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EDEN-箱庭の逃亡者-  作者: 春野ミズ
8/13

魂の守り人8

決着をつけに向かったミズチの危機を察知したタツミ達はミズチのもとへと急ぐ。

そして事件の首謀者の特殊な異能を目の当たりにする。

 レイはミズキが昔瀕死の状況になったときのことを話した。タツミも昔を思い出しながら最後まで黙って聞いた。

「これがあのとき起きたこと。つまり今のミズキ君はミズキ君じゃない。ミズキ君の振りをしているミズチ、私が作った魂なの」

「ははっ。なんで俺は気付かなかったんだろうなあ」

「ミズチはずっと私達3人を見てたから。でも、少しは引っ掛かるところもあったんじゃないの? ミズチの一言で気を抜いてしまっちゃうなんて」

「そうなのかもな。でも違和感程度だ。見事なものだよ」

「ふふ、いつも呑気に仲良く下校していたものね」

「わ、笑うなよ」

 レイとタツミはおかしくなって笑ってしまった。

 ひとしきり笑うと気を取り直しミズチが出ていった扉の方を見た。

「さてと、あいつが視てろと言ったからな。しっかり視ておこう。ミズキ、じゃない、ミズチが何をしようとしているのか、しっかりと見極めてやる」

「え、見るってここで?」

 一向に立ち上がらないタツミにレイは尋ねた。

「ああ、そうだよ」

「こんなところで。どういうことよ」

 不審な顔でレイはタツミの隣に座り込む。

「俺にはもうひとつ眼があるんだよ。異能の眼が」

「異能の眼?」

「ああ。例えばレイは自分が生み出した魂が見えるだろ?」

「ええ、見えるわ」

「ミズキとミズチの場合は眼を閉じても自分が生み出した水は見えるんだ。感じるというのかな。どんな形、どんな動きをしているのか感じ取れるようになるわけ。それを訓練したら次は自分が生み出していない自然界の水でも眼を閉じて感じ取れるわけだ」

「へえ。よく額の上に第三の眼があると謂われてるけど異能者にとっての第三の眼がそれなのかもしれないわね」

「そうかもしれないな。ここの学生はさ、全然その辺に興味がないんだよ。異能を出せればそれで一人前と思って満足してる。だから進歩しないんだ」

「まあほとんどが異能初心者みたいなものだからね。しょうがないわよ。それで、その感じ取るってことがタツミ君にもできるの?」

「俺の場合は硬い物質を出してるわけだけど実のところ別にどんな物質でも作れるんだよ。作るときにこの世界の物質の構造を参考にしながらオリジナルの物質を作り上げられる異能だからな。その参考になる物質の分析を何度もしていくうちに眼を閉じてもどの物質がどこにあるのか感じ取れるようになったわけ」

「つまり目を閉じても周囲の状況がわかるってことよね。なにかとんでもない話を聞いている気がするわ」

「とんでもなくはないと思うけどな。それでだ、その分析の視野を伸ばしていけば扉の向こうだろうと物質の種類、形で景色が想像できるわけだよ」

「それでよく視ておけ、ということなのね」

「そういうこと。きっとなにか伝えたいことがあるんだろう」

 レイは納得したようで何度か頷いた。

 そして2人で扉の方向をしばらく見続けた。レイは特になにか見えるわけではないのだがタツミのその行為に何も言わず付き合った。

「レイ、ありがとうな」

 不意にタツミが口を開く。

「急にどうしたの?」

「いや、レイがいなければあのときミズキは死んでいたかもしれないと思うとな」

「それなら私もお礼を言うべきね。あのとき心の中でタツミ君を呼んだ。タイミングがぴったりなだけだったのかもしれないけど、それでも来てくれたときは嬉しかったわ」

「あー、そうだったのか」

(あのとき、フウカが呼びに来たんだよな。だから急いで向かったんだ。レイは知らないのか。んー、まあいいか。黙っておこう)

