魂の守り人7
タツミ達の過去話。そしてタツミの知らない秘密が明らかになる。
レイがタツミとミズキに出会って半年、もう夏にになろうとしていた。3人は変わらずよく遊んでいた。帰りが遅くなりタツミとミズキは孤児院の先生からよく叱られることもあった。だが楽しい日々だった。
レイもまた、自分で生み出した魂と遊ぶのとは違う感覚を嬉しく思っていた。
小学生最後の夏休みが訪れる。レイはいつものようにタツミとミズキとで遊ぶ約束をしていた。その日は空に雲がかかり陰りに満ちていた。待ち合わせは決まって人気のない公園。その方が多少異能を使っても周囲に気付かれにくいからだ。この日は更にその人気のなさが際立っていた。
タツミは孤児院の手伝いを頼まれており少し遅れていた。ミズキは約束の時間通りに到着した。
「おう、早いじゃねえかァ」
「ミズキ君遅いわよ。タツミ君はもっと遅い」
レイは腕を組み口を尖らせた。
「まあまあ、タツミもそろそろ来るだろうよォ」
「暇ね。何かしましょう」
レイはそういうと手でミズキを指し示した。
「ああ、しましょうじゃなくて、なんかやれってかァ。人使い荒いなァ。んー、よし。ちょっと見てろォ」
ミズキは人差し指を立て指先にビー玉ほどの大きさの水の塊を作った。
「タツミにも見せてねえんだァ。秘密にしとけよォ」
そしてミズキは集中力を一気に高めた。その瞬間、指先の水が小さな爆発を起こした。
「きゃ! ちょっと、びっくりするじゃない」
「悪い悪い、そう怒るなよォ」
レイの驚いた反応にミズキは満足げな表情をする。
「今のはなに?」
「ああ、水を一気に水蒸気に変えたんだァ。所謂水蒸気爆発ってやつだなァ」
「ああ、そういうこと。野蛮だけど威力だけはすごそうね。これならテロも簡単にできるわ」
「んな物騒なことする機会なんてねえだろうよォ。それにまだこれが限界でなァ。喧嘩で使えるレベルにはまだなってねえよォ」
「喧嘩基準で考えているのはどうかと思うけど、それは残念ね」
レイは本気で残念そうにしている。
「一体何企んでたんだよォ」
レイの考えが気にはなったが恐ろしさからそれ以上の追及はしなかった。
「ま、いいかァ。そんで、レイはなんかねえのかァ?」
ミズキはレイの仕草を逆に真似した。
「なにもないわよ。魂を作って入れるだけだもの」
「人の魂を操ることはできねえのかァ? オレは一応その辺の水道水とか、あとは海なら海水とかもある程度は操作できるけどよォ」
「ああ、それね。親で何度か試してみたわよ。でも駄目だったわ。なんというか、その人の意思とか支配力みたいなのが強力なのよ。その人の魂が弱ってたりしていたらもしかすると操作できるかもしれないけど」
「ふーん、普通の異能って感じじゃなさそうだもんなァ。その辺はやっぱ都合が違うわけかァ」
「だから何も披露できることはないわよ。暇だったらライトと遊ぶ?」
「いや、タツミがいねえから電気直撃だろうがよォ。今遊んでもなにも良いことがねェ」
「そう、残念ね」
レイはあからさまにガッカリした。
二人が途方に暮れていると、ゆっくりと足音が近づいてきた。
「タツミィ! 遅えぞォ。あやうくビリビリにさせられるとこだァッ」
てっきりタツミが来たものだと思ったミズキは歩いてきた人物を見て慌てて口を閉ざした。
歩いてきたのはスーツに身を包みサングラスをかけた男だった。閑静な住宅街の中のひっそりとした公園には似つかわしくない姿だ。
ミズキは黙ってその男が通りすぎるのを待った。レイもそれに倣い静かに佇む。
男がミズキの傍を通りすぎる瞬間、ミズキの胸部にナイフが突き刺された。
「ぐっ」
突然のことでミズキは全く警戒していなかった。
