――。
嫌な予感がして隣を見れば、渋い顔をして真っ黒いドレスを着こんだ佐介。
その傍で目を輝かせているむーちゃん。
じゃあ――。
「ああああーっ!!」
それが自分の口から出た叫びだと気付くのに、少し時間がかかった。
なによりも衝撃の現実が先に突き付けられていた。
僕も、魔法少女のドレス着せられてる!
驚愕の硬直から回復するのにどれだけ時間がかかっただろう。
ふと最悪の可能性を思いついて、服越しに手で触って確認する。
――ある、かな。
「おーちゃん! はしたない! 女の子はスカートにそういうことしない!」
幼馴染が僕の行動を厳しく叱ってくる。
だって仕方ないでしょ!? そういうとこまで変えちゃう巨人かもしれないのに!
僕はモニター越しに、尊厳を奪う大異変を起こした巨人を睨みつける。
どうやらみんなを変身させたように、巨人自体も姿を変えていた。
テディベアを混ぜたようなドレスの魔法少女、そんな姿に。
モニター周りにはドレス姿に戸惑うクラスメイトたち。
中でも照れながらぴょんぴょんと跳ねる狭山さんが目立つ。
それともう一人、目を引く女の子。
背が高くて、短めの銀に近い金髪、日系じゃなくて北の方の人種を感じさせる綺麗な女の子。
見慣れないその子は、騒動の最中に別の場所から紛れ込みでもしたのだろうか?
彼女は、巨人が映るモニターを見ながら立ち尽くしていた。
少し気になりはしたけれど、もう僕には時間がない。
周りのクラスメイトに、佐介とむーちゃんの付き添いで救護室に向かう、と伝えてシェルターの広間から抜け出す。
あとは救護室近くで身代わりさん達と交代、いつも通りに軍の地下経路の車で回収してもらえば。
そう思って通路を走り、角を曲がった時に“彼ら”と出くわした。
「すまない、央介君。ちょっと問題が発生している……」
佐介と同じ姿をした“彼”は、男の人の声で緊急事態を訴える。
でしょうね、としか言いようがない。
ドレス姿の僕たちの前に立つのは、少し前までの普段の僕たちの姿をした身代わりさんたち。
「前の……全裸現象と同じルールなのかな? 流石に二度の同じパターンは良くないでしょうね」
苦しそうに続ける僕の身代わりさんは、女の人の声。
そうだ、前に戦った野生王がある意味似たようなことをしてきた。
「はだかんぼーよりはずっといいと思うけど」
「むーちゃんはそうだろうけど、オレたちは精神ダメージが半端ないぜ」
佐介のぼやきに、人造人間の精神ダメージとはなんだろうかと少し考えそうになる。
その間も風通しの良いスカートの中がすーすーする。
気持ちが悪い、喚きだしたい。
「珠川さんに連絡して、救護室のアリバイを作ってもらう?」
「いや、こうしている間にも事態が悪化しないとも限らないし、多少の矛盾は押しのけるしか」
身代わりさんたちが口々に提案する。
どっちが正解なんだろう。
時間が無くなっていく――。
「チェリブロッサ・チェリブロッサ♪」
女の子の、声。
それは不思議な響きだった。
「サクハナサクラ・コノハナサクヤ♪」
「っ!? 何の声!?」
「さっきの巨人と似て……、また何か来る!?」
周囲を、花弁が吹き抜けていく。
さっきと、同じように。
視界を覆う花弁が消えさった後、気づけば身代わりさんたちは僕たちと同じドレス姿。
抱えていた問題が、消えた。
それは僕たちの力とは無関係のところで解決された。
「きょ、巨人の起こす現象に時間差があったってことか? でも……どうやら助かった、かな」
突然の事に、流石の佐介も驚き気味のようだった。
僕の身代わりさんも驚きながら頷いて返す。
「ああ、このままいつも通りに代行をする。しかしまた妙な事に……」
状況が改善した僕たちは、それぞれに駆け出す。
身代わりさんたちは救護室の方へ。
僕たちは早く、都市軍の兵隊さんと合流しないと。
それにしても、走るとスカートが足に絡み付く。
今パンツとかどうなって――、いや考えないようにしよう。
「あの呪文を聞いちゃうと変身なのかな?」
走りながら、蝶々ドレスのむーちゃんが呟いた。
確かに魔法の呪文らしきものが聞こえた後、ドレス姿へのお着換えを喰らった。
更にむーちゃんは続ける。
「でも……聞いたことない呪文だったけどなー」
幼馴染の、意図を掴みかねる言葉に、僕は質問を飛ばす。
「聞いたことない呪文?」
「うん、この間の巨人がブリキオーそっくりだったみたいに、なにかのアニメや番組が元なのかなって思ったんだけど……聞いたことない呪文だったから、オリジナル?」
なるほどむーちゃんの魔法少女知識。
……まあ、ハガネもブリキオーの影響受けてのデザイン。
僕たち子供が見る夢は誰かの影響を受けて、それでもそれぞれのオリジナルだから。