 悩んだ挙げ句、タツミは黙っておくことにした。


「これは」

 タツミは壁の方を見たまま立ち上がる。

「どうしたの?」

「ミズチが危ない。行くぞ」

「わかったわ」

 タツミは走り出した。レイもそれに続く。扉を明けると明るい照明に照らされた迷路のように入り組んだ通路があった。壁は天井まで隔てられ乗り越えることはできない。しかしタツミはその眼で最終的な出口がどこか既に視えている。

「強引に行く」

 タツミはその硬い物質の異能で壁を壊しながら出口へ一直線に進んだ。

「ほんと貴方達は出鱈目ね」

 レイは後ろからついてきながら感想を吐露した。

「効率的だろ?」

「ものは言い様」

 たとえ出鱈目な方法だろうとその力強さにレイは頼もしさを覚えていた。



 タツミと別れたあと、ミズチは長い通路を進みある部屋へと辿り着く。中に入るとそこは先程までタツミと戦っていた場所のように広い立方体の部屋だった。違う点があるとすれば四方八方の壁に直径1メートル程の穴がいくつも空いていることだ。

「おい、出てこいよぉ」

 ミズチが叫ぶと突然浴衣のような服を来た女性の姿が目の前に現れた。

「ミズキ。どうしましたか?」

 整った顔立ちの女性は長い髪を掻き分けながら質問した。

「別にどうもしねえよぉ。今日はオマエをぶっ殺しに来ただけだぁ」

 ミズチは自身の周囲に水を浮遊させる。

「ほお、最初にここへ来たときに手も足もでず諦めたかと思っていましたが、そうでもないようですね」

「ああ、バイトも今日で終わりだぁ。いくぜぇ、ババアぁ!」

 ミズチは女性に向かって大量の水を放出する。しかし女性は水で流されず微動だにせずその場に留まっている。

「やっぱホログラムかよぉ」

「そう易々と姿を拝めるとは思わないことです。それと私はババアではありません」

「エミリア・プラヴァツキー、相変わらず臆病な女だなぁ」

 エミリアは鼻で笑った。姿はないが声だけはスピーカーかなにかで届いている。

「馬鹿馬鹿しい。そのような安い挑発にはのりませんよ。さて、逆らうというのなら貴方はもう用済みです。私の異能も十分に溜めてもらったことですし、消えてもらいましょう」

 エミリアがそういうと四方の壁の穴から電撃がミズチに放出された。

「ナメんじゃねぇ!」

 ミズチは自身を中心に水を竜巻のように回転させ電撃を防いだ。すると頭上の壁の穴から鉄の槍が降ってくる。

「うらぁぁぁぁ」

 次は渦を巻きながら頭上に大量の水を放出し、鉄の槍を吹き飛ばした。電撃が止み、渦を解く。

 今度は鉄の欠片が無造作に放出される。

「なんだぁ?」

 ミズチが不思議そうにその鉄片を見ていると急に風が吹き荒れた。

「ちっ」

 風に乗った鉄片がミズチに突き刺さる。咄嗟に自分の身を守るように水を球体状にして高速で回転させ風の勢いを相殺した。

「痛えなぁ。しかしまあ、タツミを来させたのはやっぱ正解だなぁ。オレじゃあこの異能を防ぎきれねえし、なによりこの空間を壊すこともできねぇ。この壁の向こうのどこかにクソババアがいるんだろうけどなぁ」

