第四話「地球最強種族の刃!」2/4
=珠川 紅利のお話=
難しくて疲れるお話が終わって。
しばらくはその場で、中の人がいない偽物さん達と待ちぼうけ。
偽物さんから響く通信の音声があるから、ひとりぼっちという感覚はなかったけれども、長く感じて。
そして最後に、いきなり偽物さんが動き出した。
「珠川さん、これを携帯に入れておくね。JETTER作戦の協力者パスアプリ。これで生体認証してから通話の所をタッチすれば、作戦室のオペレーター。あとはハガネしてるときの央介くん達にも繋がるから、それと……」
早口でまくし立てられた。
そして――。
「それと、市内の保安活動にご協力いただき、ありがとうございました!」
偽物さんは、びしっと敬礼をした。
ああ、そういえば、操作しているのは警察の人だって言ってたもんね。
でも偽物さんの見た目は央介くん佐介くんで、声は大人の人だから、やっぱり変。
後の仕事があるという偽物さん達を残してシェルターまで戻ると、クラスのみんなが待っていてくれた。
「紅利ちゃん……顔色ひどくない? まだ救護室にいた方がよくないー?」
巻き角の葉子ちゃんが心配してくれる。
今、気づいた。
私全身汗だらけ。
「う、うん。大丈夫。これはその、車椅子から落ちちゃって、戻ろうとしたら」
「痛いところとかないのか? ……というか、連れてった転校生兄弟、どうしたんだよ?」
狭山さんが心配してくれて、でも、ある意味で痛いところをつく。
どうしよう、どう答えればいいんだろう?
これも喋っちゃ駄目な事?
「ここにいるぜ」
えっ。
「ごめん。シェルターは初めてだから迷ってたんだ……」
央介くんと、佐介くん。
それと、兵隊さん。
「えー、児童二人、基地方面の通路に迷い込んでいましたので、保護いたしました」
この央介くんと佐介くんは、どっち? 偽物? 本物?
……なんとなく本物の気がする。
央介くんが、少し足を引きずっているような歩き方してるのは、ハガネの時にお姫様から酷い目にあったから?
怪我してるかは……わからない。
そこに話しかけてきたのは狭山さん。
「なーんだ、以外におっちょこちょいなんだなぁ、転校生? 今度はアタシが手を引いてやろうか?」
彼女が激しくニヤニヤとしているのは、朝のケンカへの当てつけかな?
「町全体のシェルターや基地が繋がってて、アリの巣みたいになってるからねぇ……。素人にゃ辛いねぇ……」
――彼女は、シェルター探検とかいって、非常時でもないのにシェルターに入って、
兵隊さんに捕まっては追い出されてる常習犯だから、地下部分の構造には詳しいとかなんとか。
それは、威張れる話じゃないと思うんだけども。
そんな狭山さんに呼び掛ける人がいた。
「ほー、それで私の所に始末書がやってくる、と?」
「うぇっ」
狭山さんの驚く声が収まらない内に、それは起こった。
何者かが目にも留まらない動きで、狭山さんの背後に回って羽交い絞め。
だ、誰!?
「この馬鹿娘が、今朝ケンカ騒動を起こしたというのは、本当ですかね。三沢センセ?」
あっ、長尻尾の狭山隊長さん。
娘さんである狭山さんを羽交い絞めから、何か別の締め技に切り替えて、凄くニコニコした顔で、でも目元とかが引きつって。
ちょっと怖いような、でも雰囲気は暗いものではなくって。
「折れっ! 折れるっ!! なんでかーちゃんが!? まだ巨人とかの作戦の後片付け中じゃ……ぎえええっ!!」
「そーかそーか、折れるか……。折れても死んでもすぐ再生するのが私らの体質だからなあ……」
確かに、獣人の子たちって、切り傷とかもすぐ治っちゃって、ばんそうこー要らず。
でも、だからって普段からこんなことしてるのかな、この親子って……。
「お馬鹿娘は他人から受けた痛みというのを、しっかり体で覚えとけー!」
狭山さんから叫びと同時にギリギリミシミシという音が聞こえてきた。
その恐ろしさに、クラスのみんなも全力で引いている。
「あ、あの、狭山さん。瑠香子さんはですね、ちょっと小突いた小突かないで口喧嘩、という程度でですね。その、それで体罰というのは……」
三沢先生が慌てながら、ハードなお叱りを止めようとするけれど。
「小突いたらアウトです! 本気で小突けばビル倒せますからね、私らは。」
……狭山隊長さんの言うことは、冗談でもない、らしい。
せんりゃく兵器、E・エンハンサーは、人間の体を魔術?呪術?とかで改造して、死んでも元に戻る体と、動物の力。
それと、かく兵器と同じぐらいの破壊の力を持たされた人たち。
エンハンサーの人たちはその力で、60年ほど前の第三次世界大戦で私たちの国を守ってくれた。
教科書にはそう書いてあった。
それでも、その力はみんなから怖がられて、とても難しい問題になったという。
他にも改造を受けた体として獣人の人たちや、機械を体の中や外に繋いだサイボーグの人たちもいる。
だから、“体質”というのは少し難しい話で、それこそ朝の真梨ちゃんとの騒動も――。
――あれ、真梨ちゃん、大丈夫!?
