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EDEN-箱庭の逃亡者-  作者: 春野ミズ
5/13

魂の守り人5

正体の判明したレイからタツミへ事件の調査依頼がされる。

その事件は当然のこと異能者絡みである。

 レイから雷の一撃を受けたときタツミの記憶の奥底に眠っていた、大切にしていた思い出が甦った。

「たしかに同じ名前だ。しかも魂を操っている」

「まさか本当に気付いてなかったの? それはそれで少しショックだわ」

 レイは喉の奥から絞り出すようにため息を吐いた。

「いや、だって髪は昔長かったろ。しかももっと、こう、華奢だったぞ」

「そりゃもう高校生よ。出るとこは出るし締まるとこは締まるの。髪はほら」

 レイは自身の胸や臀部を撫でた後、髪をひとつに結んでいたゴムをほどいた。その一連の動作を目のやり場に困りながらもタツミはしっかりと見納めた。

「ああ、髪の毛を下ろすとたしかに面影があるな。しかし、まあ、成長したんだな。いろいろと」

 タツミは改めて足先から頭まで順に観察した。

「タツミ君、セクハラもほどほどにしなさいよ。ストーカー行為もそうだけど」

「ちょ、別にそんなんじゃないって。ああそうだ。ストーカーをしていたわけじゃないんだよ。ミズキの取締委員の身分証とバッジを知らないかなと思って」

「そういうことね。けれど、どうして私が持っているかもしれないと思ったの?」

 レイはさらに興味深々に前のめりになる。

「あー、ほら、レイを助けたときに落としたかもしれないって思ってさ」

 タツミは努めて冷静に答えたつもりだ。

「ふーん。まあいいわ。そういうことにしておきましょう。それで、身分証とバッジね、私が持ってるわよ」

「そっか。よかった」

「けど、返すには条件があるわ」

 タツミは全身の筋肉が一瞬硬直した。雷を落とした上に更に条件をつけての返却というレイの横風な様に戸惑いを隠せなかった。

「ああ、そうだ。お前はそういうやつだったな」

 しかしそんなレイにタツミは懐かしさも感じ自然と笑みが溢れた。

「ふふ。理解があって助かるわ」

「それで条件ってのは?」

「ええ。実はここ最近異能者の学生が行方不明になる事件が多発しているの」

 タツミは不思議に思った。というのもその様な物騒な事件等があれば異能者の取り締まりを行うタツミ達の耳にも当然届くはずであるからだ。

「俺は聞いたことないけど。本当にそんな事件が起きているのか?」

「私も噂で聞いた程度だから詳しくは知らないわ。それでも流れている情報が多いの。そうね、例えば行方不明者その日のうちに帰ってきている。遅くても翌日。ただ、その行方不明となった学生達は皆記憶が曖昧だってこと。それにこれといって目立った外傷もないの。だから事件性があると確定しているわけではない。あまり大事になっていないのはそのためだろうって。ああそうだ、おまけにここ、一区の学生にはまだ被害者が出ていない。だから取締委員のタツミ君の耳に届いていなくても不思議ではないわ」

「そうだったのか。たしかに噂にしては具体的すぎる内容だ。そして今後1区の学生にも被害が出る可能性もあるわけだ。んー、だとしたら無関係というわけにもいかないな」

 タツミは真剣な表情で考えた。ミズキに相談するべきか、支部長に報告してから動くべきなのか。しかし、取締委員はあくまで異能の不正使用を取り締まる部署である。治安維持はそのついでにやっていることで正確には騎士団やその下部組織である警備隊の管轄でもある。