 ふとミズチを影が包む。ミズチが見上げると大きな鉄柱が頭上から降ってきていた。

「くそったれがぁ!」

 ミズチは間一髪避けた。床に叩きつけられた鉄柱は霧散した。床には傷ひとつ付いていなかった。

「やっぱ異常に頑丈すぎるぜぇ、ここはよぉ」

「ふふふ。当たり前でしょう。たとえ頭上で絨毯爆撃されようとも私だけは助かるようにしているのです。鉄柱ぐらいでは傷ひとつ付きませんよ」

「だからこの中では異能を使いたい放題ってわけかぁ」

「ええ。どうです? 自分がせっせと集めた異能に殺される気分は」

「いいもんじゃねえなぁ。時間稼ぎとはいえ他の学生を拐ったりしてんだぁ。もうちょい見返りがあってもいいとは思うんだけどなぁ」

「見返りはあったでしょう? 貴方が異能を集めている間はレイへの実験は行われていないのですから」

「そんなに永遠の命が欲しいかよぉ」

「当たり前です。死ぬのは、老いるのは誰だって恐ろしく思うものです。だから私はここに閉じ籠った。障害があるとすれば貴方の様な強力な異能者。ですがそれももう恐るるに足らず。なぜなら、そう、この通り私は強くなったのですから」エミリアが語気を荒げるとミズチの頭上から無数の鉄の槍が降り注ぐ。

 その瞬間、固く閉ざされた部屋の入り口である扉が切り刻まれ、無数の灰色の弾丸により槍は撃ち落とされた。

「ったく、遅えよぉ」

「待たせたな、ミズチ」

 タツミとレイがゆっくりと部屋に入ってきた。

「おやおや、次はどなたですか?」

「エミリアとかいったか。たしか第1区の区長だよな? お前が欲しがってるレイを連れてきたぞ」

「来てあげたわよ」

 タツミとレイが声高らかに宣言する。

「ほお、貴方はたしかミズキと同じく取締委員のタツミですね。わざわざご苦労なことです。ですが残念なことにレイ以外には死んでもらうことになっています」

「そうか。まあ別にいいんだけどさ。死ぬ前にちょっと質問してもいいか? レイを連れてきてやったんだ。それぐらいいいだろ?」

 タツミは殺される気は毛頭なく臆している様子も全くなかった。

「ふふふ。受け入れが良いのかただの阿呆なのかわかりませんが、いいでしょう。質問を許します」

「それじゃあ、まずはなんでレイを欲しがってるのか教えてくれよ」

「同じことを繰り返し説明するのは面倒ですが、仕方ありませんね。私は純粋に死ぬのが怖いのです。老いることもやはり怖い。そこで考えたのです。私の異能ではどうすることもできませんが、他の人の異能なら何か方法があるかもしれないと。だから異能者を多く集めるためこの新人類開発地区の区長を継いだのです。そんな中、全国に点在している調査員からレイの情報を得たのです。その魂を生み出して出し入れする力があれば、そして肉体面の問題さえ解決できれば不老不死も夢ではないと考えました」

 壁からの攻撃は止み、エミリアは淡々と語った。

「レイの力が目的なら異能者を誘拐する必要はないだろう」

 タツミは次にミズチの行動の必要性について問う。ミズチとエミリアの会話が聞こえていなかったわけではない。ただ、今一度頭のなかでこの件を整理しようとしていたのだ。

「ええ、たしかに必要はありません。ですが、考えてもみてください。今の状況の様に私を悪だと思ったものが処罰を下そうとするかもしれない。突拍子もない事故で死ぬ可能性だってないとは限らない。その様な死を私は受け入れられません。ですから、如何なる力も制圧できるだけの異能を欲しただけです。私の異能は特殊でしてね、貴方の学校でいうところのFクラスに属します。異能の名称はオールマテリアル。様々な異能を吸収し、我が物にできるというものです。ですから、異能を吸収するためにそこの犬を使って異能者を連れてきて頂いたのですよ。異能を吸収された者は一時使えなくなりますが時間が経てばまた回復します。そうして少しずつ異能量を増やし私自身も強くなれば誰かに殺されることはありませんでしょう?」

 犬と呼ばれたとき、ミズチの眉がピクッと動いた。今すぐにでも暴れたいところだろうが必死に堪えているのが傍目で見ても分かる。

「なるほどな。ありがとう、理解したよ」

「おい! タツミぃ!?」

 ミズチはタツミの反応に不服で咄嗟にタツミの顔を見る。もともとあまり表情に出るタイプではなく今回もその顔はほとんど変化がなかった。しかし、怒りが雰囲気から滲み出ているのを感じ取ったミズチは黙る。