そうだ、巨人を倒されると心に傷を受けるって言われてた!
じゃあ、真梨ちゃんは――!?
私は、慌てて周りを見回して、だけど真梨ちゃんは探すまでもなく、普通に居た。
“心に傷を受けた”はずの真梨ちゃんは――倒れてたり、具合が悪そうでもない。
それどころか他のクラスメートが狭川親子のオーバーなスキンシップを遠巻きにしている中で、一人だけ前にいて、堂々と腕組みまでしている。
……おや?
私は、真梨ちゃんに近づいて、どうかしたのか、どうかしていないか尋ねようとして、近づく。
すると――
「なるほど、そこで関節が伸び切るわけね。素敵な技だわ……」
……おやおや?
私は、彼女に恐る恐る声をかける。
「ま、真梨ちゃん、どうかしたの……?」
「え? ああ、紅利ちゃん。見て、狭山さんのお母さんの関節技。狭山さんが全然動けないのよ」
あれあれあれ?
何か、おかしい。
「朝の佐介くんの技も、身長とか関係なくて狭山さんの馬鹿力止めちゃってたものね」
「う、うん、それはそうだけど……その」
様子は、確かに、おかしい。
何より、ばかぢからなんて汚い言葉使う子じゃないはず。
「ねえ、紅利ちゃん? さっきのお人形みたいな巨人だけど……」
「ふぁいっ!?」
真梨ちゃんから秘密のニアピン質問が飛んできて、思わず叫んでしまった。
えーと、えーと、巨人に関することは喋っちゃ駄目、知らないふり、知らないふり……!
私が叫んだことを特に気にしていないらしい真梨ちゃんは、そのまま話を続ける。
「宝石で飾っただけのお姫様って、ダメね! かわいい顔して、いきなり刃物振り回す、みたいな……」
「う、うん……?」
真梨ちゃんは、心に傷、じゃなかったっけ……?
何より、彼女が大事にしていたお人形さんを壊されるようなのを見せられたはず。
「それに比べて、ハガネはずっと耐えて、相手がトドメを狙って正体を現した時に一撃!」
央介くんの戦いって、そんな流れだったっけ……。
裏にあったかごめかごめの解決を知らないと、そう見えちゃうのかな?
「――戦い方を知っているって、カッコいいことなのね!」
真梨ちゃんに真正面から、肩を掴まれて、力いっぱいの熱弁を受ける。
彼女の眼鏡越しに、強い強い目力。
えーと、これも、巨人を倒されたことによる影響なの?
でも……央介くんや軍の人が言うほど怖い事にはなっていない。
ひょっとして秘密を守るということで、ちょっと脅かされただけ、なのかな?
央介くんたちは、子供の心から作られた巨人と戦って、それを傷つけてしまっている。
そんな話だったけど、傷といっても案外大したことはないのかもしれない。
でも、そうなると央介くんの辛そうな表情とはちょっと噛み合わない、かな。
私は彼らの様子をちらりと窺う。
彼らの視線の先では、狭山さん親子のハードコアな体罰騒動が続いていて、流石に少し引き気味だった。
――でも、それから一週間かけて、真梨ちゃんは変わっていった。
お下げだった髪形はショートボブに、眼鏡も外して。
学校で格闘技のプログラムを受けるから、といって道着を持ってくるようになった。
流石に気になったので、久しぶりに真梨ちゃんの家へ遊びに行ってみた。
彼女の大歓迎を受けて、お部屋へ招待されて、そこで私は見た。
小さなころから彼女が大好きだったお人形さんの――格闘の道着を着せられた不思議な姿を。
近くの玩具箱には、道着姿のお人形さんには邪魔になって外されたらしいアクセサリーが投げやりに詰め込んであった。
その中で、ペンダントに付いたジュエルが光を受けて赤く光る。
もしかしたらそれが、央介くんが言っていた赤い毒のガラス――
――巨人を作るDマテリアルだったのかもしれない。
=どこかだれかのお話=
絶対に違った!