「やっぱりタツミ君は優しいわね。まだ何もお願いしていないのにもうその気になって考えてくれている」

「それは当然だろ。もしかしてレイのいう条件っていうのはこの事件に関してか?」

「そうよ。一緒に調査してほしいの。ほら、私友達いないから」

 爽やかな表情でコメントに困ることをレイはさらっと言う。

「友達いないって。クラスの委員長が何を言ってるんだ」

「あれはリーダー的存在なだけであって、友達になるかどうかは関係ないわよ」

「ふーん。そういうものか。わかった。それじゃあ一緒に調査しよう。あ、でも一応支部長には報告しておいていいか?」

「構わないわよ。ああ、それとミズキ君には無理に話さなくていいから。あの人、私をなんだか避けている感じがするから」

「ミズキが? たしかになんか苦手そうにはしてたけど。レイがあのときのレイだって気付いてないだけだと思うぞ」

「いいのよ。それで。いっそのこといつまで気付かないのか試してみましょう」

 てっきりレイは意地悪な笑みを浮かべるものと思っていたがその表情は今まで見たことのないようなものでタツミは感覚的にどこか引っかかるものがあった。だがそれも違和感と呼べるほど僅かなもので結局気にしないことにした。

「わかった。じゃあとりあえず支部長にだけは伝えておく」

「ありがとう。それじゃあこれは返しておくわね」

 レイは懐からミズキの身分証とバッジを取り出した。

「もう返してくれるのか?」

「ええ。タツミ君は約束を破ったりしないでしょ?」

「それは嬉しい信用のされ方だな」

 タツミはレイから身分証とバッジを受け取った。

「それじゃあ今日はこのまま支部長に報告しに行くよ。調査は明日からでも大丈夫か?」

「問題ないわ。それじゃあ詳しくはまた学校で話しましょう」

 これでここでの話は終わりかに思えた。だがレイはまだ何か言いたげでタツミもそれは感じ取っていた。

「ん?」

「ねえ、タツミ君。どうして貴方はそんなにすぐ協力しようと思えたの?」

 レイの質問にタツミは少し考えた。だが、考えるまでもないという結論に至った。

「それは取締委員だからっていうのもあるけど、俺の力で救えるものがあるなら全て救う。それが俺の心情だからだよ」

 あることをきっかけにそれがタツミの中での基本方針となっていた。だから考えなくても、意識しなくても、たとえ交換条件としてでなくてもレイが依頼をしたら断ることはなかっただろう。

「やっぱりあのときのこと、まだ思い詰めてるの?」

「そうだな。己の無力さを痛感したからな。もうあんな思いは……な」

 タツミはそのままその場を去った。レイはその背中に何も声をかけることができなかった。



 翌日の放課後、ホームルームが終わると真っ先にタツミの席にレイがやってきた。

「さあ、行きましょう」

「行きましょうって、どこか当てはあるのか?」

 タツミは訝しげな表情で問う。

「ええ。まずはすぐ隣の第2区に行くわよ。直近の被害者が第2区の学生だからね」

「わかった。ああそうだ。昨日の帰りに支部長にも許可を取ってきたよ。被害者が異能者だから俺が異能を使わないのであればと調査の許可をもらったよ」

「へえ、優しい方なのね。そこまで部下の心配をしてくれるなんて」

「部下といっても学生なんだし、向こうからしたらまだまだ子どもってことじゃないか?」

「そうかしら。実力だけみれば大人顔負けだと思うけど」

 レイは自然と笑みが溢れいつものように会話ができていた。昨日の去り際のこともあり放課後まで話しかけることができずにいたのだ。結局タツミは何も気にしている素振りもなくレイの心配も杞憂であったわけだ。

「それと、ミズキには極力秘密にしておけってさ」

「あら、それはどうして?」

「それも同じく被害者が異能者だからだってよ。ミズキはあんな性格だからすぐに異能を使いたがるだろうからなんだって。正直、あいつが易々と被害に遭うようなら俺でも手に負えない輩な気はするけど」

「たしかに、それは言えてるわね。それじゃあ行きましょう。早くしないと皆下校してしまうわ」

「オーケー」

 そうして2人は教室を後にした。その後の教室は静けさではなく喧騒に包まれた。それもそのはずで、これまでほとんど会話のなかった学級委員長と異能が使えないと思われているタツミがいきなり親しげに会話をしながら去っていったのだ。当然といえば当然である。