「わかってるよ、ミズチ。けど嬉しさもあるよ。お前が自分の意思であんなことをしたわけじゃないとわかってさ。けど、この女の動機を理解しても到底受け入れられるものじゃない。自分の願望のために他人を無理矢理巻き込んで、自分は死ぬのが怖いと言っておきながら他人を殺すことには躊躇いがない。自分勝手すぎるだろ」

「自分勝手なのは重々承知しています。それでも叶えたい望みがあるのです。多少の犠牲くらい覚悟しなくてはなりません」

 エミリアの言葉にタツミは強く拳を握った。

「お前の言う覚悟ってのはお前自身がするわけじゃない。犠牲になってしまう人たちがすることだ。結局、お前は何の負債も抱え込もうとするつもりはない。異能だってそうだ。自分で自分の力の可能性に蓋をしている。だから他人から力を奪うことしか考えられなくなってる」

「まだ若いですね。いいですか。己の信念なんて持っていたところで貫き通せるかどうかなどわかりません。他の圧倒的な才能や理不尽な圧力で握り潰されることもあるのです。だから私は自分を守る。守るために他者を利用する。それを上手くやっている人がこの世界で上に立てるのです。私は誰よりも長く生きて上の者が死にゆく姿を嘲笑いながら更に上に立ちたいのですよ。そしていつか私の思想を正当化させたいのです」

 この時、タツミはエミリアの語気にあまり感情が含まれていたような気がした。その本心を語っていないような不気味な感じにも苛立ちを覚えた。

「なら勝手にひとりでやってればいいじゃない」

 レイが閉ざしていた口を開ける。

「1人を巻き込まないで。タツミ君とミズキ君にもそれぞれの人生があるの。私は別にいい。けど、私の初めての友達に危害が加わるのだけは許せないわ。ひとりで勝手に長生きすればいい。貴方の馬鹿げた理想に賛同してくれる人からだけ異能をもらえばいい。どうしてそんなに図々しいのよ。私達は誰も傷つけたくないから友達を作らなかった。この2人は自分達だけの力で強くなった。どうして貴方にはそれができないのよ」

 レイは怒りとも悲しみともとれるように声が震えていた。

「レイ……。ふっ、くだらないですね。大方、己のせいでそこの男が犠牲になったと思っているのでしょう。ええ、まさにその通りですよ。レイ、貴方が私のものになり実験動物として生きてくれたならミズキは裏の仕事をする必要もなかったでしょう。ですがそれがどうしたのです? ミズキにとってはただの他人がひとり犠牲になっただけでしょう」

「なっただけ? 何言ってるのよ」

「レイ、もういいよ。きっとこの女には何も通じないし何を言っても響かない。あまり戦いは好きじゃないし殺すのはなるべく避けたいとこだが、そうも言ってられない。この女は異常だ。一度お灸を据える必要がある」

