第二十二話「魔法“巨”少女クマクマ ☆彡 ナリヤ」1/5
=多々良 央介のお話=
それは、2時間目の休み時間が始まって間もないころだった。
「うおーい! どいてくれぇ!」
長尻尾の狭山さんの叫び声。
でも彼女の姿は教室のどこにも見当たらない。
その代わりに教室に侵入してきたのは、扉の幅と高さギリギリまで積み重なった箱の大荷物。
しかし、それは明らかに倒れる限界まで傾いていた。
その先には、女の子が一人。
「危ねっ!!」
僕と佐介はせめて警戒を呼び掛けながら、慌てて飛び込んだ。
二人で両手を突っ張って、倒れ始めた箱を押しとどめる。
――けど駄目だ、足りない。僕らの身長が……。
手が届かなかった上の荷物が、こちらに落ちかかってくるのが見えた。
一瞬、Dドライブで小さなバリアを作れないかと思ったけれど、教室で起動コードを口走るわけにもいかない。
痛いだろうなあと諦めて目を閉じる。
けれど、それはやってこなかった。
代わりに感じたのは背中側からの強い圧力と、誰かの体温。
目を開けて、何事が起こったか確認するために佐介と二人で振り向いて、それでは何者かの胴体しか見えないと気付いて、見上げる。
僕らの頭の上には赤茶色に毛むくじゃらの獣顎。
「だいじょぶだった?」
大きな顎は角度を変えて、見下ろして来た。
おっとりと喋る獰猛な顔の彼女は、熊内 ナーリャさん。
苗字と姿が一致した、ヒグマ獣人の大きな女の子。
「あ、ありがとう。どうも」
「ううん、多々良くんたちが入ってなかったら間に合わなかったと思うわ」
「――頭庇って! 熊内さん!」
佐介が気付いて、続けて僕にも見えた。
彼女の頭越しに最後の荷物が落ちかかっているのが。
「えー?」
熊内さんののんびりとした返答の直後に、結構な落下音がした。
それは熊内さんの頭を直撃し、そのまま地面へと転がり落ちて中身の沢山の冊子をぶちまけた。
それが詰まっていた段ボール箱、相当な重量だったはずだけど――。
「あらー、まだあったのね」
「あらー……、じゃないよナーリャ。大丈夫?」
心配して声をかけてきたのは、最初にその場にいた女の子。
いつでも小豆色ジャージ姿の木下 木花さん。
彼女はお決まりのジャージ以外に、腰にはいつも同じ動物型のぬいぐるみポーチを携えている。
お気に入りなのかな。
「うん、痛くないよ?」
「いやナーリャは痛覚鈍いだけだから。ちょっと見せなさい。……それと、狭山ーっ!!」
「わ、悪かったよ! でも行ける重さだったからさぁ!」
散らばった物を拾い集める狭山さんに対し、お下げを逆立てて怒鳴る木下さん、普段は表に出てこないけど結構きつい性格なのかな……。
でもまあ木下さんと熊内さんはいつもペアになっている印象あるし、一番の友達だからとかかもしれない。
ジャージがお揃いなのは……学校指定のものだからとしても。
「んー……、コブとかは出来てないみたいだけどね」
「わたし頑丈だもの」
大きな体を精一杯かがめた熊内さんと、その頭の毛並みを探っていたわる木下さん。
距離の近さで二人の仲の良さがよくわかる。
そして木下さんは渋い顔をしながら友人を優しく叱った。。
「頑丈だからって油断しすぎなのよ。大怪我しないかこっちがハラハラする」
「そういう時にはきっと魔法少女!が助けに来てくれるわ。今日助けてくれたのは多々良くんたちだったけどね」
助けにいったというよりは、僕たちが助けられた側なのだけれど。
それに、魔法少女。
どこの町にもある都市伝説だけども、こんな学校でのちょっとした衝突に出てきたら伝説でもなんでもないと思う。
「ん……。多々良クンもありがとうね。……ちっちゃい割に体を張ってくれて」
木下さんからのお礼の言葉だけど……うん、この子はきついし遠慮のない性格だ。
普段はクラスでも少し遠巻きにしていて、物静かというか寡黙というかそんな印象だったけれど。
にしても、最初は彼女が巻き込まれるところを助けに行ったのに……。
「こら。木花ちゃん。身体的特徴はからかっちゃダメ。みんないろいろ悩んでるの」
思わぬ弁護人は熊内さん。
でもクラスで一番大きな女の子に言われてしまうと、逆に辛いものがあるかもしれない。
いやしかし彼女の体格の場合は獣人としての特徴なのかな…。
「わたしだってこの猛獣ぼでぃーじゃなかったら、可愛いお洋服とかフリフリのドレスとか色々着られるのに」
「あー、はいはい。多々良クンは何かと騒動起こしてる印象だから、体張るぐらい珍しくないと思ったんだけどね」
まるで僕の隠し事を見透かしたような木下さんの一言に一瞬硬直しながらも、頭の中を巡るのはドレス等を着込んだ熊内さん。
確かに、熊そのままの姿の彼女では何を着てもユーモラスなことになってしまう。
だから彼女は普段からジャージばかり着ているのだろう。
「うへー、やっと片付いたっと」
「大騒動おつかれさまー。それで何なの、大荷物。今時、紙の本いっぱいなんて」
僕らの後ろで、狭山さんとむーちゃん。
そういえばさっきばらまかれていた冊子はなんだったのだろう?
「オキナワ修学旅行のしおりとその他資料、全部持ってきた! 力には自信があるからな!」
「馬鹿力はあってもバランス感覚は無かったみたいね」
「むぐっ……」
木下さんの更なる毒舌が狭山さんを襲う。
それでも今回は自業自得だと狭山さんも感じているのか、反目はしてこなかった。
そっか、前からクラスで授業をしたりしていたけれど、修学旅行がもうすぐ。
――でも、僕は行けない。
ハガネとしての仕事がある。
この要塞都市で戦わなくちゃいけない。
まあ、修学旅行なら、5年の時に行ってるし、二度も行くってのは、その、何か違うと思う。
そもそもこの要塞都市に来ているのだって何時までのものか分からない。
ギガントの悪行さえ止められれば、僕は。
――あれ、僕は……どうなるんだろう?
「海と砂浜……私にはあんまりかなあ」
僕の思考が深みにはまりそうだった時、ぽつりと紅利さんが喋るのが聞こえた。
確かに彼女のハンディキャップからすればその二つは観光にならず、むしろ大変かもしれないけれど、でも――。
何か彼女に声をかけたくて振り向くと、既に二人の女の子が紅利さんを囲んでいた。
むーちゃんと、亜鈴さん。
「だいじょーぶだから! 私たち医療シスターズに任せなさい!」
「介護からケロイドケアまで全部ばっちし完璧にしてあげるから心配しない!」
お医者さんの娘二人が、全力で励ましにかかる。
それは確かに心強い体制だとは思う。
……でも、むーちゃん、君も多分仕事でこっち残るからね。
「北国熊のわたしもちょっと不安かも……。熱中症とか、それに……」
熊内さんも心配を口にして、一度言葉を切った。
……それに?
「わたしみたいな不注意ものが、魔法少女が居ない場所に行って大丈夫かなあって」
――また、同じキーワードだ。
魔法少女って。
それにその口ぶりだと、この町には魔法少女がいるみたいな事になる。
「まーたナーリャの魔法少女。人前で言う事じゃないよ」
「木花ちゃんはそういうけど、わたし何度も助けられてるんだもの」
「――え?」
熊内さんは、ただの噂というのではなく、どうやら実体験としてそれを語っているようだった。