 第2区の学校もタツミ達の通う学校と大差はない。ひとつだけ違うとすればこの学校は異能の種類ではなく戦闘評価の高さでクラスが分けられているという点だ。

「大陸の中でも北端、海に分断されているもうひとつの大陸に面している地域でもあるからこその戦闘力重視ということね。だからどのクラスの人が被害者なのかでその人のある程度の実力がわかるわ」

「なるほど。それから逆算的に犯人の力量も測れるかもしれないというわけか」

「そういうことよ。それじゃ、さっそくあそこの女子2人に聞き込みをしてみましょう」

 そういうとレイはタツミの手を握り引っ張った。

「おお」

 タツミは内心ドキッとしたがレイは無意識のようで気にしている様は見受けられなかった。

「ごめんなさい。ちょっといいかしら?」

 レイは躊躇なく話しかけていた。手慣れているという印象をタツミは受けた。

「えっと、なんでしょう?」

 レイと同じくらいの背丈の少女2人はタツミ達を訝しみながらも足を止める。

「急にごめんなさいね。私達、第1区で取締委員をしているのだけど」

 そうするとレイはタツミを肘でつつく。察したタツミは自身の取締委員の証であるバッジを少女2人に提示する。

「ああ、そうでしたか。私達に何かご用ですか?」

 バッジを提示した途端、少女二人は警戒心を解いた。

「取り締まれないように愛想よくしているだけかも」

「余計なことは言わない」

 タツミの呟きにレイは再び肘で小突いた。

「実は異能者の学生が短時間行方不明になっている事件を調べているのだけど、何か知らないかしら?」

 レイは泰然とした態度で続けた。

「ああ、あの失踪事件ですね。私達の学校では学年関係なく4人が失踪しています。その日のうちに戻ってきてはいるのですが全員記憶が曖昧みたいで」

「そうなのね。その被害者の学生について教えてもらえたりできるかしら?」

「すいません。私達は詳しく知らないんです。あの、男子の方が知っているかもしれません。被害者は全員男子らしいので」

「そう。わかったわ。呼び止めてごめんなさい。協力感謝するわ」

「いえいえ。それでは」

 そして女子生徒二人はその場を後にした。

「妙ね」

 女子生徒が声の届かないくらい離れたところでレイが呟いた。

「被害者が男子ばかりってことか?」

「ええ。もし誰かが連れ去ったことで姿を消したのだとしたら男子ばかりを狙うメリットがほとんどないわ。当然、女子よりも身体能力は高いでしょうし、性的な目的なら尚更女子を狙うべき」