 タツミはレイの肩に手を置いた。レイの複雑な感情の吐露に対しタツミはそうすることしかできなかった。

「珍しいじゃねえかぁ。タツミがそこまで好戦的になるとはよぉ」

「まあ、そうだな。さすがにやりすぎだと思ったかし、それに……」

「それにぃ?」

「いや、なんでもない」

 エミリアの言葉に嘘が混じっている気がしたタツミは何かを言いかけたが、確信していたわけではないためやめた。

「そうかいぃ。ま、命を奪わねえとはいえオレが仕事をするまでは力強くで学生を誘拐していたみてえだからなぁ。やっちまおうぜぇ」

「ああ、やりすぎってのはそれだけじゃない。この壁の向こう側には」

 タツミはそこで言い淀んだ。

「どうしたよぉ?」

「いや、なんでもない」

「さっきからなんだぁ?」

 ミズチは首を傾げた。

 タツミは周囲の壁を見渡した。親の仇でも見るような、不治の病にかかってしまい悲しむ人を見るような異様な目だ。

「タツミといいましたか。勘だけはいいようですね。けれど、どのみちこの地下の存在を知ってしまった貴方達には死んでもらわねばなりません。覚悟してください」

「タツミぃ!」

 僅かな殺気の高まりを感じ取ったミズチが叫ぶ。

「わかってる」

 同時にタツミも臨戦態勢に入る。

「フウカ、お願い」

 レイの周囲に風が渦巻く。

「レイ?」

「守られてばかりじゃ癪だものね」

「そうか。けど危ないからお前はそこにいろよ」

「ええ」

 壁の穴から炎が放出される。

「任せろぉ!」

 ミズチが大量の水で炎を消し去った。続いて鉄の槍が無数に射出される。

「芸がねえなぁ」

 ミズチは水と徒手で槍を次々と弾く。タツミは異能の剣、殺人剣で槍を捌き、自身とレイへの被弾を防いだ。

「どうやら貴方達を殺すには少々手間を取りそうですね。では、とっておきを見せましょう」

 エミリアの声の後、壁の向こうから機械音が聴こえた。

「ミズチ、レイ、気を付けろ。それと、あまり動揺しないように」

「一体どういうことよ」

 タツミの忠告にレイは説明を求めた。

「見ていればわかる」

 ミズチとレイは沈黙する。しかし警戒は緩めなかった。

 機械音が鳴り止み数秒の後、壁の穴から裸の女子が次々と出てきた。それだけでも絶句ものだ。だがそれだけではなかった。彼女達は皆同じ顔立ちなのだ。

「なんだよこりゃぁ。気持ち悪ぃ」

「動揺するなってそういうことね」

 ミズチとレイの表情が即座に歪む。

「ああ。だけど皆同じ顔だとは思わなかった。てっきり異能者を誘拐した後に壁の奥に閉じ込めていたのかと思ったが、どうも違うみたいだ」

「この子達は私のクローンですよ。私が研究したのですよ。年齢は今の私より10歳ほど若くして止めていますが。この子達は全員私と同じ異能を持っています。そして、自我はありません。精神的な枷もなく無感情、無秩序にこの部屋に現れる邪魔者を排除できるように。貴方達は今、20人のAランクの異能者を相手にするのです」

 エミリアのクローン達は一斉に動き出した。ある者はその場から異能を放出し、ある者はタツミ達へと接近してくる。

「さすがにやべえなぁ。タツミぃ、レイを頼むぞぉ」

「ああ」

 タツミは異能で自身とレイを包み込んだ。物質はもちろん、熱も光も通さないその小さな空間の中でタツミは第三の目でミズチの様子を探る。

「ちょっと、どうなってるのよ。ミズチは?」

 レイがタツミの裾を掴む。タツミは目を閉ざしたまま答えた。

「大丈夫、とはいえないな。相手が男子だったり大人だったら容赦せず相手をするから問題ないだろうが、俺達と同じくらいの女の子だ。しかもクローンとして生み出された。どうしてもその拳は鈍ってしまう」