そのままミズキは地面に倒れた。ナイフが抜かれた傷口からどんどんと血が溢れてきている。
「ミ、ミズキ君!」
あまりのことにレイは目を見開いた。倒れたミズキのもとに駆け寄ろうとした。しかし即座にスーツの男に取り押さえられる。地面に押さえつけられ身動きの取れないレイは恐怖心も相まって声が出せないでいた。
(タツミ君、早く来て)
突然の恐怖のあまり心の中でそう叫ぶしかできなかった。
そのとき、土が盛り上がりスーツの男に土塊が迫る。レイの生み出した魂、意思を持つ異能、テツヤである。男は動じなかった。鉛のような色の砲丸を生み出し土塊へと放ち粉々にした。
「レイに何をする」
テツヤの魂が怒号を上げる。
土塊がまたひとつ出来上がりスーツの男を襲うが再び砲丸で砕かれる。
そんなやり取りを何度も繰り返していた。レイは黙って目を強く閉じていた。何かに祈りを捧げるように。
「レイ! ミズキ!」
その声が聞こえてレイは目を開いた。
「タツミ君」
涙で頬を濡らしながら汗だくで駆けてきたタツミを見据えた。
「離れろ!」
タツミは灰の物質を拳に纏わせて男を殴ろうとする。しかしスーツの男はレイから手を離しその拳を避け、飛び退いた。
スーツの男はタツミに向かって無数の砲丸を次々と放出する。
ひとつひとつが重い一撃。それをタツミは灰の物質で創った板一枚で防ぐ。重い攻撃でも硬さを追及したその板は破壊されることはなかった。
しかし板で守るが故に相手の姿が確認できなかった。タツミは瞳を閉じた。意識を男の方へと向ける。
「視えた」
タツミは灰の物質の刺を次々と男へ射出した。男はタツミと同じように板を作りそれを防いだ。
タツミは板を放り投げ男の作り上げた板へと突進する。拳に灰の物質を纏わせて先端を尖らせる。巨大な槍のように変化した灰の物質で男の板を全力で突き破った。そのまま男の肩を貫通した。
スーツの男は負傷した肩をおさえ、その場から素早く立ち去った。
「ミズキ!」
タツミは追おうとしたがすぐに血だらけのミズキのもとへと駆け寄った。
「ミズキ君!」
レイもミズキのもとへ駆け寄った。
タツミはミズキを仰向けにして傷口を必死に押さえた。
「くそ、止まらない! レイ! だれか呼んできてくれ」
「わ、わかったわ」
タツミの鬼気迫る顔にレイは気圧されながらもなんとか返事をして、まだ震える足を懸命に動かし駆け出した。
公園を出たところでレイは立ち止まる。
「待って、レイ」
ちょうど声が聞こえたのだ。その声の主は引っ込み思案でミズキにやられてからは一度も姿を現さなかった水への憑依を得意とするミズチだった。
「ミズチ、珍しいわね。どうしたの、今急いでるんだけど」
「わかってる。でもちょっと待って。ミズキを救える方法がある」
「え、なに?」
青い靄のような魂であるミズチに対してレイは顔を寸前まで近付けて言い寄った。
「僕があの体に入る。今のミズキは肉体の損傷が激しい。それに伴って魂も弱りきっている。だからせめて魂の方を元気な僕と入れ替えれば少しは肉体の方の命を維持できるかもしれない」
「え、ちょっと待って。そんなことできるの?」
「やったことないからわからない。けど、水に憑依するのが得意な僕なら人体に憑依することも不可能じゃないかもしれない。あとは肉体の支配者であるミズキの魂が変わってくれれば、だけど」
レイは少し悩んだ。しかし、首を左右に大きく振って迷いを取り払った。
「迷う余裕はないわね。元気な人間にやるより成功率は高いでしょ。じゃあミズチ、お願いするわ」
「わかったよ。ああ、それとミズキの魂は弱ってる。そのままその辺に漂わせていたらいずれ消滅する。レイ、今生み出してる魂は四つだよね。ひとつ魂の領域が残ってるはずだ。そこにミズキの魂を入れておいて」