「それは偏見だぞ、レイ。女子にも強い人はいるし、男性へ興奮するような輩だっている。先入観を持ちすぎるのはよくない」

「わかってるわよ。ただのひとつの見解よ。他の可能性も考えていないわけではないわ」

「そうか」

「それじゃあ男子にも聞き込みするわよ」

「はいよ」

 その後、レイ主導で夕暮れ時となるまで聞き込みを続けた。


 時間が遅くなりレイの提案でタツミは第2区内のとあるファミレスを訪れていた。

「疲れたわね」

「捜査の基本は足とはいうが、結構大変なものだな。なにより見ず知らずの人に次々声をかけないといけない。ナンパに近い精神的ハードルの高さがある」

 ドリンクバーで淹れてきたジュースを口にしながらタツミとレイは天井を見上げる。ふと何かを思いついたようにタツミはレイを見た。

「なあ、レイの異能なら聞き込みは無理でも街中の見回りぐらいはできるんじゃないのか?」

「友達に周囲を探ってもらえと? 当然やってるわよ。なんのためのボディガードよ」

「そうですかい。それは失礼しました」

 タツミは演技臭く頭を下げた。

「だから今私は異能が使えないから。丸腰の女の子だから。ちゃんと守ってよね?」

 レイはウインクをする。

「ああ、はいはい。ボディガードな」

 タツミはウインクに対し動揺しないよう淡白な返事をする。それを反応が薄いと判断したのかレイはつまらなさそうな表情になる。

「あれだけ歩いてもあまり情報は集まらなかったわね」

 レイは窓から外を眺めながら呟いた。

「そうか? 被害者についてはある程度わかっただろ。クラスも異能もバラバラ、容姿も統一性がない。補導歴があるというわけでもなさそうだ」

「共通点は異能者であるということだけ。別に異能者の強さはそんなに気にしていなさそうよね。戦闘ランクがAの人もいるぐらいだし」

「標的の強さは気にしないけど性別は気にするっていうのも不思議だな」

「はあ、何にしても加害者の目撃情報が少しは欲しいわね。あとはあの子達の収穫を待つしかないか」

「名前何だっけ?」

「フウカとテツヤにライトよ。ライトは上空で待機してもらっていて実際に情報を集めているのはフウカとテツヤの二人。一番自然に紛れることができるしね」

 フウカというのは気体系への憑依を得意とする魂にレイが名付けた名だ。同じく鉱物系はテツヤ、電気系はライトと名付けられている。

「そういえばそんな名前だったな。魂ってのは寿命はあるのか? 名前が変わってないってことは小学生の時と変わらない魂なんだろ?」

「そうよ。寿命はたぶん普通の人と同じくらいじゃないかしら。でも入れ物となるものがなければ生きていけないの。何かに入り込むか私の異能の領域に入っておくかしないとね。魂だけでその辺をうろついていたらそのうち消えてしまうわ。まあフウカに関しては気体への憑依が得意だからあまり関係ないけどね」

「なるほどな。身近なものに入り込めるからフウカとテツヤは情報収集に回しているわけか。それで、その2人はいつ戻ってくるんだ?」

「明日の朝よ。念のため夜間もパトロールしてもらうつもり。疲れたらその時点で帰ってきてもらうことにしているけど」

「そっか。じゃあどのみち続きはまた明日の放課後だな。明日はどうする?」

「明日はまたこの辺をデートしましょう。もちろん、フウカとテツヤから有力な情報が得られれば予定変更もありえるけど」

「わかったよ。デートといえば聞こえはいいが、ただの事件の調査だからな。そんなにワクワクするものでもないんだが」

「あら、私と一緒じゃそんなに楽しくないかしら」

 レイは目に涙を浮かべる。しかしタツミもこれが演技だということは理解していた。

「いや、もちろん楽しいよ。本当のデートだったらとても舞い上がってしまいそうなくらいね。だからこそ、デートではないから残念なんだよ」

 なのでタツミもわざとクサい台詞で返すことにした。

「な、なによ、もう」

 不意を突かれたレイは頬を膨らませた。昔と変わらぬレイとのやり取りにタツミは暖かい気持ちになった。

「変わってないな。さてと、今日はもう帰ろうか」

 タツミは自然な動作で伝票を手に取りレジへ向かった。

「変わってない……か。気付いてるのかしら」

 レイが後ろで呟いている内容はタツミには聞こえていなかった。


 翌日、タツミは再びレイと横並びになり第2区を散策していた。

「今日は生徒が失踪したであろう現場をデートするわよ」

「イカれたカップルの会話だな」

 レイは真面目なのかふざけているのか判断し辛いテンションだった。タツミはどの程度のノリで返したらいいいのかわからなかったが言い回しが気にはなったのでとりあえずツッコんだ。