 タツミの視ている光景ではミズチが少女達に拳を振りかざしては振るうのを躊躇い、少女達の異能に迫られる。ただそれを繰り返していた。

「まったくもう! 甘いんだから」

「どうするか。ミズチもこの中に入れたところで何の解決にもならない。あの女達をどうにかしないことには、俺が親玉を狙おうとしても妨害されるかもしれない」

「ならフウカ、テツヤ頼めるかしら」

「わ、わかりました」

「承知した」

 レイの問いに2つの魂は即答した。

「待て。フウカはいい。だがテツヤはだめだ。ここは地下だ。下手に壁や床を使うと崩れる可能性もある。なにか他に憑依できるものがあればいいんだが」

 タツミはふとなにか思い付いたように固まった。

「ど、どうしたの」

「ああ、そうだ。レイ、フウカとテツヤを俺の異能に憑依させてくれ」

「え? できるかしら。やったことないんだけど」

「俺が許している状況ならできなくはないかもしれない」

「わかったわ。2人とも、そういうことだからお願い」

 レイはフウカとテツヤに指示をした。

「レイがそういうなら従おう」

「わ、わたしも」

「2人ともありがとう。フウカは気体に憑依するわけじゃないけど、できるか?」

「が、がんばります」

「よし。じゃあ待ってろ」

 タツミは掌から異能を出して変形させる。暗闇の中だがタツミには今灰の物質がどのような形をしているのか手に取るようにわかる。そして作り上げた形はーー。

「ひ、人、ですか」

「正解。正確には鎧だけどな」

「別にわざわざ鎧にしなくてもいいんじゃない?」

 レイはもっもとな意見を述べた。

「俺の異能は硬いからな。動かしにくいかもしれないだろ。それに、人型の方が動かし方とかはわかるだろ。今までずっと見てきたものだろうからな。それじゃ、頼むぞ」

 タツミが作り出した鎧2つにそれぞれ魂が入り込む。そして鎧は壁をすり抜けて外へ出る。

「おお、なんだそりゃぁ」

 灰一色の鎧2体を見てミズチは目を輝かせた。

「タツミの異能だ。これ、すごいぞ。本当に硬い」

「こ、攻撃されても全然壊れる気配がありません。鎧なので中は空洞で軽いですし」

「へぇ。そうかぁ。その手があったなぁ。じゃあオレもそうするかねぇ。そろそろアイツもいい頃合いだろうしよぉ」

 ミズチはタツミ達の入っている灰の球体を見つめた。

「戻るのか?」

「あぁ」

 テツヤの問いにミズチは即答した。

「なあに、オレ達にはもともと肉体と呼べるものはねぇ。正真正銘、魂だけの存在だぁ。だから、以前と同じように戻るだけだぁ。そんじゃ、しばらくあの痴女達の相手は頼むぜぇ。ああそうだ、異能を奪うヤツらだから気をつけろよぉ」

 ミズチは球体へ走りだした。

「あ、あの、テツヤ、ち、ちじょってどういう意味なの?」

「フウカ、君は知らなくていいことだ」

 テツヤはそっぽを向いた。フウカはそれ以上問いただすことはしなかった。

「今はあの女性達だ。殺さない程度に、とはいえ一人一人が複数の異能を持っている。おまけにこちらの異能でできた体は奪われる可能性がある。正直、倒すのはきついな」

「と、とりあえずミズチが戻ってくるまで頑張りましょう。この体さえ奪われなければ大丈夫です」

 2人は全裸の女性達の中へと突っ込む。物質に憑依しているときと違い人としての動きしかできない。だがそれでも相手の異能により吹き飛ばされることはあっても壊れることがない分、魂として疲弊しないかぎりは戦い続けることができるのだ。

「対象、殺せません」

「マザー、如何しましょう」

「マザー、指示を」

 クローン達が一斉に小声で喋り始める。

「構いません。ひたすら攻撃しなさい。ただし、金属と熱を中心に。如何なる物質であろうともそれでいずれは壊れるはずです」

「了解しました。マザー」

 エミリアの言葉にクローン達は一斉に返事をする。



「おい、タツミぃ、開けろぉ」

 ミズチが球体をノックする。声は聞こえないがミズチが球体を叩いているのはわかったタツミはミズチのいる箇所の異能を変形させ穴を作る。

「悪いなぁ」

 ミズチが入るとその穴はすぐに閉じた。

「どうした?」

「そろそろ潮時かと思ってよぉ。というわけでレイ、頼むぜぇ」

「ミズチ、いいの?」

「ああ。もともとあるべきところに戻るだけだぁ」

 ミズチに躊躇いはなかった。むしろあったのはレイの方で、それはきっとレイが今までのミズチのことを思ってのことだろう。

「ミズチ、お前まさか」

「ああ、この体から抜けるんだよぉ。だからあの鎧、もうひとつ作ってくれよぉ」

「それは構わないけど、お前がその体から抜けるってことは」

「ああ、ミズキの魂が入るぜぇ。オレはなにも気にしてねえからよぉ。タツミもミズキと今まで通り接してやってくれよぉ」

 ミズチが笑う。ミズキの体で。タツミは暗闇の中だったが第三の目を使わずともミズチが笑っているのがわかった。

「悔いはないみたいだな。じゃあ止めないよ。だけど忘れるなよ。たとえ魂だけとなっても、今までのお前がたとえ演技だったとしても、俺達が過ごした時間は本物だ。お前が俺にとって大事な友達であることに変わりはない」