「え、わ、わかったわ。魂の回復はどれくらいかかるの?」
「それはわからない。レイの生んだ魂ではないから僕らと違って時間はかかる。何年もかかるかもしれない」
「え、じゃあその間ミズキの体の方はどうするの?」
「心配しないで。僕がミズキとして生活するから。体が回復すればの話しだけど」
「ミズチ、貴方どうしてそこまで」
「レイのためさ。あの2人に会ってからの君は毎日笑顔で幸せそうだった。僕はその笑顔を守りたいだけなんだ。あの2人との繋がりを消したくないだけなんだ」
ミズチは悔いのないような清々しい声でそう言い残すとミズキの元へと飛んでいった。
「くそ! 止まってくれよ。ミズキ!」
ミズキの傍で傷を押さえながら必死に呼び掛けるタツミの姿を見た。
(よかった。この男ならミズキとレイのこと、大事にしてくれそうだ)
ミズチは安堵しながらミズキの体の中へと入っていった。
その後、レイが近所の住民に頼み救急車を要請してミズキは病院へと緊急搬送された。
直接的な外傷による心破裂があり、助かる見込みはなかった。だが不思議なことに心臓の亀裂部位できれいに血液は固まっていた。本来ならば傷の大きさから止血されることは到底考えられなかった。
実はミズチがミズキの体内の水分を操作していたのだ。それでも刺されて少し時間が経過していたため脳の虚血もみられ長らく意識は回復しなかった。
普通なら脳に障害が残るような状況。それでもミズキの体が以前と遜色なく動くようになったため当時の病院関係者の中では伝説として語り継がれたとか。
ミズキの体が目を覚ます。ミズチが身体に入った時はまだ魂が全快であったため肉体を客観視して異能による治療ができていた。だがそれでも肉体のダメージは大きく、それに影響され魂も磨耗した。そのためミズチ自身、この2ヶ月は意識のない状態だった。
まず聞こえてきたのは誰かの寝息。起き上がり顔を向けようとするが思うように体を動かせなかった。2ヶ月近く寝たきりだったのだ。おまけに自分の身体というわけでもない。初めから上手く動かせなくて当然なのだ。
それでも静かに何度か挑戦し、なんとか首を前屈することができた。
寝息をたててベッドに寄りかかり眠っていたのはタツミだった。
「た、たつ、たつみぃ」
ミズチはミズキの真似をして声を出す。この瞬間からミズチはミズキの代わりになった。タツミは目を擦りながら頭を上げた。そして目を見開き驚愕した。
「お、おお」
この瞬間、タツミの中で驚きと喜びが入り交じり上手く言葉が出なかった。
「面白え顔してんなぁ」
ミズチがぎこちなく微笑んだ。釣られてタツミも微笑んだ。
「うるさいな。でもよかった。目を覚ましてくれて」
「あぁ。身体はどうもまだ上手く動かせねえみたいだけどなぁ」
「リハビリでもなんでも付き合うさ」
「ありがとよぉ。なあ、レイは元気かぁ?」
ミズチが尋ねるとタツミは歯切れの悪い顔をした。
「どうかしたのかよぉ?」
「いや、実はな、お前が怪我を負って一週間ぐらいで急に転校したんだよ」
「はあ? なんだそりゃぁ。なんで転校なんかしたんだよぉ?」
「わからない。俺は何も聞いてないから。本当にある日突然いなくなって、クラスのやつらもビックリしてた」
タツミは合わせる顔がなく俯いてしまう。
「おいおい、タツミのせいじゃねえだろうがよぉ。アイツが転校したのもきっと何事情があるんだろうぜぇ。でもきっといつか会えるだろうよぉ」
ミズチには確信があった。レイが己の魂の所有者であることもそうだが、タツミとミズキが出会い、その後にレイとも出会った。その異能者同士の不思議な縁が再び3人を繋げてくれるだろうと信じていた。