「あら、カップルと思ってくれているの?」

「なんだ。カップルになってくれる気が少しでもあるのか?」

「いえ、ないわ。だってタツミ君と私はお友達だもの」

 レイはにっこりとほほ笑んだ。

「それがいい。幼馴染だとどうも女として見れないからな」

 思わず心の声が漏れてしまうタツミ。

「安心したわ。しばらく会っていなかったのにこの友情を大事にしてくれて」

「一目見てレイだと気付くことはできなかったけどな」

「ふふふ。それは許してあげるわ。さてと、そんな話は置いといて、着いたわよ。被害にあった生徒のうち3人はこの並木通りで記憶を失っている。まずはここを調べましょう」

 歯が落ちきっている木々の列に左右を挟まれた歩道を視線を動かしながらゆっくりと歩く。

「といっても手掛かりなんて残っていないでしょうけど。そういえば、今日はあの男はどうしたの?」

 まだ夕日とまではいかず白い光が歩道を照らす。木々の根本あたりに目線を落としながらレイはタツミに尋ねた。タツミはレイの後ろから同じ様に下の方を向いて歩く。

「ミズキのことか? あいつは今日は適当にパトロールしてるか帰っているんじゃないかな。昨日はバイトとか言ってたけど」

「へえ。取締委員に加えてバイトまでしてるのね。大変でしょうに」

「ミズキは片親だからな。稼げるときに稼いでおきたいんだとさ」

「でもここの学校に来ている時点で学費とかはかかっていないでしょうに。家賃の補助もあるし必要なのって生活費ぐらいよね」

「ああ。だから俺も取締委員だけの報酬で普通に貯金はできているんだけどな。ミズキは意外と先のことを考えているのかもしれない」

「意外と堅実なのね。どちらかというとタツミ君がその立場だと思っていたけど」

「そう見えてるのか? ミズキは意外と将来的なことを考えてるよ。俺よりもな。衝動的に動くことが多いからあんな感じに見えちゃうけど」

「へえ。意外ね」

「昔はそれこそ目の前のことしか考えていないようなやつだったけどな。ほら、あれがきっかけでさ、命を落としかけたろ。それから少し慎重になったんじゃないかな」

 タツミの声色が暗くなったのをレイは感じ取った。やはりこの話題はタブーなのだと悟り、話を変える。

「そうなのね。ところでさ、タツミ君とミズキ君は中学時代どんな風に過ごしていたの?」

 空気を切り替えようと零は明るい口調に努めて別の話題を切り出した。

「どんな風にって言われてもな。普通だと思うよ。部活はしてなかったけどミズキと一緒に帰って、時々遊んで。そのまた時々一緒に勉強して」

「あら、意外ね。女子とのキャッキャウフフな展開はなかったの?」

「ないな。やっと男子と普通に接することがてきるようになったぐらいだ。女子なんて怖すぎるよ。レイも異能者だったから経験はあるだろ?」

「それはあるけれど。でも中学生ならそういうことに憧れてもいい頃じゃない?」

「憧れはあったよ。でもミズキといるから十分というか、別に女子と何かをしなくちゃいけないとか強く思わなかったな」

「へえ。今時珍しいわね。まあ変な女に引っ掛かるよりはマシね」

「なんだそれ。お前は俺の母さんか」

「失礼ね。これでも心配してたのよ? 貴方達2人が元気にしていたのか」

 レイの横顔からタツミは嘘ではないのだろうと察した。その親的な目線は気になるがそれでもレイが自分のことを心配してくれていたとわかりタツミは嬉しく思う。

「そっか。ありがとうな。これからはまた3人で」

 タツミは続きを言おうとしてやめた。というのも、丁度タツミ達の向かいから男子学生2人が歩いてきておりすれ違いそうになったからだ。

「失礼。君たち、1区の学生がここで何をしているのですか?」

 通りすがると思いきや、その学生2人はタツミ達の目の前で立ち止まり声をかけてきた。よく見ると学ランの胸ポケットに取締委員のバッジが光っていた。声をかけた方は眼鏡をかけ、整髪料で髪がきれいにまとめられている。典型的な優等生という印象だ。もう一人はヘッドホンを装着して何かを聴いておりタツミ達への関心はあまりなさそうだった。