「ははっ。まったく、オマエはやっぱ優しいヤツだぁ。だからこそこいつらのことも任せられるってもんだぁ。それじゃあなぁ」

 ミズキの身体が倒れこむ。タツミは床への衝突を防ぐためその体を支えた。

「ミズキ、行って」

 レイがミズキの魂を出し本人の体へと送り込む。

 ミズキの体がゆっくりと動き出し、タツミの腕を離れる。

「ミズキ、久しぶりになるのかな」

 タツミが声をかけるとミズキが顔を上げる。ボーッとした表情から次第に目の焦点が合う。

「タツミィ、久しぶりだなァ」

「お、おお。でもなんだろうな、少し複雑な気分だよ」

「そりゃそうだろォ。オマエの中でミズチもかけがえのない友達になってるってことだァ。よかったなミズチィ。オマエはミズキとしてじゃなくてミズチとしてタツミの友達になってるわけだァ」

「別にどうでもいいって言ってるわ。照れ隠しね」

 ミズチの代わりにレイが答えた。

「ははっ。ミズキの真似なんかするから性格まで似てしまったな」

「おいタツミィ、そこで笑うとはどういうことだァ」

「別になんでもないよ」

「ったくよォー」

 タツミとミズキのぎこちなさを感じさせないやり取りを聞いてレイはわからないように笑うのだった。

「おい、レイも笑ってやがるなァ? 雰囲気でわかるんだよォ。どういうことだァ」

「なっ、よくわかったわね。気持ち悪いわよ」

「なんでだよォ!」

「人の領域内に3年以上いたものね。半分ストーカーよ?」

「好きでいたわけじゃねえっつのォ!」

 ミズキがムキなって答える。しかし半分はおふざけだ。それをタツミとレイもわかっている。しかしこのやり取りが心地よく、ついつい乗っかってしまうのだ。



 笑い合う3人。暗闇の中でその表情は見えないがミズチはその声色と気配からどのような表情、感情なのか容易に想像できた。

「ああ、そうだぁ。これがオレの守りたかったもんだぁ。こんな下らないやり取りでも、コイツらにとってはかけがえのない時間だったんだぁ。タツミぃ、オマエと過ごした三年間、楽しかったぜぇ」