一瞬だったけれど、今まで見つけたどれとも違う。
それに、種類としてとんでもない時期外れだ。
ターゲットを狙う小柄な姿が、茂みの中をあっちへこっちへ駆け回る。
長い相棒を携えて。
木の枝にやっと目的の獲物を見つけた彼は、それに目掛けて、そろりそろりと相棒を伸ばす。
素早く動かすのは、最後の一瞬だけ。
……獲った!
少年は声にも出さずに、しかし飛び上がって喜ぶ。
相棒こと虫取り網をくるんとひねって、獲物を中に封じ込める。
狙っていた甲虫が、網の中でもがいているのがわかる。
逃がさないように慎重に、網の中で捕まえて、取り出す。
「……えっ!?」
少年は今度は声を上げて驚いた。
彼が今捕まえて手にしたカナブン程度のそれは、虫ではなかったのだ。
手に取って凝視してやっとわかる、それほど精巧な機械。
しかし、どこの器官を見ても、昆虫の行動機能を完璧に再現したもの。
これを作った人は、きっと自分と同じような、あるいはそれ以上の虫好きだ。
そう、少年は確信する。
でも、一体どんな目的で?
軍の監視? 環境団体の調査? どこかの国のスパイロボット?
――単にこういうのを作りたかった?
少年は様々に考えをめぐらす。
けれど、答えが見つかるはずもない。
まあ……、いいか。今はもう僕の手の中だ。
後で返せと文句を言ってくるなら、ちゃんと返せばいい。
それまでは、僕の標本コレクションに並べておこう。
それが少年の結論だった。
機械の甲虫が逃げようともがき、翅を広げる。
その殻翅で隠れていた背中に、赤く透明な輝きがあるのが見えた。
少年はそれを見ても、綺麗だなという感想しか持たなかった。
=多々良 央介のお話=
「こいつ! 手強い!」
アイアン・ロッドをハガネの肩口に差し込んで、首筋ギリギリに迫った敵の刃を弾く。
弾いた勢いを回転に乗せて、鋭く反撃として返す。
だけど、相手はもうそこにいない。
その巨人はハガネ頭上を飛び越え、土産に後脚で痛烈な蹴りをハガネの兜に向けて放ち、そのまま遠くに跳ぶ。
「痛ってぇ! バッタの足か、ありゃあ!?」
防御に専念していた僕に変わって佐介が主砲で狙って、でも捉えきれない。
ハガネを踏み台にして空高くに跳びあがった巨人は、透明な翅を高速で羽ばたかせ、空でくるりと宙返りして態勢を立て直す。
「トンボの翅も、だね」
《対象、昆虫王の特徴に、飛蝗の脚部を追記します…。央介君気を付けて、サイズ比からすればハガネを1㎞は蹴り飛ばす威力が想定されます》
「カマキリの腕やカブトの頭もだ、全身武器庫かよ!」
「手数だけじゃない。力も、速さもハガネより上だし。何よりアイツは飛べる……!」
今の敵、昆虫王は高速で飛来し、再度距離を詰めてきた。
合わせてアイアン・ロッドを瞬間的に持ち替え、長さを取って斬り上げる――
――けれど、届かない。
「“谷渡り”を見切られた!?」
相手の見込んでいた間合いを狂わせる、棒を刀のように長く持ち替えて放つ居合の技。
父さんから教わった、多々良家代々の技。
《見切った、というよりは原始的な反応速度で避けたんだ。央介、技にばかり頼るな》
「う、うん。ごめんなさい」
父さんからの通信。
技を教えてくれた本人が、技に頼るなと言う。
この場合どうしたらいいんだろう?
《人間が技を磨いたとしても、昆虫は億年を超えて地上に君臨している生物種だ。唯一の欠点は巨大化できない事だが――》
じゃあ目の前にいるのは、まさにその欠点を克服した存在ということ?
これは……辛い戦いになりそう。
《――その能力を混ぜ合わせた、地球最強種族の怪物だ。最大の警戒をもってあたれ!》