「取締委員の人か。悪い、俺も取締委員でな。失踪事件について調べている」

 タツミがレイの前に一歩出る。相手が取締委員ということもありトラブルを避けるための判断だ。

「なるほど。しかし君たちは第1区の生徒でしょう? 基本的に視回りも第1区内に定められているはずです。第2区は我々の管轄であり、そもそも事件の捜査となると警備隊もしくは騎士団の仕事ですよ」

「管轄外というのは重々承知しているよ。一応うちの支部長にも許可は取ってる。それにこの事件に関しては警備隊はあまり動いてくれていないと聞いている。念のため取締委員として調査をしているわけなんだが」

「ふむ。そちらの支部長が許可をしたと? しかしここは第2区です。許可を頂くとするのなら第2区の支部長であるべきでは?」

「たしかにそう言われるとそうだな」

 タツミは相手の正当な言い分に反論できずにいた。そのとき、レイがタツミの背後から意見を出した。

「別に不正行為をしていたわけではないわ。これ以上の被害を出さないためにも捜査は必須でしょう? なのにいちいち許可が必要なのかしら。別に自分の担当区以外で行動してはいけないという規則もなかったはずよ」

 取締委員の中にも規則と呼ばれるものはある。活動していくにあたってのルールだ。たしかにその中に担当する地区以外での活動を禁止する項目はない。

 ただタツミは規則に関して大雑把なことしか聞いておらずそこまで詳しくなかった。自分より詳しいレイに対し多少面食らった。

「ええ。ルール違反ではありません。なので我々も実力行使までは至っておりません。ですが規則以前に通すべき礼儀というものがあるでしょう」

 眼鏡の男は鋭い目付きでレイを睨む。その眼差しに敵意を感じたタツミは眼鏡の男に嫌悪感を抱いた。

「礼儀とやらで人が守れたらとっくにそうしてるさ。なあ、これだけ被害が出ているんだ。もし、そんなつまらないことを優先するべきと考えているのならお前は取締委員に向いてない」

 タツミは普段取らないような態度を取った。煽っているように聞こえるがタツミにとっては相手への不満をぶつけ、自分に注意を引き付けただけで心の中はいたって冷静である。レイはそんなタツミの行動に少し意外そうな表情をした。

「君はそういう考えなのか。ふむ。どうやら私達は相容れないようですね。残念ですよ。口で言ってわからないのであれば実力行使しかありませんね。君の考えによると状況によっては礼儀を通すよりも先に行動を起こしてもよいということですよね? では、それに則るとしましょう。遠慮はしませんよ」

 すると眼鏡の男は瞬時に派手な炎を辰巳に向けて放つ。

 タツミは一瞬のことながら難なくレイを抱えてからその炎をかわした。

「これは異能の不正使用ということで連行するべきかな」

「それがいいわ。そうしましょう。あのメガネ、なんか鼻につくもの」

 タツミの提案にレイは快諾する。

 タツミは自分から喧嘩を吹っ掛けることはないが取締委員の業務内であればそこそこやる気を出している。その上、今回は身近な人に危害が加わる可能性があるため、躊躇う理由はなかった。

「オーケー。レイはここにいろ。すぐに済ませるから」

 抱えていたレイを優しく地に下ろし、タツミは前に出た。あたかも隠していたかのように装うため背中に手を回し、異能により創り出した灰色の棒を握り前に下ろして構えた。

「まったく。異能者ともあろう者がそんな武器を隠し持っているなんて困った人ですね。それともそれが君の異能ですか?」

 眼鏡男は右手を空に掲げ掌から巨大な炎の渦を作り出した。

「まあ、なんであろうと私の炎で燃やしつくしてあげます」

「なかなかの異能量だ。さすが取締委員に選ばれるだけはある」

 身の丈よりも遥かに長い炎の渦を目の前にしてもタツミは動じなかった。眼鏡男がその炎を振り下ろす。タツミはレイが炎の矛先にいないことを確認して回避する。回避するのと同時に眼鏡男の懐へと踏み込んだ。