 ミズチの独白はレイの耳にだけ届いた。

「ミズチ、ありがとう」

 レイもミズチにだけ聞こえるように感謝を口にした。

「好きでやったことだぁ。気にすんなぁ」

 ミズチはそのままレイの領域内に引っ込んでしまった。



「さてと、それじゃあさっさと決着をつけよう」

 歓談もほどほどにタツミが仕切り直す。

「そうね。外ではテツヤとフウカが戦っているものね」

「んじゃ、さっさと終わらせようぜェ」

「ああ」

 タツミが返事をすると同時に異能の球体を解く。急な明るい空間に一瞬だけ目を細めるが3人ともすぐに明順応する。

「絶景だなァ」

 裸の女性に囲まれた状況を見てミズキが口にする。

「変態」

 レイが一言で的確な表現をする。

「うるせェ。だがまあ女だろうが関係ねェ。全員ぶっ殺せばいいわけだろォ」

 ミズキが感触を確かめるように手の上で水をぐるぐると回す。

「ミズキ、わかってるとは思うが」

 タツミがミズキに釘を刺そうとしたところ、何を言うのか察したミズキが発言を制した。

「わかってるっつのォ。あの女達の命は奪うなってんだろォ?」

「悪いな」

「気にするなァ。何か勝算があるんだろォ?」

「ああ。エミリアの居場所は特定できている。問題があるとすれば彼女達の妨害だ。それをミズキ達に任せたい」

「じゃあ親玉は頼んだぜェ」

「頼むわね」

 タツミはレイとミズキに向かって力強く頷いた。

「それじゃあミズチ、出てきてくれ」

 タツミは瞬時に鎧をもう一体作り出す。

「人使い、いや、魂使いが荒いなぁ」

 ミズチが鎧に入り込んだ。

「レイを頼むよ。流れ弾から守ってくれ」

「しょうがねえなぁ」

 金属音をたてながら鎧はやれやれというような動作をする。妙に人間味が出ているのは入り込んでいる魂がミズチだからだろう。

「じゃあいくぜェ!」

 ミズキはクローンの集団の中に飛び込んでいく。

 そして大量の水を鞭のようにしならせる。その威力とスピードはミズチを上回っていた。

「やっぱ本家には敵わねえなぁ。ずっと寝てばっかいたはずなのにどうなってんだか」

 その光景を見たミズチは感嘆した。

「速度上昇。回避不能」

 クローン達は一斉にぶつぶつと呟いた。

「吸収します」

 クローン達へ直撃しようとしていたミズキの異能は寸前のところで消失した。

「なんだァ?」

「異能の吸収だ。さっきのエミリアの説明聞いてなかったのか?」

「そういえばそうだったかァ。うっかりしてたぜェ。で、どうすればいいんだァ?」

 ミズキはタツミに大声で問いかけた。

「完全に他力本願だな。とりあえず今のスピードで全方位から攻撃してみろ。たぶん吸収しきれないから」

「オッケーだァ」

 ミズキはクローンの一体の周囲にリング状に水を展開する。そしてそのリングを徐々に狭めていき、先ほど吸収された距離よりも少し離れた位置で一気に水蒸気へと変化させた。

 クローンの一体はそのまま床に倒れ込んだ。

「いけるみてえだなァ。よしタツミィ。こっちは任せとけェ」

「今のは水蒸気爆発か。またすごいことをやってのけるな、あいつは」

「それ、貴方が言う?」

 レイの突っ込みに対しタツミは笑って誤魔化した。

「さてと、こっちも始めるか」

 タツミは自身の領域内から殺人剣を取り出す。

「レイ、ミズチ、少し離れてもらっていいか?」

「わかったわ」

 レイとミズチはタツミと距離をとり少女達と交戦する。

「まさか真下にいるとは思わねえよな」

 タツミは床を切り刻んだ。タツミの足元の床が抜け下に落ちる。

 落ちた先にはくすんだ金属の球体があり、そこから何本もコードらしきものが伸びている。

「ば、馬鹿な!? あそこの壁や床はオリハルコン製ですよ! それをいとも簡単に……」

「相手が悪かったな。危ないからしゃがんどけよ」

 タツミはその球体を上下に真っ二つにした。

 上の半球を蹴り飛ばすと涙目の女が出てきた。

「貴方、一体何者ですか」

 女は観念したのか両手を上げてへたり込んだ。

「あいつらの友達だよ。お前、エミリアだな?

  聞きたいことがある」

「そうですが。なんでしょう?」

「本当の目的はなんだ?」

「ふっ、なんのことでしょう?」

 タツミはじっとエミリアを視る。エミリアは耐えきれず視線を逸らした。

「不思議なことにな、初めて会うのにお前が嘘を吐くとなんとなくわかってしまうんだ」

 タツミは殺人剣を振りかぶる。

「嘘など……吐いていませんよ」

「そうか。じゃあ、もう用はない」

 タツミは殺人剣を振り下ろした。

「やめて!!」

 エミリアに直撃する数ミリ手前でタツミの手は止まった。

 暗闇から足音が聞こえ、その姿を現した。

「その人を殺さないであげてください」

 真っ白なワンピースを身に纏った少女は、上のフロアに現れたクローン達と同じ顔をしていた。



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