「させないよー」

 タツミは眼鏡男に灰の棒を打ち込む寸前に鉛の板が出現し眼鏡男への打撃が防がれる。

「ボーッとしていたわけではないようですね」

 眼鏡男が得意気に眼鏡の縁に指を当てクイッと押し上げる。

「基本守り担当だからねー。ほら、さっさと終わらせてよー」

 ヘッドホンの男は欠伸をした。

「炎の眼鏡が攻撃、ヘッドホンの鉛で防御というわけか。まるでどっかの取締委員のようだ」

 タツミは眼鏡とヘッドホンに自身とミズキを重ね合わせていた。喧嘩早いミズキがその勢いのまま標的を制圧、タツミはミズキのブレーキ役と周囲への配慮を担当している。いつからというのはないが互いの性格上、自然とこの形になっていた。

「ひとつ違うのは、ミズキ自身には盾役なんか必要ないということだな」

 タツミは思わず笑みが溢れた。自分がパートナーに恵まれていることを再認識したのだ。

「笑う余裕が君にあるのですか? その棒切れもこちらには通用しないわけですが」

「そうでもないよ。そもそもこの先人類開発地区とやらに来て思っていたことがあるんだが、皆異能に頼りすぎだ。どれだけ戦闘評価の高い人も馬鹿の一つ覚えのように異能をぶつけるだけが全てだと思っている。正直、拍子抜けだ」

 タツミは煽っているわけではない。本心でただただ落胆しているだけだ。

「この状況でもなお、そのような口が聞けるとは。第1区の取締委員は腕ではなく口が立つようですね」

 眼鏡男は鼻で笑う。完全に慢心しタツミのことを下に見ていた。

「はあ……。なら教えてやるよ。お前がその目先の力に惑わされて忘れてしまった、異能者が持つもうひとつの強さを」

 タツミは再び眼鏡男に接近する。

「また同じことを。無駄ですよ」

 眼鏡男を鉛の壁が遮る。タツミならばこの壁が出現する前に眼鏡男に一発打ち込むことも可能だった。だが、今回は敢えて速度を落とした。ここでは速さではなく力を見せるために。

 タツミは無言で鉛の壁に灰色の棒を打ち込んだ。さっきと違うのはそのスピードとインパクト。鉛の壁は木っ端微塵に砕かれた。

「なっ」

 眼鏡男とヘッドホン男は驚愕のあまり開いた口が塞がらない。

「異能者として覚醒したら異能以外にもうひとつ副産物がある。それは、人としてのリミッターが外れること。つまりは純粋な身体能力においても常人を遥かに凌駕することができるわけだよ」

 タツミはそのままもう一度振り切り眼鏡男の腹部に強烈な一閃をお見舞いする。

 眼鏡男は奇声を発して面白いぐらいに吹き飛ばされる。

「取締委員ならもっと鍛練しろ。いいな」

 タツミは傍らにいたヘッドホン男に告げる。ヘッドホン男は足を震わせながら頭を何とも縦に振る。

「じゃあ捜査は続けさせてもらう。邪魔はするなよ」

 タツミが最後に念押しする。

「は、はい! わかりましたーー!」

 ヘッドホン男は眼鏡男を抱えてその場を全速力で走り去った。

「さてと、レイ、怪我はないか?」

 タツミは振り返るとレイは微笑んだ。

「大丈夫よ。ありがとう。温厚な人かと思ったけど意外と熱いとこもあるのね」

「からかうなよ。普段はこんなことあまりないよ」

「へえ~。じゃあどうして今日はあんなに力を振るってくれたの? 私のため?」

 レイは意地の悪い顔をしてタツミを肘でつついた。

「仕事だからだっつーの」

 少し面倒に思ったタツミは適当に受け流すことにした。もちろんレイは不服そうな顔をするのだった。



「精が出るじゃないか。ミズキ」

 タツミがレイとの調査を始めてからミズキはひとりで取締委員の支部へと顔を出していた。待ち受けているのはいつも通りパソコンのモニターへ顔を向ける支部長だった。

「ああ。これも自分のためだぁ。そんじゃ、ちょいと地下に行ってくるぜぇ」

「おう」

 大きな荷物を抱えたミズキはそのまま支部長の座るデスクの奥に位置する扉を開きオフィスを後にした。

 1時間も経たずしてミズキは再びオフィスに戻ってきた。

「お、戻ったか」

「ああ」

「副業も大変だな」

「別にそうでもねえよぉ。取締委員の仕事と並行してできるからなぁ」

 ミズキは支部長の顔から視線を反らした。

「ま、そうなんだがな。ところで、計画は順調そうか?」

「ようやく軌道に乗ったってところかぁ」

「そうか。しかし、まさか友達のためとはいえお前がそこまでするとはな」

 支部長の言葉にミズキは眉をピクつかせる。

「約束だからなぁ」

「そうだったな」

「ああ。昔、アイツら3人で過ごしてたときにある日突然、レイが誰かに連れていかれそうになって、止めようとしたけど歯が立たねえで、そのすぐ後に駆けつけたタツミもなんとかレイだけは連れ戻したけどよぉ。この身体は瀕死の状態にまで陥って数日間寝たきりだったぁ。その間にレイは姿を消したぁ。オレが目覚めたらレイはいなくて、タツミに聞いてもわからないってこったぁ」

「それは以前にも一度聞いた話しだな」

「ああ、その後でタツミと約束をしたぁ。いや、あれは約束よりも重い、誓いみてえなもんだぁ。だからこそ、オレはタツミを信じて、アイツもオレを信じてるぅ。ここに辿り着くには時間がかかるが、レイがいるからなぁ。そう遠くはねえよぉ」

「そうか。まあたしかにタツミなら安心だな。レイって子もいい子そうだし、計画が順調そうでなによりだ。しかしまあ、友達に恵まれたな、お前は」

「友達かぁ」

 支部長の言葉にミズキは意味深に笑う。

「ああ、友達さ。たとえオマエのしていることを知ったとしても、きっと友達でいてくれる。タツミはそういう男さ」

「まあたしかに、アイツはそういう男だなぁ」

「何にせよ、お前の目的は間違いじゃない。何か手伝えることがあれば言ってくれ」

 支部長は拳を突き出した。それにミズキも応え拳を合わせる。

「ありがとよぉ。どうやらオレは友達だけじゃなく上司にも恵まれたらしぃ。けど支部長には最終的な責任を取ってもらうって話しだからなぁ。まだまだガキのオレ達にとっちゃそれだけでも十分すぎるぐれえだよぉ」

 ミズキは素直に感謝した。

「そうか。珍しくお前から感謝された気がするな」

 支部長は調子にのり満足げに笑う。それを見てミズキは言うのではなかったと少し後悔した。

「じゃあオレはもう一仕事あるからよぉ」

 ミズキは大きな荷物を抱え直して後ろ手で支部長に手を振った。

「おう。気を付けろよ」

 オフィスにひとり取り残された支部長は再びパソコンのモニターに目を戻した。そしてふとインターネットに繋ぎあることを検索した。

「第1区区長。エミリア・プラヴァツキー。推定年齢30代、新人類開発地区の創設者の子孫にして現主導者。その姿を見たものはおらず謎に包まれた存在か。この取締委員にもたまに指示を送ってくることはあるが俺も姿を見たことはない。しかしこの新人類開発地区の主導者であり、騎士団への指示も直接できる存在」

 支部長は天井を見上げ大きくため息を吐く。

「俺の上司ももっとまともな人間だったらよかったのにな」

 野太く悲しい呟きが物静かに寂しく響いた。

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